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勇者作戦群  作者: 亜蒼行
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第二話「聖剣の勇者」その2

 ホテル……宿舎の一室。甲斐はベッドの上に寝転がっている。梨乃は「カナリアさんと一緒に寝るの!」と遊びに行ったので今は彼一人だ。甲斐は携帯端末を使って勇者作戦群の公式サイトに接続した。


英野鵠えいの・くぐい……」


 甲斐でも知っている。それは「トリニティ・ファンタジア」のシナリオライターの名前だった。ただ細かい話にまでは興味はなかったのだが……


「英野鵠。本名・年齢・経歴、非公開。『トリニティ・ファンタジア』のシナリオを担当」


 そのサイトには冥王カズム、冥王軍に関する情報――政府・自衛隊の公式見解が記載されていて、その大量の文章の中には「英野鵠」に関する情報も含まれていた。ただしその量はごくわずかだが。

 ――「英野鵠」は「トリニティ・ファンタジア」のシナリオ執筆時のペンネームであり、本名や経歴は一切不明。東日本陥落によりあらゆる情報が失われたためで、自衛隊の情報部が調査をしているけども全くはかどっていない、という話である。おそらくは売れないライターをしていて、たまたまゲームメーカーの「フェニックス」に雇われてシナリオを担当することになったものと見られている。

 元からそういう人間だったのか、それともこの時期に精神のバランスを崩したのかは判らない。事実なのは、彼が「トリニティ・ファンタジア」制作時に奇矯な行動に出るようになり、周囲との衝突やトラブルを頻発させたことだった。彼は自らを作中の預言者エノクと同一視し、


「自分は預言者エノクの生まれ変わりで、このシナリオは異世界で本当にあった出来事を描写したものだ」


 そう公言してはばからなかった。もちろん信じる者は誰もおらず、狂人扱いされて嘲笑されるだけだったが。ついには、


「冥王がこの世界を狙っている! 間もなく冥王がこの世界に降臨する! 我々はみんな冥王に殺されるんだ!」


 とまで言い出し、精神病院に入院。表舞台から完全に消え去ってしまった――英野鵠は本当のことを言っていたのだ、と世界が理解したのは冥王が実際に出現し、冥王軍が地上侵攻を開始してからのこととなる……。

 ……時刻は翌朝、場所は宿舎のロビー。梨乃とカナリアはおしゃべりに興じていて、翡翠と甲斐がそれに付き合っている。妹が楽しそうにしているから別にいいのだが、彼にとってそれは非常に退屈な時間だった。


「白鳥甲斐君……ですね。時間があるなら一つ手合わせはどうですか」


「――是非お願いしたいです」


 だから彼女がそう声をかけてくれたのは渡りに船以外の何物でもなかったのだ。立ち上がった甲斐は彼女と真正面から向き合い、闘志に満ちた笑みを見せる。彼女もまた甲斐のことをちょっと驚いたように、興味深く見つめている。

 彼女は二〇代半ばで、身長はカナリアよりも少し高いくらい。サイドテールにした黒いストレートのロングヘア。スリムでしなやかな肢体を、今は黒いジャージのスポーツウェアで包んでいる。「甲」部隊のメンバーは全員世界的な有名人ばかりで、甲斐も当然彼女のことを知っている――風切燕かざきり・つばめ。それが彼女の名前だった。

