無駄をなくすための無茶な会議
第二回 兵站改善会議。
もしくは、第一回 魔王軍改革会議。
「では定刻となりましたので、会議を始めたいと思います」
魔王ヘル・アーチェ陛下主催、議事進行役は俺、というところは変わらず。
参加者も概ね変わらない。
しかし変わったのは、開発局から主任魔術研究技師官レオナ、そして主催である魔王陛下が直々にこの会議に出席したことである。
ハッキリ言ってかなり威圧感がある。
「……陛下の威を借りるとは、とんだ俗物ですな」
会議の主題に入る前、誰かがボソッと言った。
先日のように陛下の前で堂々と悪口を言うのは流石に躊躇われたらしい。
でも俺にとって重要なのはそこではない。
「会議の主題に入る前に、皆様の誤解を解きたいと思います」
「なんだ? 弁明でもするつもりかね?」
と、憲兵隊の吸血鬼が発言。憲兵隊らしく、尋問するかのような態度だ。
「弁明をする合理的な理由はございません。ただ単純な事実を申し上げるだけです」
「ほう?」
前回会議ならここで暴言が出る所だが、魔王陛下パワーでそれは出ない。
しかし俺はあえてその壁をぶっ壊す。
「単純な事実、それは皆様方が忠誠を誓う魔王ヘル・アーチェは、魔王としての器に乏しく、その座に相応しくない地位と職権を得ているということです。故に私は、分不相応にして至尊の地位に坐しているヘル・アーチェなる者の威を借るつもりは皆無であることを明確に宣言いたします」
瞬間、会議場内はざわめいた。
ざわめきは増し、飛び出す言葉は怒号や罵声となって俺に突き刺さる。
「――貴様、正気か!」
「これは十分に不敬な発言である! 憲兵隊、こいつを捕まえろ!」
「陛下を侮辱するか、人間風情が!」
「神聖にして不可侵なる陛下をそのように言うとは……!」
さすがに公然と魔王陛下を非難すればこうなる。
まぁ、そんなことは織り込み済みだが。
ちらりと上座の方を見れば、いつものように器の広い顔を見せることなく真剣に俺を見つめている魔王が鎮座していた。
「諸君、少し黙りたまえ」
魔王の声は、いつもの魔王の声ではなかった。
魔王の眼差しは、いつもの魔王の目ではなかった。
というより、これが本当の魔王なのだと理解した。
だって陛下の脇に立っている親衛隊が陛下の様子を見てビクビクしているんだもの。
「久しぶりだよ、アキラ。私の事を公然と非難したのは……数百年ぶりだよ」
「なるほど。どうやら勇者は魔王軍にはいなかったようですね」
そりゃそうだ。勇者は魔王を倒すためにいるのだから。
「アキラ、理由を聞かせてくれ。それ如何によっては、不敬罪に値するか侮辱罪に値するか、それとも何か別のものになるかわからないからな」
「わかりました。では説明しましょう」
魔王は、その肩書に相応しく冷たい声と目で場内を見渡して、暗に「アキラの発言の邪魔をするな」と言っている。そして同時に、躊躇なく俺を殺す準備をしている。
「ヘル・アーチェ陛下――えぇ、魔王の器ではないですが現状としてヘル・アーチェは魔王の座についているので一応尊称を付けますが――陛下は確かにお強い。私は人間であるが故に、魔術を扱えませんし、それを間近で見たわけでもありません。それでも、多くの者の信用に足る報告を聞く限り、陛下の強さは史上屈指であります。それが、ヘル・アーチェという一個人の存在が魔王と言う地位を得たのは……まぁ、一万歩譲って理解できましょう。ですがその強さ以外の部分に関しては、残念ながら私は陛下を『陛下』と呼ぶことを躊躇わせます」
「……続けろ」
「はい。陛下は強い。ですがそれ以外の部分では人の上に立つ者ではございません。陛下には人徳がある。確かにそうでしょう。人徳はあります。ただし、人徳とは対を成す『冷酷』さが、陛下には欠如されているように思います」
人徳があるのはいいことだ。上司としては尊敬できる。
人徳があれば、最高権力者あるいは最高権威者が多少無能でも見過ごすことができる。
しかし魔王軍における魔王とは、最高権力者である一方で、最高権威者でもあり最高意思決定者でもあり、そして最高司法権者でもある。
ひとつの人格にそれが密集していることの是非はともかくとして、それを遂行する者には魔王陛下自身の実力や人徳だけでは到底足りない。
その代表が、冷酷さである。
権力者は、時に臣下や臣民に対し冷酷に、冷淡に接しなければならない。
陛下は確かに良い方だ。それは俺も認める所ではある。上司としては。
つまりそれは、彼女は権力者ではなく、ただの上司だということ。
無論、最高権力者兼最高権威者兼最高意思決定者兼最高司法権者なんていう長たらしい肩書を持つ人間がそれぞれの職責に必要な技能や能力を持てというのは、流石に無理な話だ。
たとえ魔王であろうと。
