第四十四話『サディスティック拷問師』
えー、まずは軽く黒歴史から告白します。
実は作者、まだ「なろう」で夏ホラー公式企画なんて影も形もなかった2007年、暑い盛りに『ネクロマンテックマザー』なる作品で読者投票・大賞をいただいたことがあります。
……が! その内容があまりにも“時代の先を行きすぎた”結果、10年ほど経ったころ、運営さまから「そろそろ別室へどうぞ」と優しい笑顔で移動命令をいただきました。はい、黒歴史確定です。
そんな反省(?)を踏まえ、本作はR15の壁を突き破らないよう、近年の映画やVOD配信作品の基準あたりでセーブしつつ執筆しております。が──ここから先はちょっと血の色が濃くなります。
グロ表現が苦手な方は、あと数話で完結予定ですので、そっとブラウザを閉じていただければ幸いです。
なお結末は、ホラーの王道らしく……バッドエンディングです。
ハッピーエンドを求めてる方は、どうか今のうちにお逃げください。
作者は全力で、読後に「うわぁ……」と言わせに行きますので。
王の葬儀が静粛かつ盛大に終わった後、城内は重く沈んだ静寂に包まれていた。街も広場も、まるで呼吸を潜めたかのように凍りつき、空気はひんやりと張り詰めている。レオンハルトはすでに拘束され、あとは処刑の時を待つのみ。それでも私の胸奥に燃え続ける復讐の炎は、鎮まることを知らなかった。
発端はただ一つ──侯爵家の長女イザベラと次女マリーベル。かつて水牢に閉じ込められ、足は長く冷水に浸されて白くふやけ、やがて皮膚は破れ腐敗していった。指先が崩れ落ちる感覚。顔は拷問で無残な姿にされ、奴らはわざわざ鏡を持ち出してその変わり果てた姿を確認させ、満面の笑みで笑い転げた。飢えをしのぐためには、足に湧いた蛆を噛み潰し、汚物にまみれた水をすすったあの日──鼻腔を突く悪臭と、喉を焼くような吐き気は今も残っている。歯を抜かれた瞬間の、骨に響く鈍い痛み。熱した鉄を押し当てられ、肌が焼け焦げる臭い。鞭が皮膚を裂き、血が背を伝う屈辱。そして拷問の後、飢えた男たちに弄ばれ、汚辱と絶望の中で意識が闇に沈んでいった瞬間──その全てが鮮明に蘇る。
私はニールを伴い、城の奥深くへと進んだ。厚い石壁に囲まれた廊下は冷え切り、踏みしめるたびに硬質な足音が鈍く響く。やがて地下へ続く階段が現れる。薄暗い階段を降りると、湿った空気が肌を舐めるようにまとわりつき、遠くで水滴が落ちる音が耳を打った。
壁際に並ぶ鉄製の燭台には小さな炎が揺れ、その度に苔むした壁に影が歪んでは消える。私は足を止めることなく、揺れる光の中を進む。
階段を降り切った時、外界の音は完全に消えた。あるのは、自分の心臓の鼓動と、背後でニールが「愉しみだな」と鼻で笑う小さな声だけだった。
この国には、口にすることすらはばかられる暗黒の歴史がある。 それは「拷問の時代」と呼ばれた、王国史上最も陰惨な時代──反逆者、敵国の密偵、そして魔女の手先と疑われた者たちが、真実か否かを問わず、地下牢で泣き叫びながら“告白”を強いられた時代だ。
城の最奥には、そのためだけに造られた「苦痛の回廊」が存在する。 今ではほとんど使われなくなったその場所を、今なお息を潜めて管理する者がいる。
名をザンゲリア──黒革のマスクで顔を覆い、目だけが異様に光る拷問師。
彼の手にかかれば、やってもいない罪すら自ら叫び、命乞いするまで追い詰められるという。
そして口を割ったとしても、拷問が終わることはない。ザンゲリアは“壊れる瞬間”を楽しむために存在するのだ。
私はその名をマグダレーナから初めて聞いたとき、本当にそんな怪物がいるのかと疑った。
だが彼女は、淡々とした声でこう告げたのだ。 「ザンゲリアの前では、正義も嘘も、ただの肉声になる」と。
この国に伝わる十の拷問(ザンゲリアによる実践例)
鉄の抱擁 全身を内側に無数の棘を備えた鉄製の棺に押し込み、蓋を閉める。棘は急所を外し、肉を裂き続ける程度の長さに調整されている。息を吸うたび、胸の棘が肺を圧迫し、血の泡が唇から滲む。
水責めの逆吊り 逆さに吊られ、顔を汚泥と血の混じった水に沈める。引き上げられた瞬間、鼻から喉へと滑り込む腐臭が肺を焼き、吐き戻すたびに再び沈められる。意識が遠のくと冷水を頭から浴びせられ、無理やり現実に引き戻される。
骨裂き車輪 両手両足を車輪に括りつけ、鉄棒で関節を一つずつ砕く。骨が裂ける湿った音と悲鳴が交互に響き、やがて声帯すら破壊される。
鼠の飢餓箱 腹部に小さな鉄籠を固定し、中に飢えた鼠を入れる。外から炙られる熱で鼠は逃げ場を求め、肉を掘り進み、内臓を求めて穴を開ける。悲鳴は徐々に喉奥で潰れ、嗚咽だけが残る。
