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勇者作戦群  作者: 亜蒼行
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第三話「鎌倉奪還作戦」その1

 ときは四月一五日、時刻は間もなく午前四時。場所は富士市と沼津市の境界線付近の、旧浮島ヶ原自然公園。公園内には装甲車、戦車、トラック、ジープがずらりと並び、ライトが煌々と照らされている。そのまばゆい光に映し出されているのは、小銃や刀で武装した「丙」部隊の兵士千人以上に、剣や錫杖を装備した「乙」部隊のハンター百人以上。さらには平安貴族みたいな狩衣姿の、何十人もの陰陽師。直立不動で整列する彼等千二百人の前に、鷹杜丁讃が姿を現した。いつもの黒い袈裟をまとった彼が戦車の上に登り、仁王立ちとなり、一同を睥睨する。


『――間もなく、鎌倉奪還作戦の開始となる』


 マイクを通した鷹杜の声を、その言葉を、一字一句聞き逃すまいと、誰もが真剣な面持ちである。


『諸君の中には二〇日前の作戦に参加した者も多いだろう。今回の作戦目的も前回と同じだ。鎌倉の鶴岡八幡宮に結界起点を移設し、大結界の範囲を広げる。冥王軍を掃討し、奪われた国土を奪還する』


 国土奪還――その四文字に兵士達の瞳が戦意で燃え上がった。


『今回の奪還範囲はごく限られたものだ。世界規模で考えるならほとんど意味がないと感じられるかもしれない――だが、違う!』


 鷹杜の雷鳴じみた断言に兵士達は改めて背筋を伸ばす。


『今日の作戦は第一歩だ! 鎌倉に大結界を展開できたならここを橋頭堡とし、次は東京を奪還する! その次は東北、その次は北海道!』


 言葉にならない衝撃がうねりとなって、兵士達を洗った。


「まさか……本当に」


「帰れるのか、東京に」


『――二〇日前』


 鷹杜が演説を再開し、兵士達は即座に口を閉ざした。


『我々は鎌倉奪還を目指してここを出発し、結局逃げ帰った。だが今の我々はあのときとは違う』


 鷹杜が後ろを振り返ると、戦車を登ってきた一人の少年が姿を見せた。さらに彼が二人の女性を上へと引っぱり上げる。己が目を疑う千二百人の声がどよめきとなった。


『紹介するまでもないが……改めて言おう。まず「宝珠の聖女」カナリア』


 白を基調としたファンタスティックな僧侶服の女性、カナリアが「よろしくねー」と軽く手を振った。彼女はネックレスをしていて、大きなマリンブルーの宝珠がその胸の上で輝いている。


『続いて「神鏡の巫女」櫛名田翡翠』


 白い小袖と緋袴の上に千早を羽織った、巫女装束の少女が礼儀正しく頭を下げた。彼女もネックレスをしていて、その胸の上でまばゆい光を放っているのは三角形の、黄金の鏡である。


『そして最後に「聖剣の勇者」白鳥甲斐』


 ジーンズにミリタリージャケットの上に真紅のマントの少年が、偉そうに胸を張った。ジャケットは袖まくりし、両手には黒い手甲。腰には西洋風の、シンプルな柄の剣を帯びている。二四〇〇の眼差しによって全身を射抜かれた甲斐は一瞬怯むが、次の瞬間には気合でそれをはね返した。喧嘩を売るような目つきで全員を見返している。


『今、彼等は「紺碧珠」「黄金鏡」「紅蓮剣」を手にしている』


 鷹杜は静かな声でそう言うが、言われた方の衝撃は計り知れないものだった。至近距離で爆弾が爆発してもここまで動揺はしないだろう。


『これ等の代わりに高千穂峡には鏡を、隠岐の島には勾玉を結界起点として配置した。そして霊峰富士には剣を』


 マジかよ……と呟いたのが誰かは判らない。驚愕と戦慄に満ち満ちたその思いは、この場の全員の共通のものだった。


『前回とは比較にならないくらいの戦力が、今ここにある。準備は万端、あとは勝つだけだ』


 その瞬間時刻は午前四時となり、鷹杜が冷静に、だが確固としてそれを告げた。


『それでは、状況を開始する』


 千百人の雄叫びが大地を揺るがす。戦意を極限まで高めた兵士達が進軍を開始、東へと突き進んでいく。「甲」部隊は中央に位置し、ジープに分乗。翡翠とカナリアは例によって同じジープに乗っていて、甲斐はその横を歩いている。


