27.贈り物 下
正直なところ、フランは得意でない。ヴィクトル・サンドバーンが得意でない。
きらいとはちがう。ちょっと近寄りづらいだけだ。
商隊の大人は、みんな親切だ。言葉が通じなくたってそうだ。
たとえば長耳ジニーなら、身振り手振りを交えては、いつだってきらきら笑顔をくれる。
料理番サルヴァトレスであると、さいしょは面倒そうなわり、一手間かけて意図を汲もうとしてくる。だめとわかると、あのがなり声で、わかる誰かを呼びよせてくれる。
商隊の大人は、みんな親切だ。気兼ねなく、なんでも相談できる。
剣士ヴィクトルだけが、ちょこっとちがう。
まず、話しかけるのがむずかしい。ひとりでいるとき、どよん、と重たい。近づくだけでもうつらい。勇気をふりしぼって「あの……」と、声をかけてみる。ぎろり、とするどく睨まれる。おこった狼みたいな顔だ。正視するのがまたつらい。しかし見ないのも失礼だ。なんとか逸らさず返事を待つと、居心地の悪い静けさのあと「……なんだ?」と唸り声である。とっても機嫌が悪そうで、わかっていても首がすくむ。
ちょうどまさしく、今だった。"あのう、ぎろり、……なんだ?"――大陸道のほとりにて、フランはヴィクトルを追いかけた。強い決意で、背を呼び止めた。相談事があるからだった。
「なんだ」
これは二度目の「なんだ」であった。あんまりひるんで長かった。少女は剣士が怖かった――いえ。こわくなんて、ありませんっ……!
勝手におそれて、おかしな話だ。なにせヴィクトルには悪意がないはず。ただただ見た目やあり方がおそろしいからと、一方的に避けている。申し訳ないではすまない態度だ。
「けん、欲しいですっ」
公用語だった。フランはゼンほど達者でないから、あたためた単語を並べただけである。それも、ひとたび口にできてしまえば、万事が上手くいくような――。
「剣……お前の剣か?」「あっ!」
やっぱり、ちっともいかないような。怪訝に顎を引くしかめっ面に、フランはあたふたするばかり。
ところがやがて、気がつけるのだ。あわてて、それでも察せたのだ。
ヴィクトルがこちらを指でさすのは、聞き取りの助けとするためだ。
要領をちっともえないのに、ヴィクトルがずっと立ち去らないのは、落ち着くのを待ってくれるからだ。
ようやくフランはひねり出せる。
「ち、ちがうます。ゼン、ゼン!」
つたなさはともかくとして、ゼン!と名前を連呼した。たとえ言葉を違えても、名前の音は変わらない。これがどうにもよかったらしい。
ヴィクトルは、ぎろり、遠くを睨んだ。むこう道沿いの木陰が鮮明に見える。馬車の憩い場から、やってくる影はほかにない。
少女はひとりで来たらしい。とりわけ件のゼンはいない。
念のため、ヴィクトルは問いを重ねた。むろん、訛った公用語である。仕方がないので、両腕をおおきく広げてみせた。
「……大きいのか」
ぎゅっと、広げた幅を縮めて。
「小さいのか」
フランはハッ!と感心したのち、「ちいさいの!ちいさいの!」としきりに真似た――……なればよかろう、当人不在でも。
不器用な剣士であった。「行くぞ」と唸って、踵を返すだけである。剣は道端で売っていない。
「行くぞ」と、それは、道ゆく蹄音にかき消されそうな、もそりとした掛け声であったけれど、フランにおおきな安心をもたらした。「はいっ!」ててっとあとにつづいた。
しばらく行くうち、ヴィクトルはぽりぽりと顎を掻く――なにも身振りを交えずとも、帯びた長短で示せたか……。
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「《剣を選ずるとは人を選ずることだ。本来なれば職人のもとへ足を運び、直売に訴えることが望ましい。名匠の制作ともなると卸されるまでに費が嵩み、質が値に悖ることもしばしばだからな。もっとも選り好みが為るのは数と土地とがあってこそ、出先では必然、剣専門か旅装具店、そうした場所に頼ることとなる。これも必要によってはやむを得ん――》」