舌裂きの鉤 厚手の鉄鉤を舌に突き刺し、ねじりながら引き抜く。血と唾液が混じり、言葉を失った囚人は以後、呻き声でしか答えられない。
硝酸の滴 額に一滴ずつ硝酸を垂らし、皮膚が焼けただれる匂いと痛みを延々と与える。やがて目蓋が癒着し、視界が暗闇に閉ざされる。
腸引き(ドロウ) 腹部を切り開き、小腸を鉤で引き出し、塩をまぶしながらゆっくり巻き取る。自らの臓物が冷気に晒される感覚は、恐怖を超えて虚無をもたらす。
熱砂の靴 金属製の靴に熱した砂を流し込み、足を焼きただれさせる。皮膚は靴に張り付き、動こうとすればさらに肉が剥がれる。
声奪いの鋸 顎の付け根から下顎骨を鋸で切り裂き、声帯を振動させる度に痛みが脳に直撃する。声を出すことが、即ち自滅となる。
闇葬 棺に生きたまま入れ、地下牢の壁に埋める。わずかな空気穴からは湿った土の匂いだけが流れ込み、日も月も知らぬまま精神が崩壊していく。
これらの全ては、ザンゲリアが掌の上で人間を転がすための道具に過ぎない。 「苦しみは芸術だ」──そう口にして笑ったというその姿を、私はまだ見たことがない。 だが、もし二度と陽の目を見させない復讐を遂げる日が来れば、私は迷わずその地下へ足を運ぶだろう。
城の奥深く、誰も近寄らぬ石造りの地下へと足を踏み入れると、空気は急に重く湿り、古い血と錆の匂いが鼻を刺した。そこは「苦痛の回廊」と呼ばれ、かつて反逆者や密偵、魔女の手下とされた者たちが二度と日の光を拝むことなく消えていった場所だった。苔むした壁の向こうから、かすかな水音と低いうめき声が混じって響く。
私とニールが足を進めると、闇の奥の物陰から、ゆらりと人影が現れた。長い影が燭台の光に揺れ、やがてそれは一人の男の姿を結ぶ。背は曲がり、皮膚は土気色、深い皺の刻まれた顔に、にやりと笑みを浮かべている。その男こそ、この地下牢を取り仕切る拷問師──ザンゲリアだった。
「……わざわざお越しくださり……」
舌足らずな口調で、湿った声が空気を這うように届く。その声音には、礼を装いながらも底知れぬ悪意がにじんでいた。
「殺してないでしょうね?」
私が低く問いかけると、ザンゲリアは歯の欠けた口元をさらに歪め、含み笑いを漏らした。
「わたしの……もっとうは、生かさぬよう……殺さぬようでして……」
ぞっとするような言葉とともに、その目が薄暗い光を帯びる。そして、わざとらしく肩をすくめながら続けた。
「まぁ……少々、次女の方は……やりすぎまして……ほぼ死んでおりやす」
胸の奥で何かがざらりと動く。ザンゲリアは、まるで酒場でくだらない笑い話でもしているかのような調子で言った。
「次女の方は……話すことはできやせんが……ギャァギャァ泣き叫ぶので、舌をひっこぬいてやりました。……が、イザベラの方は……これから“遊ぶ”つもりでしやして……穴という穴を……確認したばっかりでやんす」
蝋燭の炎が揺れ、ザンゲリアの顔に不気味な影を落とす。その影が、笑みの形をしたまま、壁に大きく広がっていた。
地下へ続く回廊は、まるで生き物の喉奥へと呑み込まれていくような圧迫感があった。苔むした石壁は冷たく湿り、指先で触れると水滴が伝い落ちる。頼りない蝋燭の灯りが揺れ、壁に不気味な影を映し出す。鼻を刺すのは血と鉄と腐臭が混じり合った重たい匂い。その奥底から、人の呻き声と鎖の軋む音が微かに混ざり合って届いてくる。
隣を歩くニールが、珍しく立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。
「……本当に行くんですか? あいつらなんて、もうどうでもいいでしょう。帰りましょうよ」
その声には、嫌悪と恐怖、そして私を気遣う色が滲んでいた。ザンゲリアの仕業を想像するだけで、彼は吐き気を催しているのだろう。私も同じだ。あの男の名を耳にしただけで、胃の奥が冷たく固まる。
「いいえ、行くわ」
短く、だが確信を込めて答えると、胸の奥に渦巻く感情が鋼のように固まり、息が重くなった。
「……見たら後悔しますよ。あんたの心に残るのは、きっと取り返しのつかないものだ」
「それでもいい。あの女に、私がここにいることを知らせたい」
あの二人──いや、今は長女のイザベラだけだ。彼女に、王女エミリアという仮の顔ではなく、本当の私を突きつける。かつて侯爵家の下働きとして仕え、三姉妹に無残に傷つけられ、地に這いつくばらされたセリーヌであることを、その目に焼き付けさせるために。
石段を一歩降りるごとに、空気は濃く淀み、湿気が肌にまとわりつく。遠くから鎖の軋む音と、喉を潰すような呻き声が近づいてくる。胸の奥で過去の悪夢が脈打つ──水牢の冷たさ、焼けた鉄の匂い、笑う三姉妹の顔。あの地獄をすべて握り潰すために、私は暗闇の底へと踏み込んでいった。




