第20話 よーし皆! 今日はステータスオープンするぞ!! ①
「ステータスオープン」
その言葉と同時にアッシュの眼前に様々な数字が並んだ。
「す、すげえ……」
「HPが4桁いってるぜ」
「MPもだぜ。どっちかならまだしも、両方4桁なんて文字通り桁違いじゃねえか」
「いや、恐るべきは各項目の基本値の高さだ。見ろよ、MND値が5になってる。山喰いを倒したアッシュさんは一味違ってるぜ」
冒険者ギルドに併設された酒場『赤い大渦亭』。
食事時はとうに過ぎた時間だが、自身のステータスを開示したアッシュの前には多くの冒険者たちが集まり騒ぎ立てている。
「アッシュさん、いったいどうやったらそんなすごいステータスが手に入るんですか?」
新人からベテランまで、皆の思いを代表するように新人冒険者マークが尋ねる。
「なあに。特別なことはしてねえよ。しいていえば……そうだな、大根だ。大根を食え。ここの在庫をカラにするくらいにな。それが強いステータスを手に入れる秘訣だ」
惜しげなく明かされた秘訣に、おおっ、と皆が息をのむ。気の早い者は店員にさっそく大根サラダを注文する。
「そいつは違うぜ」
だが、どこからか冷ややかな一言が放たれた。
皆が訝しげな表情を向けると、そこには少し離れたテーブル席にて一人座っていたドワーフのグレゴ。
彼は注目する皆をよそに、手にしたエールをゆっくりとあおり、一息に空にする。そして言った。
「真にすげえステータスを手に入れるのに必要なのは―――INT値よ!」
「おいおいグレゴよ。INT値なんてお前さんが一番低い能力値じゃねえか。そんなんで俺のステータスにケチをつけようってのか」
アッシュが険しい顔を向ける。だがグレゴは鼻で笑い、余裕の態度を崩さない。
「たしかに俺のステータスはお前には及ばねえな。だがそんなでかい顔ができるのは今だけよ」
そこへ酒場のドアが乱暴に開かれた。
「あんちゃん! カウフ商会でステータスカード第四弾の販売が始まったよ!」
ドワーフ三兄弟の次男の報告に酒場内がこれまでにない喧騒にまみれる。
「なんだって!」
「ちくしょう、俺たちこれから遠征任務だぜ!」
「うわあ、大根サラダなんて頼まなきゃよかったあ!」
グレゴが余裕ぶりながら立ち上がる。
「へっ、そういうことよ。俺たちはそろそろ第四弾が売りに出されると睨んで、この所交代でカウフ商会をはっていたのよ。今頃下の弟がありったけの金を持って商会に向かっているところよ。お前たちは俺達兄弟の残りもんでも漁るんだな」
「そいつは違うな」
ドワーフ兄弟の大口を開けての笑い声に差し込まれる冷ややかな一言。
皆が視線を向けた先には別のテーブル席に座っていたヴァルド。
彼は注目する皆をよそに、手にした黒茶をゆっくりとあおり、一息に空にする。そして言った。
「真に強いステータスを手に入れるのに必要なのは――――SPD値よ……ふんっ!」
ヴァルドが立ち上がるや自身に喝を入れる。すると全身の体毛がぶわっと逆立つ。
それは狼人族の戦士が使う身体強化術の発動の合図。
だがそれだけではない。見るものが見れば彼の肉体に周囲のマナが集まってきているのが分かるだろう。
ヴァルドは強化術の第二ステージ、外部のマナをも取り込み活用するというさらなる強化の術をものにしているのだ。
その格段に底上げされた身体能力が今発揮される。
「はっはっはー、いい情報をありがとよ。オレの俊足ならドワーフの鈍足より早くカウフ商会に到着するぜ!」
言葉通り、風のように酒場から姿を消すヴァルド。
「なっ、待ちやがれー!」
慌てて後を追うグレゴ。
「くそっ、俺もこうしちゃいられねえ。おーいエルザちゃーん、こないだの俺の山喰いの討伐賞金全額引き出してくれー」
急ぎアッシュが受付へと走る。
「うおー、負けてなるもんか!」
「お、おい俺たちも行こうぜ」