"商隊"で、剣にもっとも博識なヴィクトル・サンドバーンであるから、フランは果敢に声をかけたのだ。
自称「浅く広く」の物知りイトーがまずは、武の博識にふたつの名をあげる。そのかたわれがヴァンガードで、「剣じゃヴィクトルに敵わない」という。ヴァンガードは、あくまで剣にもくわしい戦士なのだ、とはゼンが付け加えて、そのあげく、三人そろって「剣のことならヴィクトルだ」という。
フランには良し悪しがわからない。剣も、剣士も、見てわからない。しかしなるほど、みんながいうのだ。剣のことならヴィクトルだ。
小耳にはさんだ噂でも、知識は知識で相違なかった。フランは剣が欲しかった。だから勇気をふりしぼった。
ゼンに短剣を贈りたい。
フラン・フラムネルの思うところである。なにかお礼をしたかった。守手が守ってきてくれたことに、いまも守ろうとしてくれることに。
ふりかえると。
二度目にはもう、ヴァンガードがいた。守手と神子だけで、守り守られは、岩オオカミのただ一度きり。それでもフランには確信がある。
ゼンは、ヴァンガードが現れようと、現れまいと、"商隊"と出会おうと、出会わまいと、その先々遭う危険にむかって、小さな体でたちはだかった。
信仰めいた確信だ。
仲間の助けがあるとわかっても、いざというとき走ってくれる。ただでさえ隊費をふたりぶん、一身に賄ってくれている。
フランは何か贈りたかった。形あるものを贈りたかった。
ところが弱ったことがある。その少年は、なにも欲しがらない。服も、食べ物も、睡眠さえも、欲しいと口にしないから困る。あんまり困るから衣食睡眠は、世話焼きな大人がたくさん押しつける。だからフランは出る幕がない。
どうしようもない望みなら聞いた。与えられない望みを聞いた。
ひとつ、剣の稽古をヴィクトルに望み、断られたのを知っている。後にも先にものおねだりだ。ヴァンガードが代わりを担ったので、ゼンはどうやら満足している。
ふたつ、もちろん、父親との再会。これは彼自身だけが叶えられる。
彼が欲しがるどれにせよ、フランはどうにも与えてやれない。
何か贈って良い物はないか、ずうっと考えを巡らしていた。ようやく見つけることができた。
短剣だ、短剣が良い。彼はよく短剣を使う。いま使うのはやせてしまったというから、あたらしくて、それもよい短剣を贈れば、きっと喜んでもらえる。
「ここだ」
唸り声である。ほとりに居並ぶ一店舗へ入る、ヴィクトルの後にフランは続いた。道すがらのとても早口は、一割解せたら花丸ものでも、剣探しの意欲ばかりは、よくよく示していてくれた。
それは表に掲げる標識に恥じない、刀剣専門店であった。店店しい店と異なって――ひとりでは入りづらかったです……――フランは思った。見習い商人の目で考察している。営業中かわかりづらいのは、硝子窓がこれとないからだ。引いて重そうな鉄扉、どうやら分厚い魔木製の壁――防犯ですね。密室ですから、お店の人はきっとスゴウデです……――こうした論理をくわえたときなら、領域外でも良し悪しがわかった。
「……意外に悪くない」
品にしたって、わりとわかった。並ぶのは全部、剣、剣、剣。しかし――壁にかかるなら目玉商品……格子の棚なら一等品でしょう。それから――長剣がやはり主力らしい。床棚にずらり中級品、木箱にぎっしり廉価品までを、フランはみとめて。
――短剣は……。
やたらと澄んだ硝子張りの、陳列棚のうちにみつけた。入り口そばの木箱も短剣だが、あちらはどうにも中古の山だ。たとえ人並みの鼻であっても、手垢の匂い、傷んだ金物の匂い、そうした微々たるしるしでわかった。思えば刃のたぐいの手入れなら、いつも間近で見ているのだった。
奥で白髪だけのぞかしている、老いた只人が店主らしい。一組かぎりの来客を見むきもせずに「……らっしゃい」痰のからんだ歓迎をくれる。ヴィクトルはヴィクトルで、頷くだけだ。品ぞろえに首をめぐらせてから、つかつかと店番台へ歩みよった。
「《懐用を見たい。棚を開けてくれ》」
「……!へい、すぐに」