だから魔王の傍に側近を置いて、その役目を分担する者を置かなければならない。
例えば最高権威者・権力者として魔王が君臨し、最高意思決定者として宰相を置き、最高司法権者として司法長官を置くとかね。
しかし陛下は、それらの対策を何もしていない。
「陛下は、ご自分で前線に出て穴を塞いでいることで魔王としての職責を全うしていると思いのようですが、それだけで最高権威者・権力者・意思決定者・司法権者としての全ての職責を全うしていると勘違いなさっている。あるいは、見なかったことにしている。それを私は、この場で弾劾しています」
「私が、すべき仕事をしていないと、君は言うのだね?」
「左様です。陛下の怠慢によって放置されていた問題について、不肖、この私が説明させていただきます。……ソフィアさん、例の資料を配ってください」
「畏まりました。アキラ様」
ソフィアさんが陛下や親衛隊を含めたすべての会議参加者に配っているのは、ここ二週間で死ぬほど集めた資料である。
そして資料が全員に行き渡るか行き渡らないかのところで、再び場がざわついた。
「これは……!」
陛下も驚きのあまり声を漏らしていた。傍に立つ親衛隊も目を白黒している。
その一方で、面白いくらいに顔を青くしている奴もいるが。
「アキラ、これは君が調べたのか?」
「……正確に言えば、ソフィア・ヴォルフと、ウルコ輸送総隊司令官の協力を得て、私が纏めたものです」
「……そうか。なるほどな」
陛下は目を瞑り、納得したように何度も頷いた。
そして俺の対面に座っていた、憲兵隊の吸血鬼が吠えた。
「こんなものは出鱈目だ!」
「いえ、出鱈目ではございません。長らく放置されていた魔王軍の『癌』であり『膿』であり、そして陛下の『怠慢』の証拠であります」
「何の証拠があって……これは捏造に決まっている! そんなものを陛下に渡すなど、不敬であるぞ!」
「この問題に関してあなた方が不敬云々する権利はありません」
だってこれ、魔王軍で不正を行っていた者のリストだもん。
お前の名前もあるぜ、名前も知らない憲兵隊吸血鬼さん? あと情報局とか魔都防衛司令部の人間の名前もちらほら……。
ここに名前が挙がっている者の不正は単純だ。管理が杜撰で整理されていない倉庫から物資をちょろまかすと言う、ネズミ以下の事をしたのだ。
「何の証拠がある!」
「証拠? いっぱいありますよ? 今まで管理が杜撰すぎて証拠を残してもばれなかったからでしょうね。輸送隊倉庫に関する件とか」
俺が来てから、輸送隊倉庫の管理は強化された。
だけどその情報は周知徹底されているわけではない。
する理由も特になかったし、この会議で成果を強調するために伏せていたのだけれど、まさかこのようなことになるとは。
つまり管理強化したはずの倉庫から物資の入った木箱が消える事件が多発したのだ。
しかも消えた木箱の中身は酒や魔石など、市井で売り払えばそれなりの金が入るような物資だけ。これでまず不正事件があることがわかる。
不正がある、ということがわかれば後は簡単な犯人探しだ。
待ち伏せすればいい。その後すぐに捕まえずに背後関係や因果関係を調べる。証拠もしっかりと押さえる。
「あなた、魔都のギルドに紅魔石流してますよね?」
「……何の話か分からないな。根拠のない言いがかりはやめたまえ」
「言いがかりとは失礼ですね。証言も証拠もあるというのに」
ギルド関係者の証言は勿論、証書も見つかった。
魔王軍なんかより民間のギルドの方が文書主義が進んでいると言うのは少し笑ったが。
……あ、そうだ。いいこと思いついた。民間から人員を集めようかな。前線勤務じゃなくて後方事務なら人手もそれなりに集まるんじゃないかしら。公務員ってことだし。
よし、これが終わったら陛下に早速提案してみよう。
「その証言も証書とやらも、捏造されたものに違いない! 私を陥れようと、そして、貴様の地位を高めようとする偽りの証拠だ!」
「いや、私が地位欲しさにこんなことをしているのなら会議劈頭に陛下のことに言及するはず有りませんがね。まぁそれはいいでしょう。それよりもあなたのことです。動かぬ証拠というのがございます」
そう言ってから、テーブルの上に箱を置く。
置いたのは木箱だ。輸送隊倉庫に保管されているのと同じ木箱。ただし違うのは、これが輸送隊倉庫になかったこと。
「『ブラド・ナハト』というギルドから見つかりました。『ブラド・ナハト』は確か……あなたのお兄さんが会長を務めているギルドですよね?」
「……だからなんだ。そのただの箱がなんだというのだ」
「いや、ただの箱じゃないんですよ。残念ながら」
そう、ただの箱じゃない。前述の通り、輸送隊倉庫で保管されているのと同じ木箱なのだ。その証拠に、この箱には大きな特徴がある。
