59.魔法の守護者
――かなり初期の原稿と思われる。序文に注目されたし。彼がいかにして「読んで」いたのか、はじめての手掛かりとなるだろう。
【最終警告:以下は、仮番号9782"ドゥファスの羊皮紙"の本文内容です】
【一部判読不能】
苔むさないのが不思議なほどの、石壁でできた蔵書館。
導かれるまま、ゆけば奥まる。外光とはしばしのお別れだ。
鉄格子のむこう、禁書の棚が囚人じみている。
お目当ての一冊はそこにある。
鎖と錠と表紙の手触りを、知れないことは惜しいところだが、記録を読むのに不都合はない。
空に浮かんだ鯨の話だ。
町ひとつ、覆いつくせるほどの影をおとし、魔法理なくして浮遊する、それは人工物であった。
あるいは竜と戦う一助としよう、可能性をほのめかすだけ、対抗手段とはなりえなかった。
製作過程は仔細に残る。それでいてもう目にできない。"統世の代"も後期のことだ。なにがあったかを要約しよう。
うつくしい空を、我が物顔で飛竜らがゆく。左様な光景が、エウロピア全土でありふれていた。
こまったことに竜は人畜を害する。懲らしめようにも大空へ逃げ、その鱗はほとんどの投射物をうけつけない。
戦士の手中の刃が頼りだ。
さまざまな手法で、彼らを空へと送り出す。苦肉の策だが試みられた。
もちろん、あくまで「跳ばす」のだ。翼をもてないヒトだから、飛び立てばあとは落ちるだけ。
(例外として一部の"風王"は、"風の翼"で滞空と、あまつさえ自在な飛行をやってのける。"翔ける"、というのが●●●●もある。けれど生身で「空を飛ぶ」とは、たとえ魔法理の支えありきだとして、多くの人には非現実的だ)
風魔術、カタパルトの応用。ひいて落下傘の開発。竜の背中で「うまくやれば」、生還も夢ではないが……。
もうひと辛抱までが、序文にあたる。
錬金術師※エラルド・ワードロウは、時の常識を覆すべく「飛行船」を考案した。
※補注
実践的学問を自称する"錬金術"とは、土くれを金塊に、水を葡萄酒にといった「近類変性」を課題とする。
活躍の場は数あれど、原則、いずれも一時的な作用。つまり時限がある。
土くれを鋼鉄に――なるほど便利だ。けれど間違っても城の建築現場に、悪戯好きな錬金術師を招くべきでない。
彼らとの会合で、口にするモノに留意されたし。舌触りのよい葡萄酒も、腹の中ではメタノールやもしれない。
性質がための厄介ごととは、察してあまりある。
物理と魔法理の境界を曖昧にしか理解せず、あらゆる正統派の学問から、異端視されるのが"錬金術"だ。
悪さをするたび、領や地域で、研究および行使を禁じられてきた。(●●●●●でさえ制限がある)
曰くつきながらかたや、「化学」をおしすすめた面も否めない。恒久的な物質変性を、真っ正直にとらえたかは、いぶかしいところではあるが。ゆえともかく、以下に述べるのは化学実験の所産とも呼べよう。
――補注おわり
「水」が有する「浮力」を電離できた。せっかくだから活用しよう……おもてむきには、これがエラルドの言い分であった。(あなたは違和感を抱いてもよい)
試作の初号機が見事に浮かんだ。
正確な大きさを知るすべは、禁書を読み解くほか、伝わる影の形容から想像するほかない。また、目にした人々は信じたという。これなら、"星へと至る丘"のむこうへ、全ての飛竜を追いかえせる、と。
初号機は、試験飛行中に爆発炎上、数ある名湖のひとつに沈んで、それきり浮上することはなかった。
もしやあなたは理解者だろうか。
エラルドは段階をふまなかった。
彼は「気球」を知らなかった。
推進機構に採用した"風力石"も、航海を見ないから知らなかった。
方向舵・プロペラの仕組み、ガス圧の処理、バラストの活用、適したフレームやガス袋の素材……。
彼はもちろん知らなかった。
だのに満たした設計図を描けた。
航空の観念のない当時エウロピアに生きて、とつじょとすべてを思いついた。
緻密な設計図を一夜で描き、熱に浮かされたように人を采配し、まがいなりにもやりとげた。
彼は"錬金術師"であって、工学者でなかった。発明家ないし物理学者として、名を遺せてもよかった。
なにも引火性ガスで亡くした人々が、彼を枷したのではない。
事をおえ、大公に詰問されたとき、エラルドは説明できなかったのである。
『夢で見たまま描いたのです。夢で見たままやったのです』
巨大な人工物が、一度は山より高く浮かんだ。
記録はひとつの禁書となって、適切な時代を待っている。
その錬金術師の夢の産物は、時の階段を――技術の樹形を、奇妙にすっとばしたのである。
水素爆発で亡くなった、試験乗組員全十三名の名が、巻末には記されている。
……私としたことが、肝心の題を述べ忘れた。『精霊の夢の跡』と言った。
【以上、仮番号9782稿からの抜粋終わり】
――評論は続くけれど、僕が面白がったのは、本稿に寄せられた学会員のコメントだ。いくつか挙げてみよう。
〇この原稿が初期のものだって?このムシクイの少なさで。
〇読みやすすぎる。贋作では。
〇科学知識が正確だ。
〇誰か思わなかった?どこかノイジェットの筆致に似ている。
〇……我々はいつから、ドゥファスが「ひとり」だと思い込んでいた?
