21.誓約
仕事とは、おこなうより先、探すもの。町と大人の常識だ。例に倣ったのがヴァンガード、目下に得ていた具体はこう。
"夕日の町"から"西境の町"を結ぶ街道沿いに潜伏中と思しき、魔物の群れの実態調査等。
「それをさ一人で片付けちゃったって?悪かったねヴィック!」
などと裏腹、面に笑みの探し主、悪びれない。対し、行い主と相成るか、はてしなく機嫌がわるそ~なのが、ヴィクトルだ。
「《……どこぞの馬鹿が、何時まで経っても来んからだ》」
日常に見た標の次第で、文脈の読解路は難易度を変える。イトーも、迷った末だった。
「罵りにも親しきを込めて、ですね」
指す人の名と、王国に伝統的な悪口の「音」を重ねて、ヴァカ、柔らかい印象を持たせたはずだ。とは、通訳も意訳。聞かされ、ふんふんと、少年少女は頷いている。
「…………」
もしくは、公国訛りがもたらした偶然だったやも。ぎろり、と突き刺す視線が、訳者に何かを訴える。"さなかの言葉"を、ヴィクトルは解さないはずで。通じれば、なんら仕置きが待つか、あわや。
「……ふん」
呆れた、をいかにも表す、ため息と腕組みは、どうやら大男へばかり向きなおる。幸いだ。仕事の話が再開する。
「全てを終えた訳でもない。俺に、"見届け人資格"はない」
とびきりのぶっきらぼうが、剣を携えている。これがヴィクトルだ。とびきりの「剣」を携えたぶっきらぼう、と表現しても適う。証明は、ヴァンガードがする。
「なんだ!ホントに一人ですましたって良かったのに。俺はお前を信用してる」
褒め言葉も文脈次第。この場合も然り。剣士の険しい表情に、皺をいっそう深めるだけだった。
「……そもそもに、貴様が受けた依頼だ。自分の舟は――」「自分で漕げ、だろ!わかってる。ヴィーはせっかちが過ぎるんだ」
寡黙にも口癖はある。"舟漕ぎ"が、ヴィクトルのそれ。「己の面倒は己でみろ」に類した公国の諺だ。
「とーぜん、やる気はあるんだぜ。のんびり昼休憩を頼んだのだって俺さ、この手で必ずこなすとも」
大の戦士たちは荷台へと乗り込み、戦支度をはじめ――おわった。早業だ。少年少女と比べると、なお。
「《何故、ガキ共も……》」
冷ややかに一声、誰のと瞭然。子ども好きが多い馬車に、少数派もいて、また当然。
「《いいじゃないか、社会勉強の一環だよ》」
「《……どうなっても知らんぞ》」
ぎろり。尖った視線を周囲に振りまく。これが、ヴィクトル・サンドバーン。おそろしい男だ。おそろしかろう。その形相はいつだって――不機嫌そう。つまらなそう。面倒そう。どれでも選び放題だ。口が、だいぶ重たいらしい。声をかけられ、まず、ぎろり。喋れば、ひとふた言、ぼそり。愛想なる語を、知るなら知るで驚愕だ。気だるげ、一挙手一投足。仕草の主張は――何故、俺がこんな面倒を。極めつけに。
「……遊びでは、ないからな」
低きに低く、唸る声。おそろしい。睥睨に、こくこくこく、と少年少女が頷いている。子ども目線でおそろし気な男はさて、大人にだっておそろしいだろうか。あるいはだ。観察に公平そうな、イトーあたりの視点でも借りよう。ヴィクトルを、ちらり。
炯々たる三白眼が隠している、実際は冴えた顔立ち。背格好の細長い感は、よく並ぶヴァンガードが屈強に過ぎるゆえの錯覚。たとえば町の市場も未明、商売品を担いで行き交う荒っぽい男の群れに放り込んだところで別段、彼は彼の居場所をよく保つだろう。つまりは立ち様、頼もしさすらある。おや、意外と悪くない。国では艶福あったやも。四六時中、とくに喋り時に濃くなる顰めっ面が、剣呑さを醸しだし頂けないだけだ。
(あんな彼にも、熱心な話題があるようですよ)
(そうなの)
(ええ。ゼン君なら仲良くなれるやも)
(……ほんとう?)
