16.商隊
方便というのが、大人は大好きだ。なにかにつけて盾にする。
「ふうん……それじゃあ、ほんとうの商人とはちがうんだね、ヴァンガードは」
「悪いね、騙す気はなかったんだ」
男が商人をかぶったのは、人攫いをおどかさない為だった。
「それにまるきりの嘘でもない。俺も"商隊"の一員だから」
「商隊?」
「もとを辿りゃ、この大陸で栄えた文化だね。今じゃ見ないけど、そこをほら、大将が道すがら商売をやるだろう?肖って俺らの愛称にしたのさ」
色とりどりに盛りつけられた皿たちが、場所のとりあいで落っこちそうだ。酒場のまんなか、大机である。立ち香る湯気などめまぐるしい。それでいて、どれも食欲をくすぐった。すぅっと鼻をふくらませたら、ぐぅっとお腹が勝手にうなる。あの"腕試し"のあとだから、ゼンはとうぜんすきっ腹。フランと一緒に、すっかり"商隊"の顔つきで、みなと机を囲んでいる。
見知らぬ料理の数々は、ジニーが取り皿に分けてくれる。ヴァンガードとお喋りしながらだ、拳に突き匙でゼンはつっついた。
「《よぉー、なんて話をしてんだよ?》」
さなかにふった、がなり声である。
「《やあ、サルヴァ。》きちんと紹介しなくちゃね。こちら商隊の料理番こと、サルヴァトレス・ドルトルだ」
そう、料理の山並みを築いた人だ。中背で身軽い感じの彼について、少年少女は事前にちょっと聞いている。ヴァンガードが耳打ちに曰く。
「胡散臭いツラしてるだろう?でも悪い奴じゃあないからね、腕もたしかさ、安心してくれ……おっと!胡散臭いってな、本人にゃ禁句だぜ。ちとカンシャク持ちでな」
さて、うさんくさい、とはどんな意味だろう?
ゼンがどことなく重ねるのは、広場の酒場の只人だ。欠けた前歯をちらつかせ、対価に金貨を求めてきた――あの時はイヤな感じがしたけど……――こんどのサルヴァトレスには、これと嫌な感じはしない。たしかに、うさんくさいようで、前歯にせよちゃんとついている。
思うところがないでもなかった。とにかく、声がおおきいのだ。
「なんだぁ?"商隊"なんてな、お澄ましでェ!いいとこ曲芸団か?でなくっちゃ傭兵団だな!へへっ、んなこたぁとかくよ坊主、飯の感想を言え、感想を!」
通訳にはヴァンガードだ。
「あのね。これ!まるめた肉のかたまりがおいしい」
「てぇッまずっそうな言い方しやがる!《教えてやれよ肉団子くれぇ!》」
「広場で食べたのもおいしかったよね。どうやってつくるんだろう?」
「《何ぃ!俺様の皿をそこら安食堂のと比べやがったか!?》」
「なぁ、どっちがうまいかってさ。食堂のよりこっちだよな?少年?」
「うん?どっちもおいしいけど……」
どうして片目をしばたくのだろう?ヴァンガードにまず目潰しをあやまって、やはり正直な少年である。
「こっちの方がおいしいかな?」
「ッはっは!だらぁなあ!?」
サルヴァトレスは"商隊"で、ヴァンガードよりも古株だ。もとは料理人を志して、東の大国を目指すなかば、忘れ物につき踵を返したのだという。西とは、彼にはだいぶ来た道だから、よほど大事な忘れ物だ。
サルヴァトレスの料理をゼンは、なんでもうまいと飲み込んだ。ひとつ前の冬が冬なので、湯気が立つならなんでもうまいのだ。にこにこ頬張る事情を知らずに、サルヴァトレスはご満悦らしかった。しばらく。
「《よぉおい、あのデカブツはどーしたよ?飯時欠かすなんてな明日にゃ槍が降るぜ!》」
「《厩舎だよ!まだ落ち込んでんだから、そっとしといてやりな》」
「《お前、呼びに行ってやったのか?》」
「《まっさかぁ大将!飯だぜ飯、呼び鈴要らずで駆けつけらぁ》」
「《おや、ちょうど話題ですか。見てきましたよ様子を。本日の夕食は結構だそうです》」