「なんでそんなところにいるの?」


 カナリアが不思議そうに問い、問われた甲斐もまた首を傾げた。


「乗ればいいでしょう。あのときとは違うんだから」


「体力を温存するのも作戦のうちでしょ?」


 カナリアがジープの空いている席をぱんぱんと叩き、甲斐も、


「あー。そりゃそうか」


 納得しつつ、でも抵抗を覚えつつもジープに同乗した。ジープの周囲は「丙」の兵士、「乙」のハンターが十重二十重に囲み、厳重な警戒を続けている。甲斐は居心地が悪そうに身じろぎするばかりだ。


「あいつ、あのときの奴か」


「『丁』のハンターだったんだろう?」


「大丈夫なのか?」


 兵士やハンターの噂話が耳に届くわけではないが、そんな風に言い合っているのは間違いなかった。甲斐自身も、


「自分が『聖剣の勇者』としてここにいるのは何かの間違いではないか」


 という思いを拭いきれないでいる。


「やっぱり見た目だけでもそれっぽい装備にしておけば……いやいや」


 甲斐は自分の気弱さを振り払うように首を振り、


「何しているの?」


「何でもねーよ」


 翡翠はその返答に納得したわけではないが、それ以上の追求はしなかった。

 ――甲斐が「聖剣の勇者」として認められ、「甲」部隊に配属となったのが四月二日。その瞬間から甲斐の人生は一変した。

 甲斐はまず、鷹杜から一人の男性を紹介された。その男は身長が一八〇センチメートル弱。それなりに鍛えた、日焼けした身体をド派手な柄のシャツと濃い紫の背広で包んでいる。シャツの前は大きく開けて、首から下げた金のアクセサリー。耳にもいくつものピアス。短い髪は金に染め、口ひげに細いサングラス。誰がどう見てもチンピラか半グレかヤクザで、甲斐の身体は反射的に警戒態勢となった。

 そのいかつい男が女性的なしなを作って、


「会いたかったわよぉ、坊やが甲斐君ねぇ?」


「彼は百舌大仙もず・だいせん、『甲』部隊の広報を担当している」


「は、はあ」


 調子を狂わされた甲斐が何とか返答する。百舌は「ふぅん」と甲斐を見つめ、さらに前後左右に回り込んで甲斐の全身を検分している。そのぶしつけな視線に、


「何ですか」


「……まあ、素材はそこまで悪くはないんだけどねぇ。これはちょっと大変そうだわぁ」


 甲斐の不快感に一切構わず、そう言って一人頷く百舌。甲斐は「こいつ殴っていいですか」という目を鷹杜へと向けた。


「『聖剣の勇者』が選ばれたことを、今日明日にでも公表する――全世界に」


「……っ」


 それは予想するまでなく、当然そうなると判っておくべき事態だった。甲斐は自分の迂闊さに舌打ちを禁じ得ないでいる。

 甲斐は鷹森に認められて「聖剣の勇者」に選ばれた。だが鷹杜以外がそれを認めるかどうかはまた別の話である。「聖剣の勇者」は冥王を打倒してこの戦争を終わらせるための最後の切り札、人類の希望だ。それに選ばれたのが、何の変哲もない、どこの馬の骨とも知れない、避難民の、「丁」のハンター。果たしてそれを認め得るのか? 日本の民衆が、全世界の人々が、国際社会が。

 もし民衆に認められなかったなら。世界的なひんしゅくを買ったなら――甲斐はその可能性に今、初めて思い至っている。甲斐の頭にあったのは、鷹杜に認められるかどうか、認められたとして、その先冥王とどう戦うか、最後の戦いでどうなるのか――そこで自分が死ぬかどうか。それで頭がいっぱいで、その前にこんなハードルがあることまで考えが及ばなかったのだ。


