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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:悪心の呼び声
69/106

69.冒険者招集


「話は以上だ、諸兄らの静聴に感謝する」

「えー、つきましては手当ての詳細を――」

 引き継ぎの一等補給官を後目に、ヴィクトルは場を立ち去った。非公開の作戦指揮板を()()()()として、冒険者――もとい野次馬たちからの視線を断つ。

 統括騎士を物珍しがる三割、招集令とはなんぞやという三割、訳知りだからこそ、顔を出してみるだけの三割。大広間に集う、有象無象の内訳だった。

「一杯いかがです」出迎えるイトーは、返事を待たずに淹れている。

「いただこう」

 知らない土地の茶葉の香りも、五日目ともなればいやに馴染む。喫茶喫飯だけが救いの今日とは、立ち止まっていられる、最後の昼下がりであった。

「毎度感服いたします。まこと()に入った演説だ」

「……先達の(ひそみ)に倣っているまで」

「いやはやどうでしょう?才というのがおありかと」

「これと定まっている分は、たしかに得意なフシがあるな」

「いけませんか、日常お国の言葉でも」

「選べる言葉の種類が増えども、選ぶ口先は変わらんのだ」

「ははは、そういうところですねぇ……して、どうでした?本日の壇上の景色は」

 酒箱をひっくり返しただけのそれも、作家にかかれば舞台らしい。ヴィクトルは思わず鼻が鳴る。口元で陶器が波立った。

「また変わらん。いくらか残ろうが……本命たりえん」すぐに顰め面である。

「昼食代が浮かねばとうに立ち去りかねん輩ども……ですか?」

「当てつけか?上等だ」

 定時の説明会は、何度も行ってきたのだった。

「戦後慰安費云々など……連中は興味を持たんだろう」

「やるせないですねぇ、満額支払えるならむしろ有難いなどと」

「ああ」

 食い逃げ常套の連中がいる。急に腹をくだす連中がいる。

 招集令布告から実際の出動まで、あるだかないだか「もともとの予定」を都合して、とどまってもらうのだから補助費があてられる。その仕組みたるや、先進国の予約宿泊費じみている。

 "誓い"を噛ましても、方便がしばし通る。拘束力を増せば母数が減ずる。誰もかれも、足りない頭をここぞとばかりに、採算をさぐる。

 土地柄だった。

 "統手"が座し、"騎士"なる守手が常に在る。

 まことの危機に瀕して、無理を冒すのはなにも自らでなくともよい――生まれたのが、いわゆる"職業冒険者"。

「厄介」を疎む"冒険者"ときた。

 狡賢く考えるものだ。

 シブいから無視、それならいいが。うまい手当てで、ひとまず宿を、合間に別の一仕事、当日までにはとんずらしよう。

 意志の内実がなんであれ、(はな)から尽くせる人材は、まどろっこしい数字なぞよそ、利き腕を大きく振り上げる。生きて帰らねば貰えない大金の話は、どのみち作戦指揮板の前でしか聞けない。

 ただ、()()()()を集うにしても、全部が無駄とはかぎらない。

 曲がりなりにも"冒険者"、小狡いながらも腕は利く。逆だ。腕が利くのに、どこかで小狡くなってしまった。そんな者らに、かつての大志を。騎士は舞台から感化しようとする。

「ハンパな人では、困りませんか」

 ゼンだ。らしくない棘があった。居合わせるのに、かたきとばかり指揮板をにらみ、とびかからんばかり机につっぷしている。

「……人手が要るのだ。たとえ後方に数名とて助かる」視線はあわない。「今晩が勝負だ」

「……散歩に行ってきます」

「お気をつけて――」

 言われるが早いか椅子もととのえず、剣帯をひっつかむと、少年は夏の曇りに繰り出していった。

「彼があのようなこと」イトーがかわって席をととのえる。「相当、痺れを切らしていますね」

「悪いとは思う。だが、ここまで来た」

 残されて、ふたりはみた。

 指揮板に貼られた地図上に、点と点とが線を為している。

 連中は動きを見せたのである。

 点とは、刺された(ピン)である。馬の盗難、人の失踪、不審な"蹄減らし"の目撃談。

 線とは、点と点とを結ぶ赤い糸だ。のこぎりの歯状に、南へむかっている。

 終着には、アテがついていた。

「……耐えねばならんのだ」

 ヴィクトルはなぞった。使徒らが「次」を目論むところとして、そこ"翡翠羽湖畔の町"が、諸条件を満たしているだろう。

「焦れましょうとも。想定も最南ですから……」イトーには自覚があった。わざわざ口にしたくなるのは、自らも平静を保ちたいが為だ。「明朝出立にてぎりぎりの距離。新月まで九日の猶予を信じたとて、"点"は三日後にも町へ……」

 フランの残した手がかりにもし、なにかひとつでも、間違いがあれば?

 とっくに遅いのかもしれない。

「もはや我らは行けば行くだけ。後戻りならん、そのために――」

 ヴィクトルも、わざわざ言い訳じみそうだ。


 事態に対してゼンはむしろ、おそろしいほど大人といえた。

 滞在も三日目ごろである、長耳と騎士とで、はげしい口論になった。

『あたしらだけでも行くべきさ!』ちょうど方角が判明したのである。

『中四日だぞ、戦力を集うには短いまである』招集状況は芳しくない。

『後は騎士団に任せりゃいいじゃないかい!』

『いいか。我の戦力は減ずる事あり、増える事なしだ。最善を、ここで、尽くさねばならん。"商隊"だけで向かってみろ、ふりかかる大浪、そのしぶきからさえ、お前は己を守れるのか。なにより敵は未だ全戦力を明らかにしていない』

『理屈ばっかり、わからずや!あの子が今どんな気持ちでいるかっ』ジニーは顔をくしゃくしゃにした。『もしも……もしもの時はどうすんだい!そん時あんたはっ』

『意志ばかりでは何ものも救えん!力がいるのだ。わかっているはず――』

『統括騎士なんだろうっ、力なんて!見せておくれよアンタが!あたしにゃね、アンタがひとりを犠牲にたくさんを守ろうとしてるようにしか思えないっ。そのひとりが、あたしらにとってどれだけ大きな――』