「《ああイトー、ご苦労さん。っても、結構だって?ダルの口から?》」
「《ケッコウだぁ……?たりめーだッ!あの野郎、食えるもんとありゃ手当たり次第ェに!考えられっか?昼飯どころか晩の料もだぞッ!あげく頭にくらぁよ、子守りだ!財布ひっさげたまんま町の外んまでお散歩だぁ!?厨房掃除で俺様がいなくちゃ、ガキの使いもこなせねぇ!》」
「《まぁそう癇癪を……》」「《るせぇ!もとはた言やぁ、おめーだろがヴァカたれがッ!手前が市場にさえ行きゃあよ!》」
「《そりゃ悪かったって!ほんとにさ。しるしに無いなり注文通り、後からかき集めてきたろう?それにダルだって、全部をぜんぶ食ったわけじゃ……》」
「《は!七人分の昼飯に、四、五人あたまの晩飯の料……勘定できッか?仕事にならねェ!ああ今度ばっかりゃ鍋底だッ、言わせてもらァ!ヤツの無駄食いをかばいやがったら今後、大将だろォーと同罪だかんな!飯抜きだッ!あの野郎、ふてぇ猪具合も大概に家畜の豚も同ォ然じゃねぇか!》」
「《おいおい!》」
「《サルヴァ!流石に慎めよ》」
少年少女を横目に見るのは、とくにハウプトマンとヴァンガードだ。
「《わかりゃしねえよ!》」
「《感心しませんね、サルヴァトレス。子どもとは我々の想像以上に、よく聞いてよく覚えるものですから。今はわからずとも、のちのちに……》」
「《わーった、あーった!俺ァ悪かったよ》」
食卓で飛び交う言葉のほとんどが、少年少女にはわからない。折をみて通訳してくれるのが、ヴァンガードとハウプトマン。それにあとから加わって、熱心なのがイトーである。
イトーは、ちりちりっとした黒髪と、硝子をはめた黒縁がしるしだ。いつでも鼻にのっていて、灯りを受けてはつど光る、そのへんてこりんの正体について、ゼンは知りたかった。
「ああ!こちらは《眼鏡》と呼ばれる道具です。《視力の矯正》……そうですね、つけた人間が世界を見るのを、手助けしてくれるんですよ。これなしで、僕は遠くが見えません」
「そっか。イトーと僕じゃ、モノの見え方がちがうんだね……僕がメガネをつけたら、どう見えるのかな?もっとたくさん見渡せる?」
「ははは、試しに貸してあげたいところですが、今はやめておきましょう。何も介さない自分の目で、鮮明にモノを見られるうちはね。将来もしも必要とあれば、その時に」
眼鏡をかけたら隣の山の動物の顔はわかるのかとか、飛ぶ鷲の羽模様も見分けられるのかとか、ゼンはあれこれ聞いて面白がった。イトーは物腰ていねいながら、よく話すから親しみやすい。
「あの、イトーさんのお名前って、シンメイですか?家名ですか?」長いことジニーにとられていたフランだ。
「おや失礼、いささか申し遅れました。ケンジ・イトーと言います。この辺りだと珍しい響きかもしれませんね。おふたりは、たしかゼン君と……」
「フランです!」
「あんだって?フロン?」
「フランだよ、小人じゃなくて炎さね」
「んあー、火の村うんたら言ってたなそういや」
サルヴァトレスとジニーが口を挟んで、もとの会話に戻っていった。
「ふむ、火の村……」
イトーは眼鏡を押しあげる。なにやら物知りたげだ。
「ゼン君は……村一番の戦士、だそうですね?」
「うん、そうみたい」
「たいしたものです、その夏で……《腕試しとやら、疎いなり僕もお目にかかりたかったですが》」
「へ、手前の手先を有難がれってんだ!灰汁とりさせてやってもいいぜ、次がありゃな」"腕試し"のあいだ、イトーは厨房に従事していたのだ。
「おう、坊主の腕前の話か?どうしてこれが大したもんでな!俺も舌を巻いちまった」
「そうさね、小さくたって立派な剣士だもの。思わないかい?ヴィー」