 立ち上がった翡翠が燕の手を引いて甲斐に対して背中を向けさせ、内緒話の態勢となり、


「……燕さん、何をしているんですか」


 翡翠は頭痛を堪えるようにしていて、問われた彼女は意外そうな顔となった。


「鷹杜隊長から指示があったでしょう。白鳥甲斐の人となりを知るように、と」


 翡翠とカナリアだけでなく、鷹杜は「甲」部隊のメンバー全員にそれを指示していた。


「でもなかなか接点を作れなくて、声をかける、不自然でないタイミングを計っていた」


「不自然でない……」


 翡翠の頭痛はさらに強まったかのようだ。


「手合わせをすれば人となりは大体判るし、実力の方も知っておきたい」


「ですが」


「燕ちゃん、ちょっと待って」


 カナリアに声をかけられ、燕と翡翠は一同に向き直った。


「甲斐君はまだ療養中なの。傷が悪化しちゃうから」


 燕は「そうなの?」と首を傾げ、


「いやでももうほとんど直ってるし」


 と軽く言う甲斐。だがカナリアは「ダメ!」と彼の目の前で指を振った。


「ここで無茶しても完治が遅くなるだけでしょう?」


「でも軽く手合わせするくらいなら」


「ダメなものはダメ!」


 それでも「いやでも」と抵抗する甲斐だが、梨乃が、


「お兄」


 心配そうに服の袖を掴み、彼は深々と諦めのため息をついた。


「でもなあ……あの風切燕と手合わせなんて機会、二度とないのに」


 風切燕は現在「世界一有名な忍者」と言われている。「甲」部隊に限るなら霊的戦闘能力では一段落ちるが、体術では最も高度な戦闘能力を有していた。


「そうね。でも手合わせは怪我が治ってからやればいい」


 と燕は言うが、甲斐は無念そうなままだ。


「でもそのときまで俺がここにいられるか」


「そのときはわたしを訪ねてここに来ればいい。時間があればいつでも手合わせをするから」


「本当ですか、ありがとうございます!」


 甲斐は大喜びで頭を下げて礼を言い、燕はわずかに笑っている。その中で、


「……そっか、そりゃそうだよね」


 梨乃の呟きが甲斐の耳に届いた。


「ずっとここにいられるわけじゃない」






「『聖剣の勇者』になりたい」


 甲斐がカナリアと翡翠の二人にそれを告げ、二人の時間は止まったかのようだった。甲斐は彫像のように固まってしまった二人を前に、唇を噛み締めている。

 相談がある、と二人を自分の部屋に呼び出したのがほんの数分前。一時間ほど散々考え、決断したことを二人に告げたのがつい今だった。


「……あなた、自分が何を言っているか判っているの」


「判っているつもりだ」


 長い時間を経てようやくそう問い返した翡翠に甲斐は即答。少女もまた一瞬で沸騰した。


「判ってない! 全然判ってないわよ! 『聖剣の勇者』になるってことの意味を……」


 カナリアが「翡翠ちゃん」となだめるように言い、少女は口を固く結んで黙り込んだ。甲斐もまた同じような表情だ。


「まず甲斐君。自分が言っているのがとんでもない話だって自覚はあるよね?」


「もちろん。『丁』の中でも最底辺のハンターが『聖剣の勇者』だなんて、二人以外だったら笑い飛ばされてそれで終わりだ。きっと相手にもされない」


 喩えるなら、甲子園にも出たことのない高校球児が「大リーグのオールスター戦に出場したい」と言い出すようなものである。それも、今。


「それでも『聖剣の勇者』になりたいと?」


「俺は聖剣が使えた!」


 彼の形相は食らいつかんばかりのもので、その気迫にカナリア達は沈黙してしまう。


「聖剣を使える条件、『聖剣の勇者』の条件が何なのかは知らない。どうして未だに『聖剣の勇者』が選ばれていないのかも知らない。でも俺は聖剣が使えた! 聖剣でモンスターをぶっ殺した! だったら俺が『聖剣の勇者』に選ばれたっておかしくはないだろう? 鷹杜隊長だってそう考えているんじゃないのか? 候補なり予備なり、その一人くらいには」


 あるいは聖剣は誰にでも使えるものなのかもしれないが、もしかしたらそうでないのかもしれない。自分が「聖剣の勇者」と見なされていると考えるなど、候補や予備だとしても、とんでもなくおこがましい自惚れなのかもしれないが、もしかしたらそうでないのかもしれない。わずかでもあり得るのならそれは賭けるべき価値がある可能性だった。

 甲斐の必死の訴えにカナリアは困惑の極みのような表情だ。一方の翡翠は氷のように冷たい表情となっている。


「どうして突然そんなことを。今日になっていきなり人類を救う使命感に目覚めたわけじゃないんでしょう」


「『甲』部隊に入れればずっとこの宿舎を使えるんだろう? 梨乃も一緒に」


 思いがけない回答に翡翠は目を真円にし、次の瞬間その目が怒りに燃え上がった。


「そんな……たかがそんなことのために」


「お前俺達のアパートにいっぺん住んでみろ」


 甲斐と梨乃が住んでいるのは旧市街のボロアパートだ。日差しがほとんど入らず、ずっと湿度が高く、かび臭く、時に汚水の臭いが漂ってくる。戦争前ならきっと貧民窟扱いされていたような住居である。それでも慣れてしまえば住めなくはないが、この「甲」の宿舎を知ってしまった今では甲斐ですらあの部屋に戻ることに抵抗を覚えている。それに何より、


