31話 実質嫁……?のヒナギクさんです
恋を家族に発展させる方法。
そう、つまり──本物の妻にすればいいのです!!
Dr.ヒラガは僕の提案に少し考え込んだあと、「じゃあ、ふりはしなくていい」とだけ言って、自分の部屋に帰っていきました。
ですが、それからとくに行動を起こすわけでもなく──
何事もなく数日が過ぎ、そのあいだにボクは無事ネコ型ホムンクルスへと戻って、入院していたお母さんもヒラガ家に帰ってきました。
「はぁ~~。やっぱりネコ型はいいですねえ。後ろ足で耳をてしてし掻くのはたまらん気持ちよさなのです」
ひととおり体を掻いたり伸ばしたりした後、最近お気に入りの席であるお母さんの膝に座ります。
どうしてお年を召したニンゲンの膝ってこんなに落ち着くのでしょうか。急に立ちあがったり機敏な動きをする危険もないし、一緒にひなたぼっこもしてくれるし、なぜかいつもお香みたいなにおいがして妙に精神が穏やかになるのです。
つまり、眠くなるってことですけど。ゴロゴロ……。
ただいまヒラガ家は昼ごはんの時間です。
ちゃぶ台をドクター、ヒナギクさん、お母さんの3人で囲んでいます。
なんて説明したのかは知りませんが、ヒナギクさんはまだ正式な嫁ではないとわかってもらえたみたいですね。家政婦とかそういう扱いなんでしょうか?
それはそれで、ボクとしてはモヤモヤするんですけど。
ドクターってばこないだの話、ちゃんと理解してるんですかねえ。
「このお味噌汁、味が薄いわね……」
「昨晩は濃いとおっしゃいましたので、味噌の分量を5%カットした20.61gでお作りしたのですが3%程度に抑えたほうがよろしかったでしょうか」
「はあ、そうじゃないのよ。あなたにはわからないかもしれないけれど……。人というのは気分や体調で味覚が変化するものなの」
ん!? い、いびられてる!?
めちゃくちゃ姑にいびられてる!!
「了解いたしました。それでは調理開始前にお母さまのスキャニングを行って体調と味覚の関連性を分析した上で微調整をいたします」
「お母さま、ねえ……」
ひええ。
ボクが知らぬ間に、嫁|(仮)姑|(仮)戦争に発展していたとは……。
お母さんのお膝に座るとすぐ眠くなっちゃうので、いままで気づいてなかったのですよ。
「おい、母よ。せっかくヒナギクが作った飯にあまり文句を言うな」
おっ、ドクターがかばった!
えらい!
最初は自分が文句言いまくってたくせにどの口がって感じですが、ひとまず棚にあげておきましょう。
「いいじゃないの。実質嫁……?なんだし」
実質嫁だろうと実際嫁だろうと、良くはないですけど!?
いびっちゃだめです。
「わたくしは問題ありません。お母さまが退院してから我が家で提供したすべての食事と反応をデータベースにて詳細に記録しています。モニタリングを重ねることで100%に限りなく近いお好みの味付けや塩分濃度を再現可能です」
さすがヒナギクさん。
真面目というか努力家というか。解決方法がアンドロイドっぽいというか。
「あらそう……。まあそこまでできるなら、実質嫁……?として合格ね」
あ、嫁いびりかと思いきや。
違う、これ、圧力だ!!
お母さん的にはドクターに対する『早く嫁にしろコール』ですよ!
世間では適齢期の男女が周囲にかけられる類の圧力。連続ドラマで見たことあります。
しかし、あれですね。もっとふつうのひとだと思ってたのですが、さすがはDr.ヒラガの母。
素直じゃないし、ひねくれてますよねえ……。
まあでも、このプッシュがあれば、ドクターも行動に移すかもしれないですね。膝で聞いてるボクですらちょっと怖いんでひたすら可愛いネコちゃんのふりしてますし。これが母の力……。
そんなふうに様子見していたのですが──
予想どおりというか、なんというか。
女性慣れしていないドクターはやっぱりわかってなかったのです。
ボクの提案やお母さんの圧力も虚しく、現状にひとりで満足していたのでした。
***
「助手のエレキテルよ、私は気づきを得た。恋はいいぞ」
「は?」
なんだこの浮かれポンチ!
「もっと言うならカップルはいい」
「は?」
ついこないだまでカップルを爆破することだけを生きがいにしてたのに、人生初両想いになってちょっと幸せだからってイキリですか?
「というか、あの、ドクター。浮かれポンチは結構ですけど、結局ヒナギクさんとはまだなにも進展してなくないですか? ちゃんと言葉にして伝えたほうがいいと思いますよ?」
「なにをいまさら。ふりをさせるのはよしたではないか。母も実質嫁だと認めている。言わんでもわかっているだろう」
でた〜〜〜!!
言わなくてもわかるだろ男でた〜!!
わかるとかわからないとかじゃないんですよ、こういうのは。
好きだとかありがとうだとか、言葉にするのは大切です。
察してくれるだろうなんてあぐらをかいているあいだに、お相手に逃げられてしまうのですよ。
とりあえず口に出しときゃいいんです!
「はあ。これだから非モテは」
「む。嫁にしろと提案したのはエレキテルではないか。すでに実質嫁だから、ふりなどせずともこのままでいいという話ではなかったのか」
「ちっがーう! まだ実質嫁……?じゃないですか! 好きでいてくれるからって放置でいいなんて怠慢です! ロマンチックが足りないのです! このままじゃ何年も経過したあとで奥さんがふと自分の人生はこれでよかったのかと思い返し、一度くらい燃えるような恋がしてみたかったとか考えだしちゃって熟年離婚コースですよわかりますか!」
「なんのドラマに影響を受けたのだ、おまえは」
あ、昼間にやってるドロドロ系連続ドラマの影響だってばれました?
お母さんがそういうの好きなもので、毎日膝の上で一緒に観ていたらボクまで夢中になっていたのです。
とにかく!
「ちゃんとプロポーズしてください! 思いっきり、ロマンチックなやつを!」
次回、最終回です。