些か想像し難い。とくにゼンは、ぎろり、に込められた意味を、なんとなく知っているから――近づかないで、って。
威嚇だ。警告だ。解釈の次第を、今日ほかに持ちようがない。経験から順当、ナワバリ侵せば、脅威にかわる――かも――山の動物然り、村の人間然り。仲良くなれるが真として、試みるかは様子見だ。
ぎろり、がちょうど、囁き合うふたりを、もといイトーを貫いた。
「《お前は……保護者役か?》」
「あはは、《むしろ逆ですね、ご存知でしょう。僕こそ遊楽と戒められねばなりませんが……ヴァンガードは是非にと。構いませんか》」
「《……大声だけ慎め》」
「《感謝します》」
出かけの顔ぶれは大小五名。
「森とあっちゃあたしも行きたいけどさ、一応ね」先だっての土蜘蛛あって、馬番の加勢にジニーは残り。
「遠足の間にメシの支度ができらぁな!」とサルヴァトレス。
景色と見ゆれば行ける場所。大地に平野にその森がある。一行のもはや目前だ。
「気を抜くな」
唸り声である。
人の手入れがない森だった。下草、低木、生い茂る。歩くたび、裾に引っかかる。踏みしめて、地へ底なしかと沈む踵。ひやり、とひととき。腐葉土だ。
「ブナにクヌギ。あちらはコナラ……」
陽を透かす落葉広葉樹たち。どれも名前がついている。ゼンは、はやくも懐かしい。見知らぬ緑も、色は変えない。匂いも音もふんだんに満たして、忙しないとは感じさせない。
「ああ、町とは違うよな。調和を、少年はよく知ってるんだ」
落ち枝を鳴らしゆく。ヴィクトルが先んじるのに続く。いつの間にやら歩きやすかった、と、のちにフランは気がつくかもしれない。慣れたのだろうか。いや、ひとしれず道を拓いた誰かがいたはずだ。
「あっ!ま、また裾を……」
「ほつれた?平気?」
「は、はい。あとで縫いますから」
「おわっとととっ!」
「あ、イトーのも……」
先頭が歩調を緩める。森歩きは長くなる。雑談も長くなる。
「探してるのは、土蜘蛛とはちがう魔物?」
「そうだね、この辺じゃ新顔のヤツさ」
外来種を探している。厳密には、探していた。発見済みであるから。
「流石ヴィーだろう?」
「…………」
不服。沈黙の背に雄弁だ。
このあたりでゼンは、ヴァンガードに次のどちらを訊いても良かった。
待ち受ける敵は、どれほど強いのか。
もしくは。
剣士ヴィクトルは、どれほど強いのか。
興味が勝るのは明らか後者で、口に出来たのは結局、前者。振り向かれ、ぎろり、の予感を慎重にも避けた。
――ヴィクトルはきっと強い。でも、仕事のためにヴァンガードを呼んだ……。
根が戦士の少年だから、強さについてどこまでも考える。イトーが教えたがる「数字」にはあらわせず、けれど確かにあるガイネンだ。広がる世界を覗きたてで、比べることでしか、まだ、導き出せない。
「どうにも負けなしらしいぜ、だからだね。一仕事が必要になった」
外来種と調和について、ヴァンガードは説く。欲しい答えの形でなくたって、ゼンはひとまず良しとした。大人と話すのは、なんでもおもしろい。
「強い新顔に縄張りをぶんどられると、負かされた古株はどうするかな」
「とりかえすのは、あぶないんだよね?」
「ということにしよう」
「うーん。すみやすい場所を、ほかに探す……?」
「見つけた場所が人里だったら?」
「たいへんだ」
「たいへんだろう。事実なってる。人はやって来た古株を退治するけど……終わりがみえない。新顔が幅を利かせ過ぎなんだ」
場当たり的な問題解決には、限度がある。人は疲弊し、財を失う、あるいは命まで落とす。古株を根絶やせば解決だろうか。
「今度は勢いづいた新顔と、戦うことになるかもしれない。ダメなのさ、昔からいる方を倒してばかりじゃ」
「生態系が崩れる、と表現します!」補足のイトーは、うしろの方で足元に必死。
調和を取り戻すため、因果を芽から摘むべきだった。すると、いつだって探し物になる。
「隠れるのがうまい新顔だ。居ると知れるのに、姿は知れない。目撃情報が皆無ときた」
しかし見当を、大の戦士らはつけていた。お披露目会のかたわらで、ヴィクトルは先に確かめた。
「正体が気になる?ナゾナゾにしよう。見えないんじゃない、ふだんから見ても逃してる」
「僕でも知ってる形かな?」
「ああ、よく知ってるとも。考えておいてごらん」
「うん」
この仕事の具体を思い出せるなら、首の傾げ時もそろそろだ。「魔物の群れの実態調査等」ときて、調査を、ヴィクトルは終えているはずで。
「《十全ではない……》」
「って言うのもね、ふたつの切り口がある」
ひとつめ、完遂の難易度、という切り口。
「山に跳ねる兎の耳を、ぜーんぶ数えてみたこと、少年はあるかい?」
覚えの利かない数だろう。数を覚えても、きっと難しい。同じこと。
「どんな魔物が、どこを根城に、どれだけ棲むのか……調べつくすのはかなーりホネだろ。それも……」
