本音
「ふぅ……」
「疲れたか?」
「っ、それはもう! だって貴方、踊るのはワルツだけって言ってたじゃない! それなのに、あの後二曲も踊るなんて聞いていないわ」
ダンスを踊り終えた私達は、一旦会場を後にして廊下を歩きながら、何の前触れもなく三曲踊り続けたことについてイヴァンに抗議をしているところだ。
「良いじゃないか。 君も楽しそうだったのだから」
「それとこれとは別よ! 心構えの問題!
だったら最初からワルツだけって言わないで欲しかったの!」
そうイヴァンに詰め寄れば、イヴァンはうっと喉に詰まらせ、明後日の方角を向いて言った。
「……気が変わったんだ」
「どういう気持ちの変化!? ……まあ良いわ。 確かに楽しかったもの。
ところでイヴァン、私達は何処へ向かっているの?」
イヴァンの足取りが階段に向かったところで、私は慌てて尋ねる。
王城ということもあり、招待された場所以外には足を踏み入れない方が良いのではないかと思ったのだ。
そんな私の疑問に対し、イヴァンに「歩きにくいか?」と手を差し伸べられる。
「いや、そういう問題ではなくて……」
「あぁ、今から向かう場所はクラウスから事前に許可をもらっているから心配することはない」
そう言って、私の手を取り迷うことなく階段を上がり始める。
(クラウス殿下から? 本当にとても仲が良いのね)
イヴァンに尋ねたら仲など良くないと突っぱねられるだろうけれど、彼がこれだけ心を許しているということはかなり仲の良い方だと思う。
クラウス殿下にもし機会があったら今度聞いてみようかしら、なんて考えている間に、イヴァンは大きな扉を見張りに開けるよう指示して言った。
「ここならば、会場全体が見渡せるだろう」
「……!」
そこはイヴァンの言う通り、夜会会場を見渡せる空間が広がっていた。
所謂、“ボックス席”に近い、長椅子や机が置かれた2階席のようだった。
私が驚いている間に、イヴァンは長椅子にドカッと座り息を吐いた。
「やっと落ち着ける。 相変わらず窮屈な場所だ」
そう言って首元をくつろげる彼の隣に座り、尋ねた。
「イヴァンも夜会は苦手なの?」
「……逆に聞くが、俺が夜会を好き好んで行くように見えるか?」
「いいえ」
「なら、無意味な質問だな」
イヴァンの口ぶりからして、全く好きではないのだろう。
「では、今日来たのは殿下からご招待を受けたからなのね」
私の言葉に、イヴァンは「いや」と言葉に詰まらせる。
(……ん? 視線が合わない)
何故明後日の方向を向いているんだろう、と疑問に思っていれば、イヴァンはボソッと口にした。
「君が俺の婚約者として来てくれると言ったからだ」
「え……」
「俺も婚約者として君を披露するならば、今回が絶好の機会だと思った。
だから余計にあいつも俺達のことを呼んだのだろう」
「あいつって……、クラウス殿下のこと?」
「あぁ」
イヴァンの肯定に、私はそうなんだと口にする。
(では、イヴァンが好きではない夜会に来た理由が、私を婚約者として発表するためだけだったということ?
だから、先程クラウス殿下と皆の面前であんなやりとりを交わしたんだわ……)
そんなことを考えていると、イヴァンは「だが」と今度は私を見て言った。
「やはり君を連れてくるべきではなかった」
「!? ど、どうして?」
(わ、私何かやらかした!?)
と内申焦る私に対し、イヴァンは少し逡巡したような素振りをした後、小さな声で言った。
「着飾った君を、他の男共に見せたくはなかった」
「……っ!? そ、そんな、確かに皆からの視線は痛かったけれど、私のことなんてただの悪女にしか見えていないわ」
私の言葉に、イヴァンはパチリと目を瞬かせ言った。
「気付かなかったのか? 皆が君を見ていたのは、君がどんな令嬢よりも綺麗だったからだ」
「は、え……!?」
「踊り終えるのを待って声を掛けようとしていた輩もいたくらいだぞ。
もう少し君は自分の美しさを自覚した方が良い。 危機感を持て」
「〜〜〜!?」
イヴァンの言葉の数々に、私は声にならない悲鳴をあげる。
(な、何言っているの!? それに貴方に綺麗と言われても!
というか、綺麗とか美しいとかどうしちゃったの!?
いつもならイヴァン言わないわよね!?
酔っているのかしら!?)
そうだ、そうに違いない、それにしても心臓に悪い……!
と、胸の前で手を組み震えていたその時、会場の隅に立つレイラの姿を視界の端で捉え、私は声を上げた。
「レイラだわ!」
探していた彼女の姿を見つけ少し身を乗り出せば、イヴァンから「おい、危ないぞ」と止められる。
それによって身を乗り出すのをやめると、レイラに声をかける男性の姿があった。
レイラの表情から見るに困っているようだった。
(レイラにダンスの誘いでもしているのかしら?
しつこいわね)
「おい、何処へ行こうとしているんだ?」
「レイラが困っているから止めに行かないと!」
「君が行ったところで騒ぎが大きくなるだけだろう。
それに、その心配は無用だ」
「え?」
イヴァンが指で示した先、そこには紺青の髪を揺らし二人に声をかける男性の姿があった。
それに思わず、私は声を上げる。
「クラウス殿下……」
クラウス殿下はその男性に何かを言うと、男性は足早に去っていった。
(何を言ったのだろう、ここからでは全然聞こえないわ)
ともかく、男性がいなくなったようでレイラに笑みが溢れたのが分かりホッとしていると。
「!?」
何と、クラウス殿下がレイラに跪いたのだ。
レイラも驚いたような表情で彼を見つめ、その指先にクラウス殿下が口付けを落とした。
その様子に、私は思わず前に身を乗り出しかけると、イヴァンに腰元をグイッと引かれた。
「だから、危ないと言っているだろう」
「だ、だって! レイラ、クラウス殿下に何を言われているのか気になって……、あ、二人とも会場を出るみたい!
やっぱり二人の元へ行く!」
「待て、その必要はない」
「え……?」
イヴァンの言葉に首を傾げれば、イヴァンは私の腰を引き寄せ、長椅子に座らせると言った。
「ここにいれば来るだろう。
もうあの空間に戻るのはうんざりだ」
「レ、レイラ達が来るの!?」
「レイラ嬢に君が会いたがっていたんだろう?
今行けばすれ違いになるぞ」
「わ、分かったわ……」
イヴァンの言う通り、私はその場で二人を待つことにしたのだった。




