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労働時間の管理は上司の義務です

「ゲリャーガ方面部隊の補給状況は?」

「冬営用の紅魔石の数が少し不安です。南部ベロニア地方は戦闘も少なく魔石消費量は多くありませんので、そちらから転用しましょう」

「ゲリャーガ方面の冬は厳しいですし補給路も脆弱です。雪が降る前になんとか終わらせておいてください」

「畏まりました」

「よし。……エリさん、物資の調達状況はどうですか?」

「それについてはほぼ予定通りよぉ。詳細はぁ――」


 数ヶ月前まで閑散としていた兵站局も、今となってはかなり賑やかになっている。


 人員は徐々に増えていった。書類や文書は日を追うごとに増えていくので、それに伴ってさらに増強された形だ。

 まぁ、それは喜ばしい事だ。

 志願したり徴募したりした者の中から事務処理に優れた者を優先的に兵站局に回したおかげで方々から不満の声が上がっているのも、まぁ許容範囲内。


 問題は、なぜか増強人員の八割が女性であることだが。


 目につくのはエルフの女性、ハーフリングの女性、狐人族の女性、オークの女性、ドワーフの女性、人狼族の女性に天子族の女性……。

 ファンタジー種族の女性見本市状態である。


 いや、男もちゃんといるけどね。でも女子校だった学校が少子化の煽りを受けて共学化した直後の校舎のように男子の比率が少ない。


 これを前にして眼福だと思えるかって? 残念、どちらかと言えば頭が痛くなる。


「兵站組織を作りたいのであってハーレムを作りたいわけじゃないんだけどなぁ……」


 そう呟くと返答してくれるのはだいたい傍にいて俺の手伝いをしてくれる副官のソフィアさんである。

 今回も、殆どノータイムで返事してくれた。


「アキラ様がそう陛下に要請してるのかと」

「私の事をどんな人間だと思ってるんですか」

「変な人間かな、と」

「そこは正直に即答しないでください」


 ちょっと傷つく。

 相変わらず……いや、前にも増して言葉の棘が鋭利になってる気がする。

 うーん、もしかしてストレスが溜まっているのかな……?


 既に外は暗くなり始め、太陽も寝る時間である。

 人員計画表をチラ見したところ、今日の当直士官は俺とソフィアさんの二人。


 男女仲良く夜を明かすことに問題はないのか?

 と問われれば問題大ありである。だから男を採用してほしい。相対的に男がいない上に兵站局の男性士官は俺しかいないのだ。


 陛下曰く、


『後方事務をやりたくて志願する奴など殆どいないし、ましてや男という生き物は英雄になりたくて最前線を希望したがる。だから相対的に女性ばかり来るのだ。他の部門から異動させるのも弊害が多いのは、前にも話した通りだ。だから少し我慢してくれ』


 とのことである。


 ないものねだりをしても仕方ない、ということだ。諦めろ俺。


 まぁ、他に下士官クラスの一般事務も何人かが残るので男女二人きりという事態は避けられるので問題はない。

 問題はソフィアさんの労働時間の方。


「じゃ、そろそろ今日の業務は終了ですね。各員、片付けに入って当直以外はすぐに帰ってください。……それとエリさん、ちょっと良いですか?」

「なんですかぁ、局長?」

「今日って暇です?」

「デートですか! 勿論受け入」

「違います」

「えー……」


 いや「えー」じゃないよ。あとなんで受け入れようとしたのよ。


「アキラ様、私の前でそんなふしだらな事を部下に堂々と強要しないでください」

「だから違いますって!」


 確かに男が女に「今日暇?」って言ったらデートの誘いだろうけれど、今回はまともなお願いをするためにエリさんを呼んだのだ。


「今日の当直、ソフィアさんと変わってくれますか?」


 それに最初に反応したのは傍にいたソフィアさんだった。


「アキラ様? 別に私は休みたいとは思ってませんが?」

「いや、ソフィアさんは休んだ方がいいよ」


 思えば、最近の彼女は働き過ぎである。


 人員が増えてからは、ちゃんと週に二回は休日を設けているのだが、ソフィアさん自主的に居残る時があるんだよね。

 いやこれは残業を強要してるのではなく、本当に「帰っていい。ていうか帰れ」と言っても「まだ仕事があるから」「私がいたら嫌なんですか」と返されるのだ。


 帰ってもいいのに帰らないなんて、ソフィアさんは日本人の素質があるのではないだろうか。ケモ耳居酒屋とか始めてみる?