『ジニー!』

 少年が、騎士の立場にならったために、長耳は口を噤むのだった。

 それから彼女は、大広間に顔を出さない。はたらいていないと気がおかしくなりそうだから、皮むきでも皿洗いでもさせておくれと、サルヴァトレスと厨房に入り浸っている。

『……刻限には間に合わせるとも』

『わかっています』当然だと、ゼンは眼光をみせつけた。『発てば後戻りはならない、そうでしょう』

 今日とて今日だ。高々とした梁天井に、窮屈な空気がたれこめている。誰しも眉間に皺が寄るから、いまやこの人の特権ではないが。

「……後、戻り?」唸り声である。

「気になる点が?」

 にらまれがちな地図だった。ヴィクトルはつつく。南へ続く、のこぎりの歯。

「いつ判明した?」焦れに焦れた二日前からだ。情報はどっと舞い込むのだった。「……敵にはこちらが見えている」

 伝書バトが舞う時差からして、適当ではある。適当すぎる。

「所詮は口伝いそして文字起こし。我々は何も目にしていない」

 厄介なものだ、情報とは。イトーは机上の資料を、軽くかきたてた。

「……いずれの報告も民間からです。騎士団の斥候からではない」

「どうやら俺もとらわれていた」

 人は見たいものしか見ない。とくに追い込まれたときは。

「再精査の必要がある」ヴィクトルは何をすべきか思い浮かべた。騎士長を呼びたてねばなるまい。「検算を頼めるか、行軍効率を……」

()()へ向けて?」

「ああ」「ただちに」


 くだんの指揮板のあたり、主たる関係者のつどいがちな大広間の一角を、鷲爪西端騎士団は「作戦指揮所」とか呼んでいる。ぶ厚い壁の一枚もない、簡易即席のそれだからこそ、場所が場所柄、守り手というのが必要だ。

 見習騎士コーネルスやまさに、立って休めで日がな務めていて――たまには雑談だってしたい。

「……彼、入りびたりですね」あの少年のことを言っている。

「左様だな」ならぶ筆頭準騎士ボルドヴェンだった。巨人種だから、ついたての延長としてよほど頼りがいがある。

「騎士サンドバーンのお連れのようですが」コーネルスは横をそっと見上げた。「明日からどうされるのでしょう?」

「というと?」見下すのに棟髪刈り(モヒカン)でいかついが、じっさい柔和なお人である。

「我らが行くのは戦地です」

「なに、知らなんだかね」視線を前へ、ボルドヴェンは戻した。「かの少年は、統括騎士殿のお弟子にあたる」

「え゛っ!」

 思わぬ我が大声に、コーネルスは肩をすくめる始末だ。とっさにうしろを見やったが、騎士参謀らは会議に没頭していた。

「……存じ上げませんでした」

「暁闇をはらさんばかり、修練場で振っておられる。団の朝稽古の時分には、こちらに戻られるが」 

「そういえば今朝も……!」コーネルスは思い出す。かの少年とすれ違ったおり、キャメラクは意味深なことを言っていた。「てっきり、統括騎士殿を探しているものかと」 

「惜しい機会を逃したな」ボルドヴェンは見てにっとした。「探してはいたよ、稽古の相手をね。今朝までであらば、代えがたい経験になったであろうに」

「剣術の、ですよね」

「ほかに何が?それも――ははは、誰も勝てなんだ」

 コーネルスには、いっとき意味がのみこめない。「……は?」目上に失礼もほどがある。「負かされたのですか?準騎士殿が?」

「私どころでない」ボルドヴェンはあっけからんと。「布告の翌朝に騎士長(コマンダ)でも勝てなんだ。副長も、正騎士ナロトステも」

「信じ難い!にわかにはとても……」見習騎士の宿命として、未明には雑用の山だ。稽古にありつけるだけありがたいが、どうやら一大事を見逃していた。

「目にした者は多いはずだが――」ボルドヴェンは、やはりはじめて聞きました、という顔のコーネルスをみとめて。「かの少年を恐れてか?嘆かわしいかな向上心がない」

「ありえてよいのですか、そのような……まだ十五も手前かと」

 腕に覚えさえあれば、騎士には十から志願できるが、むこう五年はひたすら雑用だ。見習いを名乗れるのに、コーネルスはかなり早い方だった。ではあの"少年"とはなんなのか。

「剣を執りたての童子の頃に、我が帰ってしまったのかと思えたよ。彼の見た目も相まってね」ボルドヴェンはうれしそうである。「本稽古はよほど擦り減るものなのだろうな。我らとの手合わせにせよ、休みの合間の肩慣らしにすぎん。来たる戦いに備えて、よく力を蓄えておられる……そうとも、彼は往かれるのだよ」

「はぁ……」

 やはり失礼極まりないが、コーネルスにはもうこれしかでない。呆けているうち、統括騎士から声がかかった。

 どうということもない使いである。

 子どもにだってできてよい。志願したての少年にだって。

 よい騎士を志すひとりとして、コーネルスは反感こそ抱くまいが、見習いとしては、じれるのである――どうにかもっと精進せねば……――これが世の、ちょっと秀でた十五の青さだ。




 ---




「動く時はみんなで一緒だ、戦争ってそういうものだから」

 ゼンは己に言い聞かせている。町でもっとも立派な鐘楼塔のてっぺんに、野バトのほかは何も訪れない。

 眼下に過ぎ行く人々のなか、不審な影がないかと目を凝らし、やはり無いのと知っていた。敵はこんな所にいない。

 曇ればさほど暑くもなかった。鐘楼のとんがり屋根が、ときおり透く陽を遮りもする。

「"他者の力を借りることも、時には必要だ"……」

 唸り声から引用である。より正確には。

『己の身ひとつで万事解決できれば良いと、いつだって俺も思っている。だがな、世には存在してしまうのだ、他者を頼るべき物事が』

 頼れる誰かを、時間の許すかぎりに募る。その為だけに立ち止まっている。

 この三角大町までせっかく急いでやってきて、できる全ては待つばかり。

 "はずれの丸太小屋"戦の後、統括騎士の紋章を見せびらかして、いくつも馬車を追い越した。"蹄減らし"よりきっと早かった。とうに使徒を追い越したかもしれないのに、結局、先へ行かれてしまった。