危険。明らかだ。新顔はなにせ、古株のどれよりも強い。見つけ出すまで一苦労、見つけて更に一苦労。
「必要なのに、誰も手を挙げられない仕事だった」
こなせる者が町にいないなら、こなせる余所者に託すしかない。都会の言葉で「外注」だ。請け負う奇特が、この星にはままいる。
「"冒険者"と、俺らは呼ばれてる」
さすらう理由を十人十色に。存在の発祥を、当代に諸説。
「お金を対価に厄介な依頼をこなす人を、今じゃ指すけれど……純粋な救い手こそ、きっと本来のあり方だ」
奇特の中でも稀な人が、ヴァンガード・アーテルである。此度の「仕事」は「依頼」にかわって、「依頼」は「冒険者も目を背けるほど厄介な依頼」になっていた、そこで。
「俺がやる!ってさ、約束して来た」
人々はきっと安心したはずだ。少年は思う。男の約束には、不思議な力が宿っている。
「大事なイライなんだ」
「そうとも!もちろん、お金を頂くためにもね。こっちも食うため必要だから」
ふたつめの切り口に、必要は絡む。
「ヴィーが持たずに、俺が持つもの……"見届け人"ってな資格がある」
弧大陸で興った仕組みだ。いまや「冒険者依頼」かに関わらず、"組合"を通した仕事には"見届け人"が不可欠である。
「荷運び、草刈り、掃きそうじ……結果の見届けなしじゃ、やった、と見なされない」
報酬も出ない。ときに「中抜き」という言葉は、都会に限らず使われる。
「こまかい話は省くとして……」
旅人は仕事を得るため、金が要る。契約金だ。競合と受け逃げを防ぐ。組合の斡旋料と、見届け人の人件費を差し引き、成功時に限って、一部が返却される。数字に拘る人たちは、さかしいか、いやしいか。
「みんなにとっての必要なのさ」
失敗続けば、あるいは事態が悪化する。補填をおもえば、不確実な大仕事ほど、契約金から安くない。受け手はさらに、すくなくなりがち。
「見届け人の危険手当てなんか、けっこう高くつく。それも必要なくなる訳だ、俺がやって、俺が見届けるなら」
有無が物を言う。
「《……とんだ二度手間だ》」
ヴィクトルひとりではならなくて、ヴァンガードが行けば必要を満たす。不思議がすこし。
「わるく使われたりしませんか……?」
自己申告もまかり通る、仕組みに大きな穴の気配。見届け人がともなうことで、成果の提示は最小限ですむ。討伐系の仕事でたとえば、獲物の体の一部であるとか、わざわざ持ち帰る手間もない。なおさら、やった、で済ませる騙りは出まいか。
「これがね、ない、と言い切れる」
何故なのか。"星の理"を明かそう。
「"誓約"が、この星にあるからさ。こいつを先に学ばなきゃね」
「せいやく……」
なにやらゼンも聞いた言葉だ。いったいどこで?――あ!あの時、言ったんだ。
つづく、名もなき森歩き。思い返すため名を授けるなら、"誓約の森"でふさわしい。道なき道を踏み外さぬよう、誰もが気を配っていた。
「まず、ただの"約束"だったらどうかな、守るも破るもその人次第……俺なら、果たせない約束はしたくないけど」
余裕を得始めたイトーが、ときおり捕捉する。
「守る人の約束には、自ずと重みを感じるものです」
"星の理"である。
「"誓約"は、約束の延長線上にあって、魔法の仲間と言っていい。結べば、目に見えない強い力を現す」
ときに、偉人が数字の三を吉とした訳は一説、均衡をつくるのに、最小かつ最適な数だから。あるいはまた一説、"誓約"が、三つの構成要素に基づくから。
「後押し、拘束、本心の表明ってな形だ」
順に具体を。
ひとつ、後押し。"誓約"として口にした内容を、人は「必ず成し遂げなければならない」と思って止まなくなる。
「強く、本当に強く感じる。体験しないと、わからない感覚だ」
ふたつ、拘束。"誓約"として交わした内容に、よほどの人は逆らえない。
「誓約破りほど、唾棄されることはこの星にない。覆せるのも、覆そうと思うのも、そもそもかなり稀だけれどね」
「試みた人の末路、と伝え聞く例は、眉唾ながらおそろしいものです」
とかく、正気を失い、苦しむという。延々と嘔吐する。喉をかきむしり死に絶える。頭蓋が砕け尽くすまで、地に首みずから打ちつける、など。
「破るくらいなら死んだ方がマシ!と思うのは事実だろうさ。心変わりは、ひどく戒められる。"返す手のひら、裏表をよくみて"。確かめる機会は、さいしょにあったはずだ」
みっつ、本心の表明。守り通せる、と本心から信じられない限り、そもそも結べない。成就した"誓約"が、深く信用される理由だ。
「誓約を交わすときは、思いを必ず言葉であらわす。一点の曇りもない、嘘偽りない本心を、口にする必要がある」
「文字をなぞって読むのとは、訳が違います」だいぶ森歩きに慣れたのだろうイトーは、例示にちょうど、こんな話をした。
魔術教本を開いたとしよう。呪文のひとつも覚えたい。諳んじるため、ひょっと、口ずさむ。さて、魔術は現れるだろうか?
