第13話 価値観の衝突
雨が降っていた。
城の中庭を叩く雨音は、静かだが執拗だった。
アレンは執務室の窓辺に立ち、濡れた石畳を見下ろしている。
――反グランツ感情。
エレナの報告は、想定通りであり、想定以上でもあった。
噂は事実より速く、感情は理屈より強い。
扉が開く音がした。
「……話があります」
リーゼだった。
いつもより硬い表情で、椅子には座らず、そのまま立つ。
「どうぞ」
「いいえ。今回は、聞いてもらいます」
その言い方に、アレンは視線を上げた。
「境界の村で、さらに二つが崩壊しました」
「把握しています」
「生存者は、こちらへ向かっています」
「条件は変えられません」
即答だった。
リーゼの拳が、わずかに震える。
「……あなたは、本当にそれでいいのですか」
「はい」
「子供だけを救い、大人を切り捨てる。その結果、国が“冷酷な象徴”になる」
「それでも、内部は守れます」
リーゼは一歩、アレンに近づいた。
「あなたは、“守れる範囲”しか見ていない」
「違います」
アレンは、静かに言い返す。
「私は、“壊れない範囲”を見ています」
沈黙が落ちる。
リーゼは、深く息を吸った。
「……私は、王女です」
「承知しています」
「この国の顔です。あなたの決断は、私の決断として受け取られる」
アレンは、初めて言葉に詰まった。
「だから、お願いです」
リーゼの声は低く、だが真剣だった。
「せめて、一部だけでも受け入れてください。象徴としてでもいい。救える姿を見せなければ、この国は孤立します」
アレンは、机に手を置いた。
彼女の言うことは、正しい。
政治的にも、感情的にも。
だが――
「それは、嘘になります」
「嘘?」
「救えないのに、救っている“ふり”をする。期待を煽り、後で切る」
アレンは、はっきりと言った。
「それは、私にはできません」
リーゼの目が、揺れた。
「……あなたは、優しくない」
「はい」
アレンは否定しない。
「ですが、誠実ではあります」
長い沈黙。
雨音だけが、部屋を満たす。
やがてリーゼは、静かに言った。
「……私は、あなたのやり方を支持しきれません」
「承知しました」
「それでも――」
彼女は、視線を逸らしながら続ける。
「あなたがいなければ、この国は、もっと早く滅びていた」
アレンは、何も答えなかった。
その夜、リーゼは一人で城を出た。
簡易宿営地。
境界から流れてきた人々が、焚き火を囲んでいる。
「……王女様だ」
「助けてくれるのか」
期待の視線が向けられる。
リーゼは、言葉を選びながら答えた。
「できる限りのことはします」
「なら――」
その言葉が、刃になる。
リーゼは悟った。
“期待”は、与えるだけで罪になる。
一方、アレンは執務室で、地図を見つめていた。
赤い印が、増えている。
救われなかった場所の数だ。
「……私は、間違っていない」
自分に言い聞かせるように、呟く。
だが、その言葉は、どこか空虚だった。
翌朝、エレナが告げる。
「王女殿下の動きが、噂になっています」
「そうでしょうね」
「“心ある統治者”と、“冷酷な戦後処理官”」
役割が、はっきりと分かれ始めていた。
アレンは、ゆっくりと息を吐いた。
――価値観は、分かり合えない。
だが、それでも同じ国を守らなければならない。
戦後処理官は知っている。
敵は、外にだけいるわけではない。
――最も厄介なのは、正しさ同士の衝突だ。
(第13話 了)