 時間の無駄だと思えてしまう――いいや、無駄なんかでない、必要だとも。

「いらいらするのは損だ」

 ヴィクトルとイトーが、ずっと頭を捻っている。ダコック騎士長にその補佐も加わって、一番モノゴトが良くなるように、頭の良い大人達が考えている。

 まるごと盲信はしていない。

 ただ、ヴィクトルの大きな戦いへの経験と、イトーが幾通りもこなした計算を信じている。

 結論、どんな手がかりがあろうと今は動かない。これで、最善だ。

 動くのは、一番早くて明日の朝。めいっぱい許されるだけの遅さでもある。それだけわかる。


「すぅー……」


 あたたかい風から土のしめった匂い、遠雷は雨の兆し。


「ふぅー……」


 良くも悪くもの情報が、連絡窓口から指揮板を行ったり来たりするのを、一日二日見守った。

 おとついはジニーを諫めたけれど、じっさい何が正しいのだかよくわからない。

 ほかにはなにもできやしない。

 ハウプトマンは黒馬車を軽くするのに腐心している。ダルタニエンは馬たちの世話。サルヴァトレスは厨房、これにジニーもならっている。

 やれる何かが羨ましい。

 力を蓄えろ、と師のヴィクトルが言うのだから、そのようにしている。

 明け方さわって、(つるぎ)は終わり。

 昨日なぞは、ダルタニエンの仕事に加えてもらったが、馬たちとじゃれるにも気が気でないし、からだがちっとも疲れてくれず、なかなか眠りにつけなかった。

 悪い知らせもちょうどあった。

 領都付き統括騎士の増援を要請していたのが、来られないという返答だった。日も沈むころに、魔バトが運んで来たよくない知らせだ。

 グリフォーンに乗って一人でも二人でも、ヴィクトルくらいの騎士が助けにやってきてくれたら、どれほど頼もしいかわからない。

 想像した、ヴィクトルが二人もいたら大変なことだ。

 実現したなら夢物語、センソウにもきっと楽勝だ。

 ゆえかもなんとなし、都合が良すぎて、実現せずともおかしくない――考える節があったから、悪い知らせでも驚きはしなかった。

 寝付けないながら思い巡らせたのは。

 実はここまでいてくれた、もうひとりの「騎士」についてだ。


 ――ヴァンガード。


 彼とは英雄の筆頭にして、まさしく大騎士でなかったか。

 ヴィクトルと並んでとても自然で、とても大きな戦士であった。

 それが今日はいない。明日もいない。次の戦いにヴァンガードはいない。

 鷲爪西端騎士団の戦力は、もとよりシュワルコフ西部に散らばっている。そのほんの見習いから正騎士まで、あちこち偵察で駆け回っている。

 時機が悪い。本部にいるべき正騎士数名が、研修とかいうのに領都まで出払っているし、軍医も同様に不在だった。

 目下頼りになるのは、せいぜい騎士長と筆頭準騎士くらいだ。副長は町の日常防衛に残らねばならないそうだから。

 ほかに見習騎士が数名、兵卒が二、三まとまりくらい、ついてきてくれるとは言うが。

 ヴィクトルはこっそり教えてくれた。ここの騎士団の後方戦力は、とてもでないが、あの"湖畔"の王国軍ほど頼りにならない。

 何より頭数が足りなかった。見越しての冒険者招集だ。


「すぐに行きたいよ、フラン。ごめんね……時が来たら、がんばるから。僕の番には、僕ががんばる。それまで、なんとかこらえて……待っていて」


 大きな果ての悪心と、ここまで一度戦った。

 楽勝だったと誰かが言った。

 前回はできた。

 今回はどうか。

 確認された使徒は七人、向こうが全部受けて立つつもりなら?

 拳の戦士はいない。

 ヴィクトルの隣を任せられたのだと、旅のどこかで気がついたではないか。

「僕がやるしかない。そうでしょ、ヴァンガード」


 鎧が無くとも、ゼンは"光の騎士"である。





 ---




「嫌味な(たち)だと、よく言われてきた。自己弁護のつもりはない。ただ諸兄らにもしも思うところあれば……私が垂れるのはどこまでも本心という事になる。

 さて……再三の説明を行ってきたよう、次には大規模な戦闘が見込まれる。戦場に立たば死人は必至。語るまでもないな。戦う力をそなえた、冒険者諸兄らの中からでもそうだ。

 だとすれば持たざる者は?

 抗う術なき人民が、戦火に晒されればどうなるか……これもまた語るまでもない。

 危機が迫っている!悪心の危機が。

 兵士であろうとなかろうと、力有るのにかかわらず、見過ごす道をとれるなら、者には何かが不足している。

 立ち向かうだけの勇気、かつてはあった志……これを綺麗ごとだと嘲笑う中で、私に勝る戦士は居るか?

