第二王女
蓋を吹き飛ばした勢いのまま、俺は宙を舞っていた。だいたい5メートルほど。
怖っ。
この高さが怖い。
慣れない目線の高さは、今の体になった時もそうだが色々と不安になる。
刃物を持った8人の甲冑が怖い。
刃物だけ、人数、甲冑。どれかひとつでも現代日本人の感性からすれば怖い。
何より俺のパワーが怖い。
力の加減覚えないと色々とヤバい。まだまだ自分で思い描く最大値と現実の最大値に、大きな幅がある。さらにさっきの魔力。あんな物の経験がないから、計ることすらできやしない。後で使用法をシルクに教えてもらえないか?一度拒否されたが、今だと状況が違うしなぁ。
「よくもやってくれたな、魔人よ。まさか地下から王を襲撃するとわな。そうなると、表の攻撃は囮かっ。」
兜からはみ出るすこしウェーブのかかった金髪。碧目。イケメンだ。少女漫画に出てきそうなイケメン騎士がそこにいた。歳は30前か?外人の年齢は分かりにくいな。シルクみたいに外見と年齢が合わないのもこっちにはいるし。人物自体もキラキラで派手だが、甲冑も8人の中で一番派手な装飾だ。でも似合っている。派手な装飾にみあった威厳がある。隊長とかそんな所かな。
そいつが剣を俺に向ける。だから怖いわっ。ギラギラとしてて、いかにも刺さりますって感じ。
その騎士の背後ではサンタクロース?が介抱されていた。「団長、王は意識がありませんが大丈夫です。」あ、やっぱり、この人がここでの偉いさんか。
で……
「まて、王?あ、そのサンタが王様か?巻き添えになったのか……済まなかった。だが、俺は怪しいものじゃない。」
手のひらを見せて無害をアピール。このジェスチャー、こっちの世界じゃ別の意味を持っていたら困るけど。
「勝手に動くなっ。怪しくないだと?バカを言うな。」
ミー子の飼い主さんとか飲み屋のねーちゃんとかから、わりと評判はいいんだがなぁ、これでも。まぁ『額の傷がなければ』とかは言われたが。しかし、いまはその額の傷もないし。
「その鬼や巨人族のような巨体に、奇妙な衣装にその攻撃的な意匠。」
む、言われてみれば。裸はマズイと思ったが、よく考えれば全身タイツも 大概か?しかし、これは俺の一張羅でもあるわけだし。
「なにより。覆面をし素顔を晒さん者が、怪しくないわけがなかろうっ。」
「そうだ覆面を取れっ。」
「そうだそうだっ」
「断るっ。」
俺の怒号と共に床は凹み、瓦礫が弾ける。また魔力の作用だろうか?怒りに反応したか?
ヤバイ、ヤバイ。とっさの怒りにも反応するのか。しかぢなぁ。
マスクマンにとってマスクは命同然。取れと言われても、これが俺の顔だ。怪しいと言われても譲ることはできんし。
「なんと言う魔力……やはり信用ならんな。」
「まてまて、慌てるな。俺は英雄召喚の儀式で喚ばれた者……所謂英雄だ。」
「ふっ、何の戯言だ。その英雄が何故王を襲撃する、何故地下から現れる。魔人が地獄から這い出してきたと言われた方が、まだ納得できる。」
「召喚の儀式が行われたのがこの地下だ。そこから現れるのは当然だろ。」
「儀式?地下?どちらも知らん。」
「じゃ、じゃあ……第二王女は?その第二王女が召喚したと聞いている。」
足元の階段からようやく這い出してきた少女……シルクの方を見る。だよな、間違ってないよな?
「第二王女は……一週間前からご病気で床にふせられている。儀式とやらをしたくてもできんわ。」
「多分ホント。儀式の失敗で昏睡してるんじゃないかな。あれだと月齢の語差分……一週間ずっと強制的に魔力を消費されると思う。」
「……と言う訳らしいが……どうにかならんか?」
なんか団長さんの目付きがさらに険しくなってる。シルクを見たからか?
「……その美貌……魔力……そうか、魔女とその従者というわけか。」
「あれが魔女……」
「不気味なほど美しい……伝承通りだ。」
「目線を合わせるな。魔女の目は相手を魅了し支配するという。」
「は、はいっ。」
いや、違うって。
何を言っても無駄な雰囲気。実際に王様を吹っ飛ばしているわけだし。団長さんも剣を構え直している。頭をかこうとちょっと動いただけで、騎士さん全員が大きく反応するし。
ホントどうしたものかなあ。
とか思ったとき。
騎士さんたちの壁の方から大きな音……爆発音が起こる。
吹き飛ぶ岩壁や建材、そして騎士たち。
どいつも倒れたままだったり、怪我をしている。
団長さんも石礫に巻き込まれていた。
右腕の籠手が外れ、血まみれになってだらんとしている。脱臼か?
「な……まさか、ここまで攻撃が来てしまったのか?王の間はカツー城最奥だぞ……奴らは表からもここまで入り込んできたというのかっ。これもお前達が……っ」
睨むなよ、こっちを。俺たちは関係ないから。
壁の穴からなにか小さいものがゾロゾロと現れる。チビでガリの小鬼。餓鬼か?手にはナイフやこん棒を持っている。どいつも赤い液体がベッタリとついている。俺はそいつを主に自分の額から見たり嗅いだりしたことがある。あれは……やっぱり血なんだろうな……。
「ゴブリン。一体一体は弱い魔物よ。この世界にはどこにでもいるわ。一匹見たら30匹はいるとか。」
「Gかよ……」
王様は気絶中。
騎士さんたちは戦闘不能。
ふむ。
どうやら俺の出番らしい。
どうやらこれは戦争らしい。
平和な時代に生まれ育ったただのレスラーに、何ができるかはわからん。
しかし、俺はそのために喚ばれたのだろう。
なら、それに応えよう。
そして、俺はプロレスラーだ。
舞台が整っているなら、そこに立たないなど考えられん。
さぁ、ゴングだ。
次回『千切っては投げ』