フランは理由がわからない。ヴィクトルは店主に、なにか見せたらしい――胸元からたぐって……首飾り、でしょうか?――それは気だるげな背中に隠されていた。ともかく、確かだったのは、おもてをあげてからの店主というのは、始終機敏で、商機にめざとい商人というよりも、すぐれた戦士然としていた。陳列棚にかかった錠にせよ、皺ながらしっかりとした手つきで、それは手早く開けるのだった。
「ふん……」
「お求めは?」
「……そうだな。フラン、来い」
「はっ、はい!」
名前を呼ばれるのは、初めてだったかもしれない。フランは陳列棚に近寄ると、博識の弁に耳を澄ました。
「ゼンの、短剣だな」
「はい!」
「狩猟用か?」
「しゅ……?」
「動物、皮、剥ぐ」
「そう、そうです」
「すると……これか、これ。それとこれも見せてくれ」
「皮剥ぎ用でしたら、こちらも……」
「む、それは……まぁいい」
少女の目線で足りる棚である。赤くぶ厚い敷布のうえに、四本の短剣が並べられた。ひとつ形がちがうほか、おそらくどれも高価である、ということまでしか、フランにはわからない。
「触れても構わんか」
「どうぞ、どうぞ、ご自由に。ご説明は……」
「いらん。必要なら呼ぶ」
唸り声である。構われるのは鬱陶しいから向こうへ行け――そこまで言わない。しかし幻聴しかねない。ぎろり睨まれ、店主もしりぞいた。静かで、戦士の足取りだった。
ふたりになって、ヴィクトルは早口だ。
「《刃が短く、湾曲したものが専ら皮剥ぎ用だ。用途が限定される分、価格に対して物が良い。しかし――》」
とめどない。
「《職業人でもなくしては、いらん錆をこさえるだけのこと。用途を狭めては短剣の長所を損ねよう。幾振りとあって困らんものだが、それとてやはり汎用性を言うからな。区別するなら日常用と実戦用と、か。皮剥ぎ用途に拘らなくば、どれも十分な刃渡りとみえる。むろん狩猟には能うだろうし、想定される咄嗟の一突きにも、剣気なくして耐えるだろう。留意すべきは、どれほど戦闘主眼のこしらえだとして、長物相手には敵わんことだ。ああ、これに限っては、無いよりマシと言い得もするが……つまり選ぶなら、この三本のうちからだ。俺ならこれか、これにする。こちらはもしかすると――》」
異国語でふるわれる熱弁にして、唸り声である。フランは実際、何が何やら。だからとどめに「どれにする?」と、ぎろりを寄越されるのに、あたためていた言葉で切り返した。
「いちばん!いちばんです!」
「いちばん?一番か……」
そうだな――ヴィクトルは眉を掻いて、しかめっ面を更にしかめた。何を述べるのかひとたび口を開きかけては、やめて、ようやく喋るか、やっぱりやめて、結局は押し黙ったままだ。かわりにつと腰帯の小袋に手をやると、中から何やら取り出した。イトーの懐中時計に気持ち似たそれは、時を示すのではないらしい。なぜなら針が揺れている。
「なにです……?」
「いや、ものの試しだ」
短剣にかざして、何かを推し量る。長くはなかった。
「《……学がないというのはいかんな》」
かぶりを振って時計を戻すと今度、短剣をつぎつぎ手に取った。順手、逆手と鮮やかに転がして、突いたり振ったりしてみせる。
「《優れているのは、やはりこの二振り》――店主」
「へいっ」
「これは《不銹鋼》か?」
「ええと……へい、左様でございます」
「そうか……すると、こちらだな。わかるか?《刃が錆びにくい》」
「サビ……一番、です?」
「《現状の選択肢においては最善……》ああ、そうだろうな」
「それ!それします!」
「店主、不銹鋼のはいくらだった」
「中央金貨、八枚になります」
「……かなり高いな」
「《王国製の証書つきでございます》」
「…………」――予算を度外視していたか。
店主にふたたび距離をとらせてから、ヴィクトルは問うた。「持ち金はいくらある?」