 無力な者には言っていない。向けたその背に思いを託し、歯噛みした者とてあるだろう。

 危うきを避ける賢明さをまた非難はすまい。力を富に還元して生きるのとて自由だ。

 しかし小心を賢明と履き違え、戦士にも商人にも成り損なった臆病者を、かつての同輩がどう見るかもまた自由だが。

 我こそ全き力の求道者である。声高にそう名乗るなら、この機を逃す手はないぞ。だからだな、君たちはここにいる。

 諸兄らは騎士位ではなく、冒険者だ。

 それでも中には、私の力の秘訣を知りたい者がいるようだから、ここでは騎士の理屈で応えよう。

 我ら騎士は、はじめて剣を手におさめた日に、宿したはずの心がけを失えば、年ふり技ばかり身につけてたとて、弱くなったと評するものだ。

 力の根源は万人に依ろう。一緒くたもまた愚かしい。

 だが剣を執ってみた訳に、私と君らの多くとで、そう差があるとは思わない。

 この場には、足る者を募った。

 諸兄らには今次作戦の後方にて、騎士団隷下兵団と共に、安全地帯を構築する任にあたってもらう。

 誰かがそれをせねばならない……主眼は、周辺避難住民の守護である。

 そして今晩、改めて訊ねよう。

 更に前へと一歩踏み出て、最前線へ志願する者はいまいか。

 私と、騎士団の筆頭準騎士、二名の冒険者までが、共にあるのと定まっているが、依然、刃は不足している。

 最低でもさらに四名。

 我こそは、という心威有る者。満つる悪心に怖じずいられる勇猛な戦士……ここに、名乗り出てもらいたい」

 雷雨に湿気た夜となった。濡れた冒険者たちの足取りは重い。広間の丸椅子が埋めるのは、名簿に反して、七割がたといったところ。

 仮にも決起集会である。統括騎士の演説をすごして、漂うのは、あまりに陰気な沈黙だ。

 酒精も入ればガヤも立てよう冒険者らはまだ晩餐前、統括騎士やそれに順ずる"力有る者"の、なみなみとした殺気に気圧されたか、あからさまな横着は見せないでいる。

 名乗り出るなどもってのほか――いや。

 物怖じしない者だっていた。

「ずばりおおせらる騎士どんよ!」机上に肘をたて手をひらひらと、前歯の欠けた只人である。「やる気マンマンの冒険者らてなぁ、どーなもんの腕前だえね?」

「……生還しうる目を知りたいか?」

「いんやいや!サンコのありゃ、ほかも(ふる)うんじゃねいかと思えてね」

 なまりがきつい。汲み取りに、ヴィクトルの刹那をひらかせる――なるほど参考(サンコ)だ。

「対魔対人に秀でた剣士と槍手である。両者とも……師範級相当は堅い」

「おおと!意げえとんなもんかい。どーだいここは騎士どんよ、もおと盛大に!面白ミをくれなくちゃあ」

 そのまま語るよう、ヴィクトルは目でこたえた。

「つまりさ、ちょいとオダてて言うっ気ゃねいかね?オイ達だって誰もが怖気づいちゃばかじゃいなさ、ただ死ねるかも知らんにワリに合わなぁーた思ってら。ならばやせめてね、ゼンセンってのがどれほど、だじで大変なことか、しっかと知らしめてくれねいか。ゼヒにその騎士どんの口からね」

「ああ……」

 "欠けっ歯"が言うのは、冒険者なりの矜持についてである。

 戦うもよし、死ぬもよし。けれど、いかに散ったか知れ渡らねば、命も落とし損である。

 証が欲しいという訳だ。

 名にし負う統括騎士が看過できぬほど敵は強大であり、立ち向かう側も相応である。と、より明確でなくてはならない。ヴィクトルはすこし言葉を練った。

「……これまでたった一度でも、出くわした経験があるかね。

 心を挫くほど濃い"悪心"と?

 "果て"へ行って帰ったつわものの話を、数えていくつ聞き知っている?

 成し遂げ難いから、逸話になるものだ。

 実体験せねばわかるまい。どれほど屈強な肉体をもとうと、あの瘴気のなかでは、ただ立つことさえまともでない。 

 此度(こたび)まみえるのは、斯様(かよう)な"悪心"。

 最前線とは、"果て"のさなかも等しかろう。並々ならぬ精神ありきで、十の力の半ばも出ん。

 よこしまな力に堕した敵手らは、曲がりなりにも強力である。それも魔物が大挙するなか、いざ尋常な立ち合いとはなりえん。かつて散った英傑の影がちらつくこともあるだろう。能う限り私が引き受けるが、"霞"で見失えばほかの誰彼の任となる。

 これら困難をみなこなせる猛者が、はたしてここにいてくれるか。

 私が求めているのはとどのつまり、"英雄"である」

 そーでなくっちゃ!と"欠けっ歯"は、すかした口先で高らかな音を立てた。

 喝采の呼び水となり、場が温まる。さまざまな野次がとぶ。やがてある人物のどら声にゆずった。

「おいおい待たれよ、騎士殿よ!英雄だって!?」

 酒に焼けたか鼻が赤い。席なら足りるのに横柄な男だ、自信ありげな大柄を、机のうえでかまえている。

「一旦そいつは行き過ぎじゃあないか?なんたって俺が噂に聞きゃあ、そのお偉い英雄志望のおひとり様は、ガキ、って話だ――」

 どこにいやがる?とばかり、"赤鼻"はあたりをねめまわす。

「正真正銘のガキだぞ!青二才の新前騎士どころじゃねぇ、小便臭いガキが……!」

 しかし調子をまもなく損ねる。気配をまったくつかめないのだ。たしかに生意気な"少年"を、どこかで見かけたはずなのに。

 ええい、と"赤鼻"は大騎士を指さした。

「どうなんだそこんところ、本当かい!?ええ!?本当ならよ!今度な()()()()とどう違う!?ずいぶん笑いモンな大戦(おおいくさ)じゃねぇか、え。騎士殿に、いくらおべんちゃら立てられたってな?いるのかいめぇのか、ガキが!俺ぁ気になってしょうがねぇよ、挙がる手も挙がらねぇくらいにだ!」

 あきらめ悪く"赤鼻"は、あたりをまさぐり、やっと見つけた。

 たったひとりの少年である。

 もっとも要人のいるべき場所だ。つまらなそうに腕に伏せって、なにも取り合わない。"赤鼻"はハナを挫かれた。人違いかもしれない。あんなふつうの少年だったか?

