20.魔法
先史の時、七つのはじまりの火が大地を穿ち、先駆け人は原初に触れた。
やがて火が大火となり、星が飲まれ、人が絶えると、精霊が系譜を再現した。
意志継ぐ系譜は、門を開いたとみなされる。巡り得たのが、星に新たな理を創り出し、他者へと押し付ける術。
これを魔法と、あなたは理解する。
――クーネル・ドゥファス『「終末創世記」の考察』
王国暦四百年代初頭に、その奇才を発揮した詠唱作家クーネル・ドゥファスは、"呪文"と"詠唱"の概念を以て、不安定な"魔法"に、再現性をもたらした。最初の"魔法改革"である。
同時に。
魔術師すなわち「ジメジメとした日陰の書斎机で、埃っぽさと独り言にまみれ、訳のわからない怪しげなものを延々と認める偏屈人」といった心象を、人々の中に構築したのも、クーネル・ドゥファスである。
さらに。
"灯無き夜に、長ける稀人か、臍曲がり"、という掛け言遊びは、ドゥファスその人を詠んだと言って良い。
追い打つのなら。
魔術史ひも解くところに、ドゥファスあり。魔術師を家名で呼ぶ慣習は、ドゥファスが推奨し定着させた。"詠唱作家"という語は、ドゥファスの為に作られた。歴史に三大詠唱作家を数えたいなら無論、クーネル・ドゥファスを省く訳にはいかない。たとえその作風が「実戦で使わせる気がまるでない」と、古今不評されるものであったとしても、生みの親ゆえ避けられない――当たり前の更新者を、人は偉人と呼ぶ。
ドゥファスほど、界隈の俎上で踊る名もそうそう無いが、近年、注目度を益々増しているのもまた事実。特に関心を寄せられているのは、失伝も生途際の、威力抜群でしかし長大難解に過ぎる、代表作たる六属性大魔術について――ではなくて。
ドゥファスが、狂人として、この星に残した痕跡だ。
当時まだ狭かった世上を騒がせ、当代広くなった世界をまた、騒がせている。ドゥファスは、ドゥファスだけが、見抜いていた。
"星の理"の存在と、その大要を。
隣人が、ある日突然「読める!読めるぞ!この星の全てが!」など庭先で叫び出そうものなら、誰だって少なからず距離を取る。奇声の内容が多様性を高じ、日夜問わず続けば、転居も視野に入れるだろう。実際、ドゥファス邸の周辺一区画には、やたらと空き家が多かった。かつての基準からして都心の話、とは余談である。
さて、紛れもなく本題。"ドゥファスの羊皮紙"と呼称される文献群が、世界中に隠されている。書き留められた題材は、主に魔法、神話、伝承、人物、それから"星の理"について。
記した何某が何者かとは今更。如何に記されたかが問題だ。実は人の皮肌に人の血で――なら、怪談の掴みになりそうなもの。実は竜の皮手に龍の血で――だったとして、識者らはこの期に及んで気にも留めない。至って標準的な羊皮に、標準的な黒褐色インクで記述される、その内容が、内容である。
たった一人の愛弟子を除いて当時、奇人の奇行に意義など、信じる者はいなかった。
クーネル・ドゥファスは主張した。「今に無い本が読めるなら、読まねば損だ。余生はこれに費やそう」と。
言葉とはかくも難しい。無いものを有ると言って、しかも、それを読むに耽る日々、と素直に受け取れば、誰だって"春の小人の音色"が頭に過ぎる。
――小人種は、春分節に祭りをおこなう。親族、町村などの単位で、前年もっとも間抜けをやらかした身内を、「おろかもの」役として祭り上げ、笛や喇叭や太鼓を鳴らして取り囲み、厄を払う、歴とした民俗行事だ。おろかもの役は、新たにヘマをやらかすといけないから、一日中何もしてはならない。言いかえ、ひたすら食う寝るに徹す。祭事の中心ゆえ馳走ふるまわれる役得あって、好まれる。当代、倫理的配慮からアメイジアでは廃れつつあるこの祭り、象徴する音を口頭表現するなら「ぱっぱらぱー」――
ドゥファスは、おろかものらしく、半生通じて書き綴った。無い本にまつわる考察文を。晩年には、屋敷を埋め尽くし、庭先まではみ出さんばかりの記述量となったこれらは全て、一夜にして消える。当人が姿をくらませたのと同じ、第一次宗教戦争も開戦の晩だった。
あとに残されたものは、有形無形と多々あるが、あえて三つを――数字の三を、ドゥファスは吉とし好んだ――とりたてて挙げるなら。
ひとつ。唯一の弟子にして三大詠唱作家のひとり、トルメルポリ・ダンキュラス。魔術師家名呼びの原則に反して、愛称のメルポリで知られる。師とは似つかぬ常識人で、誰からも好かれ、有力な魔術師として頼りにされた。ドゥファス邸に来客あって、奇人の背中を言い伝えたとすれば、メルポリに会おうとした誰かだろう。いわゆる"メルポリの教本"といえば、王国魔術協会の指定教練書にして、聖典だ。
ふたつ。メルポリへ、覚え書きの形で与えられた課題。"星の理"が禁じる「死者蘇生」の実証、すなわち、"星の理"の反証。風に飛び交う"ドゥファス復活説"を除けたなら、だれも、メルポリすらも、適えていない。この星で、死人は生き返らない。
みっつ。物好きたちの好奇心。いつの時代も、彼らはいる。怖いものみたさで、深淵を覗き込む。偉人か狂人かドゥファスは、羊皮紙に何を書いたのか。あのメルポリが信じて止まず、けれど広めようとしない"星の理"とは、何なのか。知りたがる者は、知りたがる。
そして、みつかった。第一の羊皮紙。『「終末創世記」の考察』と、題されていた。
未知につつまれた王国暦以前、"先史"へ繋がる、真理の扉となっただろう。『終末創世記』なる書物が、どこかで実在するのなら。けれど、実在しないのだ。ゆえ、問題にならない。天才が物事を難しく考え過ぎた末路だ、妄想に溺れた産物だ。アメイジアでまとまった書籍出版がはじまるのは、ドゥファスが消えた第一次宗教戦争より後。"羊皮紙"で頻繁に取り立てられる神話学や民俗学が発達し、情報として集積されはじめるのは、さらに四百年後。無い本が、読めるはずなどない、況や考察など。たとえ、クーネル・ドゥファスだとして――と、人々は考えた。もちろん、この星に"魔法"が有る事実を、踏まえた上で。
世間の"ドゥファスの羊皮紙"への関心は、メルポリの没後に下火となる。探検家たちが追って続々見つけ出したとして、騒ぐのは迷信的な好事家だけだった。この星の幸運だ。すくなからず蒐集と保存を担う者がいた、という意味だから。
転機は来る。