 でもソフィアさんを過労死させるのは夢見が悪いどころか地獄に落ちるレベルだ。

 無理矢理にでも残業させないようにしないといけない。


 それにここ最近のソフィアさん、顔色が悪いように見える。


「も、もしかして、私邪魔だったでしょうか……?」

「いや、全然そんなことはないですしソフィアさんが傍にいてくれると仕事は捗るし安心感が段違いなんでずっと傍にいて欲しいんですがね」


 なにせソフィアさんの事務処理速度は凄まじい。

 正確に測ったことはないが、俺の処理速度より数倍は早いんじゃないだろうか。


「でもそれだけに、体を壊されたら私が困るというか、半身を失ったも同然なんですよ」


 考えてみれば、俺がこんな変な世界に飛ばされた時からずっと傍にいた人だ。

 そろそろ半年くらいになる。その間、ずっと働き詰めでもあったのだ。


「だからまぁ、休むのも仕事の内と考えて、今日は休んでください」


 そう言って振り向けば、なぜか赤面しているソフィアさんの姿がそこにあった。

 あれ? なんで? 風邪か何か?


「局長、いくらソフィアさんが魅力的だからって、私の前で堂々と口説くのはやめてほしいかなぁ、ってお姉さん思うわ?」

「何の話!? 私は普通にソフィアさんに休んでほしいと言っただけですよ!?」


 おかしい話はないはずだ。そのはずだ。

 でも事情はエリさんに伝わった。彼女は掛けていた眼鏡の縁を手で押し上げていつものようにキリっとした顔で、


「まぁ、そういう事情ならいいわよぉ。私も新入りということで局長からは休みも多くもらっていましたし、一日くらい当直を変わっても大丈夫ですから」


 と快諾してくれた。

 よかった。これでダメと言われたらどうしようかと。


「で、ですがアキラ様。急に休めと言われても、私何をすればいいか……」

「普通に家で寝るなり酒を飲むなり友人と遊んだりすればいいじゃないですか?」

「そう言われても……」


 休んで良いと言われて休むことも決定したのにここまで仕事したがるのは日本人でも珍しいのではないだろうか。


 話が堂々巡りとなったところで「いいことを思いついた」みたいな顔をエリさんが見せた。


「ユリエ、まだいるー!?」

「いるよー」


 少し離れた執務机から、褐色の手だけが伸びる。背が小さいためにそうなるのだが、若干ホラーにも見える。


「あなた、今日暇よね?」

「決めつけるのやめろよ! 実際暇だけどさ!」


 ふむ。

 快活で面倒見の良さそうなロリおかんことユリエさんと一緒にソフィアさんの休暇を楽しめ、ということかな?

 なるほど良い案だ、と思ったら違った。


「あなた、今日は局長の代わりに当直入りなさい?」

「「ナンデ!?」」


 俺とユリエさんの声がだぶった。


「エリさん。俺は別に休みはいらないんですが」

「エリ! オレは別に好き好んで働きたいわけじゃないぞ!」


 そしてまただぶった。

 だがエリさんは、一旦ユリエさんのことを無視して俺の質問に答えてくれた。その間もユリエさんが文句を垂れつつ近づいてくる。


「局長。私には、ソフィアさんと同様に、貴方も働き過ぎに見えます」

「え、そう?」

「そうです。局長は七連勤当たり前、残業当たり前、新人の仕事の補助をしつつ自分の仕事を片付けたと思ったら別の計画を出してさらにその仕事をする、を最近繰り返してますでしょ?」

「まぁ、ちょっと忙しいですけど、ほら、管理職ですし」


 それに新人には休んでほしいじゃん。最初から無理させたら辞めちゃうかもしれないし。

 俺は兵站改革で勝手に仕事増やしちゃうからむしろ申し訳なさが先に立つと言うか……。


「それがダメなんです! いいですか局長、部下に休んでほしければまず自分から休まなければだめよ? じゃないとみんなついてきません」

「ぐうの音もでません」


 上司が率先してやらないんだからそりゃ部下も休まないわな。うむ、今度から気を付けよう。


「でもいくらなんでもユリエさんを急に当直にさせるのはどうなんですか?」

「局長は急に私を当直にさせたましたよね?」

「あ、嫌ならそう言ってもいいですよ。代わりに私が――」

「いえ、大丈夫ですから局長は休んでください」

「あのアキラ様、エリさん。なんだったら私が当直に入るのでお二人はぐっすり休んで――」

「「ソフィアさんは黙っててください」」

「私の話でしたよね?」

「おい、オレの話はどうなったんだよ!?」

「ゆ、ユリエちゃん落ち着いて。なな、なんなら私も、手伝うから……!」

「リイナ、お前いたのか。存在感無さ過ぎて全然気づかなかったぞ」

「ふぇぇ……」



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