「その……もし反発があまりに強かったなら」


「そうならないために手を尽くすのがあたしの仕事なの」


 力強くそう言う百舌に、甲斐は初めて頼もしさを感じている。


「でもまず、その貧乏くさい格好をどうにかしないとねぇ」


「はい?」


 ……それから少しの時間を経て。甲斐は百舌の用意した装備を身に着け、一同の前に姿を現した。白銀のプレートメイルは光り輝き、外套は目が覚めるような鮮やかな赤。それは「トリニティ・ファンタジア」で勇者ヤマトがしていた装備を元ネタに、多少の変更を加えたものだ。


「……」


「……」


 鷹杜、梨乃は何とも言い難い、極めて微妙な顔となり、


「……ぷっ」


 翡翠はこらえきれずに笑いを漏らした。百舌も嘆息し、


「馬子にも衣裳とは言え、限度ってものもあるのよねぇ」


「お前が持ってきたんだろーが!」


 切れた甲斐が怒鳴り散らし、再び話を進めるまでに少しばかりの時間が必要だったという……。


「この路線が失敗だったことは認める。じゃあ代替案だけど」


「お前のことはもう信用しない。俺はこの格好でいく」


 甲斐はいつもの装備、すなわちジーンズとミリタリージャケットとマントという姿に戻っている。百舌の用意した予備の装備の中で手甲だけは気に入り、それを追加。いい加減くたびれ切ったブーツも更新したが、見た目はほとんど変わらなかった。


「そんな貧相な、難民まがいの格好で……」


「これが俺のスタイルなんだよ」


 百舌は渋い顔をするがその程度で甲斐が考えを変えるはずもなく、


「あの、そのマントの裏地なんですけど」


 と翡翠が事情を説明。その助け舟に甲斐は軽く目を見張った。


「うーん、家族思いの美談ではあるんだけど……」


 と百舌はますます渋い顔だ。鷹杜も、


「妹さんがマジックで手書き、ではさすがに防御効果は望めない」


「でも」


「だから、勇者に選ばれた後に私がそれを書いたことにしておく」


 甲斐が「はい?」と首を傾げるが彼はそれ以上説明するつもりがないようだった。


「北欧神話の英雄ジークフリートはドラゴンを倒し、その血を全身に浴びて不死身の身体となった。そのマントも高い防御力が期待できるだろう」


そうするってことね・・・・・・・・・。でもマント……うーん」


 百舌は甲斐の売り出し方をどうするか、うんうん唸り続けている。甲斐は彼の物言いに引っかかりを覚えるが、それよりも自分の今のスタイルを認めさせたことの方がずっと重要だった。


「……お兄、結局その格好続けるのかぁ」


「でも勇者ヤマトのコスプレよりはマシだと思う」


「どっちもどっちだけどなぁ」


 最愛の妹の酷評はちょっと心に堪えたけれども。

 ――翌日、四月三日。「聖剣の勇者」が選ばれた事実が公表された。


「うわ、すごいよ。見て見て」


 梨乃が自分の携帯端末を甲斐へと見せてくる。


「登録者が十万人を突破……って言ってる間に一五万……もう二〇万を超えそう」


 あまりの事態に梨乃は怯えたような顔となってしまう。甲斐は、


「おー、すごいな」


 とどうでも良さそうに笑った。

 つい先刻まで登録者が一桁しかいなかった甲斐の動画配信チャンネルに登録者が殺到しているのだ。動画再生回数も一瞬で一千万を超え、億を超えるのも時間の問題……具体的には今日中の話だった。なおこの場には翡翠やカナリアもいるが彼女達の登録者数はそれぞれ億を超える。甲斐の二〇万という数字も二人からすればほんの序の口に過ぎなかった。

 甲斐のチャンネルに掲載されているのは当然モンスターと戦う動画だが、その相手はこれまではゾンビ兵や骸骨兵、せいぜいでストリガという低レベルモンスターばかりだったし、編集を担当していたのは梨乃だ。誰にも見向きもされず、梨乃のお願いでご近所のおばさま方数名が付き合いで登録してくれただけだったのだが、今は違う。