「何より、町中は治安が悪い。安心して暮らせない」


 最前線の富士市にもホームレスと化した避難民はいくらでもいて、他の場所と比較すればかなりマシだというがそれでも治安は良くはない……戦前の基準で考えるなら「非常に劣悪」と言うべきだった。具体的には、日中でも女性一人では町中を歩けないので仕事の行き帰りや配給品の支給のときなどでもご近所で声を掛け合ってできるだけ大勢で移動しているような有様だ。また押し込み強盗の類はあまりに頻発しすぎていてニュースにもならず、家の中にいても安全安心とは程遠かった。甲斐が仕事で家を空けるとき梨乃は家の中にほぼ閉じこもっているのだが、それでも妹を一人にするたびに「何かありはしないか」と身の痩せる思いをしていたのだ。

 カナリアがその思いに一定の理解を示す一方、


「あなたは全然判っていない」


 無理に抑えている怒りが翡翠の声を震わせている。


「『聖剣の勇者』になるってことの意味を。あのアニメを見ていながら……」


「最終奥義のことか。冥王を倒すためには死ななきゃいけないっていう。アニメと現実は違うだろ」


 翡翠が椅子を倒しながら立ち上がり、甲斐もまたゆっくりと立ち上がって少女と対峙した。


「五年前、知っている人知らない人がどんどん死んでいった。周りの人のほとんどが死んでしまって、どうして俺と梨乃だけ生き残れたのか正直言って判らない」


 五年前、冥王軍が東京に迫る中、白鳥一家は政府の避難指示を待っていた。だが梨乃が突然、


「今逃げよう、今すぐ逃げないと間に合わない」


 と言い出したのだ。「極限下のストレスでヒステリーの一種を起こしているだけ」と祖父母は全く相手にしなかったが、甲斐は妹を信じた。祖父母を置いて二人だけで、身体一つだけで先に逃げ出し――冥王軍が彼等の町になだれ込んできたのはその直後のことである。甲斐が直接知る人達は残らずレイスかゾンビ兵となっていることだろう。


「ハンターになってからも、知っている奴知らない奴がどんどん死んでいる。俺だってたかだかレンオルムごときで死にかける最底辺だ。いつ死んでもおかしくない――それでも」


 甲斐の鋼のような黒い瞳が真っ直ぐに翡翠を見つめた。


「俺は死なない。冥王だろうと何だろうと必ずぶっ殺して、その上で生きて帰る」


「でも冥王を倒すには!」


「なんで他の方法がないって言えるんだよ。探したのかよ」


 翡翠は息を呑んで硬直し、そのまま大粒の涙をいくつも流した。


「あなたは全然判ってない!」


 そのまま部屋を飛び出してしまう少女に、甲斐はただその背中を見送るだけだった。


「甲斐君、言いたいことはよく判るよ?」


「はい」


 カナリアの真摯な声を受け、甲斐は真っ直ぐに彼女を見つめた。


「でも探しても、それでも、どうしても他の方法が見つからなかったから……甲斐君はどうするの?」


 さあ、と彼は他人事のように言う。


「そのときにならないと判りません。後悔して泣き喚くのか、諦めて受け入れるのか、それともヒロイズムに酔っぱらって笑って特攻するのか」


「そう」


 カナリアは驚きを仮面で隠している――それでも逃げ出すという選択肢はないのだと。






 その夜、宿舎の一室。元は小宴会場だったらしいその部屋は、今は会議室として使われているらしかった。そこにあるのは会議用テーブルが何台かと、スクリーンとプロジェクター。集まっているのは甲斐、梨乃、翡翠、カナリア、燕、それにもう一人の六人。


「それじゃ、話というのはこの戦争の始まりと現状だったね」


 はい、と返答しつつも甲斐は戸惑った顔をしている。


「……あの、なんでこんな大げさなことに」


 甲斐が「この戦争の始まりと現状」について確認しようと思い立ち、非公開情報の一つでも聞けたらとカナリアにその話をしに行ったら「それじゃみんなで勉強しよう!」と言い出し、こんなことになったのである。


