急進的な行動も時には必要です
「――というわけで、開発局の賛成を取り付けてきましたよ」
説得と恥ずかしい話をして、2つの本題を無事に開発局に通すことが出来た俺は、早速その戦果をソフィアさんに伝えたところ、
「お疲れ様です」
意外にも無表情に「そうなんですか」と言った感じで乾燥した言葉を返した。
「もうちょっとなんとか言ってくださいよ。苦労したのに」
「ですから、お疲れ様と言ったのです」
「えぇ、まぁ、うん。ありがとう」
もういいや。ソフィアさんが冷たいのはいつものことだし。
「まぁ彼女がどういった理由で賛成してくれたかは重要な問題ではありません。これで、ようやく、私の兵站改革が前進しました」
少し前の文書主義推進化計画は順調とは言えない。
理由は味方が少ないから。でも後方支援を担当している開発局、輸送隊の賛成が得られればある程度進歩があるだろう。
「魔像・魔石の削減もそうですが……その、新たな輸送手段の開発と言うのは実現可能なのでしょうか……?」
「可能だと思いますよ。あのレオナ――さんならね」
確証はないけれど、でもマッドならそれくらいやってほしい。
新たな輸送手段の開発こそが、兵站改革の中でも重要なものだから。
「これで短期的な成果を出して、改革を推し進めていきたいですね」
「しかしアキラ様、どうしてそんなに必死にするのですか? 陛下からは100年でも良いと言われたのですから、ゆっくりやっていく方がいいのでは」
「勿論、ゆっくりやっていければそれでいいんですけれど……」
「では、なぜ?」
「簡単ですよ」
魔王軍は、各種族が持つ思念波や通信魔術によって、まるで暗号無線のように遠距離で通信ができる(無論、魔力量によって通信距離に制限があるらしい。魔術の才が無い者の為に、開発局が通信用魔道具を開発した)。
だがその通信の高速化に伴って輸送の高速化が実現していない。
必要な場所に必要な時に、というのが理想の兵站。
でも馬匹を中心とした輸送では、それはすぐに壁にぶつかる。というかぶつかっている。大雑把な輸送計画と現地調達によって維持されてきた魔王軍もそろそろ限界だ。
そのために必要なのは抜本的な兵站改革、兵站システムの構築。
具体的には兵站専門の部局を設立させてその指導の下に兵站を動かすこと、無駄を極力排除してリソースを確保すること、そして最後に輸送と通信の高速化と正確化を図ること。
それを、出来る限り短期間で行いたい。
魔王陛下は俺に「10年とは言わず100年でも良い」と仰ったが、でも現代の技術力と発達具合を知っている俺からすれば、100年は長すぎる。
短期的な成果を出すために、まずは新たな輸送手段を確立させる。それで味方を増やして、最悪ゴリ押しでもいい。
「そして長期的には、我々が相手する人類軍並に強固で粘り強い軍隊を作りたいですね」
軍隊そのものの強さと、兵站による粘り強さと言うのが、近代戦争には必要だ。
中世欧州風ファンタジー世界のくせに戦争の仕方はもう近代そのものだ。
「かなりの突貫工事になります。だからソフィアさん、こんな俺ですが手伝ってください。ヘル・アーチェ陛下と、そして私たちのために」
人員の確保が難しい以上、今は2人で頑張らなければならない。
頭を下げて、ソフィアさんにお願いした。
でもソフィアさんから帰ってきたのは、賛同でもなく反対でもなかった。
「……ひとつ、良いですか?」
それは疑義だった。
「アキラ様がそのような努力をして、もしその努力が実ったとしたら、あなたは同族である人類を間接的ながら殺した重罪人ということになります。そのことに関して、罪悪感はないのですか?」
「……難しい質問ですね」
確かにその通り、俺は人間だ。
そして敵も、また人間だ。
でも人間同士で戦うことに関して罪悪感があるかと問われれば、答えは半分YESであり、半分NOである。