 百舌大仙は戦前は大手広告代理店に所属していた敏腕プロデューサーで、彼の部下にも映像編集や広告宣伝の専門家が揃っている。その道のプロフェッショナルが総力を挙げて人類の希望たる「聖剣の勇者」を宣伝し、喧伝しているのだ。なお「人類の希望」という単語はただの謳い文句や宣伝コピーではなく、掛け値なしの文字通りの意味だった――今を生きる一六億の人類にとって。その動画にアクセスが殺到するのは当然以前の話と言えるだろう。

 その動画はまず、甲斐がゾンビ兵やストリガと戦うところから始まっていた。周囲の敵を一掃し一息を入れているところにレンオルムをトレインした市川啄木がやってきて、モンスターをなすり付けられてしまう。


「え、ここから?」


 と甲斐は驚く他ない。


『お前等がもっと早く来ていれば!』


 動画の中では甲斐がレンオルムに殺されかけ、翡翠に助けられ、田長を死なせた憤りをつい彼女にぶつけてしまっている。甲斐のその姿が余すことなく撮影され、全世界へと向けて配信されている。


「すごいなドローン」


 とどうでもいいことに感嘆しつつ、重要な点を心配していた。すなわち、レンオルムごときに殺されかけるような「丁」のハンターだと、こんなに大々的に知らしめてしまって大丈夫なのかと。

 次のシーンは事務局に押しかけた甲斐が職員と揉めている場面。防犯カメラで撮影した動画のようで音声はなく、ナレーターの解説が入っている。


『鷽姫琴美は管理者権限を勝手に使って市川啄木のトレインを隠蔽したが、白鳥甲斐はその不正を告発しようとする。焦った彼女は極秘作戦の招集リストに白鳥甲斐の名前を紛れ込ませる――』


 そして始まる極秘作戦と、その戦列に加わる甲斐。精鋭揃いのメンバーの中でただ一人「丁」の最底辺として参加して周囲から浮きまくり、翡翠達の目に留まって事情が調べられ、鷽姫琴美の陰謀が発覚し、結局そのまま作戦に参加し続けることになり、


『何も期待はしないけど、せめて邪魔にだけはならないでね』


『判っている』


「このやりとりまで流すのかよ」


「なんかわたし、すごく嫌な子になっているような……」


 甲斐も翡翠も何とも言い難い面持ちとなっている。二人ともその動画に否定的な感情を募らせていて、視聴者の多くもあるいは同様かもしれなかった。だがもちろん、百舌は全て計算づくだ。


