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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:シュワルコフ領
59/106

59.魔法の守護者



 ――かなり初期の原稿と思われる。序文に注目されたし。彼がいかにして「読んで」いたのか、はじめての手掛かりとなるだろう。


【最終警告:以下は、仮番号9782"ドゥファスの羊皮紙"の本文内容です】

【一部判読不能】


 苔むさないのが不思議なほどの、石壁でできた蔵書館。

 導かれるまま、ゆけば奥まる。外光とはしばしのお別れだ。

 鉄格子のむこう、禁書の棚が囚人じみている。

 お目当ての一冊はそこにある。

 鎖と錠と表紙の手触りを、知れないことは惜しいところだが、記録を読むのに不都合はない。


 空に浮かんだ鯨の話だ。


 町ひとつ、覆いつくせるほどの影をおとし、魔法理なくして浮遊する、それは人工物であった。

 あるいは竜と戦う一助としよう、可能性をほのめかすだけ、対抗手段とはなりえなかった。 

 製作過程は仔細に残る。それでいてもう目にできない。"統世の代"も後期のことだ。なにがあったかを要約しよう。


 うつくしい空を、我が物顔で飛竜らがゆく。左様な光景が、エウロピア全土でありふれていた。

 こまったことに竜は人畜を害する。懲らしめようにも大空へ逃げ、その鱗はほとんどの投射物をうけつけない。

 戦士の手中の刃が頼りだ。

 さまざまな手法で、彼らを空へと送り出す。苦肉の策だが試みられた。

 もちろん、あくまで「跳ばす」のだ。翼をもてないヒトだから、飛び立てばあとは落ちるだけ。

(例外として一部の"風王"は、"風の翼"で滞空と、あまつさえ自在な飛行をやってのける。"翔ける"、というのが●●●●もある。けれど生身で「空を飛ぶ」とは、たとえ魔法理の支えありきだとして、多くの人には非現実的だ)

 風魔術、カタパルトの応用。ひいて落下傘の開発。竜の背中で「うまくやれば」、生還も夢ではないが……。

 もうひと辛抱までが、序文にあたる。


 錬金術師※エラルド・ワードロウは、時の常識を覆すべく「飛行船」を考案した。


 ※補注

 実践的学問を自称する"錬金術"とは、土くれを金塊に、水を葡萄酒にといった「近類変性」を課題とする。

 活躍の場は数あれど、原則、いずれも一時的な作用。つまり時限がある。

 土くれを鋼鉄に――なるほど便利だ。けれど間違っても城の建築現場に、悪戯好きな錬金術師を招くべきでない。

 彼らとの会合で、口にするモノに留意されたし。舌触りのよい葡萄酒も、腹の中ではメタノールやもしれない。

 性質がための厄介ごととは、察してあまりある。

 物理と魔法理の境界を曖昧にしか理解せず、あらゆる正統派の学問から、異端視されるのが"錬金術"だ。

 悪さをするたび、(くに)や地域で、研究および行使を禁じられてきた。(●●●●●でさえ制限がある)

 曰くつきながらかたや、「化学」をおしすすめた面も否めない。恒久的な物質変性を、真っ正直にとらえたかは、いぶかしいところではあるが。ゆえともかく、以下に述べるのは化学実験の所産とも呼べよう。

 ――補注おわり


「水」が有する「浮力」を電離できた。せっかくだから活用しよう……おもてむきには、これがエラルドの言い分であった。(あなたは違和感を抱いてもよい)

 試作の初号機が見事に浮かんだ。

 正確な大きさを知るすべは、禁書を読み解くほか、伝わる影の形容から想像するほかない。また、目にした人々は信じたという。これなら、"星へと至る丘"のむこうへ、全ての飛竜を追いかえせる、と。

 初号機は、試験飛行中に爆発炎上、数ある名湖のひとつに沈んで、それきり浮上することはなかった。

 もしやあなたは理解者だろうか。


 エラルドは段階をふまなかった。

 