"商隊"がそろって、食卓の端をちらり見た。少年少女も、つられてちらり。
反撃してくる、鋭くぎろり。晩飯の席に無言を通していた、椅子漕ぎの剣士である。漕がない今では ただの剣士だ。
「彼はヴィクトルといいます」「ああ、ヴィーとかヴィックって呼んでるよ」イトーとヴァンガードは眼光に構わない。
「……何故、俺に振る」
「そりゃあ名うての剣士様だからじゃあねーの!見たろォ旦那は、腕試し」
これが、いや~そうな顔をこさえるのだ。ヴィクトルは、肘を立てて皿をつっつくのに、背中をきゅうくつに屈めていたから、いや~そう具合は増し増した。けれど、それはそれ、あの「ぎろり」――生まれつきなのかも――ゼンは思っている。
ヴィクトルは突き匙をあきらめた。皿まみれの卓に空き場所をさがして両肘をつく。もちろん表情は渋いまま、口を開けば気だるげだ。
「《……相当な"対人剣"を仕込まれている。構えをこころえ、所作に粗がない。無論その体躯にして敏捷かつ剛力……闘気ふんだんな証だ。とった剣は銅刃か?あれだけ打って曲がっていない。剣気を確と放てている。瑕は、あまりに我が強い……》」
意外、いつしか饒舌であった。退屈そうにきりだしたはずで、通訳がとても間に合わない。
「《やや、ヴィーにしちゃこれほどないね!どうだい岩オオカミの件も加味して、お前なら、どれくらいやる?》」
「《……対人、百日、対魔、騎士道の二花二葉、師範手前の専心級》」
「うお、やったな少年!すごく褒められてるぞ」
満面の笑みでヴァンガードは、ゼンの頭をくしゃくしゃにした。ヴィクトルのぼそぼそ早口からして「なんて悪口だ」など聞けた日には、信じてしまいそうな少年も、大きな手に褒められて嬉しかった。
「《……だが》」
低く続いた、唸り声である。さながら戦に挑む獣だ。
「《この程度の手合いなれば、星の数ほどありふれる》」
「《なにを!『少年』にそりゃ不公平だ!この背をお前も言ったくせに》……な、少年。剣はもちろん習ったろう?誰にどれくらい習ったんだ?」
「お父さんに!お父さんのいない間は、ずっと自分と」
「親父さん、旅立ったのはいつだって?」
「えと……よっつ前の冬、かな?」
ねんのため指を折りはして、正しいかぞえのはずだった――家が燃えたのが夏みっつ。お父さんは、その前の冬――ヴァンガードが「ほんとうかい?」と眉をつりあげたって、ゼンには自信があった。うなずいた。
「すると少年、年はいまいくつだ」
「とし……いくつの夏を見たか、だよね?」
「『夏を見る』……このあたりの言い習わしですねぇ」言ったイトーが「年」を教えてくれる。王国人は「暦」を使うという。ついてはまたの機会にくわしく。ひとまず。
「それなら、うん……十か、十一さい?」
「《聞けよヴィー!十歳それも、ここ三年を独学だっ!この子、剣の天才だぞっ!》」
「《……さてな、まさに伸び悩む頃合いだ。そこで潰える者も多い》」
「《悲観がすぎら!磨けばもっと輝くさ!?》」
「《……輝きようも、よりけりだ》」
「《まあたそうやって……!》」
やりとりは白熱した。それから十は往復しただろう。どこまで訳すべきか通訳たちが惑っていると、サルヴァトレスが匙を挟んだ。
「《よォ!坊主の剣を俺は見ちゃねえし、戦もいいとこド三流だが……技の始末なら覚えがあらぁな。どんな石っころも磨きゃあ光る、が、晴れた通りで売れっかは別だ。肝はこうだろ、ヴィーの旦那》」
「《……おおよそな》」「《ふくむねぇ、お前……!》」
「おうおうおう、わかんねぇのな!終わっとけッての!冷めねぇうちに食え、食え!メシを!」
それで、めいめいの口に戻ったのだ。少年少女が要約を聞くに、「よくあること」なのだそう。つまり、ヴァンガードとヴィクトルの張り合いだ。