"羊皮紙"の内容を、まるで知らない人物の著文が、"羊皮紙"の引く内容と、まるで合致した。著者に関する来歴を、ひかえめに綴ったものだ。真似ようがない真実にして、真似ようもない覇業にあたる。偽りが、どこかに隠されてはないか?――ない。人物の名を、ジム・ノンテラム。"先代勇者"と、当代肩書く男だ。広く明らかなように、"勇者"は、嘘を行わない。たとえ、星の英傑の座を、降りた後だとして、揺るがない。
"ドゥファスの羊皮紙"の一枚に、正当性が認められる。ドゥファスは「今に無い本」が読めると述べた。真意を察するに、五百余年を要した。そこには、我々の明日が含まれる。
とはいえ。ひとつの証拠で手のひらを返せるほど、界隈は――発達した今日の王国学術界は甘くない。"美しく唱えられた提起句も、締結句の正当性までを約束しない"。ドゥファスのそれなら、殊にも増してだ。発見済みの"羊皮紙"が集められる。検証に、検証が重ねられる。読み解くには疑心と期待感。難航を極める。立ちはだかるのは、ドゥファス独自の速記法に、量ゆえの乱筆、並べ立てられる造語の数々。要約、引用、感想、解釈、考察のどれを語るのか意図的に誤魔化された、原文を併読する前提の書き口。伴う最も厄介に、氾濫する"ドゥファスの偽書"の存在だ。"羊皮紙"そのものの真贋は、考古学的手法から比較的容易に判別できる。一方、"羊皮紙"に基づいて、それらしい書を捏造してしまう、という行為は、見破り難い。熱狂的なドゥファス信者や、名も無き虚栄心たちによって、"偽書"は数多に作られてきた。並べるなら今や、必要なのは書架でなく棟である。ちょうど王都立図書館の隣に、附設されたように。
ドゥファスと真剣に向き合うまでに、世界は時間を浪費し過ぎたのだ。されど、ふたつ、みっつ、と読み解かれるたび、明らかになる。認めざるを得ない。"羊皮紙"が突きつけるのは、どれも徹底した現実だ。
たとえばそれは、"春の小人祭り"で「おろかもの」の周りを練り歩く小人たちが、三歩進んでは二歩下がる、独特な足運びに込めた意味について。
あるいは、"神在りし土地"と"神無き土地"の相違を、「神は人身とともにあり、王は人心とともにある」と端的に表すに至った、論拠について。
はたまた、"幻夢の如き弧大陸"の特殊な気候は、迷宮に見る"アノマリー"と性質を同じくするのではないか、という指摘について。
究極には、経験した誰もが「有る」と知るにも関わらず、誰も起源と理屈を説明できない"星の理"の、具体について。
"星の理"は、ドゥファスが曰く"原初の魔法"、今日には「当たり前」の代名詞。「星と関われば自ずと知る、原理が説明不能な現象全般」を指して言う。第一人者は、今も昔もドゥファスである。"ドゥファスが先か、理が先か"と呟かれるように、近代の学者たちは"羊皮紙"を頼りにした実験を通し、新たな"星の理"を見つけるほどだから。
全容は、人の身に理解が及ばないだろう。とは、やはりドゥファスが残した。「白日の下にも影が尽きぬよう、どれほど照らせど、明らかにはならない。家寝も遠出も関わらず、知るべき時には知れるもの」と続く。それでも、と。欲張りな知りたがりたちが何を探し求めるかは、照らすまでもなく明らかだ。
"ドゥファスの羊皮紙"。言わば「この世の真理」を題材とした、巨大な組み絵遊びの、小片の、そのまた手がかりにあたる。生涯を探索や解読に終える者が、年追ってどれほど増えようとも、考察対象の原典――"ドゥファスの真書"と呼ばれる――が見つからない限り、正しさの証明に終わりは訪れず、真価を発揮してはくれない。『終末創生記』もまた、"真書"が見つからずにいる一冊だ。はたして何時現れてくれるのか、もしくは既に現れたのを見失ったのか。誰だって、ドゥファスが蘇ったら、訊きたく思う。
当代、記した一文字から、絶大な支持を受けつつあるその人、あだ名されるに、"予見の詠唱作家"である。"真書"が現れ、結びつくたびに、界隈の懐疑視は、神聖視へと変わってきた。如何なる魔法を以てしても「確定した遠い未来」は読めないはずで当たり前だから、なおさらだ。何故、読めないのか――適切な答えを我々は既に知っている。"星の理"、と。
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旅人と陽と風は、切っても切れない関係だ。
――クーネル・ドゥファス『分類仮名:第三の羊皮紙片』
王国暦千〇〇五年、"さなかの国"。昼下がりの快晴を、春風がゆく。波立つ草原に、"商隊"はいた。
「緑が生えるのも疎う険しい山肌に、魔法理で穿たれた洞窟の最奥……さいしょの羊皮紙がみつかった"死者分かつ峰"は、王国の当時最北端でした。東海岸の旧都心から遥々な遠征にくわえ、控えめにもやさしい道のりだったとは思えませんね。いくら優れた魔術師とはいえ、老いた只人の脚に、屋敷におさまらないほどの羊皮紙だって一緒のはずです。ともすればその後、どのような軌跡を辿ったのでしょう?アメイジアからずうっと離れた土地にまで、彼の痕跡は見つかります。きまって人気も遠のく過酷な場所に、まるで後追う我々を試すかのよう、かたや、別の在りかへ連なる手がかりを、わずかに残しつつ……どうです?興味深いでしょう、謎めいていて!」
「うん」「ああっと、大事をひとつ欠かすところでした!もしも羊皮紙の実物と巡り会えたら、うかつに中身を見ぬようご注意を!じかに記述を目にした人間は、ドゥファスに考察される、いえ、考察された文章を書けない、という"縁起の悪さ"が知られていますので!明日はともかく将来にむけて、後悔の種を蒔いてしまうといけません」
知りすぎた者の長話は、ときどき難解で、タイクツだ。けれども、彼らにとっての「当然」を説明するのに、できるだけ面白くを心がけた人物だっている、というのを忘れないであげて欲しい――当たり前の伝道者を、人は教師と呼ぶ。
教え手がいるのなら、教わり手もいるのが常だ。初回からだいぶ込み入る青空教室の参加者は。
「ええと、読んでしまった人は、書けなくなってしまって……?でも、みなさん探して読みたいし、ドゥファスさんに読まれた本を書きたくて、じつはにせもので……あ、あれ?」まわした目を、ぎゅうっと瞑ったフランと。
「ドゥファスはさかさまが好きなんだね、きっと。いろんなあべこべを、みんなに分けたかったんだ」わりきり得意に、想像ふくらますゼンである。
「魔法の設計とはえてして矛盾に弱いものですから、ドゥファスは読書にどんな術を用いたのかと、学者たちは躍起になって探っています。他者に真似ようもない魔眼など、異能の活用も考えられますが……真実は"ドゥファスのみぞ知る"、ですね。今のところは」教え手が何者かとは今更、イトーは、眼鏡を光らせた。