「こういうのはわたしよりもマユール君の方が適任だからね。大卒のインテリゲンちゃんだし」


 講師役に指名された青年はにこにこと笑っている。彼は「甲」部隊の一人で、「マユール」の通称で知られた二〇代半ばの好青年だ。ネパール出身の密教僧で、高身長と浅黒い肌と彫の深い、エキゾチックな顔立ち。非常にハンサムで女性の人気も高い。今は白いシャツとジーンズという普通の格好である。


「意識のすり合わせは大事だからね。君が『聖剣の勇者』になるっていうんだったらなおさらだ」


「お兄、そんなこと言ってるの?」


 目を真ん丸にした梨乃に甲斐は「いや、まあ」と言葉を濁してしまう。梨乃が即座に立ち上がり、膝に付きそうなくらい頭を下げて一同に、


「ごめんなさい、どうか聞かなったことに! 『甲』の人達と仲良くなって、ついちょっと勘違いして血迷っちゃっただけなんです!」


 必死に言い訳をする梨乃に甲斐は「そりゃ普通そうなるよな」と思うしかない。カナリアは困ったような半笑いになりつつ、


「あー、梨乃ちゃん。ぶっちゃけ甲斐君は『聖剣の勇者』の候補に名前が挙がっているの」


「はい?」


「機密に属するからこれ以上は言えないんだけど、最低でも候補の候補として『乙』部隊に配属になるのはまず確実です」


 甲斐を「甲」部隊に入れるべく鷹杜が懸命に運動していることは翡翠達の立場なら当然知っている話である。「甲」への入隊は政府の承認が必要であり実現するかは判らないが、「乙」部隊であれば鷹杜の一存でいくらでも入隊可能だった。

 翡翠の補足は簡単なもので、梨乃はその事実をなかなか受け入れられないようだった。


「その……本当に?」


「本当に」


「そもそもいくら仲良くなったからって部外者をこの宿舎に泊めるわけがない」


 燕が補足し、梨乃もそれ以上は疑うようなことを言わなかった。でも「はあ」と生返事をするだけでその思考回路はフリーズしたままになっている。


「そんなわけで、『聖剣の勇者』になるのなら最低限の知識は必要だ」


 とマユールが話を戻した。


「君がどの程度判っているか判らないから常識に属するようなところから話をするけど」


「お願いします」


 甲斐は素直に頭を下げる。自分の知識・常識が心許ないことについては確固とした自信と確信があるのだった。


「それじゃあどこから説明するか……物理学者のウィルソン山本が次元転換理論を提唱したのが二〇年前だったかな。そこから次元転換炉の開発競争が始まって、実用化に至ったのが五年前だ」


 マユールはプロジェクターでプレゼンテーション資料を投影。スクリーンに映っているのは建造中の巨大な炉心である。


「次元転換炉は次元の壁に穴を開け、その向こう側からエネルギーを取り出す技術だ。理論上は無限・無尽蔵・無公害の夢のエネルギー。でも次元の向こう側から『何かよくないもの』がこちら側に流れ込んでくるんじゃないかっていう不安はずっと言われ続けていた。たとえば冥王カズムとかね」


 と皮肉げに笑うマユール。


「『トリニティ・ファンタジア』のアニメは世界的にヒットしてアニメの効果でゲームも世界的な人気作になった。だから『次元の向こう側に存在する、人間に害を為すもの』に冥王の名が与えられたのもある意味当然だった。もちろん最初はただのネットミームで、本気でそんなことを信じる人間がどのくらいいるかって話だったけど」


 資料は切り替わり、映っているのは広大な発電所だ。


「五年前、ロシアが世界に先駆けて次元転換炉を商業実用化した発電所を稼働させた。ここ一箇所でロシア全土どころか世界中の電力を賄える、世界最大の発電所だ――最初から色々と言われていたんだ、あの国だからね。『何も事故が起きないわけがない、絶対に何か起きる』と」


「実際に起きたわけですよね」


「そう。冥王が次元の壁を超えて出現したのは稼働日の初日だった。冥王軍は一番最初、レイスの大群をこの世界に送り込んできたと言われている」


 レイスは安物の護符でも浄化できる、雑魚以下の雑魚。強い日差しを数時間浴び続ければそれだけで消えてしまうくらいの、最弱のモンスター。甲斐のような「丁」のハンターにすら脅威扱いされない、ただのにぎやかし扱いだ――対処法が確立した今日では。正確な数は神のみぞ知るだが、戦争が始まってから今日までの六五億の死者のうち、その六割から七割がレイスによって殺されたとされている。レイスは人間を最も殺したモンスターなのだ。