現れない。
意志を、伴わせない限り、百回唱えども、無を生むだけだ。誓約も同じ。
「気持ちなんて、有るのか無いのかわからない。だから、人は懸ける。己の存在や、尊い名前、命に心、戦士なら武器……他にかけがえのない、大切を」
懸けたら、如何に判るというのか。
「目にするさ、交わすもしもの日が来れば」
では、過ぎし日にはどうだろう。
「人攫いに『誓え』って、ヴァンは言ってたよね。あれも"誓約"なの」
「ん!よく覚えてたね。"誓い"はな、誓約とはモノが違うんだ」
"誓い"と、"誓約"を呼ぶこともある。逆はない。
「思ってないことも単に、誓う、とは口にできるからだ」
しかも、意志の有無にかかわらず、効力を発揮する。
「魔法の例外も例外だね。本心の表明は抜け落ちて、後押しと拘束だけ働くのが"誓い"だ。どれだけ効くかは場合によりけり、"誓約"ほど強くない。使うも使わされるも、注意せにゃならん」
強要や、悪用も可能。
「それでも"星の理"は定めたのさ。誓約は、自分と、交わす何かの為にあるべき。誓いは、おくる対象の為にあるべき、って具合でな」
ゼンの脳裏では、とある記憶が叫んでいた。
『御許から二度と出ないと誓え!』
戦士団に打ち尽くされた晩だ。旅立ち適わなかった日だ。誓えないものを、誓うとは言えない。いくら痛い目を見ようが思った。本心に従った。たとえ石鎚が脚を砕こうとも、あれでよかったのだ。もしも、折れれば。
――今日ここに、いられなかったかも。
この先々も、思わぬ言葉を口にはできまい。
「仰々しかったかな?話を戻そう。思えば"冒険者の誓い"は軽いもんさ。当たり前な決め事を、わざわざ誓約させられるだけだから」
たとえば。
仕事に関して、虚偽の報告を行わない。
有事に際し、組合の仲間を見捨てない。
長期の滞在先において、無償の奉仕活動をこころがける。
ほか、各町村の組合規則を遵守するなど。
「ホントに些細ないろいろだ。言うまでもないような……そう、組合所内で立ち小便をするな、とかさ」
田舎の出や、あらっぽいタチだと、ところかまわずは実際、ままあり得る。
「俺の『ふつう』と照らし合わせりゃ、どうってこたない。方便も効く。長期滞在で云々の項なんて、『長期』の定義も無いんだから」
当たり前で、ふつうを、誓約する。それで"見届け人資格"は得られる。必携性から"冒険者資格"とも、あだ名される。
「便利だから、どうだい?ヴィーも資格をとらないか」
「断る」
即答。とてつもなく鋭い目が、ひととき振り向き、ぎろり。忌々し気だ。なんと腰の直剣に手を伸ばし――茂みから鞘を避けただけだった。
「如何に軽かろうと、誓約は誓約……いらん誓いは、交わさん」
唸り声である。
「こんな調子だよ!なーんて言いたくもなるけど、ヴィーが特別なんじゃないぜ」
"誓約"が、特別なのだ。
「どれほど好条件で、どれほど本気で思えたようでも、気軽に交わすものじゃない」
それが"誓約"。
「せめても易しくするために、時限を設けたりもする。むこう一年、三年とか……」
大きな数字は優遇される。ただし稀。
「何十年と先まで意志を貫けるか、常人にゃわからない。仕事の関係、組合相手じゃなおさらね。そもそも交わせないんだ」
「……間柄問わず、いくつと抱えるものでもない」
「《お前はひとつが大きすぎるよ》」
「…………」
大人はときどき、何を話すのか内緒にした。
「たしかに!交わした数を、指折り数えるなら多いくらいだ。慎重も期して足るを知らない。誓約同士でかち合って、首が回らなくなってみろ、目も当てられないったら」
「首?からだが動かなくなるの?」
ゼンが思うに、あれらも"魔法"だった。"見知らぬ森"に、旅出を阻まれた。黄金の女性に、背を引き留められた――話は、ちょっと異なった。
「比喩表現、というものですよ」
「裏表で全部じゃないのが、星の物事だ」
たとえ話の時間である。
「友としてふたり、名を借りよう。そうさな、ヴィックとハウプトでどうだ。俺は、それぞれと誓約を交わす。内容はこう。互いの命の危機には、身を挺してでも助けに入る!ってな。格好よさげだ。永遠の友情の表明ともとれる」
美しいのは、一聞だ。
「誓約だから、偽りなんてない。だからこそ、まずい。ふたつもあっちゃならない誓いだ。どうしてだと思う?」
「どうして?」
あくまで、たとえ話。
「なんとヴィックとハウプトは、俺の知らないところでとーっても仲が悪かったからだ!それも命を狙いあうほどの関係ときた!」
巡り悪くも。
「ふたりがある日、ばたりと出会う。向けあったのは銃口。居合わせた俺はいったい、どうすりゃいい?」
あるいはまた、ヴァンガードの手元にも銃。どちらか撃てば、どちらか助けられるか。難しい。"誓約"を、破らねばならない。
「首が回らなくなるんだ……」
「まさしく」
広い肩幅が、すくめられる。話の中のふたりが、ついに引き金を絞ってしまえば、同じ仕草では済ませられない。
「星が自分中心で回るんなら、良かったけどね」
「……何であれ、下手に交わすな」
唸り声である。"誓約"は、重たい口をもこじ開けさせた。
「己の命を賭し、全力の先で力尽き、そのまま朽ちて良しと思えるものだけを、誓いとしろ」
饒舌である、彼にしては。なにせ続きまであった。