巡礼の少年少女が黒い馬車に乗り合わせ、さいしょのお昼休みである。馬は装具を解かれて草を食み、人は昼食を済ませていた。王国知識人にドゥファスを語らせるに至ったのは、馬車にかけられた"魔法"と、少年少女の津々たる興味興奮に他ならない。昂ぶりすなわち疑問に、解決もだいぶ導かれて今だ。これからの「当たり前」が一晩とすこしの間にたくさん増えたから、今日の本題へと移る前に、一部をおさらいしておこう。
"魔法の居間"と呼ぶ。少年少女も昨夜に眠った、馬車の荷台に広がる不思議空間だ。縦長に、一軒家のちょうど居間ほどある。子どもたちへの説明の要約は「戸締りしきった見えない家」だ。資格の無い者には立ち入れず、よほど凝らしても中の様子は知れない――本当に?気になるのなら、そのへんの通りすがりを捕まえて試せばわかる。黒い馬車の荷台を覗かせてみる。薄灰色の木張り――「昼番席」とか「見張り席」とか大人がよぶ場所――と、居座るガラクタを見るだけだ。奥には、貨物置き場を仕切る垂れ幕だ。あらかじめ"魔法の居間"に隠れておいて、大声で呼びかけてみる。くぐもった声を、耳利きであれば、あるいは聞くやも。音を頼りに貨物置き場まで中腰で進んでもらう。素通りだ。不思議な空間とは、出会えない。首を傾げている通りすがりには、お礼を伝えて帰ってもらおう。
はて、どんな仕組みだろう?――もし物知りが"結界"や"魔法陣"の概念までを詳しく説明しだしたなら、まだ高い陽も暮れてしまっていけない。当面、実用上に学ぶべきは、たとえば今朝のフランのように、気がつけば突然、"魔法の居間"の「入り口がなくなってしまいましたっ、中に入れません!?」など、不意に魔法へ干渉してしまった際、慌てない為の最低限だ。問題の原因を推測。解明。少女は、起きがけに前髪をととのえた。それは"魔法の居間"の出入り口付近で、おそらく、指先で「十字を切る」仕草をふくんだ。偶然の一致だ。入場有資格者なら誰でも行使できる、異空間の開閉動作に該当する。「昼番席から貨物置き場まで素通りしたかったら、十字を切りゃいい」馬車の持ち主は説明済み。逆も然り、と少女はすぐ思い出せて、事なきを得た。"魔法の居間"を開けば――にんまり笑ったゼンを見つける。「僕もやってみたい!」
当たり前の増やされ時である。「"魔法の居間"の開閉は個人の主観に紐づく仕様で、矛盾を抱えた場合には、内側の事情が優先されるそうです」小難しいだろうから、聞くより体験するのが早い。"薄灰色"は、"魔法の居間"内からの死角を持つ。貨物置き場側だ。好奇心の少年が、入り口を閉じて、前のめりに待ち構えてみた場所だ。何を。中から出てくる人を。「どう見えるんだろう?」見えなかった、戦士の目を以て。出てきたダルタニエンのお腹に弾き飛ばされたかに、尻もちをついた。「わぁ!?だいじょうぶぅ?」「怪我はないかい!?」魔法の守護者の血族ジニーを安堵させた無事は、少年の丈夫さに依る結果ではない。ゼンの前のめりは、境界線とすっかり重なっていて――これが、衝撃と尻もち如きで解消されたのは、当の空間魔法を拵えた何者かの親切心だ。もしも不親切な設計なら、とんでもない結果もあり得た。想像するだに恐ろしい、ぶつかった身体と身体が溶けて混ざりあう、といった実例のように。
魔法、その取り扱いにはご用心。商隊の馬車は、魔法の馬車であるから、乗り合わせるなら付き合わずにいられない。もっとも、取り扱い注意の際たるにして唯一がゼンの実践したもので、道行くうえでよっぽど安全なのが、あとのいくつかだ。そう、"魔法の居間"は、馬車にかけられた特別な魔法の、特別のひとつにすぎない。
商隊の馬車は。物の理に反して、とても軽い。速度を持つと、どんどん軽くなる。そして、さらなる"とっておき"を、まだ隠している。これまた「どうかな?見るまでのお楽しみってことで!」と笑まれて、少年少女は同意を示した。大人が焦らすのには、知り時、というのがしばしばあるらしいからだ。「もう一回びっくりできるんだ!」「ですね!」馬車の便利な魔法たちに、実は無くてはならない諸条件をおさらいするのも、きっとその折がふさわしい――知り時を、今かと待っている本題へ移ろう。
教え手の教えが一段落する頃、春風はそよぐのをやめた。穏やかな静けさに、この世で無類のあたたかさがある。青空教室と離れたところで、サルヴァトレスが大鍋を洗っている。魔法理に生み出された水流が、大地へ染み入るかおりがする。もっと遠くでは、休息に鼻を鳴らす馬達、面倒を見ているダルタニエン。ヴィクトルの姿がいつの間にやら見当たらない。近くの森まで、誰にも気がつかれぬまま出かけている。ハウプトマンは夜番に就いた後だから、馬車の二階――"魔法の居間"奥の梯子の先にある、夫妻の寝室――で仮眠をとっている。
「ふわぁ……」
薄灰色から、あくびの音だった。夜番を分担したジニーである。
「遅くなってごめんよ、もう終わっちゃった?」
「や、まったくこれからさ!来てくれて助かった」
授業参観に寝ころんでいたヴァンガードが、図体を起こす。見せびらかすのは、くわえていた歯磨き草だ。
「ほれ、こんなにしなびちまうほどでね、ながーい座学を聞かされて!」
「おや悪かったですねぇ。嬉々とした合間の補足はどなたのでしたか……」
「ははは、冗談だって」
わた雲が陽射しをつつむ。一団にうすい影が落ちる。顔を上げたサルヴァトレスが、ジニーに呼びかけた。
「《姉御ー、見張り席に昼飯!》」
「《姉御はやめなっ。でもご飯はありがとね》」
昼はトマト麺、遡って今朝はトマト粥、もひとつ遡って昨晩は牛肉入りトマトスープ。旅道中に触感が変わるだけ上等だし、余りものとは決して言わせないのが、商隊の腕利き料理番だ――うめぇだろ!あん?づくしに文句があンのけぃっ!――有無を言わせない、とも表現できる。
突き匙を巻くジニーを迎えたら、青空教室はあらたな形だ。
「さて、顔もそろって早速だけど……いけそうかな?お嬢さん」
「はいっ!」
何を隠そう、主役はフラン。いつかの守手がすべきと心得、心待ちにした機会がここに。紛れもない今日の本題は、神子の"神秘"のお披露目会だ。
「いきますね……!」
低い青草しげる中に、手頃な岩が転がっている。いささか歪ゆえ、大男が寝台代わりに諦めたそれ、的置き台としてなら、よく、機能する。並べられている。木片ひときれ、こぶし大の石ころふたつ、"サルヴァの城"の底から召喚した王国製の空き缶よっつ。
「それっ!」