「たぶんこれが人魔逆転していても、俺は罪悪感を覚えたかもしれませんね。人殺しですから。……でもそれ以上に、ソフィアさんや、レオナ、なにより魔王陛下が人類軍に蹂躙され、殺されるところを見たくないのですよ」
純粋にそう思う。来てから数ヶ月しか経っていないが、みんな良い人だと言うことはよくわかった。
だから、そんな彼女らを守りたいと思うのはいけない事だろうか。
「本当は前線に立って守りたいんですけれどね、男としては」
それは男のロマンだもの。ここは俺が護る、だからお前らは早く逃げろ。というのは憧れる。
だがそんなことができるほど、俺は強くないから。
「これで、答えになりましたか?」
レオナに引き続き恥ずかしい話をしてしまった。出来ることであれば、これっきりにしてほしい話である。
だから納得してほしいよ、ソフィアさん。
「……はい。わかりました、アキラ様。補佐として、秘書として、貴方様に全力で協力いたします」
「ありがとうございます、ソフィアさん」
こうして少しづつ、兵站局はその仕組みを構築していった。
---
で、心情を話せばすぐに結果が伴うのなら苦労はしないんだけれどね。
「……成果が出ていないわけではないんですが」
と、ソフィアさん。
曰く、例の輸送隊倉庫の整理はだいぶ改善されたと言うことだ。
木箱に色を塗るだけの単純な対策だったけれど、効果があったようで何より。
「兵の教育に関する制度の創設も、草案は出来ています。あとは関係各所との会議でそれを通すだけなのですが……」
「問題はそこですよねぇ」
会議でこちらの改革案を出すことの難しさは何度も説明した通り。
交渉材料となる「成果」もまだ十分ではないし、味方と言えば輸送隊だけ。
「一応、魔像・魔石開発の一部見直しを開発局が同意してくれましたので、次の会議では開発局も参加させるべきかと思います」
「でもレオナさんって会議に出るような人間じゃないですよね?」
「…………まぁ、そうですが」
狂気的魔術研究者もとい開発局主任魔術研究技師官であるレオナは、良くも悪くも研究一筋の猫人族である。
そしてどこの世界でも、研究屋というものは研究分野以外の会議に出席することを好む生き物ではない。
「開発局のトップって誰です?」
「待ってください。人事局から貰った資料によると――開発局長は7年前に死去した後空位になっていますね」
なんだか嫌な予感がしてきたぞ……?
「じ、次席は?」
「……開発局主任魔術研究技師官、つまりカルツェット技師のことです」
「次席が技師って…………事務方のトップの方は?」
「……………………」
答えの代わりに長い沈黙。
そう言えば、そもそもの話開発局には3人しかいなかった。そして開発局長もいなかった。
そして3人共技師官で事務方の者がいない。
つまり歯止め役がいない中でマッドなレオナは研究していたわけで……。
「畜生め! いくらなんでも自由すぎんだろ!」
気付けば俺は叫びながら執務机に何度も頭を打ちつけていた。
痛い、でも魔王軍はそれ以上に痛い実情だった。
「アキラ様! 気持ちはわかりますが落ち着いてください!」
「落ち着いていられますかこれが! 畜生!」
ええい、こうなったら魔王陛下だろうがなんだろうが言ってやる!
自重しろ!
陛下自重しろ!
あなたがかっこいい魔像を与えられたらホイホイ開発承認して予算と物資与えるからマッドが調子ぶっこいて自重しなくなるじゃん!
「ソフィアさん! こうなったら手段は選んでられませんよ! 再来週の改革会議までに『攻撃』材料を揃えておいてください!」
「は、はい。……って、攻撃材料?」
「そうですとも!」
堪忍袋の緒が切れた!
こんな魔王軍と一緒にいられるか! 俺は魔王軍を無理矢理にでも変えるぞ!