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魔王軍の幹部になったけど事務仕事しかできません  作者: 悪一
1-3.全ては魔王のために
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昔の話をしましょう

 忘れもしないあの日のこと。


 私にまだ、家族がいた日の出来事。


 私にまだ、平和な日常があった日のこと。


「ほらエレナ、はやく起きる!」

「んー。あともうちょっと……」

「朝ご飯できてるよ! エレナのぶんも食べちゃうからね!」

「だめー!」


 当時、私はまだ子供でした。


 山の中にある小さな村で、私は両親と妹と住んでいました。

 貧しくも楽しい日々。魔族が人類と戦っていると言う事実を知らない私は、明るい未来と空を見ていました。

 そしてそんな日常は、永遠に続くものだと思っていました。




 その日、身体の強い母が、珍しく風邪をひきました。


「おかーさん、だいじょうぶ?」

「大丈夫よ、エレナ。お母さん強いから」

「うぅ、心配だな……」


 妹のエレナは、お母さんっ子でした。


 母の傍にいつもいて、母の手伝いをして、母の話を聞いて、母の読む昔話で夢に落ちる。

 そんな生活をするエレナは、幼い私にも将来を不安にさせるほど、母にべったりでした。


「ほらエレナ。お母さんに迷惑でしょ! それにエレナまで風邪引いたらどうするの?」

「おかーさんがそれで治るなら、私にうつして!」

「あらあら……」


 私は姉として、エレナをよく見ていた。

 でもまだまだ幼い私は、それよりも幼い妹によく振り回されたものだ。そんなときはいつだって、母が助け船を出した。


「お母さんのせいでエレナが風邪を引くのはちょっと嫌だなぁ……」

「うー……」


 それでもダメなときは、父も参加します。


「ほらエレナ。お母さんが困っているだろう。休ませてあげなさい」


 父は普段、村長の下で働く一種の役人でした。

 小さな村なので役人という表現は些か過大でしたし、実態としては猟師に近いです。森に入り、時々出る野生動物を狩って村を守りつつ村長の手伝いをする仕事です。


 まぁ、本当に小さな村ですから仕事もそんなに多くはなかったのですが。


「そうだ、エレナ。お姉ちゃんと一緒にカニアおばさんのところに行ったらどうだ? お母さんは私が看ているから」


 同じ村に住む、カニアおばさんは私たちの叔母にあたる人。美味しいお菓子を作る人。

 だからそこにいけばエレナが甘いものをふんだんに食べられるということでもある。


「……わかった。おかーさん、元気になってね!」


 父の策略にまんまと乗せられたエレナだったけど、私はその時別のことを思った。


 あぁ、エレナはいいな。みんなから構ってもらって。

 姉の醜い嫉妬、でしょうか?

 私だって子供なのに、面倒をかけてもらえるのはいつでも妹のエレナだ。たまには私だって、お母さんに構ってほしい。


 子供心にそう思いました。


 そしておばさんの家で私が思いついたことは、子供ならではの大胆な決断です。


「カニアおばさん。ちょっと外に行きますね」

「……ん? どこに行くんだい?」

「友達と用事あったの思い出して」

「あぁ。なら行っておいで。約束はまもらなきゃね」


 当然、嘘でした。用事なんてありません。


「おねーちゃん、おかし食べちゃうよ?」

「食べていいよ。太ってもしらないから!」

「太らないもん!」


 べー、っと舌を出す妹を背に、私はついつい手を挙げそうになったけど、でも優先すべきはお母さんのことだと思って、腕を下げます。

 その代わり、


「そんなに食べたら、夕飯食べられなくなるでしょ。お父さんに怒られても知らないよ」

「じゃあその分おねーちゃんにあげる! そのかわりおねーちゃんのおかし食べるから!」

「……太るよ?」

「太らないもん! それよりおねーちゃんどこ行くの?」

「言ったでしょ。友達との約束」

「じゃあ、おみやげよろしくね!」

「はいはい」


 我が儘言う妹を残して、私はおばさんの家を出ました。


 私が外に出たのは、森に入ることです。

 村を囲む森の中には、山菜や果実、薬草の類が生えていることを知っていましたから。父がよく、猟の帰りにお土産として持ってくる時があります。


 その時に、風邪に効くとされる薬草も目にしました。しっかりと覚えています。


 それを持ち帰れば、きっと喜んでくれる。

 なんて、甘い考えで、私は森に入りました。人生で初めての冒険で……最後の冒険でもありました。


「なかなか見つからないな……もうちょっと奥行かないとダメかな?」


 森には害獣もいるのに、私は森の奥深くまで入ります。

 目的は、山菜と果実と薬草。ただ単に、大好きな母に喜んでほしいから。


 勿論、害獣に出会ったらすぐに逃げ出すつもりでした。子供の足では無理? そんなこと、子供にはわかりません。

 それに幸運なことに、その日は出会いませんでした。害獣どころか、鳥にも、野兎にも、出会いませんでした。


 それをおかしいと思うほど、当時の私は頭がいいわけではありません。

 かえって幸運を喜び、どんどん歩を進めます。


 気付けば、私は目当ての薬草も山菜も果実も見つけられないまま、森の中で夕陽を眺める羽目になりました。


「……どうしよう」


 収穫はなし。もしこのまま手ぶらで戻れば、確実に怒られるでしょう。

 エレナにどんな顔をされるかわからない。でも夜になったら、もっと危険だということは知っています。


 両親に怒られるのではないかという恐怖と、夜が迫ってくる恐怖が天秤に掛けられました。

 どちらに重きを置くのかを子供ながらに考えて、でも結論は終ぞ出ませんでした。


 なぜなら、聞いたことのない音が聞こえたから。


「……今の、なに?」


 もし当時の私が、今の私並に語彙力があれば、きっとこう言ったでしょう。



『あぁ、今の爆発音はなんだろう』



 と。


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