目掛け、フランは撃っている。その神秘の名を。
『火床奔る深紅の煌策』
神子は唱えない、けれど現した。種蒔くさながら振った腕、ひらく掌中、出でし一筋。紅き閃光だ。火の粉を散らして、伸びる、伸び切る。スパァン!と空を唸らす。
「うう、がんばってみましたけど……届きませんね」
的場の岩まで遠すぎた。距離十メル。おおよそ、ニメルの特大男で十歩分に相当する。
「"煌策"はやっぱり、剣の間合いだね」
駆け出し振っても、なんら迎え撃たれ、必殺は逃す――これが、ゼンにとっての十メルだった。剣でも鞭でも、やはりか遠い。
「最大射程は三メル、ってとこかな?やぁ、かなり高等な攻勢魔術だよ、これは」
"煌策"の使い勝手は共有済みだ。生木を灼き切れもするし、熱さほどほどで物を掴めもする。火の神の子はこれを、魔法理に意のまま操れる。物の理に背く挙動まで、自在、という意味だ。
「"メルポリ"では見ませんねぇ。ヴァンガードでも不意をつかれますか」
「その速さはあるね!予備動作と強度次第では、剣士に致命もとれそうだ」
「フラン、繰り出す時に腕の振りはなくせるかい?」
「できますよ!ちょっと操りづらいですけれど」
前触れはない。ぶらり垂らされた神子の手から、スパァン!煌策が伸び出でた。
「わ、フランはふたつ同時に出せるんだ……!」
右を出したままの左からだから、現状、少女の両手に炎の鞭。妙な迫力がある。
「いやはや、無詠唱だからねこれが!ひとつから十分さ!」「ほんとだねぇ、ふたりそろって大したもんだよ」
大人が拍手をおくるのは、「有る」諸々の数よりも、「無い」肝心に対してだった――ここでまた、いくらかおさらいが必要だろう。ふつう、と、とくべつ、を線引く常識があってこそ、感心はもたらされるものだから。
少年少女へ教えるに際し、大人たちは言いふくめた。「いつか振り返ったとき、そんな話もしてたっけと、思い出せる位でちょうどいい」と。この星の理の、大要仔細やまさしくだ。
"物の理"は、断定的に全てを語れる。星より古く、人より古い。果実がひとりでに木から落ちるのは、物の理に基づいている。
"魔法理"は、「おそらく」なしで全てを語れない。先史より古く、人よりおそらく新しい。果実がひとりでに浮かび上がれば、おそらく魔法理に基づいている。あいまいさの中にも周知される注意事項を添えるなら。魔法理の水は、渇きを癒さない。魔法理の土は、草木を生かさない。代表例だ。魔法理に生じたなら、魔法理に消える。時に物の理へ爪痕を残しつつも、忽然と。
次いで。
"メルポリ"と世間が言ったら、一般、王国義務教育などで学ぶ"メルポリの教本"を指す。詠唱ないし呪文に基づき、魔法理を操る術が、記されている。
次いで。
"詠唱"――呪文をうたう行為を指す。
"呪文"――魔法理を生み出せる、特別な音や言葉の並びを指す。これを「唱える」と表すなら、必ずしも「うたう」を意味するとは限らない。
広義かつ日常語的に、「呪文を唱えるだけ」の行為はしばし「詠唱する」に一括される。
"無詠唱"と称されるのは、ひとかけらの「唱える」すらも必要とせずに、魔法理を現せることだ。とくべつであって、ありえなくはない。専門家が使えば、頭一つほど、はみ出るだけ。子どもが使えば?やはり、ありえなくはない。ただしモノによっては、専門家も手を拍つし、ときどき、舌を巻く。みなが等しくできるなら、名を残せなかった誰かがいるのだ。すなわち、詠唱作家。肩書く偉人がいる以上、有難いのが無詠唱。先進国の魔術師養成塾を見渡し、大小問わずに使い手を数えたら、ひとりで上等、ふたりで精々。才能の違い、と断ずるには性急で、しかし、魔術的もしくは経済的な良家が、後継に必死で教えを施しても、実ると保証されないのが現実。使いこなせるのなら、寝て過ごした"メルポリ"の授業で「優」をもらえるかとは別に、魔術協会から推薦状なら届くかもしれない。示されるのは、働き先だ。「無い」肝心の有る優越に、くいっぱぐれるなど、稀である。
それから。
"強度"――単なる威力、すなわち破壊力とは概念を異にし、無詠唱で担保するのが非常に難しい、とされる。少々込み入る詳細は、明日へ託された知り時に委ねよう。
いまに、肩を落とした少年がいる。
「うーん、御許ではたくさんできたのに……」
自らも"煌策"を出して、限界の展開時間、七秒を確かめ、引っ込めた後だった。フランの、ずっと消えない両手鞭を真似るどころか。
「今日はもう、ダメみたい」
"腕試し"の折「二度と使えないかもしれない」と覚悟したのが、そもそもだ。喜ばしくは、日が巡ったならまた「使える」と感じて、実際に繰り出せたこと。悲しくは、口にした通り。何故なのか。お披露目会の副題である。
「どう見ますか?おふたりは」
「順当にいきゃ魔力の枯渇か、行使数限界か……でも、昨日の一昨日で変わるモンか?おかしいよな」
「そうさ、規定力を言うんだろう?なくなっちゃえば、そりゃヘトヘトになるったら」
イトー、ヴァンガード、ジニーの順で、後に行くほど魔法理に詳しい。屈んだのは、最有識者。
「ゼン?鞭が使えなくなって、身体の調子は変わったりしない?重たくなったり、眠たくなったり……」
「ぜんぜん。元気だよ」
物知りたちが顔を見合わせる。
「《冷却期間にしちゃ一日は重たいよな。お嬢さんの"治癒"くらいならわかるけど》」
「《それだって、あるなら最初から設けとくもんさ、半端に変えちゃ強度が落ちるよ》」
「《何度でも使えたと仰っています、魔木の太い枝を落とすのに重宝したと》」
「《ああ、虚像を取り違えてた訳じゃなかろうね。どうだろう、土地の影響なんかは》」
「《神の加護を言うのかい?人の子を支える恩恵があったとして……なくなって縛られるんなら、むしろ呪いじゃないのさ》」
身振り手振りをまじえて白熱、通訳がしばしの不在。伝えられる結論は。
「ごめんよ、俺達にゃちょっとわかりそうにない」
「ううん、ありがとう。たくさん考えてくれて」
大人でわからないなら、仕方がない。とっておきが、一日一度のとっておきになった事実を、ゼンは受け止めなければならない。
「お父さんがくれた神秘なんだ。これからは、大事に使わなきゃ……」
名も知らぬまま、二の剣として授けられたのが、"煌策"だった。断つことができる。受けることができる。なによりいざ、剣士の勝機を――剣を――手繰り寄せられる、無二の神秘。他にふたつの無詠唱、"指先に灯し火"と"掌熱"が有るとして、とても代わりは務まらない。
