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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
1-3.全ては魔王のために
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鋼鉄の雨のち煙の雨

 人類軍統一時間 一四時〇〇分。


 魔王ヘル・アーチェ、そして麾下の親衛隊はあることに気付いた。


 気付かない方がおかしい変化。

 今まで彼女たちを苦しめていた鉄の嵐が、突然止んだのである。


「……どういうことだ?」


 ヘル・アーチェは呟くが、明確な答えを知る者はいない。

 だが推測をする者はいた。


「敵も疲労した、ということでしょうか。我々が起こす魔力切れの様に、敵も同じ事態に陥っているとか」

「ありえる、か」


 魔術は、無限に使えるわけではない。


 個人が持っている魔力量によって、一日に使える魔術に制限が掛かっている。

 魔王たるヘル・アーチェもその例外とはなり得ない。一定時間の休息が必要だ。特に、今回の様にかなり長時間に亘って攻撃を受けた場合は。


「いずれにせよ、これは好機です。陛下、この隙にずらかりましょう」

「そうだな、速やかに撤収する。飛竜隊との合流地点に急げ。ただし、罠の存在に留意せよ」

「「「ハッ」」」


 敵の疲弊を待ってから油断させて奇襲の一撃。卑怯な人類軍であればそれくらいのことをやってのけると、ヘル・アーチェは考えた。


 力による圧倒的な制圧を、いつだって人類軍は巧みなで卑怯な戦法で跳ね返してきたのだ。


 今回も、同じような事をする可能性はある。そんなことは容易に想像できる。

 だが如何に魔王といえども、想像力を無限大に膨らませられるわけではない。



 一四時〇二分。


 上空を飛ぶ物体、人類軍観測機「マーリン02」が対象をよく観察していた。


 いつ強大な力を持つ魔王に察知され撃墜されるかわからない危険な任務の中、この飛行機は割り当てられたコールサインに相応しく『英雄を導く存在』として任務を遂行する。


『こちらマーリン02。目標を目視にて追尾中。現在目標はポイントE38を北西方向に移動している』

『アーサー01からマーリン02へ。目標の速度はわかるか?』

『アーサー01、我と目標とは距離が離れているため正確な速度は割り出せないが、それでも構わないか?』

『問題ない。概算で良い』

『了解。――目標は、北西方向に毎時約一〇キロで移動中の模様』

『感謝する。それなら追いつけそうだ』

『貴隊の活躍を祈る。通信終わり』


 時速一〇キロというのは、とんでもなく速い。

 魔王親衛隊は砲弾の雨を受けて重傷を負った者もいる。なのに馬や飛竜などの騎乗動物を使用していないのにも拘らず、人間が全力で疾走する以上の速さで走っている。


 そこに魔王親衛隊の規格外の強さがあるのだが、しかし人類は既にその規格外の強さを克服しようとしていた。


『コルベルク砲兵隊から前線の観測機へ。目標の現在地情報を求む』

『こちら観測機マーリン02。目標は間もなくポイントR29に到達する』

『コルベルク砲兵隊、了解。これより観測射撃を行う』


 最初は一発。観測の為の一発。


 観測機から提供されたデータに基づいて砲兵隊が地平線の向こうから射撃を開始する。


 惑星の自転、磁場、風向、風速などによって多くの場合狙った場所に着弾しない。そのために、観測機からの情報に基づいてさらに誤差を修正する。


 だがこの作戦の為に投入された砲兵隊と観測機は優秀そのものだ。


『マーリン02よりコルベルク砲兵隊へ。観測射の着弾を確認、至近弾と認む』


 それが人類軍にとっては幸運で、魔王親衛隊にとっては不幸なことだった。


「なんだ、今のは?」

「爆発していない……? どういうことだ?」


 親衛隊は、至近に落ちた物体に反応して足を止めた。

 だが何も起きない。


 不発弾、というのは時代を下っても存在する。

 肝心な時に作動しない信管は、いつだって戦争当事者の頭を悩ませてきた。


 だが今回の場合は、意図して信管を抜いた砲弾だった。

 敵にこちらの意図を読ませないための、観測のための砲弾。


『繰り返す、観測射撃は至近弾。効力射に移行せよ、効力射に移行せよ!』

『コルベルク砲兵隊、了解。直ちに「特殊弾」による効力射を開始する。上空の観測機は速やかに退避せよ』

『マーリン02、了解。高度を上げて退避する』


 砲兵隊の全力射撃時には、観測機は誤射されないために当該空域から退避する必要性が出てくる。

 だが今回は砲兵隊の言う「特殊弾」に影響されない範囲に退避するという意味合いもあった。


 特殊弾、そう特殊弾である。


 文字通り、特殊な弾。

 徹甲弾でも榴弾でもなく、特殊弾である。


 徹甲弾と榴弾が相手によって変えるように、特殊弾は魔王討伐という高貴な使命の為に生み出された兵器。


「陛下、また来ます! 至近です!」

「クソッ。我を護れ! 『マジック・シールド』!」


 だが攻撃を受けている側にとって、それは永遠に知り得ぬことだったろう。


 特殊弾は魔王ヘル・アーチェが直々に展開した防御魔術のおかげで、目に見えない壁にぶち当たって空中で爆発する。

 だが、そこからが特殊弾の神髄だった。


 爆発しても、爆炎が上がらない。爆風も少ない。


 それは爆発というより、風船に針を刺して破裂したような、奇妙な現象だった。

 そして風船の中には、色付けされた煙が入っていた。


「……煙幕か? なんのために?」


 この状況下で煙幕を使う意味を、ヘル・アーチェは訝しんだ。

 完全なる奇襲という状況下、通常の砲弾であれば彼女らは致命傷を負わなくとも軽い傷は負ったのに。


 だがヘル・アーチェの望んだ事の真理は、すぐに明らかになる。


 最悪の形で。


 異常を起こしたのは、彼女の傍にいた親衛隊のローゼン。

 彼は着弾から暫くした後、急に咳き込むようになった。


「ローゼン、どうした? 煙を吸ったのか?」

「い、息ができないッ――喉がァッ――アアッ」


 声にならない声で悲鳴をあげたローゼンは咳き込み、息苦しく悶え、悲鳴を挙げ、暫くして地面に倒れ、胃の中のものを吐き出し、もがき苦しみ始めた。


 そしてそれは、ローゼンだけではない。

 彼の部下、さらにはジンツァーやクロイツェルと言った親衛隊の精鋭が次々と同じ症状に倒れていた。煙の中で姿を確認することはできなかったが、それでも悲鳴は聞こえる。


 無事なのは、魔王だけだった。


「どうしたんだ、いったい何があったんだ!?」


 魔王は叫び、近くで倒れるローゼンに向かって叫ぶが、最早彼は何も認識できない。

 ローゼンは喉や目、皮膚の痛みに耐え兼ね、胃液を吐き続けている。


 暫く経ち、風によって煙が散る。

 すると魔王は地獄の中にいることを認識した。


 ローゼン以外の親衛隊員は更に重篤だった。

 誰もが錯乱し、症状を訴えることもできず悲鳴を挙げる。呼吸困難に陥り、失禁、縮瞳、痙攣しながら昏睡する者も現れた。


 事ここに至って「やっと」と言うべきだろうか、ヘル・アーチェは身体に違和感を覚えた。


 その変化を感じながら、彼女は何が起きたかを理解した。

 そしてその変化が、自分では最早どうしようもない事を理解した。


 出来ることは唯一つ。知らせることだけ。




 我、危急にあり。と。


人類軍ってなんて卑怯なんでしょうか(地球から目を逸らしつつ)

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