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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:悪心の呼び声
67/106

67.獣憑き


 こんな話がある。


 ◆


 平穏と名高い某村から、救援を求める狼煙(のろし)が上がった。

 襲撃だ。

 騎士なりなんなり馳せ参じて、時すでに遅し、死屍累々のありさまである。

 賊の仕業ではないのだろう。

 命のほかにはとられていない。

 魔物の仕業ではないのだろう。

 結界はうまく機能している。

 跡形もない不遜な奴だ。刻むだけ刻んで、残酷な奴だ。

 捜索の果てに、生存者はない。

 ただイチジクの枝に、首をくくった男をみつける。

 すべて事情を察するわけだ。 


 ◆ 


 "獣憑き"と呼ばれる人たちがいる。"徴"へむけた揶揄ではない。

 歴史上、様々な解釈がなされてきた。妖精のいたずら。魔女の呪い。奇病。

 そう、なにも悪しざまでなく、"獣憑き"は、只人に固有の「(やまい)」といえよう。 

 アメイジアでは事実、指定難病とされている。つまり。

 稀であり、適切な配慮が不可欠であり、発生の機序が不明であり、根本的な治療法が存在しない。

 不随意で、激痛をともなう肉体的変性と、人間性の消失を主症状とするこれは、先進医療で「共鳴性多変質症候群」と呼ばれる。

 発症にあたって、さまざまな引き金――共鳴条件を有する。準じて多様な変身例は、いずれであれ、簡単にあらわされる。


 化け物、と。




 ---





「どこまでゆけど、俺が真の騎士足りえん訳だ」

 満月が彼をそうさせるのだ。

(いにしえ)の言葉では、狂気と意味を重ねるそうだな……」

 この星に人の形をした魔物はいない。けれども、魔物じみた人間ならありえる。

 "獣憑き"は、獣であるのを強いられるのだ。みさかいのない破壊衝動、飢餓感からなる食人欲求、いちじるしい知能の低下。

「十余年、辛うじて付き合ってきたが……」

 これほどまで肩を落とす彼を、ゼンは見たことがない。

「すまない」

 唸り声である。

「どうしよもなかったです」

 ふたりは"薄灰色"にいた。ゆく道の昼番を兼ねている。ゼンはつとめてヴィクトルだけを見た。かねて見知ったなりだった。

「むしろすくわれました、ヴィクトルの理性には」

「……理性だと?昨晩の俺に?」

「ええ」思ったままを、ゼンははばからない。「あなたは、理性のお化けですよ」

 獣と化す間に、自意識は失われきっていないという。いかな奔放横暴をはたらいたのか?しでかしたことをみな覚えていられて、当人は当人の本性を疑い、さいなまれる。

 ふつうは、御せないものだから。

「可能性でいわばあった」

 なにかに急き立てられて、突っ走ったのを覚えているが、誰を相手取ったかはあいまいだという。

「三人組を食い殺せたか、お前まで食い殺したか」

 "獣憑き"に悲運は尽きない。

「あるいはお前が、俺を殺したか」

 討たれる者。期せずに殺めて、みずからを殺める者。変身の苦痛から逃れたがる者。隠遁生活を選べないなら、行き先は、絞首台か、断頭台か。先進国なら受けられる保護も、なかば研究対象としてである。

「恨め」

 どうやったら恨める。

 綱渡りの糸がはちきれるすんでで、制止までしてくれたわけだ。

 ふつうに準ずるなら、意思疎通だってまず不可能。発声器官を失うか、あって片言。それがエマにも通じる息の合いようだった。ヴィクトルにとってもはじめての試みで、数的不利の危機を脱し、同士討ちだけは免れた。落ち度があるなら。

