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安物買いの……

 魔王軍の大規模攻勢の準備は着々と進んでいる。


 大規模兵站輸送機械、現地人類とのコミュニケーションの手引き。

 そして当然ながら戦闘用魔像やその動力たる魔石、軍人が飲み食いする食料・飲料水、並びに前線へと至るインフラの整備、それらを効率よく行うための兵站計画の策定。


 兵站局に休日はない。攻勢作戦が一段落するまでは休めないし、一段落したところで事後処理があって結局休めないんだろうなという一抹の不安と共に、今日も今日とて書類と向き合う。


 日に日に減る予算、迫りくる作戦実行予定日、そして魔王軍実戦部隊からの苦情。


「…………なぜ私はどの世界に来ても社畜離れできないんだろうか」

「兵站局立ち上げ当初に比べればまだマシでは?」


 こういう愚痴にいちいち付き合ってくれるソフィアさんだけが心の拠り所である。


「やっほー! アキラちゃーん! 元気ー? 元気なわけないかー!」


 こういうときに呼んでもいないのにやってくるレオナだけが心の荒み所である。


「…………」

「うわ、本当に元気なさそうじゃん。大丈夫? ソフィアちゃんの尻尾モフる?」

「カルツェット様? 何を言ってるんで「モフる」って、アキラ様? ノータイムで答えないでください!」


 癒しが欲しい。卵かけご飯が食べたい。そう思う日々である。


「だって……もう、ねぇ? アレがソレでナニだったからさ……」

「ソフィアちゃん、翻訳」

「先日、新型対空装備の開発受注が決まって今日進捗を確認したら惨憺たる結果だった、と言っています」

「待ってなんでわかったの? 夫婦だから?」

「いえ、今日はその愚痴ばかりなので……」


 レオナは「夫婦なのは否定しないんだ……」とぶつぶつ言いながら、首を傾げる。


「ていうか、新型対空装備の開発受注なんてあったの? 開発局(わたし)聞いてないんだけど」

「開発局は例の大型兵站輸送用魔像の開発で手が一杯だろうというのと、仕事先を分散させて『開発局・設計局贔屓が過ぎる』という批判をかわすために、開発局と設計局には声をかけてなかったんです」


 説明する気力もない自分に変わって、有能ソフィアさんは代弁してくれている。


「別に気にしなくていいと思うんだけどなぁ……いいものが出来ればいいんだし?」

「とは言え、『兵站局局長は開発局の女性技師と設計局のロリ局長にうつつを抜かして金を貢いでる』とまで噂する戦闘部隊もいますから……」

「実際にうつつを抜かしている相手は秘書の方なのにね!」

「うつつを抜かす前に仕事してくれたほうが個人的は嬉しいです」


 ソフィアさんがちょっと冷たい。いつものことだけど。


 さて、時は少し巻き戻る。

 人類軍の飛行兵器は恐竜的進化を果たしており、今や全金属性単葉機、つまり零戦やF4Fのような航空機が空を支配する時代になっている。


 それに対して魔王軍の航空戦力は、未だに「飛竜」という生体兵器に頼っている。飛竜は旋回性能こそ、人類軍の複葉機をも上回るものの、最高速度、巡航速度、実用上昇限度では航空機に遠く及ばない。

 ミカサ設計局に飛竜のアップデートを頼んでいるものの、どうも苦しんでいる様子。


 というわけで、急場の策であるが「対空兵器」の開発を、前線部隊からの要望によって行うことになった。

 しかし大規模攻勢を前にして予算の獲得は難しい。兵站局だって欲しいし、戦闘部隊も欲しい。開発局、設計局からも追加予算が欲しいという嘆願は来ている。魔・人語会話集の作成作業をしているコレットさんからでさえ「今日、なにか奢ってくれるんでしょ?」と俺の財布を付け狙ってくる。怖い。