剣士で守手の少年が案ずるのは、長旅の危険をいかに退けられるかだ。大国の教室で推薦状を得て、職へありつき、楽をいかに過ごすかではない。ゆえ、出来たかつてと、出来ないこれからを思って、悔しさもこみ上げる。俯き加減は、やるせなさ。
「だ、大丈夫ですよっ、ゼンは!体がとっても強いし、剣術だってすごいんですからっ!」
励ますフランは、火の神子だ。大人が曰く、神子は、無尽蔵の魔力を有する。数えも覚えも必要無いほどたくさん、と意味まで知れば、さすがのゼンだって、ちょっとうらやましい。
「フランの得意の方がずっと多いよ。無詠唱がまだ四つ、あるんだもんね」
「まかせてください、火の神秘なら!」
お披露目順は相談済みだ。まず、攻勢魔術の分類に外れそうで、使い道の助言が必要な、次のふたつ。
『赫灼する幻日の火球』
眩い、直視し難いほどに。体は名のままに"火球"。光の円環をまとった。少女の手中に生まれたら、白昼すらを白ませて、綿毛のごとくふわりふわりと舞い降りる。地面に触れると、ぽしょりときえた。
「ははぁ、名前で"火弾"を想像したけど、確かに補助向きらしい。どうだいイトー」
「そうですね……よぎった道具の名があります。フランさん、この術はひょっと――」
大人が何を言うのか、活躍のときに明らかになるだろう。続いて。
『赤気揺蕩う焔の明幕』
ゆらり、地より立ち昇る炎だ。高く、薄く、遠く及ぶ。使い手の振りあげる腕に従って、的場の岩をかすめて止まって、燃え止まない。へだつむこうはすこしも見通せない。
「な、みんな同じを思ったろ?」
「ですねぇ。これなら、僕にもなんとか……」
「基礎的な"火壁"の要領さね」
「それじゃ……誰がやってみる?」
成果だけを見れば、さらに三つの"明幕"が、いなや"火壁"が、草原を焼いた。イトー、ヴァンガード、ジニーの、それぞれが行使した。外見に大差はない。"明幕"も、"火壁"のどれも、持続や距離や高さに違いこそあって似通っている。フランへ伝授される用途、「矢避け」「足止め」「分断」「包囲」にも、奇抜さはない。大人が三者三様に現す過程こそ面白く、常識を物語ってくれる。
「僕が魔術師など騙ったら、王国では罰金ものです」
「そうなの」
詠唱を、イトーは必要とした。時間がかかった。三度やり直して、三度目の結果が"火壁"だ。一番最後に現れて、一番最初にかき消えた。
「たとえ話をしましょう、ゼン君。剣を三度に一度しか振れない剣士は、戦いを生き残れるでしょうか」
「……すごく、むずかしいと思う」
「では、いささか上達したとします。毎回、振れるようにはなって……しかし、柄を握って振るうだけを、剣術と呼んでよいものでしょうか。剣士を名乗るべきでしょうか」
「その人は、戦士かもしれない。でも剣士じゃないね」答えは神子守の儀にも見た。
「でしょう。同じ道具をただ使えたとして、職業人には到底なれません。魔術も然りですね。いくつとしれない、隔たりが有るものです」
もっとも、教室を離れ五年、十年と経ったなら、節を忘れて何も現わせなくなるのが教養人の常。手こずりつつも実践適ったイトーは、"メルポリ"の授業を寝て過ごさなかった、かつての優等生であった。
するとこちらの男は、どんなかつてを送ったのだろう。
「ヴァンの呪文は、とっても短かったですね!」
「誤魔化し利かせた即興詠唱さ。見栄えはらしくっても、強度はガタガタなんだ。ぜったい、真似ちゃダメだからね」
決め事がある。大人が口走るどの詠唱からも、魔術を学ぼうと試みないことだ。狭量ではなく、思いやりゆえと、今は信じたら良いし、少年少女は従っている。
「一番はやかったのも、一回で成功させたからだよね。何でもできるんだ、ヴァンガードは。銃も剣も、魔術まで」
「手広くやってるのは……ま、趣味の内かな。普段の戦いじゃあ魔術なんて、まずまず使わないから」
戦士にとっての極小単位、"刹那"を知覚できるなら、有詠唱魔術の遅さは判然としている。
「数える位の暗唱を、やり手の戦士なら隠しとくもんだけど、よっぽど話、"対抗"か"抵抗"食らってお終いだ。そんなら、うたう暇に走って殴った方が、圧倒的に速いだろう?もしも一方的に撃たれる側なら、全部捌ききってやるまでさ」
強者にだけ許される理屈を、ヴァンガードがこねるので。
「面白くないねぇ、ホントのこととはいえ」
と、ジニー。長耳流の詠唱から披露した"火壁"は、発動までの早さで二番、保たれた時間は一番だ。なんなら、今、消えた。
「やや、貶してると思われたら誤解さ!今日の主役は魔術師なんだから」
「そうかい?なら、もっとおだててくれなくちゃね?フランが聞いてるよ」
「う。ええっと、そうだな……こりゃ、すごいぞ!な、イトー!」
「おや、そうですねぇ……」眼鏡をひとつ押し上げる間が、イトーにとっての"刹那"なのだろう。「素人目線になりますが。適材適所、という言葉があります。どうしても、と思うなら、比する枠組みを誤ってはなりませんね。どうです。ジニーの大きな火魔術を、僕ははじめて見ました。本来の得意から、だいぶ離れているのでは」「ま、そうさね。慌てる実戦で使う勇気はないよ」「それで先のですから、称賛ものと言わざるを得ません。そして、フランさん。職業人の多くが、"速攻"や"即興"などで工夫を凝らしているのが当代です。この神秘の出来栄えは、まったく、かけがえのないものとお見受けします」
「おお!そうともだ、お嬢さんなら火魔術師を肩書いてばっちし通るね!なんせこいつが"無詠唱"なんだから」
"火壁"を、一番長く保たせたのは、たしかにジニー。けれど"明幕"なら、下りたのは、今だ。
「たくさん練習、しましたから!」
褒められ、やった!と、胸にこぶしをつくったフラン。ただの少女ではない。
「えらいもんだねぇ、聞いちゃ昔も悔やまれるもんさ。大人たちの『やった方がいい』なんて、うっとうしく思うばっかりで……」
「遅いも早いも、魔術の鍛錬にゃないぜ。ジニーはもうばーさんかもしれないけど、――」「ばーさん!?あたしゃまだ二桁だよ、《無神経なおバカっ》!」
大男の尻に、鋭い蹴りが入れられた。しかし硬い尻だったらしい。蹴った側だけがひどく痛そうだ。
横目のイトーに、(くれぐれも慎んでくださいね、女性の年を茶化すのは)など耳打ちされて――イトーの方がヴァンガードより物知りだ、と思ったのがゼンである。
ときに、的場の岩が暇をしている。それと、主役も。
「あのっ、まだ二つあって!」
自信ありげに、炎の髪色を煌めかす。目立つ徴は、隠す必要がない。まるで人気の無い草原を、お披露目には選んだ。