「……貴公はこの土地の出でないな?」

 振り向かせる、唸り声である。

「それもおかしな見識だ。よもやこの場に居合わせて、知らなかったでは通用せん」

 大騎士は、背部頭上を腕でさししめした。梁天井にもっとも目立って、見守るような大肖像画がある。ぴんとした口ひげが、その人のしるしである。

「まことの戦士にとって、歳とはただの数字である。

 当代シュワルコフ大公ゼムルウェス・アッカン・シュワルコフ殿下は槍の大名手。御歳(おんとし)まさに七十の代にしてシュワルコフ領筆頭統括騎士であられる。これが忖度のない肩書きであることは、端くれとして断言しよう。

 修練と才覚に富むものは、早く咲きながら衰えない。人の盛りがいつぞやと、ありふれた認識に枷されるようでは、貴公……」

 さししめす腕をはこぶとき、騎士はおなじみの笑い方をした。

「戦士としての格も知れる」

 正しいかでなく、誰が言ったかだ。

 なにおう!"赤鼻"がいきり立っても、とりまく冒険者らからは、ひそみ笑いがおさまらない。なにせ相手が悪すぎた。

「ああ、いいさ!ガキがどうした!」"赤鼻"はとらざるをえない。無名がやり返せる、唯一の手だ。「俺だってできらぁ、やってやる!最前線に志願する!」広間中央におどりでて、統括騎士をしきりに指でさしかえす。「必ず認めさせてやる!」

「歓迎するとも。事の次第では、私も非礼に頭を下げよう」

「後悔しても知らねぇぜ!」じゃっと"赤鼻"は、帯びた剣を引き抜き、掲げた。「どうだこの華々しい刃!ジガヴェスタ公じきじきの恩賞だ!"春雪の蠢き"、あん時ゃ"影"だって斬ったっ。俺は本物だ!」       

 こうなると見境がない。野次がまた飛び交うものだ。

 ふかしか、適当言ってんね、得物は本物らしいじゃねぇか、んな事変は知らんねいつのだ、きっとおとついのさ、やらせてやりゃいい、あいつ知ってらわりかしやり手だ――かぶせて、ヴィクトルは声を張りあげる。 

「どうだ、続く者!」

「オイぁどうだい、二番手なツラしてるだら?」

 "欠けっ歯"が乗った。

「あと二名!」

 はげしく揺すった丸籠も、やがて落ち着きを取り戻す。つまりは長くもたなかった。お前行けよ、今回はよすよ。

 いつぞや声は退いてゆき、高い屋根を叩く雨音がしみいる。

 これだけ長い静寂だから、次にはりあがるのは、晩飯の催促でもおかしくない。そのくらい待った。


「……誰か来た」


 かの少年と近しい者らは、ぽしょりと呟く彼を見たし、大扉と近しい者らは、(いば)ゆる馬から来訪者をさとった。

 大きな音のする扉だった。いや、大きな音を立てて扉は開かれた。

 夜闇を白ます雷と、吹き入る雨を背中におって、折しもちょうどと言うべきか二名、濡れた靴音をはばからない。誰もが一様に思った、まさか今日この時、雨夜を逃れきた"流れ"ではあるまい。


「間に合ったようね!出発は明日?」


 先進的な撥水外套の被りを払った、黒髪を流した美女である。ジガヴェスタ北方系の肌色は、"商隊"参謀と通ずるところ。

 外套をさっと取り払い彼女は、だだくさにくるめると、うしろの連れ合いに押しつけてしまう。あついあつい!と手うちわしながら、ひとつ止まって、ぐるりを一望。

 またつかつかと進みだす。

 目がけるのは、おそらく"盾の首飾り"。

 女は小柄で細身の線、けれど()()に揺らす、幅広の曲剣のための豪奢な鞘が、伊達ではないとするのなら?何刀流かは些事であろう。剣を帯びるなら、剣士と知れる。

「西ゆく道中だったわ、南方招集の噂には乗らなかったけど、過ぎた町から追いかけてきた布告に知った名前があるじゃない?だからわざわざ三番線も果てのくんだりから引き返してきたってとこ――」

 聞きもしないのに行きながら、女はまくしたてるのである。"赤鼻"の机の隣まで来ていた。

「よぉ姉ちゃん!叩く扉を違えちゃねぇか。俺の宿なら――」「それ大事な話?私が喋るのより」

 睥睨(へいげい)に、射殺す視線の女であった。"赤鼻"はもう動けない。蛇と蛙だ。上下は決まった。

 蛙の痺れっぷりに満足然と、女はこっくり頷くと。「ご静聴どうも」また歩みはじめる。

 つづく蛇の()()が、"赤鼻"の肩をそっとたたいた。(話の腰を折られるのが、お嬢は大っ嫌いでね)ささやくのである。よほど耳利きでなくては聞こえない。なにせ語りたがりの蛇がいた。

「何の話をしてたっけ?ああそう!かなり大きな敵なんでしょう。なんたってあの"月の大厄災"を生還した大騎士様が、なりふり構わず助けを求めるほどだもの……滾るじゃない」

「何用かと、改める手間は要らんようだな」

 目当ての騎士とようやく対峙し、女は華奢な身体をふんぞり返す。

 一部始終を聴衆は、息をのみこみしめやかに見届けるのだった。(やぶ)をつつきたがったのは"赤鼻"くらい。それと、鈍感とは恐れ知らずである。とある眼鏡の只人などは、ほんの好奇心からして、有識者にたずねてみた。

(彼女、お強いのでしょうか)(うん?たぶんね。だけれど……)人のふり見て我がふりなおせだ。(すごく、子どもっぽい)