「なぁ少年、あの炎の鞭はよかったな!」
とうとつ気味に、ヴァンガードは振り返るのだった。ヴィクトルを言い負かせず悔しかったんですねと、イトーが苦笑いをした。
「ありがとう。最後のとっておきだったんだ……」
「あれはさ、すごく複雑な攻撃だった!剣を縛って使えなくするだろ?柄を襲うのは、予備の攻めだ。もちろん俺の目は逸れる。死角に一振りが本命で、とおらなくっても体術があった。そうだね、すくい蹴りとかか?」
「う、うん。ちょうど思ってた」
「仕込みからだものな、凝ってるよ!意表をつかれて枷もあっちゃ、とてもじゃないが捌けなかった。少年の勝ちで、やっぱり間違いない」
「僕の炎、ちゃんとしばれてた?」
「ちょっとやそっとじゃ解けなかったね!」
「そう、よかった!」
「…………」
大小戦士の仲良しをよこに、不安げなのがフランであった。守手がこなしてくれたから、"商隊"と行けることになって――このまま私も、いいんでしょうか……――なにも得意を見せていない。誇れる"神秘"のいくつかにせよ、めまぐるしい、ほんものの「戦い」の中で、どれだけ役立ってくれるだろう。
不安を吐き出せないままだった。フランはもっと不安になった。べつな憂慮ごとが、あらわれるのだ。きっかけは、いつもなにげない。
「《大した技なのはわーったぜ。けど、んなご大層な腕前のガキがよ、姉貴とふたり港町くんだりまで何しに行こってンだ?》」
「《ははは、ふたりは姉弟じゃないよ。髪色からほら……違うだろ?》」
ヴァンガードがちらと確認するのは、フランのつけた髪留めだ。神子の徴たる火の色は、"商隊"の目にまだ入っていない――――裏手でつけなおした時ゃ、ヒヤッとしたが。
昼間とくらべて、ゆるい髪留めだ。ふだんつけないものだから、フランには具合がわからない。
「《なにさあんた!さっきも何だかはぐらかしたね?》」そしてジニーが核心をついた。ヴァンガードには隠し事がある。「《のっぴきならない事情がどうとかって。姉弟にしたって、こんな幼い子ら……》」
とどめがゼンの思いつきである。ヴァンガードをとられてしまい、イトーも料理にありつけたところ、話し相手がいるならフランで、手持ちぶさたに訊ねるのだった。なにせ対価は要らぬ席だ。
「ねぇフラン、路銀?ってあるんでしょう?どれくらいあるの?」
「あっ、はい!おばあ様から頂いたのがですね……」
フランは首口からたぐりよせて、ぱかり、財布の口をあける。たしかに硬貨がつまっていて。「たくさんだ」「数はわかりませんね」ふたりはとっくに食べ終えていても、皿いっぱいの食卓だから、確かめるならてのひらだった。一枚、一枚、取り出すうちである。「あっ!」きん、きん、ころろん。
「ん、ひろうよ」
「いえ!大丈夫です、自分で……」
ひょい、とかがんで、十分だった。抜け落ちるのだ、ゆるい髪留めなど。
「あ……」
からだを起こした少女のおもてに、火の色が、あらわれている。
「おっと……!」
ヴァンガードにせよ手遅れだった。
"商隊"の誰もが、輝く徴を見つけている。"神子の徴"を目にすれば、それが神子だと人は気がつく。遅かれ早かれ、多かれ少なかれ。
「《嬢ちゃん、神子かァ?》」
サルヴァトレスが口端の麺をすすって言った。
ひとつ遅れてハウプトマンが、かかとで椅子をふっ飛ばした。むんと立ち上がっている。髭もじゃのむこうの強面は、みるみるうちに、真っ赤になった。
「《ヴァンガードッ!お前!知ってたな!?》」
「《……ああ》」
もちろんだ。知らないものは隠せない。少年少女は隠していない。石尻尾の酒場の今夜、誤魔化し続けたのは、ヴァンガードだ。
なにを?