「あとは矢と、大きな火、だよね?」
「はい!」
ゼンは"一条"で聞きかじった、だけだ。"現せば真だと人は執る"。フランと肩を並べて"戦う"のなら、攻勢魔術は知るに欠かせない。
「ねぇってば!ヴァン、ジニー!」
「おっと!ああ」「ごめんよ!ちゃあんと見てるから」
大人の注目を用意できたなら。
「いきますね……ふっ!」
剣士もかくや、鋭い息遣いの少女。素早く、指先で撫でる空。現した、それは、飛翔した。
『闇照らし穿つ緋矢』
「あっ」「おっ!」
つい、戦士らの声もあがる。実物の矢にも勝るか速さであった。ただし「おおきな縫い針」のよう――使い手もそう表したはずだ――矢羽根も、矢じりも、持たず。外見も、軌跡も、真っすぐ。カァン!と、穿って鳴らす。串刺しの空き缶が宙返る。
「続けてっ!」
十メルと、的場の岩まではかった。"緋矢"必中の距離はこれと、射手が見定めた結果が、数字だ。偽りなく。
命中、命中、命中、命中、命中、命中、命中。
並べた数より一つ多いのは、浮いた的まで貫いたから。空き缶を全部、的場の岩から退場させている。木ぎれの芯を、焼き払った。石ころには、今も突き立っている。緋く輝く一筋を基調に、ときどき火の気を揺らす、これが"緋矢"だ。
「ふーっ、よかった!外しませんでしたっ」
どれも小さな的だった、と注釈するまでない。
「すごいっ!これなら飛ぶ鳥だって落とせるよ!?」
「えっ!鳥さんは、ちょっとかわいそうですけど、えへへ……」
困り笑いに、つんつんと合わせられるのは、"緋矢"を生み出したのと同じ指先であった。
もしもの話をしよう。火の神の目を借りて"御許"の祠へ降りられたなら。神子の努力の痕跡は見つけられる。穿たれ、再生を繰り返した結果、考えられないほど幹を太くしたコニの木々だ。
心優しい少女は御許にて魔木以外を狙ったことがない。なら旅先では。できるかどうか、心情はさておき、能力的な、可不可だけ思えば。
さらにもしもの話をしよう。危険な相手のたいがいは、空き缶よりもずっと大きい。容易いだろう、"緋矢"で串刺しにするくらい。のろければ、針山をこさえるくらい。
誰しも悩みと戦っている。捨て置いた心情を拾い直せば――やさしさを捨てられなければ、フランも戦うことになる。ただ、今日がはじまりではない、良くも悪くもだ。種類はさまざまでも、笑顔しかここにはない。
「こりゃジニーも真っ青だ!ええ、どうだい同業者?」
「およしよ、同業なんて危ういもんさ!私じゃこんなに早く番えられないんだから」
弓と矢はジニーの得意でもあるそう。ここに弓が無くて残念だ、お披露目の機会はまた今度、と少年少女はひとまず思った。
「早撃ちどころか、強度も高そうだ。モロにくらったら、かなり効くと見たね」
「試してみないかい?《そのカチカチのお尻に穴が増えるかどうかでさ!》」
「《なんだ!長生き褒めたのがずいぶん気に障ったね!》」
王国公用語こそ馬車の日常語であった。少年少女の今後の為に、適時通訳を誰かしら心がけようと、商隊は取り決めている。
滞る時もある。たとえば訳者が、まっさらな子どもらに、何をどこまで、いかに伝えるかを迷った時だ。
せっかく覚えるなら正統な公用語が良い。大人たちだって考える。誰が手本になれるだろう。共和国訛りのサルヴァトレス?公国南部訛りのヴィクトル?いやいや。生粋の王国も都心育ちにして教養人、イトーを差しおいてはほかにない。教育の推進者にして責任者になるのは、自然な流れで、日常にこそ、苦労は尽きない。
厄介な物言いをジニーでもする。ヴァンガードだって負けていない。下品、皮肉、悪口、冗談。文脈の有無で、どれほどだって悪くなる。親しくも転ぶ。
言葉。扱うのは、剣や魔法ほど難しい。それでいて、一生の道を歩む旅人にとって、陽と風ほど切っても切れない。取り扱い注意をどこまで掲げるか、どこから必要なくなるか、教え手はしばし慎重を要した――幸いに、旅はじまりたての草原には、だいぶ時間のよゆうがあった。
配慮の通訳が終わっている。
最後の神秘が、残っていた。
「とても熱くて危ないので、私より前には、絶対、出ないでください」
強い意志をたたえた瞳を、ふだん気弱げな少女が示すのだ。みな固唾を飲んで、一歩下がった。
「無詠唱には変わりません。ただ集中がすこし、必要です……」
フラン瞑目の"刹那"に、ゼンは、とある当たり前を、どうしても思い出す必要があった。
"魔法"と"魔術"、そして"神秘"の違いだ。
魔法がおこす不思議は、不思議にならなかった。神秘を知るからだ。けれど、魔法と魔術、大人が使い分けるのは不思議だった。訊けば。ドゥファスが定めたあいまいな一線をもとに、今日の誰もがあいまいに区別するという。
"魔術"は、結果を、物の理によって再現できる。
"魔法"は、結果を、魔法理によってしか、再現できない。
あいまいだ。魔法理があいまいなせいだ。よって。
学者は、"魔法"と呼んだら、"魔術"を含めることにしている。魔法理に基づかなければ、どちらも現せないからだ。
人々は、特に戦う者たちは、学者とちがって区別を重んじない。ひっくるめて"魔術"と呼びがちだ。どのみち、日常から戦まで現せるほとんどが、"魔術"に限られる。
広まる後者の慣習が、常識を作った。魔法理を扱える職業人は、"魔術師"と呼ばれる。"魔法使い"とは、ふつう呼ばれない。存在する、とくべつはさておき。
"神秘"とはなんだろう。魔法のうち?魔術のうち?さなかの言葉と公用語、言語の違いで、解決だろうか。大人たちにも、わからなかった。わからないと、大人は考える。持ち出されたのが、ドゥファスと、起源の話であった。
魔法の起源は、すくない手がかりから、"七つの火"と目されている。では、神秘の起源は何なのか、おそらくそこに、「神秘とは何か」の答えがある。結論はでなかった。わからない、が多すぎると、大人でも答えを導けないのだ。
とりあえず、が用意された。神秘は。学者が呼ぶなら魔法だろう。戦士が呼ぶなら魔術だろう。
それと。
物知りのうちひとりが人知れず呟いたのを、ゼンは聞き逃さなかった。とくに思い出す必要があったのが、これだ。
神秘とは――神の力の再現かもしれない。
火の神子フランが、両の手をひらいている。前へ、的場の岩めがけ、かざしている。ひとつ、大きく深呼吸。この時間、はたして長いか、短いか。
大きいね、とジニーがささやいた。ああ、とヴァンガードが首肯した。