 声色こそ高らかに明るいが、女には、これでもかという殺気があった。


「本題の前に、ひとついいかしら――私を知ってる?常勝無敗の断頭台、ヴィクトル・サンドバーン」

 くいと顎を上げ、いっそう胸を張り、女は騎士を見上げるのだった。

 "竜の腹"地方の黒い民族衣がよく似合っている。斜に前合わせた立襟に、体躯があらわな細身の仕立て、ひらひらとした長いそで、長裾には軽快そうに深々としたスリット。

「……知り合いには見ん格好だ」

「噂も聞かない?この双子の()()とか」

 "赤鼻"のときとはちがう、広間のどよめきようだった。

 "魔剣"なる語もさながら、豪奢な鞘から抜かれかけたそれら双剣が、すさまじい"剣気"をはなつのである。梁天井も軋ますほどに。

 大騎士は腕を組みなおした。頬には石でもねぶるようだ。

「あいにくだが」

「あ、そ。なら誰何(すいか)を受けて立とうじゃない、何か覚えがあるかもしれないわ」

「……"汝が名をここに問わん"」


「メイウー」


 これならどうだ、女は態度でかく語る。

「隠し立てする中名も、飾り立てる家名もない。"龍"と同じで、ただ名があるだけ」広間の果てにいてさえも、聞き逃すのはむずかしい。「メイウーよ」

「……やはり知らん名だ」

 騎士がみずから評するように、その嫌味な性分とは正直さの発露であった。

 うけてメイウーはひどくつまらなそうにする。溜息ったらわざとらしい。

「私はあなたの名前を知ってる。でもあなたは私の名前を知らない……気に入らないからやーめた。ご大義の為に無償(タダ)で、ってのもなくはなかったのに」

「元よりその気も無い分際で」

「強気ね。困ってるんでしょう?――ほらこのお客のさびしい入り様……」

 百余名分の丸椅子は、確かに全て埋まっていない。どこともつかず、メイウーは顎をふりあなどった。

「やる気のある人材は、みーんな領都に引っ張られちゃってるものね。今晩つどったのは所詮搾りかす――」後方で、冒険者たちがちりちりとしだす。「頼りの地方騎士団も精鋭不在。不甲斐ない雑兵と処女ばかり、どう?図星でしょ」これに黙っていられるものか。「あら」

 進み出でるのがダコック騎士長だ。統括騎士の背後にて徹していた静観を破った。ふたりの騎士がならんでいる。

「無作法も大概にして頂きたい。士気に関わる」

「ふぅん、ちょっとはマシな人もいるの」メイウーはあやしく見つめ返した。「息をひそむのが得意なのね」

「武張り散らすのは本懐でないが、必要とあらばお見せもする」

 あっと高まる不可視の圧力、一線などもう破られた。あとはどちらが先に抜く――刹那のむこうを、誰もがよぎらせたそのときだ。ふっとダコックが退いた。

騎士(サー・)サンドバーン。此度の招集令が貴殿の要請である以上、このような不届きものを如何に扱われるかも全面的に委ねよう。ただし登用される場合おいては、我が騎士団から当人への支援が至極困難である点を、はっきりと申し上げておく」 

「多分な配慮に感謝する、騎士(サー・)ダコック。投じるにせよ最前線に外ならんし、この盾にかけて、貴団に砂はかけん」「結構、では私はこれで」

「ちょっ、待ちなさいよ!何を勝手に――」

「貴様の名なぞ知らん」ヴィクトルは半歩をつめより黙らせる。「が、貴様のような手合いはいくらも知っている」

 しつけが必要だ。琥珀の瞳の刺す圧力は、メイウーだけを脅かす。

「駆け引きのつもりでいるのか?浅はかで幼稚だな。交換条件などと垂れ、きまって自由決闘を持ち出したがる」

「ッ……そうよ!いけない?私はあなたと死合いがしたいの!日和った訓練式じゃなくっ」

「断る」

 唸り声である。叩くだけは叩いたとみて、ゆるり踵を返している。

「恩着せがましい小娘が」ぎろり一瞥。「力とは、持ちつ持たれつするものだ。願望成就への利器ではない。人の世にはべるのであれば、いま少し理性を働かせろ」

「偉そうにっ、手を貸す側はこっちでしょ!?」メイウーはわめく。「無視する事だって私達にはっ」

「まだ勘違いをしているな」むきなおり、ヴィクトルはもはや気だるそうだ。「我々は同じ闘場にすら立っていない」そうとも、いかにも眼中にない。「選ぶ権利は、こちらにとてある。去りたければ去れ。要らんな、貴様のように不遜な輩は…………なんだ、何を突っ立ている。宿に案内が必要か?時が惜しいのだ、とっとと失せろ。後ろには大勢の有志を待たせている。口先ばかりの貴様とは違う、志の有る者達を」

「っ……」「お嬢――」「テキセンは黙っててっ!」

 小娘、と騎士があらわしたことで、はげた化けの皮もあるだろう。若く見られがちな肌ではあったが、それを踏まえてもメイウーは、娘と呼ばれるべき年頃だ。見習い騎士らとそう変わるまい。輪郭だけを捉えたときに、成熟しきった妖艶な美女がよぎるのは、強力な闘気が引き起こす錯覚である。

 今日の彼女とて麗しいが、はやくも誰かが呟いたように、あらゆるところでまだ、子どもっぽかった。

「やるわよ、私も!」娘はどんな顔だろう。見えたとすれば大騎士にだけだ。

「それは……参戦意志表明か?」心なしおだやかな、唸り声である。

「ほかにあり得る?」メイウーは鼻を鳴らした。「これなら、私も立ったでしょう、あなたの言う闘場に……!」

「どうだかな」

 ヴィクトルも鼻を鳴らした。 

「私が求むるのは英雄だ。英雄気取りではない……貴様ごときが器足りうると?」

 はやくも名誉挽回の機をあたえたことになる。騎士はあるいは見越していたか。

「英雄!」

 ふふふ、と、笑い声にはあどけなさがある。

「英雄ですって?」

 ぱっと広間をみかえしたとき、メイウーはもうにんまりだ。

「御覧なさい!」

 たかだかと掲げられるそれは、星をいただくやじりがた――"流星記章"の亜種であった。 

「王都英雄選抜戦を勝ち抜いた証よ!かの国の英雄までを下してね」

 にぶい銅色に、でらりと光る。まさかシェリフマックと同等ではあるまい。彼のそれは、もっと燦然とかがやいていた。

「どう?英雄の名にこれほど相応しい人材がほかにいて?」

 めずらしいにはちがいなかった。得意げに、あたりを見回すメイウーだ。

 冒険者たちは素直にも、口を(すぼ)めて感心している。アメイジアの地を見た者はおろか、大陸横断を試みたものさえいない。ざわつく中身をかいつまもう。

 マジかよ、あの気迫ならあり得るか?、そりゃあたしかに英雄様だ、馬鹿言えホントなら国から出ねぇ、そうだ王国に住みゃいいもんさ、逆だろ永住権を蹴って来たんだ、はぁ?なんでぇ、決まってるだろ力のためだ!、ねぇ何?英雄選抜って、いわば特務部隊の入試ですね、そりゃ大祭じみて華々しいもんさ、ふぅん。