少年少女が、"火の神の村"より巡礼に出でし、守手と神子であることを。
隠し通せなどするものか。しかし、迷信深い馬車主ハウプトマンに知られるのは、せめて、"出立"のあとで欲しかった。ヴァンガードは憂いていたのだ。まさしく、こうした状況を。
「《このッ!どうしてっ!》」
わなわな震えてハウプトマンは、態度もなにも隠さなかった。ヴァンガードへの怒り。神子への敬意、それと恐れ。過ちをおかした、己への叱責。
「《いったん落ちつけ、な。大将》」
「《落ちついてられるかっ、これが!神子を!神子をこの道、招き入れちまったんだぞ!》」
「《わかってるだろう?悪しきところは、彼女にない》」
「《言われんでもだッ!神聖だとも!敬うべきだとも!だが同じ旅路となりゃ違うっ。この子らが往くのは、苦難にまみれた"巡礼"だッ》」
「《あんたってば、ちょっと堪えてよ!あたしゃなにも気にしないって……》」
「《だがなっリリー!》」
「《ふたりが見てるんだよっ、あんたを見てるんだ!》」
「《む、むぅ……》」
ジニーが宥めすかすから、ハウプトマンはようやく一瞥。少年少女のなりをもって、いくばくか平静を取り戻す。肩で息を吸い、吐き出して、葡萄の果実汁を飲み干した。
「《すまない、黙ってて。すぐにわかると思ったんだ。一度旅立ちさえすれば、なんにも悪い事なんてないって》」
「《いや、いい。たしかに、俺が取り乱した……》」
ころげた椅子をもとにして、ハウプトマンはしずかに座った。
「あ、あのぅ。いったいなにが……?」「ふたりはなんて言ってるの?」
「……そうですねぇ」
イトーは選んで、かいつまむ。続く中身を補足する。
「いまでこそ商隊、商隊と言っちゃいるがな、こいつぁ俺とリリーの新婚旅行なんだ……」
リリーとはつまりジニーのことで、ハウプトマンたちは夫婦なのだ。
「それが巡礼。明日には、巡礼、か……」
"聖巡礼の試練"を、ハウプトマンは信じている。と、イトーに聞かされて、少年少女は不思議な気持ちになった。村では老婆に教わって、やっと知るかの"巡礼"を、町では誰でも知っている。どうして?なぞがとけるのは、やや後日になる。
ヴァンガードはとにかく言い訳だった。
「もちろん大将、ぜんぶ弁えてる。邪魔立てなんて企てちゃないよ。ただ信じてるんだ、なんにも大事は起こりやしない。あったところで、よっぽど平気って。何か起これば、俺が盾になる。そうでなくってもヴィクトルがいる。ダルタニエンは槍の名手だし、ああ言っちゃいるがサルヴァも一端だ。大将とっておきの、この馬車だろう?ほかにない武器を山ほど積んでる。守手の実力もとくと見たはずだ」
「ああ……そうか。そうともな。坊主は"神子の守手"なのか。道理で腕が立つはずだ……」
「もうっ、そんなしょげないでったら!こんな顔して迷信深いんだもの」ジニーは夫の肩を抱いた。「なんだい苦難だの、試練だのって!ヴィーの剣よりもおっかないのかい?そんなもの、この星にそうそうあるとは思えないね」
「ううむ……」
「ねぇケンジ!あんたが言っておやりよ。この人、いちばん聞くんだから」
「ええ……《ハウプト、ヴァンガードを信じてみませんか。僕も思います。巡礼、概して『神子の伴』には苦難がつきまとうとは、なかば噂の独り歩きですよ。ご存知でしょう"意志と決断あってはじめて、道に光射し闇は開けり"、これとてなにも、犠牲ばかりを言いません。