「すべきと唱えるなら、生涯通して精々、一つか、二つ。心命をかけ、伴侶を守る誓約。そして、子を守る誓約だ……」
鋭い目は、前を見据えるだけだった。沈黙があった。静寂があった。繁みをこする音がのこり、"誓約"の話題の終わりを告げる。
「《まったく、言えた義理でもない……》」
ぼそり。何を付け足したのだろう。大人は誰も、訳さなかった。しばしまた静寂があった。
つづく森歩き。じゅうぶん歩いた、そのはずだ。何かと、そろそろ出会ってもいい。
――おかしな森……。
静けさにつかり、少年は思う。大の戦士らはこの森に、戦うつもりでやってきたはず。とくに町の剣士など、よく備えている。あらためて観察しよう、戦士らの装いを。今さらだろうか。いいや今こそ。
腰に一振り。胸元に小振り。上着の下に、鎖帷子の着込み。艶消し銀の手甲、脛当て、膝当て。重装と、ヴァンガードは評して、標準だ、とヴィクトルは唸った。
彼らのベルトのポーチの中身の具体を、イトーは出がけに大切に説いた。とりわけ。
止血帯。
と、もしも大人が叫んだら、どれを手に取るべきか見せたがった。
『万が一にも必要ないはずさ』
楽観的だ、と唸られたなら、心配し過ぎだ、と飄々と返す。ヴァンガードは、ヴィクトルとは違う。装いにも露わ。革の上着に防具なし。自身の金髪を撫でつける手袋で、せいぜいだ。
――ヴァンはあれだけを、絶対にはずさない。
ひとときたりともはずさない。食事時も、寝るときも。
――僕の頭をくしゃくしゃにするときも。
得物らしい得物すら、ヴァンガードは持ち歩かない。支度に、少年は訊ねたとも。それこそ。
『銃はいらないの?』
『今回のヤツには効き目が悪そうでね』ヴァンガードは答えた。するとイトーが。
『でしたら僕のも不要でしょうか』など挟む。
『イトーも持ってるの!』
『ええ、小ぶりなものですが』
驚きに、得物への関心が置き去りだった。よって今こそ、あらためて。ヴァンガードは丸腰だ。
――それでも。
戦うつもりでやってきたはず。
――ヴァンガードは、きっと……。
如何に強いのか、戦士の少年は勘付きつつある。
「魔物さん、いませんね……」
おかしな森だと、フランも気がついたかもしれない。森歩きも深まっていつしか、ゼンの手を握ったらもう離さない。ひとり逃がされるのが嫌だという。
――もうしない、って言ったのに。それにフランの方が、僕よりもずっと……。
比べることでしか導き出せない現実に、少年は近く苛まれる。この森の敵も、悪かった。
「……いや」
少女に応ずる、唸り声である。
「《間もなく奴らの中だ》」
「《どうだい、俺の見立ても大したもんだろ。》少年、予想はあたったかな?」
「ふん……」「え……」
おかしな森だ。なぜ、おかしい。生き物の気配が、いつしか不気味なほど絶えたからだ。小鳥のさえずりひとつとない。況や「魔物の群れ」など、後にも横にも先にもないはず。だが。
「《貴様の見立ては、確かに正しい。件の魔物は……》」
ヴィクトルが鞘に手をかける。茂みを跨ぐため――違う。剣柄を、引き抜いた。抜剣だ。
足元に、低木が蔓延らなくなった。枝葉をまばらに、堅い地面。ぐにゃり沈まない。腐葉土がない。おかしな森だ。ここだけ、新しい。
みしみしみし。木々の幹枝が唸る。葉が落ちる。風か。否だ。見間違いだと、大人は言わない。クヌギやブナやコナラだなどと、物知りが指さしたそれら、土から根っこを持ち上げて。
歩き出している。
「"木の精"だ」
唸り声が正体を告げる。ナワバリ侵し、脅威にかわった。踏み入ったここは、魔物の領域だ。
「ヴァン!?」
不意。少年はわからない。思わず叫んだ。抜剣には続いた。しかしわからない。
――どうやって倒すの!?
木を倒すのは木こりの仕業だ。ならば動く木の魔物を、冒険者はいかにして倒す。鋼の剣でも難しかろう。はたまた出番なのかもしれない。
――"とっておき"で……?
神秘がすぐにでも必要だ。『火床奔る深紅の煌策』なら、きっと焼き切れる。
――だけどっ……!
忘れもしない。今や日に一度、数秒で限界。お披露目に使い切っている。仮にあったとして。蠢く木々、もとい森を相手、大きな数えを覚えずとも、間に合わないなど明白で。
――僕が、フランを、守る?ちぐはぐだ。
抜剣に振り解いた手の主を見た。背に隠れ彼女、縮こまっている。怯えている。おかしな話だ。
――フランは、僕より強いのに……。
神子にその意志さえあらば、森など、ひとつでもふたつでも、朝飯前に焼き払える。
ヴァンガードは呼びかけに、強かな笑みで応じた。
「心配ない、こいつの剣域を離れなきゃね!《利き腕縛りでも守れるよな、ヴィー?》」
「《世話の焼ける……》」
前へ。ひとりゆく大男の背中は、どこまでも大きい。ずんずん進む。立ちはだかる。地をゆらし迫る、木々の群れの、前へ。
"刹那"。
考えずに誰がいられる。ゼンがまさしく。
――むちゃだ!でも……。
観察する。何を、いかに、守れるかの葛藤を抑え、戦いの自分を必死で動かした。それはそれ、これはこれ。何も見逃す訳にはいかないと、戦士の本能が刮目させる。極限の集中。すべてが、ゆっくり、とらえられる。
丸腰の戦士は。
両の手袋を剥ぎ捨てた。後ろ腰、ポーチのひとつに手をかける。取り出したのは、硝子の小瓶。親指大、白濁して中身は知れない。知れたとすれば――あの、手!