『すぐに手当てを』


『ばか、早く逃げろ』


『でも』


『肉壁舐めんな、この程度……』


 箱根港での戦闘で翡翠をかばって甲斐が大怪我を負い、二人まとめてリヴァイアサンに呑み込まれ、


『思い知ったか、ウーパールーパーやろう……!』


 モンスターのどてっぱらを聖剣でぶち破って、血まみれになった甲斐が翡翠を抱えて姿を現し――

 その雄姿を始めて見た梨乃は言葉もなく、ただまじまじと甲斐を見つめ続けている。


「なんだよ」


「百舌さんてすごい人なんだね。まるでお兄が英雄みたい」


「あたしがすごいのは当然のことなんだけどねぇ」


 と百舌は偉そうに胸を張りつつも、


「多少の演出はあっても動画には嘘や捏造は何一つない、甲斐君が全部本当にやってのけたことなの。ね? 翡翠ちゃん」


 カナリアに同意を求められる翡翠だが、彼女は自分の携帯端末に視線を固定させたままだった。


「翡翠ちゃん?」


「あ、ひゃ、はい?!」


 声を裏返させる少女は、何故か頬を赤くしている。


「どうかしたの? 甲斐君が格好良くって改めて惚れ直しちゃったとか?」


「なんでそうなるんですかっっ!!」


 翡翠が渾身の力を込めて怒鳴るがカナリアはにやにやと笑うだけだ。


「わたしはただ、その、初めて見たから!」


「俺もそうだ。こんなことになってたんだな」


 と他人事のように甲斐が言い、


「そう! それでびっくりしてただけです!」


「うんうん、そういうことにしておくね」


 訳知り顔に頷くカナリアに翡翠は「ぐぎぎぎ」と唸ることしかできないでいる。


「うーん。確かにこれならみんなもお兄を『聖剣の勇者』って認めてくれるかも」


「でしょ?」


 動画を見終えた梨乃は次にコメント欄を確認。コメントは一秒ごとに百以上付き続けた。


『「丁」のハンターなんだろう? そんなのが「聖剣の勇者」って』


『でも勇者ヤマトも駆け出しのハンターでしかなかったぞ』


『勇者ヤマトそのままじゃん』


『何こいつ、どこのアニメから出てきたの?』


 多くの人が甲斐と勇者ヤマトを重ね合わせている。コメントは、もちろん否定的な意見は決して少なくないのだが全体としては好意的な意見の方がずっと優勢だった。


「良かった、認めてもらえている」


 ひとまずは安堵するが、


「ああ、それね。フィルタをかけて否定的なコメントは減らしているから」


 身もふたもないその真実に、甲斐は精神的にずっこけた。


「AIが自動でやっているからアンチコメント全部を削除できるわけじゃないし、それはそれで不自然すぎるから結果的にちょうどいい感じになっているわね」


「え、それじゃ本当のところは……」


 鷹杜が自分の携帯端末を確認し、


「実際の反応は……まずまずといったところか」


「そりゃあ当然。あたし達の苦心惨憺がどれだけだったと思っているわけ?」


 鷹杜の所感に百舌が心外そうに言う。


「だが、何もしなければ今は好意的に見ている者も否定に回ってしまうだろう。次の手を打たなければならない」


「そうねぇ。それじゃあ『歌ってみた』とかやってみる?」


「それならわたしとコラボね!」


 カナリアが楽しそうに反応し、甲斐は「マジですか」としか言えない。


「『聖剣の勇者』ってそんなこともしなくちゃいけないのか……?」


 と頭を抱え、「判断を間違えたんじゃないか」と後悔に囚われようとしている。


「今そんなことをしても逆効果です」


 翡翠の呆れたような言葉に鷹杜が「その通りだ」と頷く。


「世間は疑っている、甲斐君が本当に『聖剣の勇者』たり得るかを。今必要なのは、実績でそれを証明することだ」


「つまり、戦い? 相手は何ですか?」


 顔を上げた甲斐の目は戦意に輝いていて、今すぐにでも突撃しそうだ。


「何が出てくるのかは判らんが、リヴァイアサン以上もあると思った方がいい。――結界起点の移設に再度挑戦する」


「先日の作戦のやり直しですか?」


「もう一度鎌倉へ?」


 その確認に力強く頷く鷹杜。甲斐はまだ見ぬ強敵に心を震わせ、


「そうか、リヴァイアサン以上の。でも聖剣さえあれば……」


 そのときになってようやく彼は気が付いた。


「……あの、聖剣は結界起点になるんだから俺が使えるわけじゃないですよね」


 思い至ってしまって肩を落としてしまう。聖剣なしでリヴァイアサン以上の、レベル七とか八のモンスターを……得物はなくしたままだから買わないと、でも今の手持ちじゃ結局安物の三鈷剣くらい……いや、部隊から上等の得物を支給してもらえるのか?