フランは胸元から財布を手繰り寄せる。なかの硬貨を手のひらに広げてみるが、かぞえるまでなくわかっていた。全財産は、中央金貨換算で五枚とすこし――とても足りません――フランは数字に強かった。商談であれば聞き取れた――なんとか値切りをしてみましょうか。でも交渉材料が……いいえ、ものは試しですね。ヴィクトルが一番と言いました。きっとゼンだって喜びます――今日だけで、もはや何度目だろう、勇気をふりしぼって、前へ、とその時、阻むのが、唸り声である。
「大金貨一のアレも譲れ……」ただひとつだけ壁に掛けられた装飾柄の短剣を、ヴィクトルは指していた。
「!もちろんでございます」
「《代わりに不銹鋼を半値にしろ》」
「《……そんなご冗談を》」
「《本気だ》」
「《い、いくらなんでもご無体な……!》」
「《店主、その気がないのは認めてやる。あの一振りだけが贋作だ》」
「《……まさか!歴とした名匠ワルドゥの……証書、証書だって!》」
「《アレは大物しか打たんのだ》」
「《えッ!そんな話はついぞ……っ》」
「《私も、面と断られてからようやく知った。精魂込めるための誓約とも聞いた》」
「《せ、誓約……!あ、う……》
「《狼狽えるな、大事にする気はない。もとよりここは領外だ》」
「《……は、はい。しかし――》」
「《話を戻そう。壁掛けのそれを、大金貨一で引き取る。証書もつけろ、いい土産になる。代えて不銹鋼は半値にまけてくれ。不服か》」
「《めっそうもございません……!》」
「《ほかの品質には感心した。今後も良く勤められよ》」
「《はッ、痛み入ります。サー》」
二振りの短剣を手に入れて、ふたりは店を出た。
――胸元に秘めるなら、きっと大事なものです……。
フランにはわからない。ヴィクトルはこわい顔のほか、何を店主に見せたのだろう。どうして店主は、ああも首を垂れたのだろう。
――やりとりも途中から、公用語ではなかったですから……。
贈り物用の短剣が、半値になった由がわからない。商人の目で値札を見たのに、どんな都合かわからない。わかるのは、ヴィクトルは身銭を切ってくれて、それはとてつもなく大金だった。
――とにかく、お礼を言わなくちゃ。
フランは、もっと勉強しようと思った。伝えたいことが、たくさんあった。
「ヴィクトル、さん。ありがと、ございます。ありがとございます」
いまの精一杯だった。するとヴィクトルは、狼みたいに顔をしかめた。フランはこわいと思わなかった。
「……構わん。礼なら、ヴァンガードに言うことだな。アレの勝手で金は足りている」
フランは思った。あらためた。ヴィクトル・サンドバーンは、恐ろしくなどはない。怖くなどはない。恐れる必要もないし、怖がる必要もない。怒れる狼の形相にみえて、何かに怒る訳ではないのだ。気だるげそうにしていても、重たい口はそのうち開く。勝手にうとんで、おかしな話だ――ヴィクトル。親切な人です。
「それと……ヴィックで構わん」
唸り声である。
「……!はいっ、ヴィック。ありがとございます!」
「すぐに渡すのか?短剣は」
「はい、はい」
「……そうか。では行くか」
不器用な男とあらためた少女は、贈り物のためほとりを行った。
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はあ、顎がたるくってしょうがねぇ。巨牛の肉ぁまずかないがね、スジ張っちゃってケチがつくね。カカアは大張り切りだけれども、来冬の塩漬けなんて、もー今から思いやられるよ。西方のじいさんったら、年甲斐もなく張り切ってくれっちゃってさ、こちとら二、三節唱えただけで分け前ドン!なんだから。ったく、タダ肉っても良いやら悪いやら。
あーあ、客入りもしばらか暇するだろね。それよか奥歯にかかった牛スジが気にならあ……楊枝、楊枝と。
「らっしゃーい」
ってぇ思った途端にどっと来た。や、三人で一組か。なんだい、どうせ冷やかしだろう。なんてったって子ども連れさ。でも……子連れ狼なんても言ったな。ああ、貴族の観光さんなら街道沿いの土産屋行く。一本はずれて裏手にゃこない……んん。なんも抜きにしたって……どっか気にかかる一行だ、なんだろない?