「レイスは人間の身体の中に入り込んでその人を支配し、傀儡と化してしまう。傀儡は冥王の命令に従って周囲の人間を殺し、殺された人間はゾンビ兵となる。そうやって冥王軍は指数関数的に勢力を拡大していった」


 ロシア軍ももちろん冥王軍を排除しようとしたが、その抵抗は蟷螂の斧に等しかった。なにしろ銃火器が全くの無意味なのだから。レイスを銃撃しても弾丸は突き抜けるだけ。ゾンビ兵は元々死んでいるのだからどうやっても殺せず、身体を破壊しようとそこから出てきたレイスに襲われるだけ。レイスに支配された、高度な銃火器で武装した兵士がその武器を人間に向ける結果になるだけで、事態は加速度的に悪化する一方だった。


「ついには戦術核すら使ったけど冥王軍を利するだけに終わり、ロシア全土が冥王軍に支配されるのに二ヶ月かからなかった。冥王軍は次に北米と中国に襲いかかり、これまた二ヶ月足らずで陥落。その次に狙われたのは中南米方面、インドシナ及びインド方面、中近東方面、ヨーロッパ方面、そして日本」


 冥王軍は国力が高く人口の多い地域を優先して侵攻するとされている。また海を渡るには人間から船舶を奪って使うしかなく、傀儡に船舶や艦艇を動かせても高度な作戦行動は望むべくもない。海という障壁がある上に国力も人口も低下する一方だった日本は後回しにされていたが、それでも冥王軍は最初の出現からわずか半年で日本に襲来した。


「上陸できるのは少数でも冥王軍は現地調達でいくらでも兵力を補充できるからね。日本もあっと言う間に半分を冥王に奪われてしまった。でも、冥王軍への対抗手段がついに発見された」


 くり返すまでもないが発見したのは鷹杜丁賛、その人である。高野山の高僧だった彼は被災地での慰霊活動等で知られるようになり、「徳の高い高僧」としての名声を得ていた。また、学生時代からの盟友に有力な国会議員がいたことも功を奏したと言えるだろう。


「ゲームのラスボスになぞらえられてそう呼ばれているだけの、ただの呼び名じゃない。ゲームやアニメに登場した冥王カズムが本当にこの世界に出現したんだと。だからその対抗手段もゲームやアニメの設定そのままに、意志の力、神秘の力、神々への信仰――それを以てするしかないんだと」


 鷹杜はゲームの設定に基づき、三種の神器を三箇所の霊地に配置し大結界を展開。冥王軍の侵攻を阻止し、西日本防衛に成功する。


「日本が神秘の力で本当に冥王軍に対抗するのを見て、最初は半信半疑だった各国もそれを真似するようになった。それでも、日本ほど防衛に成功している国には他にない」


 マユールがスクリーンに世界地図を表示する。陸地のうち黒く塗られた箇所が冥王軍の勢力圏であり――ヨーロッパはロシア・東欧・北欧・ドイツ・オーストリア・バルカン半島。中近東は全てと、アフリカは南部を残すのみ。アジアは中国の全てと、インドシナ半島とマレー半島の全て、それにスマトラ島。南北アメリカは北米・中南米の全てと、南アメリカの上半分。

 黒くない陸地を挙げた方が早いかもしれない。ヨーロッパはフランス・イタリア・スペイン・ポルトガル・イギリス・アイルランド・アイスランド。アフリカはナミビア・ボツワナ・モザンビークの南半分と南アフリカ・マダガスカル。南米はチリ・アルゼンチン・ウルグアイ。アジア太平洋は、フィリピン・カリマンタン島とその以西のインドネシア・パプアニューギニア・オーストラリア・ニュージーランド。そして日本の南半分――人類の生存圏はたったの二割。実に陸地の八割が冥王軍の勢力圏にあると言われている。


「ヨーロッパはローマ・カソリック教会が中心になって、フランス・イギリス・イタリアが総力を結集してフランス防衛を続けている。南米もカソリック、インドはヒンドゥー教の信仰によって。アフリカはプロテスタントが多いけど今は元々の精霊信仰が盛んだ。今は何とか拮抗させている――不利な形勢で。冥王軍は少しずつ勢力圏を拡大し、人類は少しずつ追い詰められている」


