召喚の儀式
窓もなく、明かりもなく、ただ天井から注がれる光によって微かに照らされているホールのような大広間で、1人の女性と、幾人もの従者が立っている。
光照らす大広間の中心には、幾何学的に描かれた大きな魔術陣があり、それを囲むように人影がある。
「――普く生命、普く世界。全ての力を以って、我、神聖なる儀式を執り行う」
女性が静かに言葉を紡ぐ。
彼女の言葉に呼応するかのように、魔術陣が仄かに光る。
「我に忠実なる僕を」
「我らに救いをもたらす救世主を」
「世界に革新をもたらす革命家を」
「此方に」
女性と、従者の口から言葉が放たれる。
言葉は力となり、力は光となり、光が魔術陣に吸い込まれる。
魔術陣の光度は、彼女らが言葉を放つ度に、呪文の言葉を口にする度に増していく。
やがて魔術陣は、大広間を明るく照らし、従者の目から視力を奪うほどの明るさを、力を、そして救いを世界にもたらす。
「我の名は、ヘル・アーチェ」
女性は名乗る。
神聖なる儀式は完成しつつある。
彼女らに救いをもたらし、
彼女に忠実なる僕を、
世界に救いをもたらすべく召喚される、
新たなる救世主。
「我の名を以って、召喚する」
彼女らを救うために、召喚される。
ヘル・アーチェの言葉と共に、光は奔流となって彼女らに襲い掛かる。そして光の中に影があることを、彼女は見た。
光が収まると同時に、魔術陣は消え失せ、そして影が形となって彼女らの目にしっかりと映る。
成功だ、大成功だ。
彼女は、ヘル・アーチェは歓喜した。
神聖なる儀式によって生まれた、新たなる救世主の出現。
世界を救済する、神聖なる英雄の誕生。
これで我々は救われる。
誰もがそう思ったに違いない。
人影が、何か言葉を発する。
どのような言葉を発するのか。
ヘル・アーチェに忠誠を誓う言葉か、世界を救う存在に相応しい力強い言葉か。誰もがその人影の言葉を待った。
そしてその人物は、ついに声帯を震わせ、空気を震わせ、この世界の言語で以って口を開く。
「あのー……」
……ん?
召喚者らは一斉に首を傾げる。
何かがおかしい。救世主が発する第一声としては何かが、というより何もかもがおかしい。
困惑する彼女らの様子を見ているのか見えていないのか、人影、少々変わった服を着るごく普通の「人間」の男に見える者が、ついに待ちに待った言葉を出す。
「――えーと、どちら様でしょうか? ここはどこ? きゃんゆーすぴーくいんぐりっしゅ?」
「「「…………」」」
「英語じゃダメなのか……」
こうして、現代日本でごく普通の人生を送っていたはずのただの「人間」が、多くの者たちの期待を背負って召喚され、そして召喚された瞬間多くの者達の期待を裏切ったわけである。
これは、そんなちょっと残念な運命を背負わされた人間の話である。