 そこにさらに新プロジェクトで予算を振り向けられるかというと……ムリダナ。


「で、開発局と設計局以外の所に投げたと」

「そういうことです」

「ふーん……まぁ、そこまではわからなくもないけれど……どこに投げたの? 魔都中央研究所? それともガンダルヴァ高等学院? あ、海軍の造兵廠っていうのもあるか!」

「あぁ、そこも手を挙げていましたが、どれも提示された開発費が超過されていましたので……」

「そう言えば聞いてなかったけど、開発予算っていくらなの?」


 いよいよ核心を突くレオナ。そしてそれこそ俺のふさぎ込んだ気持ちの理由の最大要因である。

 ソフィアさんは「言っていいのでしょうか……」みたいな顔をしていたので、代わりに答えてやろう。


「4500万ヘルだな」

「うーん……1基当たり4500万はちょっと少ないかなぁ……? 個人的には6000万くらい欲しい。でもまぁ、ビックリするほど困窮してるわけじゃないみたいね?」


 と、レオナ。

 なるほど、やっぱり専門家の言うことは違うね。これら最初から開発局に……って、今言っても仕方ないか。


「カルツェット様、申し訳ないのですがその言葉には間違いがあります」

「え? どこ? まさか1基あたりじゃなくて2基だったとか?」

「そうですね。試作機1基あたり4500万ではなく、試作機5基合計4500万です」

「…………」


 驚きの安さ。価格破壊である。

 今思えばこの価格設定をした当時の俺は頭がどうかしていたのかもしれない。机上の予算の都合だけでこんな無茶ぶりをしてしまった。


 が、この話にはまだ続きがある。


「そしてこの要求に対してほとんどの機関やギルドは『無理だ』と言ったんですが……」

「そりゃそうよ。私ならアキラちゃんに暗殺用の老化魔法をぶち込むところよ!」

「おかしいな。それだいぶ前にやられたわ」


 レオナと出会った時の話である。魔王陛下の呪いのおかげで助かったけれど。


「大丈夫! 改良してあるから!」

「なにが大丈夫なの?」

「まぁまぁ、いいからいいから。で、話の続きは?」

「あ、はい。……で、大方のギルドや研究機関はその後手を引いたのですが、一か所だけ、できると言ったんですよ」

「え? どこ? わたし知ってるかな?」

「『ミズナ製作所』です。この製作所が提示してきた開発案は5基1900万でイケると言ってきましたので、開発承認致しました」

「……え? は? え?」


 れおなは、こんらんしている!


 1基6000万を想定していたレオナにとって5基4500万でもべらぼうに安いのに、5基1900万となると遥かにお安い。LCCでももっと真面な価格設定にするだろうに。


「ていうか、ミズナ製作所って確か……」

「はい。農業器具開発メーカーですね」

「鎌とか槌とかの?」

「鍬とか鋤とかのですね」

「…………で、どうなったの?」

「…………今のアキラ様の状態を見て察してください」

「だろうね!!」


 呆れてモノが言えないとはこのことだろう。

 ミズナ製作所が鍬とか鋤しか作っていない、というわけではない。一応、魔王軍に対しても装備の納入実績はあるし、最近どこかのパンジャンドラムに触発されて魔導兵器の開発に参入したとも聞いていた。

 そして最初の仕事に、と意気込んで作った対空兵器――ミズナ側の呼称では「アキメネス」らしい――の性能はそれはもう残念極まるものだった。


 有効射高は低く、精度は悪く、威力はあるが故障率も高く、可動率が低い。40発の試射を行ったところ25発が不発だったとかなにこれ、ポンポン壊れる砲か何かか?


 という出来である。

 当然、開発中止。ただでさえ少ない予算を無駄に失ってしまった、というわけである。


「安物買いのなんとやら、ってやつね……。アキラちゃん、大丈夫? 疲れてない?」

「なんも言えねえ……」


 よもやレオナに心配される日が来ようとは……。


「ま、高い勉強代だったってことで。今度からは予算はケチらないでよね!」

「あ、それは無理」

「ちゃんと反省して!?」


 いやいや、予算ケチらなかったら湯水の如く使う人いるから。レオナ・カルツェットっていうんだけどさ。

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