 彼は「気球」を知らなかった。

 推進機構に採用した"風力石"も、航海を見ないから知らなかった。

 方向舵・プロペラの仕組み、ガス圧の処理、バラストの活用、適したフレームやガス袋の素材……。

 彼はもちろん知らなかった。

 だのに満たした設計図を描けた。


 航空の観念のない当時エウロピアに生きて、とつじょとすべてを思いついた。

 緻密な設計図を一夜で描き、熱に浮かされたように人を采配し、まがいなりにもやりとげた。


 彼は"錬金術師"であって、工学者でなかった。発明家ないし物理学者として、名を遺せてもよかった。

 なにも引火性ガスで亡くした人々が、彼を枷したのではない。

 事をおえ、大公に詰問されたとき、エラルドは説明できなかったのである。


『夢で見たまま描いたのです。夢で見たままやったのです』


 巨大な人工物が、一度は山より高く浮かんだ。

 記録はひとつの禁書となって、適切な時代を待っている。

 その錬金術師の夢の産物は、時の階段を――技術の樹形を、奇妙にすっとばしたのである。

 水素爆発で亡くなった、試験乗組員全十三名の名が、巻末には記されている。 


 ……私としたことが、肝心の題を述べ忘れた。『精霊の夢の跡』と言った。


【以上、仮番号9782稿からの抜粋終わり】

 

 ――評論は続くけれど、僕が面白がったのは、本稿に寄せられた学会員のコメントだ。いくつか挙げてみよう。


 〇この原稿が初期のものだって?このムシクイの少なさで。


 〇読みやすすぎる。贋作では。

 

 〇科学知識が正確だ。


 〇誰か思わなかった?どこかノイジェットの筆致に似ている。

 

 〇……我々はいつから、ドゥファスが「ひとり」だと思い込んでいた?


 みんななかなか察しがいいんだ。

 ……さて、記念すべき初原稿になる。なにをどう書いてゆこう?




 ---




 ジニーは森が大好きだ。

 お天気な原っぱよりも、すずしい川のほとりよりも、緑のなかで深呼吸をするとき、ずっとうっとりとしてみせる。


「《"木漏れ日の色を、ひとつふたつと数えましょ。あなたを愛する、白葉の森で――"》」


 それから彼女は歌うんだ。彼女のすてきな故郷の言葉で。

 僕もちょっとだけ勉強してる。口ずさむ音を覚えておいて、あとから意味を教えてもらう。

 もちろん、すぐでも教えてくれるよ。でも、絶対じゃまをしたくない。それくらい綺麗なんだ。

「ジニーの故郷は白い森……そうですね?」

「ああ、雪ん子みたいに真っ白さね」

 真昼の森で、僕らはふたりきりだった。ゆきながら、ジニーは緑に手をすかした。

「寒くなると、ガラスみたいに透き通る。そりゃキラキラとうつくしいんだ」

「びっくりです。知ってても、見たらびっくりします」

「ふふふ、あたしも緑のはっぱにゃ驚いたね!ちょうど夏ざかりの……こんな青葉の森だった」

 目を見開いて、ジニーは昔を再現する。葉っぱが青いよ!

「そしたら、大人たちはもう大笑いさ。"揺りかご"の間に(だぁれ)も教えてやってないのかい!ってね」

 緑の葉をしたこの森に、僕らは探し物があった。もう見つかってはいるのだけれど、ちょっと奥まで行った方が、もっとよいものがとれるんだって。だから馬車が休憩する間に、ちょこっとね。

「……うん。こっちだね?」

 ジニーが木々を見上げると、答えるみたいに風が吹き抜ける。さぁっと響くむこうが目的地だ。

 ジニーには、森の声が聞ける。話すことだってできる。

「いい空気だねぇ」

 ジニーが褒めれば、みんなご機嫌に枝を揺らす。

「元気かい」

 気づかうと、どこからか花の香りが運ばれてくる。

「ちょっとごめんよ」

 お願いすると、道ができあがる。町の石畳とはいかないよ。でも、枝や茂みが不思議とひらけて、歩きやすい。

「おんなじさね、あんたとエマと」

 いろんな人や馬がいる。森にも、いろんな森がある。

 無口な森、にぎやかな森、いたずら好きな森、人のことが嫌いな森……「森が人を嫌い」ってどういうことか、今ではわかる。

 またいだはずの木の根につまづく、落ちっこなさげな木の実にうたれる。これくらいなら「カワイイもの」だね。

 あぶない魔物をけしかけたり、おもいがけなく迷わせる、そうした森だと大変だ。

 生まれつき、ってあるけれど、たいてい、先に悪さをするのは人なんだって。

 おぼえがなくても、文句は言えない。

 僕らに、彼らの区別はむずかしい。彼らに、僕らの区別はむずかしい。


 "精霊"は、自然にとっての「心」みたいだ。


 ……好きと嫌いを、一緒に思える。

 森はどこまで森かがあいまいだ。木々は根っこでつながらないから、自在に別れることもできる。

 だから"精霊"も宿りやすい。

 折りあいの悪い一部分が、樹木をよりしろにして居をうつす。

 これが"木の精"の魔物だね。

 よその森にこっそりお邪魔して、やりきれなさをやりすごすんだ。

 うまくいけば、ふつうの木に還れる。何かに恨みがつのったままだと、近づく動物といさかいになる。

 今日の森は?