みんななかなか察しがいいんだ。
……さて、記念すべき初原稿になる。なにをどう書いてゆこう?
---
ジニーは森が大好きだ。
お天気な原っぱよりも、すずしい川のほとりよりも、緑のなかで深呼吸をするとき、ずっとうっとりとしてみせる。
「《"木漏れ日の色を、ひとつふたつと数えましょ。あなたを愛する、白葉の森で――"》」
それから彼女は歌うんだ。彼女のすてきな故郷の言葉で。
僕もちょっとだけ勉強してる。口ずさむ音を覚えておいて、あとから意味を教えてもらう。
もちろん、すぐでも教えてくれるよ。でも、絶対じゃまをしたくない。それくらい綺麗なんだ。
「ジニーの故郷は白い森……そうですね?」
「ああ、雪ん子みたいに真っ白さね」
真昼の森で、僕らはふたりきりだった。ゆきながら、ジニーは緑に手をすかした。
「寒くなると、ガラスみたいに透き通る。そりゃキラキラとうつくしいんだ」
「びっくりです。知ってても、見たらびっくりします」
「ふふふ、あたしも緑のはっぱにゃ驚いたね!ちょうど夏ざかりの……こんな青葉の森だった」
目を見開いて、ジニーは昔を再現する。葉っぱが青いよ!
「そしたら、大人たちはもう大笑いさ。"揺りかご"の間に誰も教えてやってないのかい!ってね」
緑の葉をしたこの森に、僕らは探し物があった。もう見つかってはいるのだけれど、ちょっと奥まで行った方が、もっとよいものがとれるんだって。だから馬車が休憩する間に、ちょこっとね。
「……うん。こっちだね?」
ジニーが木々を見上げると、答えるみたいに風が吹き抜ける。さぁっと響くむこうが目的地だ。
ジニーには、森の声が聞ける。話すことだってできる。
「いい空気だねぇ」
ジニーが褒めれば、みんなご機嫌に枝を揺らす。
「元気かい」
気づかうと、どこからか花の香りが運ばれてくる。
「ちょっとごめんよ」
お願いすると、道ができあがる。町の石畳とはいかないよ。でも、枝や茂みが不思議とひらけて、歩きやすい。
「おんなじさね、あんたとエマと」
いろんな人や馬がいる。森にも、いろんな森がある。
無口な森、にぎやかな森、いたずら好きな森、人のことが嫌いな森……「森が人を嫌い」ってどういうことか、今ではわかる。
またいだはずの木の根につまづく、落ちっこなさげな木の実にうたれる。これくらいなら「カワイイもの」だね。
あぶない魔物をけしかけたり、おもいがけなく迷わせる、そうした森だと大変だ。
生まれつき、ってあるけれど、たいてい、先に悪さをするのは人なんだって。
おぼえがなくても、文句は言えない。
僕らに、彼らの区別はむずかしい。彼らに、僕らの区別はむずかしい。
"精霊"は、自然にとっての「心」みたいだ。
……好きと嫌いを、一緒に思える。
森はどこまで森かがあいまいだ。木々は根っこでつながらないから、自在に別れることもできる。
だから"精霊"も宿りやすい。
折りあいの悪い一部分が、樹木をよりしろにして居をうつす。
これが"木の精"の魔物だね。
よその森にこっそりお邪魔して、やりきれなさをやりすごすんだ。
うまくいけば、ふつうの木に還れる。何かに恨みがつのったままだと、近づく動物といさかいになる。
今日の森は?