傷だらけ。傷痕に重ね傷痕刻み、もとの肌色を失っている。焼いて、打って、刺して、もう一巡して、同じ拳を手に入れるのに足りないだろう。
ヴァンガードは、小瓶の中身を口にふくむ。液体らしい。両の掌に、吹きかけた。かじってこじ開けた木栓が落ちてゆく。空になった小瓶が続き、地にうち砕かれた。
「っしゃあ!」
気迫の一声。握りしめられる、傷だらけの拳。構え。紛れもなくそれは、徒手格闘の構え。
ゼンの予感は、確信へ。ヴァンガードの得物は――拳なんだ、ほんとうに。ヴァンガードは、拳の戦士だ。
けれども、どうして、わざわざ、拳。剣の方が、ずっと強いに決まってる。まして相手は「木」、鋼の剣でも敵うか怪しい。
ゼンは、ついついヴィクトルを見やった。大の剣士ならばどうしてくれる。何もしてはくれない。ぶらり、抜き身の刃をたらし、構えもなにもない――信用してるんだ――寡黙なヴィクトルの剣は、ヴァンガードの拳に全て任せて良いと、かくも雄弁に語っている。
――拳は、剣よりずっと弱いはずなのに。
ちっぽけな少年の常識だった。
「見てろよォ!」
ドン!と、鳴った爆音が、人に鳴らされた爆音と、即座に解せるのは、残されたうち、ふたりにひとり。だれも吹き飛ばされずにすんだのは、ぶらり抜き身が守ったから。
ヴァンガードが消えている。弾丸もかくや。脅威の脚運びだった。大地を裂かんばかりに踏みしめ、跳んだ。地面すれすれを、ほとんど飛んだ。姿勢を全身、崩さぬままだった。結果だけ汲み取れば、如何に見える。立ち位置だけ瞬間、ずれたよう見える。理屈だけ汲み取れば、何ができる。地に着く瞬間、全力を繰り出せる。実践してみせた。
「一、二!」
吼えた。
轟音。生みだしたのは、振り抜かれた拳の打撃。
遅れて、折れた。生木が折れた。
穿つでもない。貫くでもない。幹を、拳は叩き割った。
「一、二!一、二!一、二、三!」
数えた数が、折れた木の数だ。ヴァンガードが消え、現われ、轟音が唸り、木屑がさんざ舞う。圧し折られ、倒れゆくは"木の精"。一本一本、並みの大人の胴回りよりか太い。みな一息で沈み、動かなくなる、何もできない。
ゼンは驚愕。通り越し、恐怖だ――あの拳で打つのが人なら、どんな風に死ぬ?
ぞおお。背筋に冷や汗が走る。腹の奥底がきゅぅっとしまる。柄を握った手が、かつてなく力んだ。目にしているのは、剣の一突きより、はるかに鋭い、拳の一突き。のみならず。
「ハッ!」
ヴァンガードの脚には、斬れ味がある。鋼の刃も比にならない。回し蹴りが、空振るのも同然、幹を薙いでいた。すぱり、とさらけ出る両断面。速さのあまり、"木の精"は己が断たれたのだと、しばし気がつけず枝や根でもがく。
「りゃあッ」
怪力を、ヴァンガードは存分に発揮する。押し蹴りで、根を張った"木の精"を吹き飛ばす。地面が一帯、めくれてしまう。ひょい、と小脇に抱えたのは適当な幹だ。ぶん回して、森を、なぎ倒す。
馬鹿げていた。
尋常な力、技、速さではない。ヴァンガードは、尋常な戦士ではない。ゼンはあらためて痛感した。昨日は、ちらと考えもした――村の外の戦士は、みんなヴァンガードくらい強いのかも――まさか。強くあって、たまるものか。"腕試し"で加減をされて、ようやく思えたのだ。とてつもなく大きな加減があって、ようやくだ。こみ上げてくる、無力感。比べ、比べて、なお戦慄する。たとえば。戦士長の豪腕。ダルタニエンの槍術。ジニーの精霊弓。フランの大火。記憶におぼろな、父親の剣。モノにするまでの理屈や、背景が、垣間見えてくれるなら、納得もできる。だからこそ。
ゼンは、わからなかった。
ヴァンガード・アーテルの肉体は、どんな理屈であれほどつよい?
