今日の天気は「晴れのち雨」です
親衛隊の朝は早い。
戦いが始まる前から兵站局にはあらゆる仕事が舞い込む。
「カリッシュ方面で人類軍が攻勢開始との連絡が入りました!」
「状況は!?」
「攻勢正面はハイヴァール陣地。現在、第一一四人馬族騎兵連隊と第五五〇歩兵連隊が交戦中の模様ですが、敵軍が優勢の模様。救援要請が出ています!」
魔族特有の強い「思念波」で遠く離れた陣地に対する攻撃が瞬時に伝わるのは便利である。
しかし通信の高速化は得られたが兵力の高速化はまだまだで、補給もまた然り。
だからこそ工夫しなくては陛下の部隊は補給切れを起こす。
「わかった。親衛隊を呼集、ハイヴァール陣地に急行する! アキラ!」
陛下が俺の名を叫んだ。俺の方も、既に準備は出来ている。
「了解です。近隣の陣地に警報を発令。物資の融通を要請します」
ダウロッシュさん以外にも収納魔術が使える魔術師はいるが、出来るだけ彼らを頼らない形で補給を完成させる。
無論無理はしないが、限られた魔力リソースを戦闘に直接影響しない収納魔術に割くのは勿体ないだろう。
そのための兵站局だ。
「要請ではなく『勅令』だ」
「ハッ。畏まりました。リアルド、ブラスト両陣地にその旨を知らせます」
「頼むぞ。では、私は出る!」
「御武運を!」
陛下を見送りながら、俺は方々に連絡する。
純然たる俺は思念波なんてものは使えないし、通信魔術なんてものも出来ない。
無線の作り方はなんて知らないし、電話ってなにそれ美味しいの?
兵站局には俺以外にも思念波も通信魔術も使えない者がいる。
そのために、開発局が開発した通信用魔道具を導入した。本当はもっと早く導入したかったのだけど、何分高級品で時間がかかったのだ。
俺は手早く回線をリアルド陣地、次いでブラスト陣地に繋げる。
ハイヴァール陣地に対する緊急支援物資輸送の「勅令」が下ったことを。
物資輸送の勅令は、多くの場合人類軍の攻勢があって陛下自身が出撃したことを意味する。
『ブラスト陣地、勅令の発令を確認。どの物資を送ればいい?』
「魔像用の真紅魔石が足りません。それと医療品も少し不足していますね。そちらに在庫は?」
『どちらもたくさんあるというわけではないが、余裕はある。少し回そう』
「感謝します! 早急に、地点三五七に輸送して親衛隊と合流してください。緊急事態につき、文書による手続きは省略します」
『了解、直ちに輸送する。通信終了』
さすがに緊迫した事態で、俺が人間であることに文句を言う奴はいないらしい。両陣地共に素直に要請に応じてくれた。
「……リアルド、ブラスト陣地に近い後方補給拠点はガイアーレ補給廠か。……ソフィアさん、ガイアーレ補給廠へ物資を送付してください」
「畏まりました。直ちに」
「エリさん! エリさんはその旨をガイアーレ補給廠に連絡をお願いします」
「了解です、局長」
あとやることは……。
「リイナさん」
「ひゃ、ひゃい! なんでしょうか、局長様!」
「そんなにあわてなくても……まぁいいや。それよりも新輸送隊倉庫の在庫状況は?」
「み、三日前の情報なら、こ、ここに!」
「ありがとうございます。……小麦の量が減っていますね」
「さ、最近、人類軍の攻勢が多くて、いくつかの物資の減りが早くて……」
ったく、真面目に戦争しやがって。
ま、ぼやいていても仕方ない。
「ユリエさん。出番ですよ」
「おうよ! 任せな! 公定価格まで値切ってやるぜ!」
「それはいいですけど、小麦とライ麦間違えないでくださいよ?」
「その間違いしたの局長さんの方だろ!?」
「てへ?」
「何が『てへ』ですかアキラ様。それよりもヴィーゼル補給廠より例の件で連絡が来ていますよ」
「あ、すみません。すぐにやります」
二日後、ハイヴァール陣地に対する人類軍の攻勢は魔王陛下直率の親衛隊の活躍によって頓挫した。
……はずだった。
なぜなら、勝利の美酒を味わう暇もなく、人類軍は再び攻勢に出たからである。
しかもハイヴァール陣地とは異なる地点、ゲリャーガ方面からの攻勢だった。
これも親衛隊が直接鎮圧するために派遣されたが、全く異なる方面に展開していたこともあって、最前線の陣地は陥落した。
しかし悲しんでいる余裕もなく、人類軍はまたしても攻勢に出る。
今度は数日前に防衛し切ったはずの、ハイヴァール陣地への再攻勢の情報が入ってきたのだ。
その攻勢は苛烈を極め、陛下が当地で防衛行動をして数日経っても未だ終わりを見せない。
「……波状攻撃か?」
その時俺は、魔王城の兵站局からその報告を受け取っていた。
さすがに、短期間で三回も大規模な攻勢があるのは異例のことだった。
地球でも大規模な攻勢というのは大国が血を吐きながら行うと相場が決まっている。
しかしそうは言っても、俺は戦術の専門家と言うわけではない。
そしてそのことに詳しい人間は兵站局にはいなかった。だってソフィアさんが知らないんだもん。なら誰も知らないだろう、という理屈。
だが、兵站上の問題であればある程度予想はつけられる。
「どういう理由で波状攻撃しているのかサッパリ検討つきませんけど、これほどの大規模な攻勢は何度も続くものじゃないでしょう。いつか兵站上の問題が出てくるはずです」
「ではアキラ様は、これが一時的なものだと?」
「それは人類軍に聞いてみないとな……。俺にだってわかったんだから、人類軍も兵站の対策していると思うし」
「頼りになるのかならないのか……」
いやそれを考えるのは兵站局の仕事ではないと思うのだけれど。
ともかく、現在直面している問題には対処しなければならないのは事実。
「ソフィアさん。親衛隊はなんと?」
「ハイヴァール陣地の防衛戦力と、親衛隊の疲労が重なり、かなり不利な状況となっているようです。おそらく陣地は放棄されるかもしれません」
「となれば、私たちの仕事は陣地放棄後の後処理ですか。補給計画の再検討と、戦線整理に伴う物資の引き上げの計画策定を――」
と、言ったところで、ソフィアさんの顔が強張った。
この表情は、何度か見たことのあるものだ。
それは緊急の思念波を受信した時の顔だ。
そのような緊急事態の思念波は力が強く、頭痛を伴うのだとかなんとか。
思念波を使えない俺にはわからないのだが、しかし思念波を受信できる兵站局員が皆同じように眉間に皺を寄せている。
その様子は、ハッキリ言って異常。
異常事態を知らせるという意味では、頭痛を伴わせるというのは理解できる。
だけど、その後が理解できたなかった。
信じられないという表情を、誰もがしていた。
思念波を受け取れない俺が尋ねると、ソフィアさんが唇を震わせながら言った。
「陛下が――」
魔都グロース・シュタットの天気が、崩れはじめた。
真面目な話が続きますわよ