 鷹杜は甲斐の確認に何も応えず、携帯端末で部下に指示を出した。しばらくすると何人かの職員が台車を押して姿を現し、その台車には三つの桐箱が載せられている。職員はそれらの桐箱を恭しくテーブルに置いた。翡翠、カナリア、甲斐の前に。


「開けてみてくれ」


 言われた通りに甲斐はその細長い桐箱を開け、何重にもなったビロードの包みを外し、


「これ……」


 そこにあるのは真紅の刃の両手剣、紅蓮剣。「聖剣の勇者」の剣である。


「まさか……」


「実物の?」


 翡翠が目にしているのが黄金鏡、カナリアが手にしたのが紺碧珠であることは言うまでもない。


「それらは君達が持つべき、君達にしか扱えない神器だ」


「ちょっ、ちょっと待ってください。三種の神器を、結界起点をここに集めてしまったら大結界は」


「代わりを設置した」


 こともなげにそう言う鷹杜に一同が沈黙し、それは思いがけず長い時間続いた。

 ――「三種の神器の本体は天上にあり、勇者達が所持している神器は空の器に過ぎない。儀式によって神の力をこの器へと下ろすことで、神器は真の力を発揮することができる」とは「トリニティ・ファンタジア」の設定であり、異世界の伝承である。この伝承に基づき鷹杜はこの国の三種の神器の力を空の器、「黄金鏡」「紺碧珠」「紅蓮剣」に宿らせ、それを各結界起点に設置していた。

 だが冥王を倒すには三種の神器の力が必要だ。だから鷹杜は結界起点から「紺碧珠」「黄金鏡」「紅蓮剣」を回収し、代わりを設置してきたのである――すなわち、隠岐の島には「八尺瓊勾玉」、高千穂峡には「八咫鏡」。そして「天叢雲剣」を、今は霊峰富士に。


「これを鎌倉の鶴岡八幡宮に移設して結界起点とし、大結界を広げる」


「……よく宮内庁が許可しましたね」


 翡翠がつくづくと慨嘆し、


「もちろん散々揉めたし連中は最後の最後まで抵抗していたが、ついにはかしこきあたりの御聖断によって実行の運びとなった」


 翡翠は我知らずのうちに背筋を伸ばすが、


「全く、あのクソ木っ端役人どもが! ただ単に責任を負いたくないだけの小役人どもが余計な邪魔を!」


 鷹杜の愚痴にその身体が傾いてしまった。だが鷹杜がここまで感情をあらわにしたところをあるいは初めて見たかもしれず、「よっぽど大変だったんだな」と同情もしたけれど。

 一方、甲斐には鷹杜の苦労など完全に意識の外だった。彼の意識はその剣に固定され、視線は釘付けとなっている。


「これを俺が……」


「そう、君の剣だ――それを世界に認めさせる。それこそが今回の作戦の主目的だ」


 鷹杜が確固とそれを告げ、甲斐もまた無言のまま断固と頷く。今、彼には想像を絶する重圧がのしかかっている。「聖剣の勇者」として世界に認められる――だがその手段がこの剣を振るって戦うことなら、それだけでいいのなら、彼は一心にそれをするだけだ。

 ――そして今。部隊は敵に、モンスターの大群に直面している。

 場所は箱根港、時刻は夕方に近いが日が暮れるまでにはまだ間があった。


「ずっとモンスターが出てこないと思っていたら」


「ここに集結していたわけか」


 前回と比較して道中のモンスターの数が非常に少なく、部隊はほとんど時間を取られることなくここまで進んできた。が、その分増えたモンスターが箱根港とその周辺に集まっている。その数は計測不能なほどだが前回の倍にもなりそうだ。集まりすぎたレイスによって空は覆われ、黒くなっている。


「カナリア君、頼む」


 鷹杜の指示にカナリアは「はい」とジープの上に立ち上がった。彼女は胸の上の紺碧珠を両手で握り、


「見せてもらおうか、三種の神器の性能とやらを!」


 自分の台詞に一人にやにやと笑っている。甲斐には意味が判らず、鷹杜は冷たい目を向けていたが。


「――」


 そしてカナリアが朗々と聖歌を歌い、それが途切れた。ほんの一小節で空を覆っていたレイスの大半が消え去ったからだ。あまりの威力に唖然としてしまうカナリアだが気を取り直して歌を続け、それを受けたゾンビ兵や骸骨兵はひとたまりもなく身体が崩れ、浄化されていく。ほんの一合も剣を交えることなく、カナリアの聖歌だけで敵の半数が溶けてしまっていた。


