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収納魔術は最強?

 兵站において最も重要な仕事が「補給」と言ったら、否定出来る奴はそういないと思う。

 補給が切れた戦闘部隊の末路なんて歴史や戦争シミュレーションゲームを見れば明らかである。


 ではその補給物資をどうやって前線に運ぶのか、つまり輸送の方法についても検討をしなければならないわけである。


「魔王軍の物資輸送方法って何があるんです? やっぱり馬匹?」


 中世とは言わないまでも魔術万歳のファンタジー世界。

 人類軍は空を飛んでいるからきっと鉄道もあるだろう。だけど魔族側はそうでないと思うんだ。


 だからファンタジーではお馴染み、地球でも世界大戦では普通に使っていた馬車が物資輸送の要だと考えていた。


「それもありますが、収納魔術もありますよ」

「収納魔術。そういうのもあるのか!」


 最強魔術来た。これで勝つる。


 ゲームの世界ではよくある、アイテムボックスの中にやたら武器・防具・消耗品を詰めあわせ出来る魔術、それが収納魔術。


 小説でもそれで輸送チートしたりするし、場合によってはそれで輸送問題は一気に解決。

 ドラゴンだかワイバーンだか、空飛ぶ魔獣に収納魔術使いを載せてやれば立派な戦術・戦略輸送機の完成だ。


「どれくらい収納できるんですか?」

「そうですね。使い手によりますが、エルフの大魔術師になると約26万リブラになりますね」

「……あぁ、リブラ、リブラね……リブラってなんだ」

「重さの単位ですが?」


 そういや世界が違うなら度量衡単位も違うはずだわ。


 リブラというのは、ソフィアさんが言った通り重さの単位である。長さの単位はヤルドとかマイラとかインケ。


 リブラは麦の重さを基準にし、ヤルドはヘル・アーチェ陛下の身体を基準にしている。

 そして物の重さや長さを正確に計測する「識別魔術」という超便利なもので計測するらしい。

 概算であれば魔術の素養があまりない者でもわかり、魔王陛下クラスになると小数点以下の数字まで正確に測れるそうな。

 また識別魔術というのは物や現象の名前を調べる「辞書」のような機能もある。ただし魔族にとって既知の物・現象であることが条件だ。


 閑話休題。

 ソフィアさんの魔術素養はそこそこなので、俺に対してその識別魔術というのをしてもらった。そこからメートル法に換算するとしよう。

 まぁ身長はともかく体重はだいたいになるけど。


「アキラ様は……身長約1.8ヤルド、体重は約130リブラですね」

「……うん、わかった。だいたいわかった」


 ヤード・ポンド法だこれ。いろんな意味で面倒臭い。

 旅客機に乗せる燃料の計算間違えてグライダー飛行しそうな度量衡である。


 ま、まぁ未来のメートル法との混用は置いといて話を戻そう。


 エルフの大魔術師が使う収容魔術の容量が26万リブラ。

 換算すると約120トン。そこから部隊が一日に必要な物資の量を計算しよう。種族によって数値が違うから、わかりやすく全て人間として考える。

 人間俺しかいないけど。


 兵士一人が一日に消費する水は、飲料水・生活用水合わせて約200リットル。

 水を精製する魔術があるにはあるが、それを活用するには部隊に魔術を使える奴がいて戦闘で一切魔力を使わないことが前提になる。天然の水も場所によっては潤沢にあるわけでもない。


 生活用水を切り捨て、最低限飲料水だけを確保するとしても、人間は一日に3リットルの水を必要としている。半分を食料なんかで摂取するとしても、前線の魔術使いにとってはそれだけでかなりの負担になるだろう。魔術師がいない部隊のことは考えたくもない。


 そして当然、兵士がゾンビでないのなら食事が必要だ。


 一日に必要な食糧は約2キロ程度。そこに飲料水を合わせるとだいたい3から4キロ。さらに士気を上げるために甘味や煙草、酒、珈琲などの嗜好品も必要になるのは当然。


 さらに軍人である以上、戦うための装備や消耗品が必要だ。


 魔石や魔像は勿論、衣料品、馬や飛竜なんかの使役動物の為のエサ、弓矢や剣を使うのならそれも必要だし、それらを整備するための道具も必要だ。行軍すれば軍靴はすり減りそれの替えも当然必要。