もちろん大丈夫、人なつっこい森だから。
僕でもわかるくらいの歓迎ぶりだ。気持ちいい。ジニーのおかげかもしれない。
「ぜんぜん、虫だって飛んできません」
「あは、そりゃ"矢避け"が効いてるかもねぇ」
ジニーにも、対話できない森がある。成熟してない森だ。
人だって、赤子と話すのはむずかしい。
動物たちもそう。彼らには慣れと興味も必要だって、ダルは教えてくれたっけ。
心を開いてくれていないと、互いにつうじない。"対話の魔法"だよ。
もし植物を操る魔法があるなら、操るようで"対話"の成果だ。あくまで、お願いするんだね。
「達人だったら二百や三百……"森の番人"らがそうさ」
"精霊"は、どこにでもいて、どこにもいない。語りかけても、返事をくれるか気まぐれだ。それも"魔法の守護者"のジニーになら、かならず応えてくれる"精霊"がいる。
「あたしかい?年よか多いよ、任しときな」
"精霊弓"の話だった。このごろちょっと流行ってるんだ。
「なのに木弓もできますか」
「撃ちきって、後がないんじゃあ困るからね!長耳はみんな心得てるよ」
ふっと、こずえが鳴りやんだ。
「……ん、ここさね!」
炭酸を手作りしてみるのに、イトーが求めたのは意外なものだった。見上げてみる。
「はい、マツの葉っぱ……」
先のチクチクしたやつが、僕らの探し物だった。
新芽がいいって、イトーは言った。それなら、雨季が終わってすぐのヤツだ。すこしだけ過ぎちゃってるよね。
だからジニーは探してくれた。森も新芽を教えてくれた。
「あのね!これがわかるかな……」
かかえていた空き瓶を、僕はもちあげる。もとは酢の物がつまっていた大きなやつで、ほんのりすっぱいにおいがする。
「一杯ぶん、詰めて持ち帰りたいんだ。ちょっとたくさんかもしれないけど……」
「わけてくれるかい?」
ジニーが幹に手をあてると、のっぽのマツの木は、枝をゆさゆさしてみせた――ようにみえた。
「ほら、奥にもいるよ」
みんな親切だった。
どこならとっても痛くないか、むしろとられたらうれしいか、相談しながら採取する。登るのに、ほかの木の枝を借りたりもした。どれも信じられないくらい登りやすかった。
あっというまに一抱えの瓶は、しゅっとした葉でいっぱいになった。
「ありがとう!ありがとうございます!」
彼らにも、公用語の方が通じるのかな?
「おだやかだねぇ……」
ここの存在は旅の道中、ほかの森づたいで教わった。
どうしてこんなに親切なのか、僕にはわからない……いや、気がつけなくっちゃね。
この森を大切にしてきた、誰かがいるんだ。
それでふと思い立った。
「ねぇジニー?きいてください」
"御許"でまと にした森の木々のことを、僕は打ち明けることにした。
彼らにとっての「悪さ」が何か、境ははっきりしないけれど、枝を乱暴におられてしまって、御許の森はかなしんだはずだ。
「ごめんなさい」
ジニーが事情を説明し終えたあと、僕はあやまった。
すると風がまた吹き抜けたんだ。やっぱり気持ちがよかった。僕らがもと来た道を、さきに帰ったみたいだった。
「あたしの故郷の声だって、ここまで届いてるみたいなんだ。かならず伝わるさ」
帰り路だった。
長耳は、"白葉の森"でしか生まれない。南アメイジアから不動の森だ。けれど行く先々、ジニーは森に歓迎される。声が届いているからだ。
「言わなかったかい?"精霊"はね、子を助けるよ……あたしはわかりかねてたけれど」
あの"花畑"、スミカのことで、ジニーは信じるようになったんだって。
「あんなに応えがあるなんて……あんたもよく見たんだろう?"夢"を」
「ええ……」
「だからね、ゼン。"御許"の森の木々だって、あんたの頑張りを思うくらいさ。なにより、いじわるされたことあるかい」
「……ないです」
そうだ、彼らはいつでも味方だった。
「森は人より長生きするだろう、ヘタしたら、長耳よりも長くだよ。長生きするってコトは大らかさ。怒らせるのは、よっぽどの悪意か、おバカさね」
……ねぇ、この声がまだ聞こえてる?「条件」は、どのみち満たされていないけれど、なんとなく感じてる。
とっくにお別れだったんだ。
君のために、おさらいしようか。
"精霊の夢"には歴史がある。ときで、かたちはうつろった。
はじめは「人」を助けるものだった。
やがて「人の子」を助けるものになった。
もっとして「ひとりの子ども」を助けるものになった。
君がほんとうにそうだった。
"夢"にはふたつの終わり方がある。成就するのか、潰えるか。
子どもがぶじに大人になれたとき、それは成就。
夢見を大人に知られてしまうとき、それは潰える。
知るはずのないことを子どもが言うと、大人たちったら気味悪がる。そうすると夢は見れなくなる。
そして、どんなに背伸びしたって、僕は大人にとどかない。村の成人だって、あと夏よっつ。
なら僕らの夢は「潰えた」の?