「赤い記があるでしょう? これ、輸送隊が使用する木箱にしか描かれていないんですよ。それがなぜかあなたのお兄さんのギルドの倉庫で見つかったんです」
「…………」
ついに吸血鬼は黙った。魔王陛下にも俺にも目を合せず、明後日の方向を向く。
「少し越権行為かと思いましたが、ギルドの会計帳簿に関してもソフィアさんが調べてくれました。あのギルド、経営が火の車なのになぜか定期的に出所不明の紅魔石がどこからか搬入されてくるんですよね。遡れるところまで遡ったところ、およそ18年前から」
「…………」
「ところで、あなたが憲兵隊司令官になったのって何年前でしたっけ?」
「…………」
18年前でした。人事局の記録を遡ればわかる話だ。管理が杜撰で文書を探すのに苦労したけど。
でも吸血鬼はどうやら諦めの悪い生き物であるらしい。
「だからなんだと言うのだ! 私は何もしてないぞ、食糧のくせに! 何もできない無能者の癖に憲兵の猿真似をしおって! そしてあまつさえ陛下を侮辱し罵倒するなど言語道断である! 陛下、この者をこの場で断罪する御許可を――」
「――ナハト!」
ナハト、なるほどそれがそいつの名前か、と変なところで納得した。たぶん覚える必要はなくなるだろうが。
「ナハト、会議が終わるまで黙っていろ」
「――――ッ」
状況証拠じゃ、この吸血鬼は真っ黒なのだ。
そして本人曰く捏造されたと言う物的証拠もある。陛下が、そんな者の言葉を信じる訳がない。
「アキラ、続けたまえ」
「はい。許可を得て、陛下の弾劾を続行します」
この事件の最大の問題点は、少し調べればこのような事例がボロボロと出てくるということ。
つまり難事件じゃないのに表沙汰にならなかったと言うことだ。それは、魔王軍と言う組織自体が何もしてこなかったと言う意味でもある。
自浄能力を喪った組織。なんとも末期。
「このことは、決して難しい不正事件と言うわけではございません。むしろ簡単な方でしょう。聡明な魔王陛下ともあろう方が、そのことに気付かないはずがない。そうじゃありませんか、魔王ヘル・アーチェ陛下?」
「……………………」
今度黙ったのは、陛下の方だった。ただし、目は鋭く此方を射抜いている。
「臣下の行き過ぎた不正を見逃す程度量の大きい方は、君主としては失格です」
行き過ぎていない不正であれば、多少見逃しても良い。というのはある。
小事の不正で留まっているからこそ、大きな不正が起きないと言う理屈だ。それは状況によっては許される。
だけどこのような事が平然と行われ、そしてそれが組織全体の質を腐らせているのであればそれはもう小事とは言えない。
「陛下、あなたは誰ですか?」
「…………」
長い沈黙だった。
永遠に感じられる程の、長い沈黙がそこにはあった。
その沈黙を打ち破ったのは、陛下の凛とした声。魔王のような声。
「私は、魔王だ。この大陸を統べる、魔王である」
その言葉によって、第二回魔王軍改善会議は終了した。
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第二回魔王軍改善会議は、結局のところ兵站改善の議論が出ないまま終了した。
だけど、その日から魔王陛下が直々に指揮を執って魔王軍の急速な改革を行った。
不正を行った、ナハトとか言う吸血鬼の憲兵司令官は当然の如く更迭の上に拘禁された。彼に関与し不正に利益を享受していた者も同様の運命を辿った。
ナハト以外にも不正を働いていた者がいたが、そいつらに関しても事件の大きさによって大なり小なりの刑罰を受けた。
そして公然の場で魔王陛下を罵倒・侮辱した者、というか俺は――、
「アキラ。私を罵倒した罰として、兵站の改革を進めろ。他の奴らに文句は言わせんよ。……もっとも、あの会議に参加した者で君に逆らおうなどと考える勇者はいないだろうがね」
ということである。
つまり今までと何も変わらない。
「こっちは冷や冷やしましたよ。まさか魔王陛下を弾劾するなんて……」
「仕方ないじゃないですか、それしか方法思いつかなかったんですから」
大胆な、大規模な改革はやはり話し合いじゃなくて強力なリーダーシップを発揮して多少強引に推し進めた方が良い。
俺にはその器はないし、やはりそれをやるのは陛下しかいなかった。
「でもこれで、ようやく前進できます。ソフィアさん。いくつかお願いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「なんなりと言ってください、アキラ様」
珍しくソフィアさんは少し微笑んで、言われた通りのことをきちんとこなしてくれた。
ジャンル別日間3位となりました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします