13話 笑顔っていいものですよ
「スーパーに着きました」
はい、スーパーに着きました。
ボクはネコ型ホムンクルスだから店内に入れないですよね?
あそこに繋がれてる柴犬みたいに、入口の前で待ってればいいんでしょうか。
「ステルス迷彩を施しますので、助手さんも一緒に入りましょう。お店とほかのお客様への配慮として、毛が飛び散らないよう体の周囲にカプセル型シールドも被せておきます」
なにそれ凄そう。
というわけで、あれよあれという間に、ボクは透明ネコにされてしまいました。KJ001号はなんでもできますねぇ。
最強兵器のハイテクがネコをこっそりスーパーに持ち込むくらいにしか使われていないのは、悲しむべきか、平和だと喜ぶべきか。悩ましいところなのです。
さて、スーパーがどんな場所か、テレビで見たことあるので多少は知っています。
天井から吊り下がった看板に『ペット用品』って書いてあるコーナーがあって、いろんなオヤツが陳列されているんですよね。そうですよね!
買い物に付き合ったらニャオちゅ~るを買ってくれるって約束、忘れたとは言わせませんよ!
「KJ001号、は、はやくちゅ~るの棚に……」
「ペット用品は店の奥ですから、最後です。先に夕食のお買い物をします。ご近所さんから入手した情報によると、卵とカニ缶が特売だそうです。今晩はカニ玉にしましょう」
カニかぁ。
ホタテ味にしようと思ってたのに、カニカマ味と迷ってきたじゃないですか。
***
『ニャオちゅ~るバラエティパック』
なんという甘美な響きでしょうか。
会議でこれを提案したニャオ社員には、ボクから個人的な称賛を送りたいくらいです。
4種類×10本入りですよ。毎日食べても1ヶ月分以上あります。これさえあれば、しばらく無賃労働が避けられるのです。
「でも、なんでいきなりこんな贅沢を……?」
うちの家計が火の車だって、こないだDr.ヒラガにも言ってたのに。
これは相当怪しいです。絶対に裏があるはず……!
はっ。
「まさか、ボクを太らせて我が家の食材に……!?」
なんてこと……!
この、鬼嫁!!!!
「助手さん」
「シャー!!」
「今日は聞きたいことがあって、お誘いしたんです」
「んん? 聞きたいこと、ですか」
なんでしょうか?
あらかじめ買収されてる身としては、警戒せざるを得ませんが……。とりあえず食べられる展開じゃなさそうでよかったです。
求められる回答と違ったら、ちゅ~るを没収されるとかもありませんよね!?
帰り道にある公園のベンチに並んで座ると、KJ001号が話しはじめました。
「詳しい内容は漏らせませんが、わたくしの脳内フォルダの中にDr.ヒラガの日記を見つけたんです。絶対防御システムのおかげで、どんなコンピューターに保存するより安全だからでしょう。何重にもロックがかかっていました」
ドクターの日記……?
そんな恥ずかしそうなものが……!?
書いている姿を見たこともないし、一度も聞いたことないのです。いったいどんな内容なんでしょうね?
「助手さん。わたくしはただの家事兵器です」
家事兵器ってなに? ルンパとか食洗器の仲間ですか?
「絶対防御システム付きの……いうなれば、絶対防御システムキッチンです」
言えてない! ぜんぜん上手く言えてないですよ!
彼女は無表情なせいで、冗談なのか本気なのか判別しづらいのです。
いや、そもそも、そういう生活を豊かにする感じの存在でしたっけ。最強の破壊兵器じゃなかったですかね。まあ、そこはいいか。
「どんな言葉を使えばいいのか……。人の感情は再現が困難です。ですが、その」
表情と喋り方は硬いままですが、KJ001号は必死に説明しようとしているみたいでした。
「でも、日記に書いてあったDr.ヒラガの過去を覗き、わたくしは兵器じゃなくて……家族になりたいと思ったのです。そのために、どうしたらDr.ヒラガにもっと受け入れてもらえるでしょうか?」
ああ、近頃彼女の雰囲気が変わった気がしたのは──
ほんの少し、ニンゲンらしくなってる……?
ボクたちと一生懸命、触れ合おうとしているんでしょうか。
ドクターは変質者だし、変態の本心というのはボクにもわかりかねますが。
KJ001号は毎日自分にできることを探して、学習して、ボクたちのために何かをしてくれようとしているって。
ボクも、そしてドクターも、ちょっとくらいは気づいてたんですよ。
うーん、でも、なかなかの難問なのです。
あの偏屈で変質者で変態のドクターに、受け入れてもらえる方法……。
あ、そうだ。
「──笑ってみてはどうでしょう?」
「え?」
「KJ001号はドクター好みの美人さんですし、ちょっと笑いかければ男なんてイチコロですよ──というのはあながち冗談でもない冗談ですが。実際、笑顔っていいものです。ボクは世界一可愛いネコ型ホムンクルスですが、ニンゲンのようには笑えません。この前見た笑顔はステキでした」
ブラッシングのとき見せてくれた顔は、ボクもちょっとだけ幸せな気持ちになったのです。
「笑顔、笑顔……。本当に、それだけで、いいのでしょうか」
帰り際、まだブツブツと悩んでいるみたいでした。
「あのう、ちなみにですが……今日の贅沢は、ボクの最後のおやつだからとかそういうのじゃないですよね?」
「ニャオちゅ~るバラエティパック40本入りのことですか? 賞味期限とカロリー管理を考慮したうえで、およそ5日に1本を消費する計算で購入しました。大入りのほうが1本あたりの単価が下がりお買い得ですので」
ただの節約だった!!
って、5日に1本?
渋くないですか?? ケチじゃないですか!?
カロリー管理ってなんですか。まさかボクのこと、最近ちょっとデブになったと思ってませんか!!
門をくぐると、対人センサーで気づいたのかバタバタと廊下を走ってくる音が聞こえてきます。
がらがらっと戸が開いて、Dr.ヒラガがすごい形相で出てきました。
「何を買ってきた!? 今日のおかずはなんだ!? 海鮮はだめだぞ、とくにカニと貝類はだめだ!!」
そのとき。
玄関先に立っていたKJ001号がにこっと微笑みました。
「Dr.ヒラガ、ただいま帰りました。今日の献立はカニ玉とニャオちゅ~るホタテ味です」
うしろのほう、ボクのですけど!?
「……!!!?」
あっ、ドクターが固まってる!!
ギャップ萌え!
普段クールな美女のギャップにあっさりやられている!
知ってましたけど、思いのほかチョロいですねぇ……。
ボクはなんとか、相談事のお役に立てたみたいです。ゴロゴロ。