小人種の目と耳なめちゃっちゃあ困る、どっちも只人様より利くんだこちとら。じっくり観察させてもらおうかね。いーやいや、暇つぶしってわけじゃね、きちんと商売の一環さ。ほんとさ。
まざぁ、可愛い顔したちいさな坊ちゃん。おませだね、立派な曲刀帯びちゃって、冒険者ごっこかい?って、おいおいそのちいと幅広の鞘……鞘!棚の商品にぶち当ててくれるなよ。それ!んーなにきょろきょろ、当たるって!鎧に!っとぉ、んなこたなかったか。後ろに歩くのに器用だね。
おうとも!そりゃあ、ホントの全身鎧さ。まさか売り物になっちゃくれんが、いかにもだろう?店の格がさ。まったく俺の趣味だけどもな、そうそう、格好いいだろー?あ、着たんなら剣が振りづらそう、だ?なんだねーいまどきの子どもにゃ浪漫がわからんかね!
そんでー、よぉく笑うねぇ、おとっつぁんかい?これまた隆とした大男で。伸びたら屋根も突き飛ばせそうだ。ん、ふたりは、親子たちょっとちがうかね?そんな気がしてきた。そりゃあ、仲は大層よさそうなもんだが。髪の色ァとかく、顔立ちがね。母親似ってなぁあり得るが、やっぱしちがうんだ。俺の勘がそう言ってる。するってぇと、んん?やっぱし、どんな取り合わせだ?
もひとりのあんちゃんだよな、わからんのがさ。そら胡散臭い面で訛りちらして、がなりっぱなしあんちゃんさ。御者や従士って柄でもねぇ。執事の類にゃ品が足りんし、用心棒なら大男とあべこべだ。
うーん?これでも人を見る商売さ、もう長いコトやっちゃいるがね。どういう面の組み合わせなんだか……。
一周して、やっぱりおかしな坊ちゃんか……?子ども連れったら相場はお貴族、そもそも野良旅にゃちょっと幼すぎる。かといってだいぶ旅客風さ。扮装か?――すると、あんちゃんがいて似合わない。大男たぁさなかの言葉だし……"境"から北上してきた?何?
「お客さーん、何かお探しでぇ」
「ああ親父さん、鎖帷子ってどこに置いてる?」
鎖帷子だぁ?なんて流石に口にゃしなかったぜ。そら、ちいとは目を丸くしたけども。そこだーって指さして教えてやったさ。そしたらありがとよーだってよ。しっかし鎖帷子なんて、妙だね。誰が戦に行くってんだい。
大人用だとぶかぶかで、小人用だとヘソが出る……?おいおい、坊ちゃんの分を見繕いか?剣士ごっこにゃ凝り過ぎだ。
どれ、坊ちゃんは言うね――重そうだね、動きがにぶくならない?