「……いや、まあ、ゲームの設定上このくらいの威力はあったはずだけど」


「実際の光景は想像を大きく超えていたな」


 雑魚を前に出しても意味がないと敵は判断したらしい。ゾンビ兵や骸骨兵は後ろに下がり、代わりに出てきたのはデュハラン、骸骨騎士、それにドラゴンゾンビに骸骨竜。さらには、


『敵の迫撃砲! 迎撃します!』


 敵の砲撃を自軍の戦車が迎撃、上空で爆炎の花がいくつも咲いた。だが運悪く迎撃を免れた砲弾が真っ直ぐに翡翠めがけて落ちてきて、


「吐普加身依身多女!」


 神聖なる八文字に反応した黄金鏡がまばゆく光り輝く。同時に頭上で展開された光の壁に敵の砲弾がぶち当たり、爆発。が、光の障壁はそれを完璧に防ぎ切った。破片はあらぬ方向へと飛んでいき、爆風はただの風になって翡翠の髪を揺らしている。

 翡翠は「よかった」と安堵のため息をつき、ちらりと甲斐へと視線を向けた。その甲斐は前傾姿勢となって、戦意をたぎらせて唸っている。まるで今にも獲物に跳びかからんとしている猟犬のように。


「隊長!」


 鷹杜のためらいはさほど長い時間ではなかった。そもそも今回の作戦は甲斐を活躍させるためのものなのだから。


「甲斐君、頼む」


「了解!」


 弾丸のように飛び出した甲斐が前線へと一直線に突き進む。それはおよそ人力では達し得ない速度であり、自分で走っていながら彼は目を見張った。まるで筋力が一〇倍になり体重が一〇分の一になったかのようだ。


「これも聖剣の力なのか?」


 そんなことを考えている間に敵はもう眼前だ。骸骨竜が人を一呑みできる口を開けて拷問器具のような牙を剥き、甲斐が何メートルも跳躍してその頭部に自分から突っ込んで、


「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」


 紅蓮剣を力任せに振り上げて、振り下ろす。骸骨竜は頭部が真っ二つになっただけでなく全身の骨の連結が外れて崩れ、さらにその骨が燃え上がった。その威力にあっけに取られてしまった甲斐だが、それも一瞬だ。


「行ける! 使える! 戦える!」


 敵に突進する甲斐をデュハラン、骸骨騎士が包囲する。だが甲斐は紅蓮剣を暴風のように振り回し、敵を薙ぎ払い、屠っていく。ほんの一月前なら手も足も出なかったレベル六の強力なモンスターが、今ではゾンビ兵や骸骨兵と変わらない雑魚である。

 目についた敵を全部倒した甲斐が敵を探して周囲を見回し、ドラゴンゾンビを発見。敵もまた甲斐へと向かって移動した。ドラゴンゾンビは腐った肉をまとった巨大な竜で、目が潰れそうなくらいの腐臭を放っている。さらに腐肉の奥に無数の触手を隠しており、それで生きた人間を捕食して自分の血肉にしてしまうのだ。


「おおおおっっ!」


 甲斐が雄叫びを上げながら霊力を紅蓮剣に込め、それはその名の通り紅蓮の炎と化した。高熱は甲斐の肌をも焼いている。高々と炎を掲げた甲斐がドラゴンゾンビに吶喊。敵が長い触手を伸ばしてこれを捉えんとするが、その手前で触手は焼かれたように崩れてしまい触れることもできない。怯んだドラゴンゾンビが後退しようとし、だがもう遅い。


「息が臭いんだよ! 歯ぁ磨いて出直してこい!」


 地獄の劫火がドラゴンゾンビを完全に包み込み、数えるほどの間で骨も残さず焼き尽くす。残されたのは地面の焦げた跡だけだった。

 ……箱根港での戦闘は勇者作戦群の圧勝で終わり、彼等は進軍を続けた。それからも何度かの戦闘はあったが危なげなく勝利を重ね、彼等が鶴岡八幡宮に到着したのは翌日、四月一六日午前のことだった。

次回・第三話「鎌倉奪還作戦」その2は8月5日12時更新です。

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