 もちろん大丈夫、人なつっこい森だから。

 僕でもわかるくらいの歓迎ぶりだ。気持ちいい。ジニーのおかげかもしれない。

「ぜんぜん、虫だって飛んできません」

「あは、そりゃ"矢避け"が効いてるかもねぇ」

 ジニーにも、対話できない森がある。成熟してない森だ。

 人だって、赤子と話すのはむずかしい。

 動物たちもそう。彼らには慣れと興味も必要だって、ダルは教えてくれたっけ。

 心を開いてくれていないと、互いにつうじない。"対話の魔法"だよ。

 もし植物を操る魔法があるなら、操るようで"対話"の成果だ。あくまで、お願いするんだね。

「達人だったら二百や三百……"森の番人"らがそうさ」

 "精霊"は、どこにでもいて、どこにもいない。語りかけても、返事をくれるか気まぐれだ。それも"魔法の守護者"のジニーになら、かならず応えてくれる"精霊"がいる。

「あたしかい?年よか多いよ、任しときな」

 "精霊弓"の話だった。このごろちょっと流行ってるんだ。

「なのに木弓もできますか」

「撃ちきって、後がないんじゃあ困るからね!長耳はみんな心得てるよ」

 ふっと、こずえが鳴りやんだ。

「……ん、ここさね!」

 炭酸を手作りしてみるのに、イトーが求めたのは意外なものだった。見上げてみる。

「はい、マツの葉っぱ……」

 先のチクチクしたやつが、僕らの探し物だった。

 新芽がいいって、イトーは言った。それなら、雨季が終わってすぐのヤツだ。すこしだけ過ぎちゃってるよね。

 だからジニーは探してくれた。森も新芽を教えてくれた。

「あのね!これがわかるかな……」

 かかえていた空き瓶を、僕はもちあげる。もとは酢の物がつまっていた大きなやつで、ほんのりすっぱいにおいがする。

「一杯ぶん、詰めて持ち帰りたいんだ。ちょっとたくさんかもしれないけど……」

「わけてくれるかい?」

 ジニーが幹に手をあてると、のっぽのマツの木は、枝をゆさゆさしてみせた――ようにみえた。

「ほら、奥にもいるよ」

 みんな親切だった。

 どこならとっても痛くないか、むしろとられたらうれしいか、相談しながら採取する。登るのに、ほかの木の枝を借りたりもした。どれも信じられないくらい登りやすかった。

 あっというまに一抱えの瓶は、しゅっとした葉でいっぱいになった。

「ありがとう!ありがとうございます!」

 彼らにも、公用語の方が通じるのかな?

