握り拳では握手はできませんよ
こうして、仇敵救出作戦たる「マイン・フロイント作戦」が発動した。
食糧、医薬品を始めとした物資を後方からピエルドーラ陣地を経由して輸送。
勿論、人類が大嫌いらしいオリベイラ司令官以下魔王軍一般兵には内緒だ。
作戦に参加するのは魔王親衛連隊、兵站局員、輸送隊、戦時医療局員。合わせて一〇〇にも満たない小さな部隊が、人類三千余人を救うべく動く。
魔王陛下自身がこの作戦を主導したこともあって、人類と魔族は特に諍いを起こすことは――
「んだとてめぇ、今なんつったんだ!?」
『この野郎俺の事バカにしたんじゃないだろうな!?』
ないはずがない。
陛下への忠誠篤く作戦の意図を知っている親衛連隊諸氏はともかくとして、輸送隊などに所属する兵は、良くて不信感を露わに、最悪の場合ご覧の通り喧嘩を始める。
しかし人類と魔族の使う言語は別。当然ながら言語コミュニケーションは成立しない。
それがさらなる不仲を招く。
「こらこら、お二人さん何やってるんですか。落ち着いてくださいよ」
と言うわけで、なぜか人類と魔族の言葉両方が理解できる俺が喧嘩の仲裁をする羽目になった。
兵站局ってこういうことも仕事のうちなのだろうか。
なんで俺は両方の言葉が理解できるのだろうか、という疑問に関してはたぶん難しい問題じゃないと思う。
この世界に来てからずっと、俺は日本語を話し、日本語を聞き、日本語を書いて、日本語を読んでいる。
それで特に問題なくコミュニケーションが回っていることを考えると……、これが召喚特典というやつか。
もっと他の能力が欲しかったです、陛下。
ま、まぁ、それはさておき。
「しかしアキラさんよぉ、こいつが――」
「言葉わからないでしょう?」
「そうだけども」
言葉がわからないのに喧嘩をするという器用なことをやっている連中を宥めて、話を聞いて誤解を解いて、不承不承な感じで仕事に戻るまで粘る。
双方の敵対感情は千年程積もり積もっているので仕方ないが……骨のある作業だ。
あぁ、日本のクレーム対応を思い出す嫌な仕事だ。
まさか異世界に来てまでそれをするとは思わなかった。
そして俺は喧嘩の仲裁をしながら兵站の仕事もしなきゃいけないわけで。
「はぁ……」
「アキラ様、お疲れですか?」
「まぁ、ちょっと」
溜め息をついたら、ソフィアさんに心配された。
あのことがあって以降、ちょっとソフィアさんとは目を合わせずらい。
数日前とは別の意味で、ソフィアさんとの会話が続かない。
なにせ俺は、その、まぁ、彼女に告白されたわけで……。
やばい。顔から火噴きそう。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
頭を抱えた俺の顔を、彼女が心配そうな表情で覗き込んできた。
そんなことされるともっと意識してしまう。思わず顔を背けてしまった。
「……また、何か隠し事してるんじゃ」
「してない、してないです! ただ単純に、久しぶりにソフィアさんの淹れたコーヒーが飲みたいと思っていただけです」
咄嗟に嘘を吐いた。
読心術の心得がある彼女にどこまでこの嘘が通じるかはわからない。
でもソフィアさんは気付かなかったようで、クスリと微笑んで言った。
「今はダメです。帰ったら、淹れてあげますよ」
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喧嘩の仲裁をするだけでは抜本的な解決にはならない。
人類軍に対してはバーク議員とやらの人となりに任せるしかないだろうが、こっちはこっちで対策をする。
『人類に対して喧嘩を売る行為は、人類を助けようと思う魔王陛下に対して喧嘩を売る行為である』
『我らが優しき陛下は、人類に対しても寛大たろうとしている。にも拘らず人類に対して寛大な態度を取らず、ましてや喧嘩を売る者をもし陛下が見たら、きっとお嘆きになるだろう』
と作戦参加中の魔王軍にそれとなく伝えた。
効果があったのかわからないが、これ以降、陛下に配慮してか人類に露骨に喧嘩を売る奴はいなくなった。
あとは普通に物資を運び、余裕が出来たら遺体捜索を始める。
休む暇は殆どなく、昼夜を通して働いた。
そんなことを四日ほど続けていたら、徐々に変化が訪れた。
まず第一に、喧嘩の仲裁をする回数が少なくなった。
第二に、魔族の疲労を見た一部の人間が、魔族に対して「何か手伝えることはないか」と聞いたり、飲み物を配ったりということを始めたのである。
その傾向は、特に子供に多かった。
「おねーちゃん、その頭についてるのなーに?」
「え? あぁ、これは耳ですよ」
「犬みたい! さわらせて!」
犬と言う単語が聞こえたとき、ソフィアさんが一瞬顔を引き攣らせた。
だがすぐに怒気を収めると、しゃがみ込んで子供たちに耳を触らせていた。
うん、扱いが完全に犬だ。頭を撫でられたりお手と言われたり。
畜生羨ましい。
「アキラ様、なにか?」
「ソフィアさん、怖い顔しちゃダメですよ。子供が怖がります」
「ぐぬぬ……って、あぁ、尻尾はダメです! そこは敏感なので触ったら――ひゃふんっ」
頑張れソフィアさん、人魔関係の宥和の為に。
そしてさらに二日経つと、魔王軍の方にも変化が出た。
この頃にはほとんど喧嘩はなく、言葉はわからずとも双方が助け合うと言うことをした。
震災という極限状態にあって、双方への理解が進んだ結果であろうか。