五感を研ぎ澄ますまでもない。得体の知れない力の集約を、ゼンは感じて――これが、魔力……?――"刹那"を持続する。世界を知り尽くそうと、無意識が、必死になる。草原の音、馬の吐息、喉を鳴らすじぶん。焦げた草と木片のにおい、食べ終えられたトマト麺の残り香、ジニーの香水。
風がつむじに、的場の岩へ集まっている、ように見える。不自然にそよぐ草模様。魔法理だ。風無き風に、みずからも吸い寄せられるような気がして。
震えた。肌が。大地が。
『焦熱燬然す螺旋の光鎚』
炎とは、かくも確固と有れるものか。力だ、それは。力の奔流だ。大きな火、では生易しすぎる。
巨大な火柱が、雲も貫かんばかり、聳え立っている。たとえ刹那であったとて、地に瞬く、半径五メルの赤い光環を見たなら、それが退避に最後の猶予だった。的場の岩が、中心だった。
神秘は、渦巻き、高ぶり、現れたなら、十秒をこえて、まだ大地を焼く。火とも光ともあいまいに、ごごごごご、と、一帯を唸らせる。
光から、差し引き五メルの距離に、見物人らはいる。熱波に襲われないのが不思議な距離だ。神秘であるなら、不思議もまた然り。近すぎないか、みな疑問を抱くかの頃合いに、ふっと"光鎚"はたち消えた。
「長く使えば自らを焦がす、と教わっています」
顔に火照りを感じるのは、熱さを抑える限界が近かった、という意味なのだろう。振り向き、フランは笑んでいる。この星で稀に見るほど可憐な、少女であった。
しばらく誰も物を言えない時間があった。めいめい顎を掻いたり、ずれた眼鏡を戻したり、ぽかん、と口を開け呆けたりした。
「ど、どうでしょうか?けっこう自信が、あったのですけれど……」
自信なさげに、彼女の胸にあてられるのは、"光槌"を生み出したのと同じ手のひらである。
ゼンは、された圧倒を押しのけて、一番最初に伝えなければならなかった。
「フラン……僕、フランを聖国まで助けるって言ったけど、違うよ」
「ええっ、どうしてですかっ……!」
フランが慌てるのに、神秘の自信は関係ない。守手の少年がいなければ、"さなかの町"すら辿り着けなかったと、心の底から信じている。
ゼンが愕然とするのは、"守手"の意味を、もっと考え直さねばならないからだ。
「僕が、フランに、助けてもらわなくちゃ……いらないとおもう、守手なんて」
「そ、そんなことありません!だって!私は、これで全部なんですっ」
少女の全部は、全部を焼いた。
焦土がある。あとはなにもない。草がない。的がない。的場の岩がない。灰も吹かない。"光槌"は、なにもかもを消し飛ばした。
もしも予兆を見過ごして、赤い円環から逃げ遅れたのが、岩ではなく、生物ならば、人ならば。光につぶされ、悲鳴の欠片も残せたろうか。
「や、お嬢さん、これは……これはね。自信を、持たなくちゃだめだ。ああ、間違いない。本気の剣をヴィクトルが抜くとか、そんな領域の業だぜ、今のは」
程度の理解を試みるなら、開けたばかりの世界と比するより、数をはかるのが役に立つ。ヴァンガードは確かめた。
「なぁ、事前の溜めはさ、どれくらい短くできそうかな?」
「おおきさにもよって……でも、一呼吸は、必ず欲しいです」
「ほんの一息か、驚きだね。どこまで届くかは、わかるかい。撃ち込める、一番遠くの距離だ」
「えっ!そう言えば、めいっぱいを試したことがありません……うーん」
術者の体感する「なんとなく」は、多くの場合で実際である。フランは瞑目、掲掌、深呼吸。首を傾げる。振り返る。
「あの、あたり?でしょうか?」
と、指さしてみせる、遠くのどこか。わからない。目印の岩が消し飛ばされて、草ばかりが草原。半キロル――五百メル――先の森を言うのか、流石にまさか。まさか?
「いえ!森よりは、だいぶ手前です!」つまり、草っぱらのどこかには相違なく。
「出番だね、あんたが行ってきな!」
ジニーがヴァンガードを送り出すのは、茶化された年の仕返しか微妙な線だ。目印に、これほどないのが大男でもある。"光槌"を出せる手のひらを背負って、歩くのだ。
「頼むぜ、撃っちゃわないように!」「大丈夫ですよ!」
「ばぁさんにそそのかされてもだぞー!」「ちょっと!」
筋骨隆々頑丈そうでも、あの光で焼かれたい物好きなどいまい。わりには、軽口叩いて、ずんずん行った。
「もうちょっと奥でーす!」
「ここかー!」
「もっとー!」
「何!」
「もう少し!」
「どうだ!」
「まだいけまーす!」
「今度こそどうだー!」
「そのあたりでいっぱいですー!」
「ヴァンガードー!戻る時には、歩数を忘れずにー!」
これが結構な距離である。風が吹けば、張った声も逃すほど。ただ、戦士の目とは良いもので、ジニーがフランへ耳打ちするそぶりは、ヴァンガードにも明らかだった。「いーっ!悪かったって!俺が悪かった!」と足早に戻る。二度目の柱が立たないでいたのは、ひとえに少女の慈悲といえよう。
「歩幅と歩数をかけたなら……」
乗数に触れる少年少女。出た数字、おおよそ。
「五十メル!これはもう"二つ名"級だ!お嬢さん、二つ名を名乗って良い!」
"光槌"の中心を置けるのが五十メル。飛び道具、たとえ銃弾、弓矢と考えてみて、名手も必中を逃す距離だ。これを、範囲で焼けてしまう。一息の予備動作は、戦士の"刹那"に勝れない。けれど、一息で、五十メル迫れる戦士なら、どれほどいるか。適材適所を聞いただろう。フランの大きな火は、魔法の他に、比せる枠組みを持たず、その中でも上位が明確だ。
「とにかくすごいぞ!」
大男は褒めた。褒めまくった。いかに素晴らしいかを講釈して興奮――これがたぶん、"光槌"よりもやかましかった。おびき寄せたのかもしれない。異変をまっさきに捉えたのは、ゼンだった。
「……?何かいるっ、足元!」「何?」「《フラン、こっちにおいでっ》」
あたりひらけている。敵影あれば戦士が見逃さない。されど地中を行かれれば、なにもかも遅れる。蠢きは複数、馬が駆けるほど速く、青空教室を無視したばかり、過ぎるあちらには。
「エマがっ」「ジニー!」「《わかってるよっ》」
馬車馬たちが休んでいた。遠い。五十メル、もっとか。
ゼンは、疾うに駆け出している――魔物だ、きっと!――彼らは森に住まい、ときどき地中に潜んでいる。腹を空かせば、飛び出し襲いかかって来る。敵だ。危険だ。しかも、数を誇る。エマたち四頭を、守れるのは馬番ダルタニエンひとり。
期待をしないのが、ゼンの癖だ。御許でエマを守れたのは、自分だけだった。フランの"光槌"も"緋矢"も、己より速いだろうヴァンガードも、全部忘れて、いかに一歩を縮めるか、必死でいる。そのうえで――間に合わないっ!