真の思いで身を挺す、覚悟の戦士その人は、たしかに、なにかを失うやも……逆に、ことを得るばかりやも。つまりは可能性です。》火を見るよりも、分は明らかでは?《それほど彼らは強い。あなたもだ。なにより極めつけに……悪心の蔓延るような伝承の時はもう、我らが女王が閉ざしたではありませんか》」
「《……これも巡り会い、か》」
「《縁とするなれば、まさしく。あなたの馬車だからこそと、僕は考えたいですね》」
大事な話をしているのだ。誰も訳してくれなくたって、少年少女にはわかった。
「《大将。ヴィーにゃ悪いが、俺が降りるよ。そんでふたりに……》」
「《いいやっ、そいつぁ無駄なはからいだな!俺は"誓って"、坊主が勝った。であれば何が何でも、ふたりは連れて行く。ヴァンガード、お前が乗ろうと、乗らまいと、誓いが破られることはない。果たされることはあってもな》」
「《……恩に着るよ。もしものときは、俺がいちばん前に出る。誓って》」
「《いい、いい。もう気にするな。》ほれ!坊主も嬢ちゃんも、そんな顔はもうよしとくれ!俺はなぁんにも気にしてないぞ!《リリーも言ったな、迷信さ。縁起がちっと悪いくらい、俺らの愛ではねのけてやる!》」
「《そうさねあんた、そうでなくっちゃ!こんな子どもたち置いてけぼりにする方が、あたしにゃ考えられないよ!》」
ジニーは少年少女の席に駆け寄ると、ぎゅうっとふたりを抱きしめた。
鼻を鳴らしてハウプトマンは、こぼさないよう杯をあおった。とっくに干された杯だった。
ヴァンガードのみせる笑い顔は、これまでとどこか違っていた。目が合って、ゼンの頭をくしゃくしゃにした。
なんてこたねーとサルヴァトレスは、手前の飯を頬張った。
ヴィクトルは、いかにも面倒そうで――これは、いつでも変わらない。
イトーが眼鏡を光らせた。
「《それにしても……いやはや、神子ですか。当代にしてこの目で拝めるとは、さすが"神在りし土地"という事ですね》」
「《学者センセーにゃ関心が尽きねぇあな?ええ?》」
「《や、そんな大仰な……いえ。大いにありますね、関心は》」注ぐまなこは、白昼色に覆われている。「フランさんはやはり、神子の名に由緒する特別な力をお持ちなのですか」
「えっ。わっ、私は……」
ジニーにいくら抱きしめられても、不安たまらぬままのフランだ。何が起こったかもよくわからずに、とにかくうまく答えねば、酒場を追い出される気がしていた。けれどいまさら"神秘"のひとつやふたつ、挙げてみてどうにかなるものか。言うまでだいぶ迷う間に、なんだかいけないものな気がして、火の色の髪をどうにか隠した。
「……祝福が。祝福ができます。旅路を救ってくれた方に贈る、報恩の祝福です」
「昼間に俺が貰ったやつだね」ヴァンガードには少女の心細さが汲める。あとを引き継いだ。「《わがまま言って試したんだよ。聞きしに勝る身体強化魔法だったぜ》」
「《あなたにさえも効く代物ですか》」
「《そうさ、まったく天井知らずなんだ。王国軍のそれとは違うね。持続こそすこし短いが……役目を終えただけかもしれない》」
「《なるほど……諸々の懸念に理解もできます》」
むずかしい顔の大人たちだから、フランは言いつけを破ることになる。「あの!それから……」守手以外には隠しとおせと、これははっきり教えられていた。「"治癒の神秘"が、使えます……」
「神秘ですって?」
「《魔術》、いや《魔法》に相当するのかな?少年、あの炎の鞭は何て名前だい」
「なまえ?名前は……そのまま炎のむちじゃない?それか、なわ?つた?よく知らないや……でも、考えただけで熾せる火は、ぜんぶ神秘だ。フランが色々使えるんだって。ね?」