(うそぶ)くはいい」いまいちど、騎士は親切にしてやった。「結果が伴わねば辛いぞ」

「どんなだろうとたやすいわ」譲る気はないらしい。

「ではここに設けてやろう、交渉の場を……望みがあるとか?」

「ええ。ヴィクトル・サンドバーン、あなたと一対一での自由決闘を!」

「よかろう。後にくれてやる条件を、戦線でこなせばな」

「言ったでしょう、どんなだろうとたやすいの!」

 手玉に取られてかわいいものだ。逃す手はない諸刃の剣を、うまくヴィクトルはおさめたのである。

 やり返せる者が、ほかにありうるなら――今やふふんと満足げな娘の横を、ひとつ進み出る人がいた。

「あと一人!」

 騎士は広間に叫びつつ、その被り(フード)の付き人しか見ていない。


「得したね騎士サン。どうあれ、お嬢がやるって言うんだ。ダメって言われても俺がついてく。ただのおまけと思ってちゃ、腰を抜かすから気をつけて!」


 満を持してといった風情で、男は被りをとりはらった。

 微笑みに、光の粒舞うような美男である。美しい、などとありふれている、色白の()()()であった。

「以後お見知りおきを、テキセン・ガルド=シルヴィンだ。いちおう……って謙遜しとくべきかな?」

 几帳面にたたんだ外套を、そばの机に寝かせると。

「俺も勝者さ」

 指にすべらした、銅色の"流星記章"である。それから、装飾のこみいる白い腕輪が目を引いた。

「言うまでもなく、かーなーりー強いよ。お嬢と()()は別だけれどね」

 テキセンはもろ手に、とつじょ現すのであった。

 煌めく白雲の大弓である。

 それなりに珍しい得物だが。

「"精霊弓"」唸り声である。

「おっ、よく知ってたね」

「強度は足るか、敵は堅いぞ」

「愚問だ」構えにはいって無駄がない。「この広間の九割九分のど頭を、刹那に弾き飛ばせるだろう」

 あたりを照準しはじめる。

「目隠しなしなぶん、スイカ割りよか簡単さ!むずかしいのは、もちろんメイウー。騎士サン、それとお隣の騎士サン。んーと、ほかには――」

 指揮所の方を見やって。

「あっちの大きな猪くん……」

 子どもが居合わすのにやっと気がつき、テキセンは悪ふざけをやめた。

「じゃなきゃ、ちゃんちゃん終わりだ。心配ナイナイ」 

 "精霊弓"が光の粒子へ還えりゆく。

「額面通りに受け取ろう」とくに疑うべき節はない。「主に敵方の魔術師を任せることになろうが、よろしいか」

「蛇でも《(オニ)》でも構うまいだ」テキセンは、きざに耳飾りをなでつけた。「けど相手にとっちゃ災難だね、最後のお一人様がこの俺だなんて!」

 雷雨がとどけたこのふたり、しかりと頼れる逸材らしい――当人らには伝えまいが。ヴィクトルは胸のうち希望をつないだ。

 ほんとうにもう、猶予はなかった。

「待たせたな有志諸君、決め事はこれにて終いだ。町とは当分の別れになる。ゆきとどいた厨房の仕事を、くれぐれも今のうち楽しんでくれ。最前線志願者は、のちに指揮所へ立ち寄るように。以上」

 がやがやと、あるべき活気が広間に生まれだす。

「うーん、野郎どもでむさいけれど……」テキセンの減らず口である。「ご飯には期待できそうだ?俺らの分も有るのかな」

「適当に待て」ヴィクトルはかまってやる。「知っての通り席は足る」

「あなたはどこで?」メイウーもまだべったりだ。

「……十番大机だ」

「指揮所ね。じゃ、そっち行きましょ」

「はいはい仰せのままにっと」

 配膳は我先に、とつめよせる冒険者たちを、視線で押しのけ二人は行った。

 やっと一息つけたらいいが。

「……助けられたな、騎士(サー・)ダコック」

「いやはや、無いような仕事の内です」

 かたい笑顔が持ち味だった。そばによって、ダコックは険のない声色である。

 たえぬ観客の手前、メイウーをとがめる鞭が要った。それも状況が"赤鼻"よりも繊細だから、二人仕事というわけだ。戦士の沽券、責任の所在。剣を帯びようと、人は人である。