ちょっと疑問だね。
つながりは、たしかに失せてしまったかもだけど……ジニーは言ったよ。それも成就さ。
僕はもう君を夢にみない。
きのう見た夢をたずねてくれる大人が、そばにいてくれるから。
---
"魔法の守護者"を語ろうか。
長耳種が担う二つ名として、おもには知られている。彼らもまた、生まれながらの使命と信じている。
魔法を蒐集することだ。
"長耳の国"の長耳たちは、形態の記録を重視する。再現性は深く求めない。
保護とはいささか異なるが、然り、あらゆる形を知悉している。
「古きを知らねば、新しきを知れない」学術的に意義は完結する。
どれだけ常識か知らないが、魔法とは個々に創作される。
"揺りかご"教育を引用しよう。
「同じ奏者が、同じ琴、同じ調べをかなでたとて、同じ音楽は二度とうまれない」
ひいて、奏でる技まで知らずにいても、音色をおぼえることならできる。
"設計図"――否や、楽譜が整うならこの上ない。蒐集家にとって義務はそこだ。
便利な音色もあることだから、いくらか努めて簡便化して、普及にこぎつけることもある。
あまりに希少でうつくしければ、鳴り物からしてよくとっておく。
ただ琴の名手とて、笛を極めるにはかかる。
難解な譜は、ずぶの素人には読み下せない。
なにごとも試すのは勝手だが、せいぜい長い耳を傷めぬことだ。
以上、長耳種の主義である。
よにもありふれたこの星の危機に、"勇者"に頼るのも一手だろうが。
剣は鍛冶屋に、魔法は長耳に。
精霊並みに気まぐれな、魔法使いを頼るよりかは、長耳種のほうが頼りがいがある。
対抗手段の検索に、すぐれた外部装置である。
膨大な理論の蓄積から、的確な分析はなる。
述べたよう、再現性となれば別だが……。
ときに"対話"は一大分類であった。
情報通信・変換技術だ。
"精霊の夢"をご存知だろうか。
人は誰しも夢を見る。
なすすべなく死ぬ子を憐れんで、ひとつ選択肢を増やすために、何者かがそこに門をつなげた。
出会えるのは、おのれの魂の同位体。
運が良ければ多くを授かれる。
同位体のふるまいが、いかにも精霊らしいから、"精霊の夢"。
ないし接続回路をひらいたのが精霊であるから、"精霊の夢"。
不明は多い。
"星の理"じみている。
誰が作った楽譜であるか?
僕は行使者がまだ存命ないし現存しているのでないかと疑うが……。
なにせ、夢は形をうつろった。
錬金術師エラルドは、成人してから空を夢見た。
当代では、孤児くらいが夢を見る。
夢がもたらす知識のひずみには、保存則への配慮がうまれた。
つまり通信にフィルターがかかり、回路消失へ予防がなされた。
時とともに変われたのである。これが疑う由である。
僕は長らく夢を見ない。
知る者も当代すくないらしい。
よく知る者とすれば?
だいたいどれかに、当てはまる。
禁書を紐解ける幽霊。
真理を暴ける不届きな不死者。
やたら物好きな博覧家。
時を見据えた蒐集家。
古き言い伝えを脈々と受け継ぐ、田舎の老婆。
それからもちろん、わたしとあなた。
――"魔法の守護者"の話をしていた。
【これは未発見の"羊皮紙"】