 戦争開始当初は惜しげもなく銃火器を使用して勢力を急拡大させた冥王軍だが、一年持たずにほとんど使い切ったと考えられる。だが、ゼロになったわけではない。

 冥王軍の中で銃火器が使用できるのは傀儡だけだが、それらにしてもできるのは命令通りに動くことだけだ。「あのジープを攻撃しろ」と言われればその通りにするが、たとえばジープの動きを先読みして迫撃弾を当てるような高度な戦闘行動は不可能。さらには武器を製造し補充することもできない。だから今の冥王軍は残り少ない近代兵器を温存し、彼等自身の武器――呪い・爪・牙等によって戦っている。

 一方の人間側も武器弾薬を惜しんでいるのは同じだった。人間側は新たに武器を製造し補充することが可能だが、サプライチェーンが完全に死んだ今日ではその質も量も戦前とは大きく見劣りする。戦前製造の高性能な武器は使用すれば減る一方なのは、冥王軍と同じだった。そもそも冥王軍には火器が通用せず、同時に敵が近代兵器を使用したときの対抗手段は用意しておく必要があった。

 こうして冥王軍・人類側とも近代兵器をいざというときの切り札として隠し持ち、その一方で通常は刀剣や呪術で戦うという、悪夢のような光景が現実となったのである。戦場から火器が消えたため冥王軍の進撃は大きく停滞した――だが、止まったわけではない。日本以外は止められないでいる。


「このままの状態が続けば人類は敗北する……かもしれない。早ければあと数年のうちに」


 あと数年――その数字に甲斐は慄然とするが、


「でも、そうならないための『甲』部隊でしょう?」


 希望を捨ててはいなかった。


「その通り。僕達は人類の希望を背負って戦っている」


 マユールの真摯な黒い瞳が鋼のような光を放っている。彼等が託されたものの重さを、今の甲斐は想像することしかできない。だが、


「『聖剣の勇者』になるってことは、一六億の希望を背負わされるってことだ。逃げることも、負けることも絶対に許されない」


「逃げるつもりも負けるつもりもありません。冥王だろうと何だろうと」


 覚悟ならとっくに完了していた。戦って戦って最後まで戦い抜いて、生き残る覚悟を。






 箱根での戦いから一週間が経ち、四月二日。


「久しぶりだな。傷の具合はどうだ?」


「今日で完治です」


 甲斐の返答に「そうか」と頷く鷹杜。鷹杜が京都から富士市へと戻ってきたのがこの日であり、彼は戻ってすぐに甲斐を会議室に呼び出した。椅子に座り、テーブルを挟んで甲斐は鷹杜と向かい合っている。二人に対して側面に位置しているのがカナリアと翡翠で、彼女達は立会を希望してそれが認められていた。


「早速だが……カナリア君から話は聞いている。『聖剣の勇者』になりたいと考えていると」


「はい」


 緊張でガチガチになりながらも甲斐はそう頷いた。


「『聖剣の勇者』とは……人類の、最後の希望だ。君は六千万の日本人、一六億の人類の希望を一身に背負い、決して折れず曲がらず、最後の最後まで戦い抜かなければならない」


「はい」


「単に戦うだけではない。意に沿わないことをやらされることもある。客寄せパンダとなって大衆に愛想を振りまくことも、政治家に媚びを売ることも」


「はい」


「……最後には『死ね』と命じられることにもなるだろう」


「死ぬつもりはありません」


 甲斐の即答に鷹杜は大きく目を見開く。両者の眼差しが空中で火花を散らすかのようだ。


「……もちろん私も、他の方法を探し続けることを約束する。だがそれが見つからなければ、私は君達三人に命じることになる――『死ね』と」


 翡翠だけではなく、甲斐もまた食いしばる歯を軋ませた。


「私はそれを躊躇わない」


「判っています」


「判っているならいい」


 そう頷く鷹杜は、この日初めて笑顔を見せた。


「ようこそ、勇者作戦群『甲』部隊へ! 私達は君を歓迎しよう――『聖剣の勇者』を」


「ありがとうございます!」


 力の限り礼を言い、テーブルに接するほどに頭を下げる甲斐。笑顔のカナリアに対し翡翠は苦々しい様子だ。鷹杜の笑みはすぐに消え去り、彼は真剣な表情で計算し、算出しようとしている――次に打つべき一手を。

次回・第三話「鎌倉奪還作戦」その1は8月4日12時更新です。

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