「結束の楔となればよいですな」

「言わせた手前、面倒はこちらで見る」

「はて表の馬が力尽きては……」

「持ち馬車がある。想定済みだ」

 互いに話がわかるのだった。

「不和とあらば懸念材料ですが……もはや問題ないでしょう。よく効いたとみえる」

 ヴィクトルはすこし押し黙ってから。

「……しかし頃合いが頃合い、不安定な心と力が偏在する」自嘲気味にわらうのである。「自覚もたりんでな」

「なるようになりましょうとも」ダコックはやはり鷹揚だ。「我々は皆、敵を同じくするのですから」

「もっと学ばねばなるまい、貴殿の構えを。自身まだまだ青いと見える」

「柔が過ぎれば斬れるものも斬れませぬ」

 ふたりの剛はやり方がちがった。ヴィクトルはずっと一方的だった。

「私にアレはこなせません」

「よかろうとも、ただの剣士であるだけなら……」

「では指導者?」ダコックはむこうを見た。「見事なものですよ」

 "少年"を言うのだろう。

「いや、あれこそ昨日が実を結ぶまで」ヴィクトルは嘘を言えない。「俺は枝葉にも手をつけかねる」

 深い悩みがあるらしい。ダコックはすこしうかがった。思いがけない答えをきいた。

騎士(サー・)ダコック、お子はいるかね?」




 ---




「おや!華やかさも多少マシかと思えば!」テキセンの陽気ぐあいである。「こんなところに同じ森のよしみとはね」

 長耳は、南アメイジアをそうそう出ない。外界との接触は受動的であり、故郷を逃れたがるのは、よほどはぐれ者か、何か役目を背負うものだ。

「"月の側"か、うーん、どこの村だろう……なんて!簡単、コミュー=シルヴィンだ?」

「ああ、そうさね……」雷雨ばかりのせいではない、ジニーは頭がおもかった。

「なんだノリが悪い!旅人五万とすれ違ったって、まずまず会えない同族なんだぜ。もちょっと何かさ、喜んだりー、驚いたり!」

「気分じゃないんだ、あいにく」

「コミューのくせに陰気だなぁ」テキセンはちろっとあたりをみたが、あびる視線はさぞ冷え込んだ。「その耳の長さで夜雷が怖いって訳じゃあるまいし!」

 右へ左へしつこいテキセンに。

「同郷会は日をあらためてもらえるか」ずいと割り込む、ハウプトマンである。「嫁はちと参ってる。どうしてもお喋りがしたいってんなら俺が相手しよう」

 むさい男の筆頭であった。長い耳をした優男に、頭ひとつから背で負けて、胸板の厚さで倍勝る。

「んんー、遠慮しよっかな?ただの人間はつまらない」

「ふん、誇り高き"森の番人(ウォッチメン)"が責務をほっぽり出して、エウロピアまで何用だ?」

 テキセンは、おやと見直した。

「詳しいね、身内しかしない呼び名だ」ととのえる、白い腕輪は木彫りであった。「あ、嫁ってそーゆこと」

「テキセンなんてな、まるで長耳の名付けじゃないな。まったく白々しい偽名だ」

「おー!学者でやっと気がつくことかな。君の見てくれには似つかわしくない」

「それと、年と耳の長さに相関はない!」

「ははは、それは当然冗談さ!」けらけらけら、腹を抱えて笑うのである。「騙されてくれる人もいるんだから、ウケるよね」

 よほどの根明なのだろう。

「まぁまぁまぁ、仲良くやろうじゃないか、お髭の長耳学者くん?俺も喧嘩をふっかけにきたわけじゃない。どうしてもなら受けてたつけど、ちがうよネ」

 一転、むさい小男もお気に入りだ。ばしばしばしと、テキセンはこぶつきの肩をしばき、笑い涙をふく素振り。

 ハウプトマンは口に小山(ヘの字)をこさえて微動だにしない。

「どこで飯を摂ろうとお前さんの自由だがな」とくに振り払ったりもしない。「今晩この卓を選ぶなら、ちっと大人しく頼めるか」

「ただお喋りするのもダメなのかい?彼女のくよくよ具合もそうだけど、ここ一角だけ他とは違うね?」鋭いのだか、にぶいのだか。「ビビってるのともまた別で……いったい全体どうしたの?」

 それだけわかって読むものを読まない。

「……誰しもかれしもが、手前の事情を言いふらしたい訳じゃ――」

「《教えてあげればいい》」鋭く言った、少年である。

「坊主……」

「《僕が言うべきだ》」からだを起こしている。「お兄さん、ジニーと同じな長耳ですね」

「そうとも坊や、"日の側"だけどね!」テキセンはしゃがみ、視線をあわせた。ともしび加減のせいだろうか、その少年の面持ちは、みるものをどこか不安にさせる。「……どうしたって?」

「……もう八日になります。僕らのたいせつな友達が、敵の手におちました。

 僕よりすこしだけ多くの夏を見た、女の子です。わかりますか?ひとの気持ちが」

 なまじ頬を引っ(ぱた)かれるより効いたかと見える。テキセンはすくむと、あからさまに顔色を悪くした。声を落とした。

「そりゃ……知らずに悪かった」

 "長耳"は子どもを尊ぶもの、変わらぬ理屈であるらしい。

「……しかしなんなら巡りあわせだ」

 傍観していたメイウーを、テキセンはうしろにあおぎみる。

「俺はやりとげるからね。お嬢が何かしでかして、騎士サンに追い出されたって」

「しでかすって何をよ!私だってやるからにはやるの」

 メイウーはつまらなそうに一息。 

「……調子が狂うわ。ここは指揮所も名ばかり、関係者席ってこと?」

 おどおどしている(おお)きな猪が、机で一番の手練れに見えた。用心棒にはぎりぎりだ。

「弧大陸は平和になりすぎね……」 

 連帯感から見抜けることだ。女子連れで、奇妙な一党がいたものである。

「ま、いいわ!感謝なさい、このメイウーに」ふん、と小柄な胸をつき。「"悪心"なんてどうってことないの。あなた達は、せいぜい女の子の無事でも祈るがいいわ」

 一方で。

騎士(サー・)サンドバーン!」

 連絡口の扉が開け放たれた。郵便部からキャメラクだ。手には一通の封書。モノが大きいし、日も暮れた雨中なのだから、魔バトの速達にちがいない。

「たった今、こちらが……」

 指揮所の一同は、おのずと注目した。歩みよりかけのヴィクトルは、広間を行き交う人の群れのなか、柱のようになってしばし、書状をあらため、つとおもてを上げる。

 わからない。独り言だったのか、となりの見習騎士に言ったのか、遠巻き指揮所に伝えたかったのか。

 北だ。

 意志は伝わった。

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