そして打ちひしがれた。
――僕は、すこしも必要ない。
戦いはなく、蹂躙があった。加わって、何ができる。手近な脅威は、根こそぎ倒れた、比喩抜きだ。暴れ散らかす大きな背中は、遠くなってもまだ大きい。今から走って追いつくのに、どれほどの意味があるだろう。
――意味なんかない。そもそも、追いつけない……。
無駄だ。と、少年は、自分のちっぽけさを思った。木こりを真似て剣を薙いでみたところで、一本断つにも日が暮れてしまう。ついつい大の剣士を見つめた。傍にいる。ヴィクトルは、ヴァンガードに信用されている。剣を。強さを。
ぎろり。と、無言が返される。鋭い視線、どこまでも沈黙。けれど「問いたければ問うてみろ」と、語る視線かに、ゼンは感じた。数えきれない疑問の中から、かろうじて拾い上げる。
「どうして、あんなに、はやいの、するどいの――」イトーが通訳してくれる。ヴァンガードの猛烈さにも、平然としていた。日常なのだ。「――《あれは魔法なのかと、ゼン君は》」
「違う。"闘気"に依る」
「とうき……?」
「……戦士なれば多かれ少なかれ持つ力。その活用だ」
面倒そうではあるものの、きちんと答えをくれる。
「ふん……」
ヴィクトルは、鼻で笑うのだ。
「《無論、限度はある。ヤツのは、異常だ……》」
「ヴァンガードは、度を越えた闘気の持ち主だそうです。つまり、特別だと」
通訳も意訳。適切ではある。安心をすこし生む。
「そうなの……」
特別ならば、飲み込まざるを得ないときもある。
「真似ようとは思うな。求めるならまず、剣を執れ」
ゼンは、首がちぎれるほど頷いた。見透かされている。強さの話を、ヴィクトルはしている。
――知りたい。
ゼンはもっと知りたくなった。とくに、ヴィクトルが振るう剣は、特別なヴァンガードに敵うのか。ただ、利き腕をわるくしている相手で、見せて、と頼めるほど仲良くはなかった。踏み込めないでいると。
「……あれが見えるか」
唸り声である。どこか、いや何かを指さしている。いっそう遠巻きになったヴァンガードの背。まさに積み上げられてゆく倒木。ないしは。
「木の実……?」
「……そうか」
"木の精"たちも、反撃は試みていた。枝や根を、鞭のごとく振りつける。幹から倒れ込み、潰そうとする。そして、木の実を、高速で射出する。ゼンには見えていた。
――あたったら、きっと簡単に人は死ぬ。じゃなくても、"梟"みたいに、すごく苦しむ。
飛び交うドングリなど、まさに弾丸もかくや。大柄を掠めもしない訳は、どうと今さら。速きを追うのに、同じ速さでは追いつけない。物の理から明らかで、まして、ヴァンガードは跳ねる、翻る、舞う、そして打つ。撃ち手がもし姿を捉えられるとき、命は既に獲られている。ゼンは確信すら持った――ヴァンガードは、銃に囲まれても負けっこない……。
「《……見込み違いでも、あながちないな》」
ぼそり、その呟きは、通訳を介さなかった。むこうでヴァンガードが叫ぶからだ。
「うおっ、でっかいなぁ!」
本当にそれはでっかくて、みなして注意を奪われる。
「おや、ケヤキの木でしょうか」
「ふつうの"木の精"さんよりも、えと……十倍!幹が太いです!」
フランは乗数を覚えたてだ。太いケヤキは、のしりと森の最奥をかき分けて来る。動く木は、他に残っていなかった。ヴァンガードが消えた。
「一、二!っとぉ」
現れ、打つ拳。ケヤキは折れずに、ふたつとも耐えた、十倍の貫禄。枝をしならせ、打ち返す。地を叩きしだくだけだ。ヴァンガードは、疾うに消えている。現れる。
「だいぶ頑丈だね!この森の頭領とみた!」
退いていた。ケヤキと距離をとっている。いずれ打倒して妥当。されど大男が次に打つのは己のてのひら。仕草で語るはさしずめ――いいこと考えた!――腕を大きく振ってみせる。
「お嬢さーん!この距離なら届くかな!例の火柱は!」
「えっ……!」
「ここらでひとつ、練習してみよう!ふっ!」
ヴァンガードが飛び退く。ケヤキを往なすのに向き直ろうともしない。
「ど、どうしましょうっ!?」
フランがとっさに握るのはゼンの袖だ。ゼンは、言葉がつっかえでなかった。浮かぶどれもが「違う」と感じた。筆頭。
――好きにやればいいんじゃない?
