何とは言いませんがぽっきり折れました
マスレ弐号のコスパの悪さに顔が引き攣ってしまった。なに、その、この、なに? 空飛ぶ国家予算のファンタジー版なの?
俺が困惑しすぎたのが顔に出たせいか、レオナが慌てて説明する。
「だ、大丈夫よ! ドワーフとかだけが使える独自の精製方法で、イシルディンっていうう鉱石からミスリル作り出せるから!」
なるほど、アルミニウムみたいなもんか。
……中世においてはダイヤモンド以上の価値があるとされたアルミニウムか。
「レオナ、マスレ弐号は開発中止な」
「なんで!? こんなに強いのに!」
「あんなに希少な金属をふんだんに使っておいて弱かったらぶん殴るところだったぞ」
道理で強いはずだ。
希少価値の高い金属と、精製に制約がかかる金属で出来た魔像を、これまた生産方法に難のあるカルツェット魔石を大量に積んで動かすとは。
「いいかレオナ。俺たちはいつでもどこでも誰でも使えることができる兵器を開発してるのであって、数を揃えられなければ意味がない。こんな一品物をどうやって運用しろと?」
どこぞの戦艦のように、勿体ないから港に浮かべるだけというわけにもいかない。
「で、でも量産の暁には……!」
「よし、百歩譲ってこれが完成したとしよう。レオナ、このバカみたいにデカい魔像を生産できるだけの設備を用意するのにいくら金がかかる? そしてどれくらいの時間がかかる?」
「…………せ、設備の方はなんとも。お金も、まだ計算してないし……」
「じゃあ生産期間は? 1体当たり」
こんなデカい物、21世紀の人類でも作るのに難儀しそうなものである。
一ヶ月単位で出来る訳がないと思うのだが。
「……年」
「なんだって?」
「………………3年」
「…………」
「…………」
「レオナ」
「はい」
「開発中止」
長い沈黙の後、
「………………やだ」
という答えが案の定帰ってきた。ちょっと涙目で。
「涙目で言ってもダメ」
「…………うー、お願い。これは私の夢だから!」
「夢で戦争できたらいいんだがなぁ」
「……だ、だめ?」
「上目遣いでかわいく言ってもダメ」
危うく落ちそうになってしまったけどダメなものはダメ。
「じゃあ……例の輸送機械開発はしない。魔像削減にも魔石削減にも協力しないし新型の魔像も作らないし!」
「子供か!」
夏休みの宿題をサボる小学生か何かか!?
「じゃあ別の奴に開発させるからいい」
「……別の奴、いるの?」
「いるだろ」
たぶん。
と思ったら、横からそれを否定する声が。
「いや、おそらくいないな」
「……えっ?」
陛下が腕を組み嘆息しながらそう答えた。
「魔像という兵器自体、彼女の発明品だ。そして彼女以外に、魔像を開発出来た者はいないのだ」
「…………えー」
レオナってそこまで凄い奴だったのか……。
でもこれは少し困るな。兵站局と開発局が対等ではなくなってしまうと言う意味でもある。こういうのは独占されたらダメだ。適度な競争がないと困る。
「レオナ、お前が気乗りしない度にそれを持ち出すつもりか?」
「そこまで子供じゃないし……」
不貞腐れながらそう言われても説得力ないんだよなぁ……。
「とは言っても、あのマスレは金が掛かりすぎる。敵は待ってくれないし」
「弐号ちゃんの開発続行認めてくれたら、もう文句言わないから! なんでも言うこと聞くから!」
「ん?」
今なんでもするって言ったよね?