「マーク、まってよー」
その後を追うように冒険者達が一斉に飛び出していく。
「あんた達! 食い逃げは許さないよ!」
女将が黒大根を両手に男達の後を追っていく。
酒場に残されたのは一連の流れを冷ややかな視線で見ていた女達。
「まったく何なの! うちの男共は! あんな訳のわからない板切れに夢中になって!」
「こっちも同じだよ! いったい幾らつぎ込むんだよ!」
「うちのは大事な装備の交換用の資金まで使っちゃってるの!」
「何だよ、あんなただの数字が並んだカードの何がいいのよ。ちょっとキレイな色で書かれてるってだけじゃない。あんた達もそう思うだろ、リーア、セレス!」
「そ、そうですよね」
「そうね……は、ははっ」
二人は縮こまるようにして、そっと同意する。
周囲が男達とステータスカードを糾弾する中、リーアとセレアは頭を抱えていた。
「「どうしよう、どうしてこんなことに……」」
それは数週間前にさかのぼる…………
◇◇◇◇◇
「なんやの、これ?」
カウフ商会の会長室。日頃扱うきらびやかな商品とは裏腹に、地味で質素な調度品のみが置かれた室内。
商会長であるフィルマの前にはセレスとリーアが座る。
両者の間のテーブルには二枚の紙が置かれている。
フィルマが手にしたその内の一枚には様々な数字が並んでいる。
「それね、ステータスっていうんだって。人の色んな能力を数値化したものだそうよ」
「ああ、HPやらMPやら、アッシュはんがなんか言うてたやつやね。それでこれをどないするんの?」
フィルマが再びセレスに問う。
「私には何のことかさっぱりだけど、とにかくアッシュ達にとっては重要なことらしいのよね。前からその数値を確定するためにあれやこれやしてたみたいで……」
「具体的には殴って殴られて、飲んで飲まれてしてなの」
リーアがため息まじりに補足。
「まあとにかくこないだその全部の項目が確定したらしいのよ。それで、あなたにお願いしたいのは、これを正式な証明書におこしてほしいの。カウフ商会にギルドの証書や記念品を装飾する部門があるでしょ」
「やっとるけど、そない御大層な飾り付けするようなもんかいな」
フィルマが手にした紙を返す返し、怪訝そうな顔。
カウフ商会での証明書の装飾処理とは。
例えば織物ギルドで職人が新たな織模様を生み出して、その功績を称えることになった場合。その権利者であることを保証する証明書が発行されるが、それは公証人の手による簡潔にして明快な造りである。一方でその職人が他の者に見せて自身の功績を誇るためのきらびやかな証書が作成されることも多い。
紙の四隅に文様が配されたり、魔力を通すと発光する付与魔術がかかっていたり、偽装防止も兼ねて時間経過で色が変化するインクが使われるなど。
そういった加工処理は専門の技術者を抱えたカウフ商会でなければできないのだ。
セレスはアッシュが定めたステータスの一覧を、そういった装飾を施した証書に起こすように依頼にきたのである。
「まあ、冒険者が引退する際にそれまでの討伐戦歴を色つけて並べた証書を作った、いうこともあったしね。そういうもんと思えばアリなんかな。少なくともアッシュはんは喜ぶんやろな」
「セレアさんってばアッシュ達がステータスが確定したって騒いでたときは呆れた顔してたくせに、こっそりその紙を回収してたんだよ。何するのかと思ってたら、アッシュへのプレゼントにしようなんて、自分だけポイント稼ごうなんてズルいよね。ということで私と連名での注文なんだよ」
ふうん、とフィルマは何ともいいがたい表情をセレスに向ける。
「何よ……」
「まあええわ。期日はいつなん?」
「別に急がなくていいわよ。私が星の白銀を離れる時の置き土産にしようと思ってたから」
「ほへ? セレスさんほんとに退団するの?」
「あら、最初からそう言ってたでしょ。安心してって。アッシュを取ったりはしないから」