すると大男は、"闘気"の不完全性と死角を説いた。だいぶ手練れだね――わかってる、ってな坊ちゃんが言う。大男が付け足す――嫌なんだよな、すばしっこいのが取り柄だから――そうなんだ、と坊ちゃんが言う――でもたしかに、ヴィクトルはいつもつけてるね……。
ん?ヴィクトル……近頃どっかで聞いた名だ。いや、ありゃ、公報で読んだんだったか?まぁ、よくある名前かね。
とかく、なんだい。どうやら「ごっこ」じゃないらしい。ありゃ小人の戦士じゃなかったよな……ああ、たしかに只人の坊ちゃんさ。そいだらうるさいね、がなり声だ。
「おーい、こいつがいいぞ」
あのあんちゃん、短剣の棚を見てたらしい……驚いた!こいつはだいぶ、お目が高い。その手にしてるな、どんぴしゃり稀代の掘り出しモンさ。宝くじの意気で混ぜたんだが、まぐれじゃないね?ものの数分で。
度肝を抜かれてたらあれよあれよだ。とっくにほかの目星はついてたとみえる、カウンターったら物の山だ。
ああ冷やかしじゃね、こりゃ。そらお客様なら歓迎だ。いらっしゃい、いらっしゃい。
会計はええと、小人用の鎖帷子、丈夫な革手袋――真剣も握れる上物さ――、例の掘り出しモンとその剣帯、まともな腰帯、腰帯吊り、あわせて売れ筋の革手の小袋がふたつ。
「なんだい、おとっつぁんとお買い物かい?」
俺も下手なカマかけたもんだね。正味びびってたんだ。その買い合わせが、まるまる一式「まさに旅出る戦士用」だったから。
「ん?ふふ、まぁ遠からずかな」
大男はでっかい手で、坊ちゃんの頭をわしわし撫でた。坊ちゃんは懐っこく笑ったよ。
おそろしいね。
やれる口なんだ、その坊ちゃんは。腰にぶら下げてるな飾りじゃない。そいで足りない分を買い揃えに来た訳だ。
何かの冗談か、甘やかし?まさかだ、俺にはとっくに見抜けたね。この三人は、冒険者の一党なのさ。そいだらなにもおかしかない。
大男はまんま熟練の戦士――思えば剣を帯びちゃいないがさておき――胡散臭いあんちゃんは目利きの何でも屋、最後に、新進気鋭の若き剣士。
そらな、なんにもおかしかない。坊ちゃんが坊ちゃんなコト以外は。
ただの金持ちの旅客と思ったからさ、はじめにちぐはぐを思ったのは。見ろよ、この品選びだって。
「本格的にそろえるねぇ……」
「まぁね。転ばぬ先のなんとやらさ」
太客だ。なんて、言えやしないよ。まんまと「いい買い物」をされちまってる。冷や汗たらりだ。
短剣がそうさ、際たるもんだ。長物相手でもひと閃きする本格戦闘用だぜ。それをよ選んだ――胡散臭いあんちゃんったら、さっきから嫌ーな目つきで俺を見る。なぁにも言ってこやしないが、どれ見返してやるか。
――あんちゃん、静かだね。見たとこ、値切ってなんぼの人種だろう?
――おン?こン一振りにかけてよ、勘弁しといてやらァ。
こんな了見でよ、参ったねえ。正直、嫌いじゃないけどね。あんちゃん、戦いぶりはわからんが、事情通ってやつだろ。一党に一人は欲しい才能だね。単純に腕っぷしの強ェ奴より、見つけにくいんだ、あんたみたいのは。そんな人間が真価を見抜いて執ってくれた、いいじゃないか。俺も短剣も本望ってもんだ。持ってけ、持ってけ。
はあ、にしても、ため息が出るねぇ。売上げのことじゃないぜ。
大人のふたりさ、本気なんだ。坊ちゃんを戦場へ駆り出すだろうに、いかにも「当然」って面構えでよ。戦いぶりを見てきたんだろな。あどけなく笑っちゃあいるが坊ちゃんの方も、命のやり取りを覚悟してる訳だ。そういう道だろ、あんたらが来て、この先も行くのはさ。
「まいど!道々気ィつけてなぁ!」
いやはやこの星は広いねぇ、子どもの戦士た、珍しいもんを見た。でっかい坊ちゃんよ、長生きできりゃ傑物になるかもな。
そんときゃ、へへっ。またのご利用、お待ちしてやす。
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質屋にちょっと寄った折、サルヴァトレスとは出会ったのだ。「辺鄙な秤でアテになんねぇぜ。細工があって知れてらァ」ゼンは量る気だった"贈り物"の金塊を、ヴァンガードとの両替えで崩すことにした。互いの信用に基づいている。それから手持ちで買い物をした。
「靴底に金貨てぇのもアリだぜ」
サルヴァトレスの、品定めに次ぐ助言であった。いざという時の備え、というのをゼンはいくつか授かって、だいぶ参考にさせてもらう。装具店を出た後だ。つまりは、総じて入れ違いであった。"商隊"もきって珍奇な取り合わせと、ばったり出くわすのは、ほかにない大陸道のほとりとなる。
「ゼン!やっと見つけました」西の方から、フランは駆けよった。「馬車のあたりに、いなかったので」じきにヴィクトルが追いつくだろう。
「ちょっとね、買い物してたんだ。何かあった?」
「はいっ!あのですねっ……あ」
さっと、フランの気持ちは沈んだ。うきうきしていても、目が利いた。ゼンは何を買ったのでしょう――?