「はっ、はい!」
「そうかい、ありがとう。《魔法理に区分がないんだろうな》」
「《よほど魔法に該当しましょうか?彼女の年若さで治療医術とは考えがたい》」
「《治癒は俺も初耳なんだ。そういや昼間に彼女、足首痛めて歩けずいたのに、今じゃ平気で歩いてる》」
「《ほお!それはすばらしい。"治癒の神秘"……いかがな設計なのでしょう?》」
「《あんたたち、ひそひそチラチラ、いい加減におし!なんだか下品だよ!》」
「やや、これは失敬」イトーはあたふた手を泳がせた。
ジニーといえば少年少女にくっついていたのを、つとしゃがみこんで。
「《右かねぇ?痛めたのは。けっこう経ってから治したろう?》」フランの足首をみつめて、さした。首をあげるのには、結った灰色の髪をゆすった。「聞いてみてよ」
「お嬢さん、足を悪くしてたろう?ありゃどっちだった」
「右のほうです……」
「《あたりだ!》」「《ほお~》」ヴァンガードとイトーの感心。
「《……二分の一だ》」意外や、唸り声である。
「《ふうん?やろうってのヴィー?》」
「当てっこですか……?」
「僕のはどう?腕を治してもらったよ」
袖をまくったゼンの腕を、ジニーはやはりじっと見て、さした。
「《左だね?ちょっといびつだ。わりとはやめに治したね》」
「少年?」
「うん、あってる」
「やるもんだ!さすが魔法の守護者」
「えらいのはあたしの御先祖様さ」
「……四分の一」
「なんだい、つっかかるね!あんたもその痛めた利き腕、治してもらったらいいよ!」
あいにく先に使ったばかりで、一日一度の"治癒"だった。眼鏡を光らせるイトーの期待にも、ちょっと応えてやれそうにない。
ただし使えぬ間でも、間に合うかどうかをフランは判ぜた。剣士の怪我を、いちおう診てみる。
「ご、ごめんなさい……ちょっと難しそうです」
「《構わん》」ヴィクトルは通訳を待たなかった。唸ってまもなく袖を戻した。「《どのみち期待していない》」
「《一言多いんだよっ》」
ぺしっ!とジニーは肩を叩く。気だるげな肩だ。剣士は、ぎろり、
「《二月も前だ。治りかけだから、いらんと言った》」
「《はなっからそう言いな!》」長耳は怯まない。
「ヴィクトルさん、腕はどうされたんですか?」
「《……何?ああ、馬鹿げた……魔物に掴まれてな》」
仇の話をするものだから、獰猛な笑みも納得だ。フランをだいぶ怯えさす。ゼンには、出会ってはじめて笑ったな、と思わせる。
「《いまだに信じ難いところですね。よもやヴィクトル・サンドバーンを負わす魔物がいるとは》」
「《嘘は言わん。そうだろう、ヴァンガード》」
「《あ、ああ……》」
ぎょろ、と睨みつけられて、大男はおおいに怯んだ。長耳とは違った。
そうこうするうち、ハウプトマンが席を立った。
「《さて夜も更けた、おひらきとしよう。明日は朝一ここに集え。当面の方針を伝える》」
去る肩幅には、《あたしもすぐ行くよ》とジニーが呼びかけた。
「ハウプト、外に行っちゃった?どこでねむるの?」
大将というのは親玉を言うのだ。まさかいつかのゼンのよう、厩舎の寝藁を枕にはしまい。
「大将は大将の馬車で寝るのさ」
「あ、そっか、馬車……みんなは?やっぱり馬車でねるの?」
「寝るときもあるな」
ふまえてゼンに、ふと思わせる。いったい、いくつの乗り合いだろう?――僕、フラン、ヴァンガード、ジニー、イトー、サルヴァ、ヴィクトル、外にはハウプト、エマをみてくれてるダル……。