土の、もこもこと盛りかえるのが見えた。みっつのすじ、従って三体。じきに、ぼこぉ、ぼこぉ、と飛び出でる。
"土蜘蛛"だ。体長一メル。茶黒のしましま、しげる剛毛で音をつかまえる。
足元からおどかされるのを、馬たちはとても嫌った。嘶き、前脚をめいめい振り上げている。混乱だ。脅威が馬を好んでぺろりと食べてしまう事実を、知らないままでもだ。
「ダルッ!」
頼るとするなら、見える友達のみ。ゼンは願う、という行いを滅多にしない。それが今で――安心したら良い。
ダルタニエンは"商隊"に、用心棒として雇われた。いま肩書くのが馬番だとして、技を失うはずもない。つまり今日とて、生粋の"槍手"といえた。
巨きな足が、器用に掬い上げている。槍。草むらに寝ていたそれは、吸い付くよう諸手におさまった。
踏み込み、滑らかだ。猪耳の上で、弧を描く刃。振り下ろされている。一匹目が叩き潰されている。
刃が返る、薙ぎ払いだ。馬達には当たらない。意志疎通して、避けさせてある。二匹目が頭を裂かれた。
三匹目。少し遠い。槍の間合いと、巨体の踏み込みで、足らないだろう。まさに勇猛な青鹿毛ヒィロが、群れを守ろうと対峙している。
土蜘蛛が飛んだ。飛びつけなかった。槍に、貫かれている。撃ち落としたのは投擲だ。ふくよかさも何が何が、ダルタニエンは戦士の俊敏さで、全てを始末して。
すんすん。
鼻を鳴らした。見た目にえっちらおっちら、ほうった槍へと走り出す。
「まだいるのっ!?」
現れた、土蜘蛛だった。新たに三匹。飛び出す直前まで気配がなかった。魔物には知恵がある。種の存続のため、囮だって用いる。取り囲まれるのは、栗毛のシズカ、孤立していた。もはや誰の手も届かないか、地中に引きずり込まれたら、もっと届かなくなる。あわや、その時。
――あっ!?
ゼンは見た。矢が、頭上を翔けている。はじめて見る矢だ、不思議をたたえた矢だ。"緋矢"ではなかった、色から違った。
雲の色をしている。虹のきらめきをふくんで、霞みをゆらす美しき白矢。矢羽根があって、矢じりがない。
描く軌道は、魔法理だった。華麗に飛ぶさま、鳥より自在だ。落ちて、上がる。上がったら、落ちる。右へ左へと曲がりくねる。縦横無尽ですなわち、遮るものなど、ないも同然。
これが、何本と降り注ぐ。シズカの馬体をことごとく避けて、土蜘蛛たちに刺さる、刺さる、刺さる。引き起こすのが。
小爆発だ。
爆散と、少年はまだ表現を知らない。土蜘蛛たちの末路であった。誰の仕業か。フランに番える早さで敵わないと、褒めた彼女が早撃ちだ。
「ジニー……!」
長耳種は、弓の名手と決まっている。取り出している、いつ、どこからか――たずさえる白影の弓は、放たれた矢とよく似た色味であった。現わしたのだ、魔法理に。
土蜘蛛は、六匹からあと続かなかった。
このあたり、"魔獣"と"魔物"の呼び分けを学ぶ機会だろう。
先史生物に徴を準ずるのが、魔獣。
魔法を行使したり、種類が混ざった外見なら、魔物。
魔術と魔法ほど、区別があいまいだ。そもそも「先史生物とは云々」で、年百本から論文が出る。ひっくるめて"魔物"と呼ぶのを、理解しておけばよい。
「土魔術で穴を掘り進めるから、土蜘蛛って名前だ。ふだんは森に住むけど……」
「やいの騒ぐあんたを聞きつけてきたねぇ」
「否定できんねそりゃ!この聴毛は、人の声に敏感だから」
長靴の先で、じょりじょりと擦って見せるヴァンガード。死骸のひとつから教材である。光を失った赤い目たちを、商隊はきちんと土にかえした。"メルポリ"を知るなら、手間はほとんどない。
少年少女の興味はうつろいやすい。事後は、ダルタニエンの槍術と、ジニーの白い弓と矢に寄せられる。
「ダル、すっごくきれいな踏み込みだった!」
「そう~?ほうった後につづいて、びっくりしちゃったぁ。気をつけないとねぇ」
驚くべきか実際のところ、馬番だけでも間に合っただろう。巨体はのそりと見えるだけで、速い。槍を手に取り、えっちら戻り、シズカの周りを掃討できるほどには、速かった。発揮しなかったのは、必要なかったからだ。
「せっかく出した弓さね、ちょいとイイとこ譲っておくれよ」
"精霊弓"と"精霊矢"。長耳が、目覚めの日に得て、生涯欠かさない武器だという。
「めざめ?生まれたときから弓を引けるの?」「精霊ってよく聞きます!何なんでしょう?」
「どうやって飛んでる矢を曲げるの?ぼくらの鞭と同じかな?」「りっぱな弓まであらわせるんですね!」
「すごい早撃ちだ!」「当たってぶわって弾けて――!」
矢継ぎ早まさしく少年少女。ちょいと譲るどころか、関心のだいぶをかっさらってジニー。幸福そうだ。子どもには、かなりやさしい。
「ひとつずつよ、ひとつずつ。ちゃあんと全部答えるからね」
通訳さえ間に合うのなら、語られる当たり前が、誰かにとっての「有識」に相当するのも、さほど遠くない将来であろう。
ただ惜しむらくは、何事も終わりを避けられない。青空教室は、もっと中断を余儀なくされる。
いまに、土蜘蛛よりずっといかめしくて、おそろしいのが、むこうの方から、やってくるせいだ。のしり、のしりと――実際の音は、まったく微かなものであったが。
「《おい……》」
剣士ヴィクトルだ。ぎろり、睨みを利かせている。公国訛りの公用語は、通訳なしでも、不機嫌とわかる。
不機嫌は、唸った。
「《仕事の時間だ》」