贈りたかった、短剣だ。
さっきはなくて、今はある。とっくに腰帯に吊るしている、立派な刃渡りの短剣だ。贈り物より、立派にみえた。
剣の良し悪しを、フランは知らない。ここには推する論理がない。ただ感情だけが指針であって――どうしましょう……何も言えません――要らない贈り物だった。勝手な思い上がりに、胸が焦げる。どうしようもなく熱くなる。救いがあるとすれば、不自然な沈黙を、破る人がいた。
「……エドガー短剣か」
唸り声である。大の剣士がぎろり睨むのは、小さな剣士の、あらたな大振り。これにはサルヴァトレスがはしゃいだ。
「おおー!そうともさ旦那、流石にお目が利かァな!いくらと思う?あの名短剣作家の一振りが、まさかまさかの掘り出し価格でェ――」「おい」
斬り捨てた、唸り声である。ぎろり、と今度は少女の方だ。恐ろしい形相に睨まれるせいで、赤茶の瞳はひどくうるんでいた。
「渡してやらんのか、お前のは」「フラン、どうしたの」
「えっ……」
ヴィクトルとゼン、ふたりに呼ばれて、フランは窮した振りができる。おおげさに見上げて、なにもこぼさずにすんだ。
「おっとっと!ちょいと待てよ」
目敏いヴァンガードであった。素早くひとふた言を交わすのに、ヴィクトルにだけ通じる地方の言葉を用いた。事の全貌を把握しきると、それぞれの言葉で耳打ちをして、やさしく舞台を整えた。
「えっ、フランが買ってくれたの?短剣を?僕に?」
「あっ、あの……それはそう、なんですけど」
「短剣は幾振りとあって困らん、そう言った」
「そっ、そうなんですか……!ごめんなさい、聞き取れなくって……」
「な、お嬢さん。恥ずかしがるこたない、渡してやってくれよ」
「すんっ、はい!……あの、これ、あなたに……いつも、ありがとう」
「わ、ありがとうっ!うれしい。大切にするね」
必要なだけ、ヴァンガードはきちんと説明したとも。
少年のあらたな短剣は、どちらもとっても良い短剣だ。二振りあっても、邪魔にはならない。
装具店では大振りを買った。まるっと剣士の二の剣にして、すこし重たい。日頃の用途にはぶきっちょだ――ゼンは痩せた自前をまだ使う気でいた。
対して、フランが贈る短剣は、足りないすべてをかなえてくれる。しっかりした柄で、何でも適すし、いつも帯びていい。もちろん、最後の武器にもなれる。
「少年のことを考えつくした贈り物だね」
ヴァンガードはそれから、わざとらしいため息をついた。あて先はヴィクトルなのだから、立場がいつもと逆だった。
「お前ったら、剣にかかると舌が回りすぎなんだ。相手をちっとは慮れよな」
「む……悪かった。以後、気を配ろう」
しかめっ面をもっとしかめて、その実、ちょっと照れているのだ。少年少女はわかって、わらった。通訳もまじえて、それぞれの出来事をわかちあった。
「ダルの仕事って、まだかかるのかな?」そのうちゼンが言った。
「みんなで土産を用意してやろうか?ひとりぽっちは寂しいもんな」
「何がいいかな。やっぱり、食べ物?」
「けっ、今回ばっかしゃ大飯ぐらいも多めに見てやらぁ。どれ、俺様が目利きを……」
「あっ!あの!来る途中に、とってもいい匂いがするお店があって……!」
「お嬢さん、意外に食通だものね?」「うぇっ……!?」
「……ふっ、食い物となると皆鼻が利く」
「あは、だよね!僕もそれ、思ってたんだ」
かくして彼らはしばしのあいだ、街道町を満喫した。