初日に喧嘩した二人は、今となってはそれぞれが持っていた嗜好品(酒と煙草)を交換するまで仲がよくなったようである。
それを見ると戦争中ということを忘れてしまう。
その認識は、いつの間に近くに来たバーク議員も同じだったようだ。
「この光景を見ると、なぜ私たちが戦争しているのかわからなくなるよ」
「……ですね」
今目の前にある光景を見れば誰だってそう思う。
「それよりいいのかい? 君達魔族の様子を見るに、今回の作戦、完全に合意の上で行っていないんだろう?」
バーク議員の言葉は、間違ってはいない。ペルセウス作戦の時は誰もが作戦に従ったが、今回はそうじゃない。
特にオリベイラ。
そのあたりの事は、帰ってからの課題だな。
でもそれより、バーク議員が「君達魔族」と言ったということは、俺の事を「魔族」と認識し人間と認識してないと言うことなのだろうか。
少し驚いた。
案外、魔族と人間は本当に些細な差しかないのかもしれない。
それはさておくとして、バーク議員の質問にはなんて答えようか。
正直に答えてしまうのもなんだし、ここは適当にはぐらかして――と思ったら、通信用魔道具が鳴った。
相手は、今最も喋りたくない人物。ただ出ないわけにはいかないので、一応出る。
「もしも――」
『この無能者め!』
挨拶する暇もなく、オリベイラの罵倒の言葉が届いた。
通信用魔道具はテレビ電話の要領なので、その光景は当然バーク氏にも見える。
『貴様は陛下から与えられた親衛連隊と数多くの物資を浪費しておいてまだセリホスを奪還できないと言うのか! この役立たずの劣等種族の家畜野郎め! これだから兵站局と言うのは信用が出来ないのだ!』
唾が投影されたオリベイラの口から飛ぶ。映像だから俺の顔にかかることはないが、本当に飛んできそうな勢いの罵倒の言葉だった。
『いいか貴様! この作戦の責任者はお前だ! もし失敗してみろ! 兵站局共々、陛下にそう報告するから、覚悟し――』
「アー、ゴメンナサイ。通信状況ガ悪イミタイデース」
ボキッ、と俺は通信用魔道具を真ん中でへし折った。ふぅ、すっきりした。
「……壊していいのかい?」
「安心してください。予備があります」
予備もなく通信機をへし折るアキラくんじゃありませんことよ。
「……そんなことをしたら、帰りにくいんじゃないか? 何を言っているかサッパリわからなかったが、彼、怒っているのだろう?」
「えぇ、まぁ。彼は、この町を襲撃しようと躍起になっていたようですから、余計です」
つい、そのことを喋ってしまった。
バーク議員はそれに興味を持ったのか、オリベイラがどんな魔族かを聞いてきた。魔族に対して偏見を持たれては困るため、町を占領しようと強硬に攻勢を主張していた司令官とだけ伝えた。
そしたら、バーク議員は何か意味深な表情を浮かべた後、思い出したように目を見開いて言った。
「そう言えば、この町にダイヤモンド鉱山があるのを知っているかね? 私たちがここを占領する前からあったそうだから、魔族の中でもあれが価値ある宝石なのだろう?」
「え? 鉱山があったんですか?」
その話は初耳だ。
え、なに。ダイヤモンド鉱山? 確かに魔都にある宝石店でもダイヤモンドは高値で取引されているけれど……。って、もしかして……?
『ダイヤモンド鉱山がある町に、執拗に攻勢を主張するオリベイラ司令官』
こんな文章が頭の中を走り回った。
いやいや、まさか……まさか……。
……あとで陛下に相談しよう。あぁ、頭痛い。
「やれやれ、君達も大変だね」
そして敵からも心配された。
「お言葉を返すようですが、それはそちらも一緒では?」
「いやいや。私はこれでも祖国では地位が高いんでね。心配は御無用」
なるほど。バーク議員は国会議員でそこそこ名のある人物と言うことか。
そんな人間が最前線でこんなことをしているのだから、なんとも間の悪い……いや、丁度いい話なのだろう。
それから暫く彼と雑談していた時、ソフィアさんが駆け寄ってきた。
ソフィアさんは人間であるバーク議員に反応して少し躊躇うも、すぐに気を取り直して綺麗に敬礼した。
「あ、アキラ様。ご報告が」
「どうしました?」
「いえ、その……人類軍の一部が山越えしているのを飛竜隊が確認しました。このままだと、明日の夕刻にはセリホスに到着する模様です」
なるほど。海空輸送は諦め街道復旧も諦めて山を越えるルートを選んだか。
救援物資を背負いながらだろうから、かなりの重装備だろう。人類軍も大変だな。
でも、これでゆっくりする暇もなくなった。
「陛下の方は?」
「まだ何も。ですが時期に決断があるかと思われます」
「わかりました。すぐに兵站局の方はすぐに準備を。現在輸送中の部隊は待機命令に切り替えてください」
「畏まりました。……では」
言って、ソフィアさんは俺に、次いでバーク議員に敬礼して走り去る。
人類に親戚を皆殺しにされ孤児となったソフィアさんが、赤の他人の人間であるバーク議員を目の前にしても動じなかったことは、彼女の方でも何か心の変化があったのだろう。
俺はバーク議員に事の次第を教え、すぐに撤退するかもしれない旨を伝える。
するとバーク議員が最初に放った言葉は、感謝の言葉ではなかった。
「……どうしてだろうな。会ってまだ一週間程なのに、古くからの親友と別れる気分だ」
その言葉に、全てが詰まっていた気がする。
今目の前に広がる、人類と魔族のささやかな平和が、もう終わりと言うことなのだから。
文字数の関係でちょっと駆け足になってしまった……