「おだやかだねぇ……」

 ここの存在は旅の道中、ほかの森づたいで教わった。

 どうしてこんなに親切なのか、僕にはわからない……いや、気がつけなくっちゃね。

 この森を大切にしてきた、誰かがいるんだ。

 それでふと思い立った。

「ねぇジニー?きいてください」

 "御許"で()()にした森の木々のことを、僕は打ち明けることにした。

 彼らにとっての「悪さ」が何か、境ははっきりしないけれど、枝を乱暴におられてしまって、御許の森はかなしんだはずだ。

「ごめんなさい」

 ジニーが事情を説明し終えたあと、僕はあやまった。

 すると風がまた吹き抜けたんだ。やっぱり気持ちがよかった。僕らがもと来た道を、さきに帰ったみたいだった。

「あたしの故郷の声だって、ここまで届いてるみたいなんだ。かならず伝わるさ」

 帰り路だった。

 長耳は、"白葉の森"でしか生まれない。南アメイジアから不動の森だ。けれど行く先々、ジニーは森に歓迎される。声が届いているからだ。

「言わなかったかい?"精霊"はね、子を助けるよ……あたしはわかりかねてたけれど」

 あの"花畑"、スミカのことで、ジニーは信じるようになったんだって。

「あんなに応えがあるなんて……あんたもよく見たんだろう?"夢"を」

「ええ……」

「だからね、ゼン。"御許"の森の木々だって、あんたの頑張りを思うくらいさ。なにより、いじわるされたことあるかい」

「……ないです」

 そうだ、彼らはいつでも味方だった。

「森は人より長生きするだろう、ヘタしたら、長耳よりも長くだよ。長生きするってコトは大らかさ。怒らせるのは、よっぽどの悪意か、おバカさね」


 ……ねぇ、この声がまだ聞こえてる?「条件」は、どのみち満たされていないけれど、なんとなく感じてる。

 とっくにお別れだったんだ。

 君のために、おさらいしようか。

 "精霊の夢"には歴史がある。ときで、かたちはうつろった。

 はじめは「人」を助けるものだった。

 やがて「人の子」を助けるものになった。

 もっとして「ひとりの子ども」を助けるものになった。

 君がほんとうにそうだった。


 "夢"にはふたつの終わり方がある。成就するのか、潰えるか。


 子どもがぶじに大人になれたとき、それは成就。

 夢見を大人に知られてしまうとき、それは潰える。

 

 知るはずのないことを子どもが言うと、大人たちったら気味悪がる。そうすると夢は見れなくなる。

 そして、どんなに背伸びしたって、僕は大人にとどかない。村の成人だって、あと夏よっつ。

 なら僕らの夢は「潰えた」の?

 ちょっと疑問だね。

 つながりは、たしかに失せてしまったかもだけど……ジニーは言ったよ。それも成就さ。

 僕はもう君を夢にみない。

 きのう見た夢をたずねてくれる大人が、そばにいてくれるから。




 ---




 "魔法の守護者"を語ろうか。

 長耳種が担う二つ名として、おもには知られている。彼らもまた、生まれながらの使命と信じている。

 魔法を蒐集することだ。


 "長耳の国"の長耳たちは、形態の記録を重視する。再現性は深く求めない。

 保護とはいささか異なるが、然り、あらゆる形を知悉している。

「古きを知らねば、新しきを知れない」学術的に意義は完結する。 


 どれだけ常識か知らないが、魔法とは個々に創作される。

 "揺りかご"教育を引用しよう。

「同じ奏者が、同じ琴、同じ調べをかなでたとて、同じ音楽は二度とうまれない」

 ひいて、奏でる技まで知らずにいても、音色をおぼえることならできる。

 "設計図(パース)"――否や、楽譜(スコア)が整うならこの上ない。蒐集家にとって義務はそこだ。


 便利な音色もあることだから、いくらか努めて簡便化して、普及にこぎつけることもある。

 あまりに希少でうつくしければ、鳴り物からしてよくとっておく。

 ただ琴の名手とて、笛を極めるにはかかる。

 難解な譜は、ずぶの素人には読み下せない。

 なにごとも試すのは勝手だが、せいぜい長い耳を傷めぬことだ。

 以上、長耳種の主義である。


 よにもありふれたこの星の危機に、"勇者"に頼るのも一手だろうが。

 剣は鍛冶屋に、魔法は長耳に。

 精霊並みに気まぐれな、魔法使いを頼るよりかは、長耳種のほうが頼りがいがある。

 対抗手段の検索に、すぐれた外部装置である。

 膨大な理論の蓄積から、的確な分析はなる。

 述べたよう、再現性となれば別だが……。


 ときに"対話"は一大分類(ジャンル)であった。

 情報通信・変換技術だ。

 "精霊の夢"をご存知だろうか。

 人は誰しも夢を見る。

 なすすべなく死ぬ子を憐れんで、ひとつ選択肢を増やすために、何者かがそこに門をつなげた。

 出会えるのは、おのれの魂の同位体。

 運が良ければ多くを授かれる。

 

 同位体のふるまいが、いかにも精霊らしいから、"精霊の夢"。

 ないし接続回路をひらいたのが精霊であるから、"精霊の夢"。


 不明は多い。

 "星の理"じみている。

 誰が作った楽譜であるか?

 僕は行使者がまだ存命ないし現存しているのでないかと疑うが……。


 なにせ、夢は形をうつろった。

 錬金術師エラルドは、成人してから空を夢見た。

 当代では、孤児(みなしご)くらいが夢を見る。


 夢がもたらす知識のひずみには、保存則への配慮がうまれた。

 つまり通信にフィルターがかかり、回路消失へ予防がなされた。

 時とともに変われたのである。これが疑う由である。


 僕は長らく夢を見ない。

 知る者も当代すくないらしい。

 よく知る者とすれば?

 だいたいどれかに、当てはまる。


 禁書を紐解ける幽霊。

 真理を暴ける不届きな不死者。

 やたら物好きな博覧家。

 時を見据えた蒐集家。

 古き言い伝えを脈々と受け継ぐ、田舎の老婆。

 それからもちろん、わたしとあなた。


 ――"魔法の守護者"の話をしていた。


【これは未発見の"羊皮紙"】

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