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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:忘れじの谷
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88.当事者たち


 ……ああ、世話してやったとも。縄目のまだあざやかなゴロツキどもをな。

 どいつもこいつも、腹を空かした身の上だった。だから"勝利の騎士"殿は改心を誓わせて、事を終えたら褒美までとらせたのさ。


 "翡翠羽"までつけてきて、よりにもよって聞くのがそれか?

 堅琴かかえてえっちらおっちら、隻の眼だからって見逃しゃしない。

 いいや。別に嫌わんさ、仲間の杯が満ちてるうちは。

「えらくごっそさん!」

「仕事がそれだろ?ご無沙汰なんだ」

 ほんの腕ならしのために、ずいぶんな人手が要ったもんさ。

 相手は誰か?

 ……お前さん、それも知らずにあの谷へ?

 まったくとんだ節穴だ。

 騎士鳩よりも耳ざとくなきゃ、城にお招きもどうだかな。


 見聞きしないはずがないだろう。

 湯治帰りの道にしちゃ、やたらと首をまるめた騎士連。雲を打ち抜く光線に、噂される「光輝燦然」の二つ名……。

 そうか。

 よほどヘタな探りを入れたもんだ。


 彼らがいることであの谷は守られ、あの谷もまた彼らを守っている。


 言外の拒絶に無理もない。

 で、誰なのかって?そりゃ……。


「"お兄さんたち、あのときご一緒しましたね"」

「よせよ」

「ニマついてやんの」

「……ありゃさすがにな」

「ああ、さすがに」


 少年だよ。

 その"少年"だ。


 前座はゴロツキ。次鋒が俺らだ。

 言わせるな。

 こてんぱんさ。

 片腕しばりで目隠しの、まさかガキとは思っちゃいまいが、数と間合いで負かせるべきなんだ。

「知りたいね、勝ちようがあったなら」

「……ひとじちは?」

「せめて死にようは選ばせろ」

「おおくわばら」

 稽古とやら、立ち会わせてもらった。趣旨ならわかるが、意味不明だ。

 岩もすぱっと溶けるような、水流をはじき返すんだがね。四方八方からのを、やっぱり目隠しで。

 今度はそいつを折りまぜて、もう何戦かやりたいという。

 いあわせた白い術師は、目でもの言わんばかりでな。そのために見せたんだぞ?と。

 二枚腰じゃあいられない。

「しるしのおかげだ。いくつも浮かべてたな宝石、ありゃなんだったろ?」 

「コルパシアの水晶。水の精の涙とかいわれてる……」

「"(デードス)"!さすがだねえ」

 あとには盾持ちも数人見えたが……さて。

 

 たしかに。

 あの戦線に居あわせたってふかす連中が、いまじゃごまんと居る。

「いってみろ、ってんだ……!」

「あの土地で死んだ者の名をな」

「一人だっていい。なのにだあれも言えっこね」

 話にならん。


 ボルドヴェン?


 ふぅん……爪弾くのは凱歌ばかりでないようだ。




 ---




 詩人らの是とする()()の至上。それは信じ難き光景を、さも目の当たりにさせること。つくりごとの理想をいえば然り、すすけた大人も、童子のように色めき立たせる凱歌。

 では人は、実際に目にしたことのないものを、どれだけの説得力でえがけるものか。勝利ばかりが正しかろうか?

 "百花英魂戦線"の、はやし歌の種となる生き証人たち。その実在に確証をえてはなおさら、一字一句反復するだけの吟遊詩人はありえない。

 察するところ彼らがとりわけ忌むのは、本名で呼び合う行為であった。

「よろしいですか、またひとつ」

 詩人はいった。

「どうしてあなたはただ"指"と?」

 すると副官らしき色男は杯をおき、ふたつのてのひらを披露した。

「ご覧のとおりで有難いからさ」

 どううたったらよいのやら、なんの変哲もない十指である――もっと知り合わなければならない。詩人の決心をまたずに、酒場はざわついた。

 組合が依頼を発動したのである。机のむこうの号令と、はしばしからつたえ聞こゆ単語は。


 治安維持、協力要請、"こぐま座"の管轄、そして飛竜。


 けれどもう夜だ。すぐさまみんなそ知らぬ顔で、ともしびにうずくまりに戻る。同卓だけが額をつけあわせ、影をものともしなかった。

「"ワシヅメ"は……」

「兵募練成!だから俺らのお役だったワケ」

「爺さまひとりで寝ずの番かよ」

「ゆかれるのですか」

 詩人も立った。冒険者四名は仕度を終えている。

「使い走りだとあざ笑うやつらがいる」

「言わせておくよ」

「そんなつもりは……」 

 ひとつの困難から、またべつの困難へ。冒険から冒険へと闘い歩くだけが、「名無し」という忘却に対しての、唯一の防御手段である。だから忠誠心を、自らの運命の変転と偶然に捧ぐしかない――先達にきいた"冒険者"たちの生態を、若い詩人は疑った。ほんとうのほんとうに、それだけが彼らの行動原理?

「お前さん、悲劇がお得意か?」

「いいえ」しいて言うなら使命であった。「聞けない声を、届けることなら」

 ほら吹き話にはやどりえない、親しさやなつかしさ、そして義理堅い怒り。たとえばただいま肌で感じるような。

「来るかね」

 思いがけない申し出に、詩人はなぜだかわからない。丈夫なのは口先と指先ばかりである。すっかり足でまといであって、どこへとついてゆこうにも、毛虫みたいにきらわれる。

「冒険に思い焦がれているな」

 そうとも、詩人がのぞんでも触れられぬものだ。それも酒場を訪れて、稼ぐどころかすっからかんだ。乗るか反るかのところにいない。

「……ひとつケツ持ちしちゃくれまいかと、俺らの依頼人は言った」

 なんの話か、詩人はわからない。

「谷の酒場だ。お前さんの披露したうたに、特等席でいたく感激してた彼……ありゃ牛乳配達の小僧じゃない」

 聞くまでないかと頭目は笑った。 

「馬を選べよ」


The party.

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