 そしてさらに当然の話として、それらは梱包された状態にある。まさかエルフの大魔術師が前線の部隊に生肉や剣をポンと直に渡すわけにもいかないだろう。渡されても困る。


 ビニール製品や発泡スチロールなんかがあるはずもなく、缶詰もおそらくない。あるのは木箱と瓶詰なわけで、嵩張るし重さもある。紙や葉で包んだとしても限度はある。


 そう言ったあらゆる事情を加味して必要量を計算すると……概算で10キロ。

 あくまで人間計算だからもっと必要かもしれないし、少ないかもしれない。


 そして残念ながら、これは「一人当たり」「一日当たり」に必要な量なのだ。


「ソフィアさん、前線部隊の兵員数ってわかります?」

「部隊によるかと」

「平均で良いですよ」

「……そうですね。例えば、アルキア高原に展開している魔王軍は三個師団だったかと。一個師団は約一万から一万二千です」

「とすると少なくとも三万か……」


 三万人が一日で必要とする物資総量は450トン。

 エルフの大魔術師が収納魔術を使って運べるのが120トン。


 ということは四人いれば余裕で運べると言うわけだね!

 んなわけあるか!


「ソフィアさん、エルフの大魔術師ってどれくらいいるんですか」

「数人ですね。片手の指の数を超えることはないかと」


 ですよね!

 そんなエルフの大魔術師がたくさんいたら困るよ! そもそもエルフって大抵のファンタジーだと数が少ないじゃないか。絶対数がいないよこれ。


 ソフィアさん曰く、収納魔術の常時展開に関しては特に制限がないとのことなので、この大魔術師を輸送隊に配属すればかなり楽になるだろう。


 が、楽になるだけで根本的な解決にはならない。


 それにエルフの大魔術師ってなにも収納魔術を使うだけの存在じゃない。

 俺の想像をはるかに超える大規模魔術をも扱えるに決まっている。収納魔術もそのひとつにすぎない。


 そんなエルフを輸送任務に使う?


 いくら輸送船が足りないからと言って戦艦大和を輸送船代わりにする奴はいないだろう。戦艦伊勢を輸送船代わりにした国ならあるが、それはもう末期もいいところである。


「輸送に関しては従来通りの方法でやりつつ、開発局に革新的な輸送技術の確立を要請するしかないようですねぇ……」

「そうするのが良いかと。……ところでアキラ様、ひとついいですか?」

「なんです?」

「そもそもなんで、輸送の話をしているんでしょうか? 我々はつい昨日まで魔像開発の縮小化を議論していたはずですが」

「あぁ、それはまだ忘れてないよ。というか、そのために輸送改善の話をしているんだ」

「はい?」

「つまりね、輸送隊に恩を売ろうかと思って」


 あの会議、感情論ばかりが前に出てしまって議論が深まらなかった。


 それは俺が人間であるというのもそうだが、その裏にはもう一つ事情があるだろう。

 つまりそれは「実績のない改革案よりうまく回っている(ように見える)従来の方法」を維持したいという、言葉に出ない本音である。


 どこの世界でも、改革というものの前にはいつだってこの考えが立ちはだかる。


 そりゃそうだ。苦労して改革して失敗するよりも、多少うまくいってないにしても改革の為の苦労をしなくてすむ従来の方法の方が数十倍楽だから。


 そう言う人間(人間じゃないけど)を前にした場合、何をすればいいか。


 簡単だ。実績を作ればいい。


 とは言っても兵站は一朝一夕で何とかなる話ではない。365朝365夕あっても効果が表れると言うわけではないのだ。


「だから一晩で、とは言わないまでも一ヶ月程度で効果が表れるようなことで実績を示して、味方を増やしつつ説得材料にしようかなと思いましてね」

「それで輸送の改善ですか」


 まぁ字も読めず魔術の使えないゴブリンとオークが大量就職している輸送隊なんて旧軍の輜重兵並によく思われてないだろうが……。


「何か手っ取り早く成果を挙げられる手段はないものかな……」


 って、いかんいかん。兵站は地道にやる仕事だ。派手な戦果なんてものはない。


「まぁ、やれることをやりましょう。アイディアはその内湧きます。手始めに、この前言った魔王城内の兵站倉庫から調べましょうか」


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