「僕です」

 もっとやりようはあったはず。

「僕が悪い」

 "神子の守手"は誰だというのだ。

「ヴィクトルがどうとか、関係ない」

「大いに関わり有る事だ!」

 おのれの膝に、はげしく拳を打ち下ろすのである。はらむとてつもない怒気は、内へうちへとむけられていた。


 同じ信念に突き動かされている。

 同じ後悔に苛まれている。


 必要なときに剣がとれない、もどかしさなら知っていた。真にはわかってやれないが、ゼンは鏡を見た気になれた。

 フランであれば、もっとちがったろうか?彼女はここにはもういない。 

「……今日のヴィクトルはもう、化け狼でない」礼節よりも率直さを、ゼンはおもんじた。「明日も、明後日も、次の『新月』もだ」

 肩書きに頼るときが来た。

「騎士ヴィクトル・サンドバーンに、僕は用があります」

「……ああ」

 傷をなめあうのはやめだ。

「フランを、かならず助けます。でも僕ひとりじゃ、おなじ失敗をくりかえす。力を貸して、騎士(サー・)サンドバーン」

「無論だ」

 唸り声である。




 ---





 天井を指で示すと、手のひらの傷がひきつった。

「ずっと、僕らを見てました」

 "巨人"の剣気にやられた手袋のずたずた具合には、戦い終えてから気がついた。

「思いすごしで、なかったなんて……」

 場をあらためて、"魔法の居間(リビング)"の中だ。ゼンにとってはなかば愚痴だった。手すきの大人たちが聞いてくれた。

 さっと見返すと誰もいない。何かが来ると思えば魔バト。ヴィクトルが気を立てるのとも、時期が重なった。冒険者たちがちらちら見やるのだ。

 "平穏満ちる町"からである。満月の晩に動けないのを、敵は見て知っていた。

「"遠見"に似るが……お前を嵌めた幻影から推するに、結界術師の可能性が高い」唸り声である。

「まぼろしを?結界で?」

「たとえば空間に細工をしておき、あらぬ景色を映し出す。あるいはのぞき窓とする……」

 騎士たるもの、領外の技にも詳しいようだった。

「あくまで示唆だと、とどめておいたが――」と、ヴィクトルがちゃぶ台にすべらせるのは、公用語で『閲覧制限:特定機密情報』と赤印を捺された書類つづりである。それなりに分厚い。「"清涼なる湖畔の町"での交戦情報を反映した、王国軍による敵情考察だ」

 ゼンもこれからはしげく目を通す。然るべき許可をえていないから、アメイジアにばれたら銃殺刑だ。

「我々の追跡法が、織り込み済みな訳ですね……」イトーがつぶやいた。

 連中は、フランと似した少女を用意して、しるしをより通ずるように、顔を焼きつぶした。しかし"商隊"の駆使する追跡魔法が、精霊頼りのそれだけと知り、攪乱の仕方を変えた。

『ヒトの区別どころじゃないね……』"棄民の村"でジニーは言いくわえた。『奥まると、あたり精霊はだんまりなんだ。まるで何かにおびえてる』

 精霊魔法は、精霊との対話の処理に重点があり、声が聞こえねば役立たない。敵には阻害する(すべ)がある。

 追い追われるなか、痛ましい巻き添えがあった。とくに亡くなった少女、アンネである――救いとするべくは、彼女には癒えきらぬ数々の打ち傷があり、親族といえば、娘の死を聞いてまず舌鼓が出る父親だけだった、ということだ――精霊魔法を封じれたのだから、連中にとって、アンネは余分な荷になった。だから"はずれの丸太小屋"に、つめたく放置された。服を着せ替えたのは、もともとおとりとして、生かして連れて行く気だったからだ。死の偽装なら、時間稼ぎとしてつたない。

 打ち上げられた"火球"の合図しかり、フランがいたのはほぼ間違いないし、報われるかなアンネの死が、その後のフランの生存をやや裏付けてくれる。ふたりの少女は手がかりをのこした。


 机の裏を。


 新前弓手のための布手甲に、血文字で書かれていたのであった。この()にふたつとない、ジニーが"スミカの花"の刺繍を施して、誕生月に贈ったものだ。

 問題の机の裏側は、イトーが手帳に控えておいた。なぞりかえす。

「安全、刻限、新月の三単語……方位記号の西にしるし」

 やはり偽装なら回りくどい。

 布手甲のありかとは、アンネの後ろ手だった。死のことわりにあらがうかのよう、それはかたく、大切に握りしめられていた。

「残せるならば手がかりを……そのような話もしました」

「あの子らしいよ。真っ先に伝えたがるのが『安全』だなんて……」

 うたがわしいものだ、本当に「安全」かどうかは。

 たとえ命が無事だとしても、顔はおそらく焼きつぶされている――ゼンは思っても、言わないでいた。

「信じましょう。時間のゆうよは次の新月」あくまで事実をつきつめる。「いちばん暗い、夜の日です」

「ヤツらの好みそうなことだ」唸り声である。「時をもうけてまで、何をしでかす気かはしれんが……」

 良くも悪くもあと二週間。謀略の初日からかぞえると、互いに長くて短い戦いになる。

「それだけヴィクトルをおそれてた。おそれてる」頼るしかない今に、ゼンは歯をくいしばるのだ。

「"商隊"の助けも必要だ」ヴィクトルは目線をくばった。

「何なりと微力を尽くしましょう」御者につき通しの"商隊長"を、イトーは代理する。

 ダルタニエンは仮眠していた。逃亡とみせかけた逆襲を危惧するのに、もっとも夜番を引き受けてくれたのが彼だ。

 昼の見張りは、サルヴァトレスが代わってくれていた。より多くの休息を、騎士らに与えるためだった。

 ゼンはよくわかっている。仲間のおかげで、道はまだ途絶えていない。だから建設的だった。

()()?」

「とにかく最寄りの連絡所だ」

「情報収集?」

「それもあるが」

 琥珀の瞳はうったえるらしい。まだまだ耐えねばならないぞ。

「戦力を集うのだ」

 黒馬車はひた走る。敵は西方にいる。

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