「一、二……九人もいる!ねぇ、僕らをいれて九人だよ!こんなにたくさん乗れる馬車なの」
「もちろんだとも。じゃなくちゃ、一緒に行こうとは言えなかろ?」
「すごい!おっきな馬車なんだ」
「ふふ、まぁね」
「あの……ほんとうに私もいいんでしょうか?」
「ん?」
「その……馬車に乗せてもらっても」
「何!もちろんだって!大将は誓ってくれたんだ。お嬢さんは、なんにも心配するこたない」
子どもは寝る時間だとヴァンガードは言って、少年少女の背を押した。これからイトーに歯みがきを教わる。
「馬車は乗る時のお楽しみだ。今日はここの二階を使わせてもらおうな」
あいまに「おやすみよ」とジニー。少年少女の額にそれぞれ、唇をあててから去った。
ぎっしり並んだ皿たちを、サルヴァトレスがせっせと片付けていた。おいしい料理だったのに、一人前ほど余りがあった。
「《ふたりを案内したら手伝うよ》」
「《おー、頼まぁ》」
「《めずらしく余ってしまいましたね》」
「《どーせ夜中にゃ片付かぁ》」
「《ははぁ、計算済みでしたか》」
「《へ、どーだかな。余った皿洗いァ、アレの仕事だ》」
笑い声をせなかに、少年少女は食卓を後にした。
ゼンは、なんだか胸がぽかぽかしていた。腹がふくれていた。話の合間も、あれを食え、これを食えとサルヴァトレスが取り皿を盛るのである。
ゼンはのこさずに食べた。
ゼンはいま、空腹ではない。
「ゆっくり休め、二人とも」
ゼンはすぐさま眠れそうだった。知らないにおいでも、やわらかな寝台だったし、となりのフランがあたたかかった。かなり疲れたのだろう彼女、もう寝ている。
寝入るまで、ヴァンガードが見守っていてくれた。暗い寝室のすみの椅子に、男は静か、腰かけていた。
いつからだろう少年は、だれかに視線を送られると、ときどき、意図がわかるのだ。
ゆえにいま、よく知っている。
――商隊に、僕の敵はいない。
なにより。
一日とおして、たしかになった。
見守ってくれるあの大男は、まちがいなく、敵ではない。
敵は、父母がくれたような目で、こちらを見ない。
とおい記憶のむこうでは、視線の意味など、つかめなかったけれど。
どうであろうと、わかるのだ。
ヴァンガードが思い出させてくれたから。
――僕より強くて、僕をぶたない大人が、そばにいる……。
安心に屋根の下でねむった。
(旧あとがきママ)
彼を村から出して、この商隊と出会わせてやることが最低限の目標でした。
あまり人物紹介などしないつもりですが、一度に人数が増え、今後も登場する面々なので、簡単に名前と特徴を示しておきます。登場していない家名はのちのち。
ハウプトマン:馬車の持ち主 小柄に見えるけどがっしり 黒い髭 大将
リリージニー:褐色肌 尖った長耳 灰色の髪
サルヴァトレス・ドルトル:商隊の料理当番 声がデカくて料理が上手い 中背でも身軽い感じ うさんくさい
ケンジ・イトー:眼鏡 黒の天パ ひょろっと
ダルタニエン:耳無し 五分咲き 猪の獣人 巨人 ふくよか巨体
ヴィクトル・サンドバーン:怖い目つきの剣士 声が低くて聞き取りにくい
ヴァンガード・アーテル:大男 淡い金髪 薄い髭
この物語の原案には「武装商隊」というのがありました。この一行が別に隊商らしいことをしないのに、商隊という名がついているのはその名残ですので、深く考えないでいただけると幸いです。
少年が少女と遠い国を、仲間たちと目指す。この筋だけはずっと変わりません。