であるとか。
卑屈なる語を、少年はまだ知らない。卑屈なる態度を自身、取るのが嫌なのだけ、性としてわかる。とりわけ、守るべき少女にたいしては。
――フランが強いのは、いいことだ……。
守手より神子がつよくたっていい。面白くない訳ではないはず、けっして。
――僕だって、もっと強くなればいい。追いつけば。だけど、だけど……。
特別はずるい。今日、見たものが悪かった。立て続けに悪かった。特別な神子が火をつけ、特別な男の拳が突き上げ、これから、さらに。
――毎日素振りして、動かない木を打って、たまに自分と練習して、それで、僕は、この星で、何になれるの。
心持ちも悪くなる。
少年の黙考は、一瞬の出来事だ。世話好きなイトーが、代わりに答えていた。
「やってみましょう、何事も経験です」
「そ、そうですねっ!がんばります!」
「いつでもいいぞ!思うように!」
「はいっ!」
神子の神秘に、唱えは要らない。瞑目、掲掌、ひとつ深呼吸――少年には、やけに短く感じた――赤茶の瞳がひかれる。赤熱の環は、ケヤキの頭領を巧くとらえている。
『焦熱燬然す螺旋の光鎚』
渦巻き、集約し、瞬き、立ち昇る。豪炎は煌々とそびえ、あとには灰塵も何も残さない。必焼範囲からもれた枝先が、ばらばらと落ちるのみだった。
少年と鋼の剣なら、断つのに一夏かかるやも化けケヤキ。神子は、一息で消し飛ばした。
「ほう、大したものだ……」
ヴィクトルすら炎を称える。恐ろし気な笑みではあるが――たとえ、恐ろし気でなかろうと、そうだよ、フランはすごいんだ。と、言ってやることが、ゼンはできない。
「上出来だった!素晴らしいぞ、お嬢さん!」
やがて、手袋をつけ直しながら戻るヴァンガード。フランが褒められるたび、ゼンはちっぽけさでみじめになる。
「どうだった?俺の活躍ぶりは!」
「すごかったです!」
「うん、すごいや……」
あたり、動ける木は根こそぎ絶えていた。
「《イイところを存分に見せたかったんですねぇ。それで僕まで同伴を》」
「《ふふ、そうともさ!イトーがいなくっちゃ、ヴィーと二人が話せない!》」
ときに、仕事の具体を思い出し、首を傾げる余裕があるならフランだ。
「でもっ、あの!お仕事の内容は、しらべもの、でしたよね……?」
魔物の群れの実態調査等、と銘打たれる依頼ではあった。つまり、"木の精"をみつけ、かぞえれば終い。
「いいのさ!等って、お尻についてるだろ?これが含まれてる。調査段階で、倒せるもんなら倒してもよし!な訳だ」
「森に木を数える方がよほどホネだ……」「ってな視点もある!」
此度の本来、討伐など、必要としない。おおよそ、期待もされていない。ふつう、できるなど想定もされない。
対魔物集団戦を鑑みたとき、事前の実態調査とは重要だ。然るべき情報が判明したのちにようやく、敵うだけ大きな徒党――大人数の討伐団を編成して、本討伐に出向ける。諸々、熟慮を重ねたうえでの話だ。常識の話だ。あろうことか、二人の子どもに、一人の通訳連れ、昼下がりの野掛け気分で、即興行うなど馬鹿げている。調査だろうと、討伐だろうと、正気を疑われて無理もない。それも、"見届け人"その当人が、やり遂げた、と主張するなら、人々は、悩みの種が解消されたと潔く理解するのだ。まさしく、今回のように。"誓約の森"で得られる教訓である。
少年少女は"誓約"をうまく学んだ。けれども、戦いのふつうは、まだ良く知らない。馬鹿げた大人のあり方が、常識として根付くからだ。せめて、ふつう、の教訓を、イトーあたりが後々、補足してくれると願おう。目下に得るべき具体はこうだ。
何事も段階を踏むべきである。
生死が関われば、なおさらのこと。どれだけ綿密な調査を成功させたところで、大討伐には、すくなからず、死人が出る。"木の精"の森を相手など、最たるものだ。累々横たわるのが倒木で幸い、人の躯でもおかしくはなかった。何故なのか、今に見る。
ヴァンガードは、全ての"木の精"を圧し折りはした。しかれども、人ですら、しばしの時、半身で生きながらえる。ならば、魔物なら。木なら。
死角から、予告なく、高速で、飛来する物体に対し、いかな反射を行えるかで、戦士の質は決まる。誰も死なずに済んだのは、大小五人の顔ぶれに、三人、並外れた戦士がいたからだ。
雑談も刹那。全て、同時の出来事である。
ヴィクトルが身をよじる、フランの首根っこをひっつかむ。
ヴァンガードが半身になる、イトーの頭を抑える。
ゼンが、首をわずかにかたむける。
「きゃっ!?」「おっと!」
ヴァンガードの踵落としが、生きながらえていた"木の精"を、叩き潰している。一行を襲ったのは、弾丸もかくや、複数の木の実であった。
「危ない!こんな初っ端のトコに!」
植物の生死に、人の五感は敏感ではない。魔物であれば、火をちらつかせ動ずるかで判じて精々。よって、誰にとっても不意だった、と断言できる。
「《だから忠告した。ガキには脅威だ、どうなっても知らんと》」
「《すまんすまん!いてくれて助かったよ。だけど!言った通りに平気だったろ?俺が一人、お前が一人で間に合うって!》」
「《貴様のそれを楽観と言うのだ……》」
「イトー!眼鏡、見つかりましたよ!」
「ああ!どうもすみません……!」
倒木たちの生死を、少年少女の"指先に灯火"であらためる。もういずれも確かに、動かなかった。
見分の合間に、誰もが見逃す聞き逃す。とてつもなく鋭い目が、ぎろり。小さな剣士の背中を捉えて、ふん……。
「《だが、まぁ――》」
ぼそり、呟くのだ。
「《悪くない》」
一行はじき、帰途につく。