「おいアキラ、悪い顔をしているぞ」
「いやですねぇ陛下、そんなことはありませんよ」
読心術の使い手がいるの忘れてた。変な事は考えないようにしないと。
「……絶対、もう『魔像開発しない』なんてゴネたりしないか?」
「しない! 弐号ちゃんが作れるなら!」
「絶対に?」
「絶対に!」
「神に誓えるか?」
「神は信じないから陛下に誓います!」
「ふむ。だそうですが陛下」
「安心しろ、ちゃんと聞いた。レオナくん、約束は守れよ?」
「大丈夫です!」
よし。陛下に誓うというのは魔王軍においては信用できる誓いの言葉だ。とりあえず神に誓うとか、一生のお願いとかよりは信用できる。
「仕方ない。じゃ、マジカルなんとかの開発は続行していい。ただし、金を湯水の如く使って良いとは言ってないからな? 予算の範囲内でやるように」
どうせ今までもそれでやってたんだし。既得特権という奴で致し方なく認めよう。
それに巨大ロボの開発続行を認めるだけで良いものが作れるなら必要経費だと割り切ることができる。
できるんだよ。
できろよこの野郎。
と自分に命令しているのが実態ではあるが。
「うん、大丈夫。ありがとう! アキラちゃんも約束守ってね!」
「あぁ。魔王陛下に誓って、約束は守ろう」
俺がそう誓うと、レオナは今まで見たこともない様なとびっきりの笑顔を見せた。
やれやれ、今回は誰が一番得をしたのだろうか。
「まぁいい。とりあえず今後の新型魔像の研究と開発の方向性は見出せた。撤収するか」
「りょーかい。じゃ、魔像ちゃん使って片付けさせて物を運ばせるよ!」
「いや、陛下の収納魔術を使えば一発で……」
できる、と言おうとしたところで、はたと思う。
魔像って、輸送機械にできないのか?
いや地球という前例があるから、つい鉄道だの自動車だのを思い浮かべてしまったが、もうすでにこの魔王軍には魔像がある。
「レオナ。度々申し訳ないんだけど、なんで魔像を輸送用に使わないの?」
馬車じゃなくて魔像車でもいいはずだ。
なんなら線路を敷いて魔像を動力にするという馬車鉄道ならぬ魔像鉄道でもいい。
「……輸送、用?」
「おい待てなんだその『それは思いつかなかった』みたいな顔」
「だって魔像って戦闘用に作られたものだもの。戦闘に求められる能力と輸送に求められる能力は違うから簡単に転用できないし、前線を支える戦闘用魔像の生産量を減らして輸送用の魔像を作るのはちょっと、ね?」
「まぁ、言いたいことはわかるが」
でもどの道、前線は支え切れていない。
それに戦闘用魔像はどれもこれも人類軍の兵器の前には無力だった。
「それに輸送は馬車とか人馬族に任せられるじゃない。でも戦闘用魔像の代替はないのよ」
「なるほど。……でも、馬車にないメリットが輸送用魔像にあるのも確かだよ」
馬車を引く馬にも水や馬草を与えなければならないし、当然馬や御者の疲労を考慮して適度に休息を与えなければならない。それは人馬族でも事情は同じ。これは生命である以上仕方のないことなのだ。
でも、生命ではない魔像なら話は別だ。
疲労はしないし自動運転でなんとかなるし、エネルギー源は魔石で馬草や水や食料とかいう余計な重量物を一緒に運ぶ必要はない。
その分、魔像修理用の部品や工具なんかの調達しなければならないだろうが、そもそも馬よりも魔像のほうが馬力が高いし餌なんかと違って恒常的に必要なわけじゃない。
「勿論、戦闘用に特化した魔像をそのまま輸送に転用するのは無理があるのはわかる。だからレオナ、兵站局として正式に要請するよ。『輸送に特化した魔像』の開発をね」
「輸送用魔像かぁ……。今までやったことないから時間かかるかもしれないわね」
「期待してるよ。もし成功したら……マスレ弐号開発予算増やしてもいいよ」
「やる!」
うん、ちょろいな。
こうして、魔王軍の抱える兵站問題のうちふたつは解決の兆しが見えてきた。
ひとつは多種多様に存在する魔像の削減。
もうひとつは、高効率の物資輸送手段の確立である。
マスレ弐号はまぁ、必要経費と思えばいいんじゃないかな。
とりあえず、一歩前進ということで。