「そうなんだけど……」
フィルマは先ほどからの表情のまま、寂しげに笑うセレスの顔を見つめている。
◇◇◇◇◇
かくして。
フィルマ商会により作成されるアッシュとヴァルドのステータス証書。
高級羊皮紙に達筆の職人が丁寧に書き込み、鮮やかな文様で枠組みされ、映える赤色のインクが使われた豪華な一品に仕上がった。
商会の店頭でその二枚がセレスに渡された際、たまたま買い物に来ていたグレゴやマークに目撃される。
「もしかして、アッシュさんの言ってたステータスカードってこれのことですか!」
「なんでい、MND値が1だなんてしょぼい冒険者だな。だれのステータスだ?」
「ちょっと、土まみれの手で触らないで! さああっち行って、あっち」
「なんでいエルフの娘っ子が」
彼らはすぐに店員に追いやられていくが、その反応ぶりを見ていたフィルマ。後にカウフ商会のトップに上り詰めて己の店を王国一の大商会へと育て上げることになるフィルマの、勘が囁いたのだ。
「これ、金になるんやないか」
そしてこっそりアッシュに接触。少し水を向けるだけで大喜びでステータスの何なるかを語るアッシュから、その概念を学ぶ。
しばらくしてカウフ商会の店頭の隅に置かれた新商品。
試しに板切れに簡易的な装飾を施した5種類のステータス証書である。
3000マトルという三日分の食事代相当に設定された価格。高くはないが本来なんの役にも立たない板切れとしてはとても安いとはいえない値段である。
だが、これが売れた。
最初の客はアッシュであった。
自身が定めたステータスの1/10の数値であるが、「これはまさか、高PTの秘訣というステータスをオープンするってやつか!」と叫びすぐさま5種類全部を購入。
次はヴァルド。続いてドワーフ兄弟。『不滅の蒼』の三人も金を出し合い全員で一枚だけを購入する。
日頃アッシュの語るあやしげな高PTの秘訣には騙されない彼らも、見て手に触れられるきらびやかなアイテムには心が奪われてしまったのだ。
酒場や合同任務の休憩中に、機会を見つけて取り出し披露し、その何たるかを皆に解説し自慢してまわる。
そうして徐々に冒険者の間でステータスカードが広まっていく。
程なくして用意していたカード全種、計100枚の在庫が無くなり、フィルマは勝負に出た。原材料と職人のスケジュールを押さえ、すぐさまステータスカード第二弾を発売したのだ。
ぱっと見は枠の文様が多少変わった程度の違いだが、種類が一気に20種に増えた。第一弾はさほどの差は無かったが、今回はHPとMPが最大50程度の振れ幅。MND値などの各項目も1~2のブレが設けられた。
だがこの違いが大きかった。
自分の持つカードはHPは低いがATK値が他より強いから最強だとアッシュが主張する。
いや、自分のSPD値が3のカードは誰よりも早く攻撃できるから先制逃げ切りで勝てるはずだ。グレゴがそう反論する。
つまりは日頃の酒場での力自慢が、きらびやかなカードで具体化したようなものでさる。
冒険者とは自分こそが誰より優れていると自負している生き物である。ならばその資質を目に見える形で表してくれるステータスカードに夢中にならないはずがなかった。
「やった、MPが200を越えてる上にINT値が3だ! これなら魔法勝負に持ち込める!」
そして、第二弾の一番の特徴。それはカードが布袋に入れられ中身が見えない状態で販売されていることである。しかも需要の高さから一人一枚の購入制限がかけられた。
逆に言えば新人冒険者でもLUK値しだいでアッシュのようなベテランのステータスにも勝ちうるのだ。
ここにきてステータスカードの人気は一気に爆発した。
冒険者は競い合うようにカードを購入し、その資金のためならば危険な任務にも果敢に挑むようになった。
もはやカードは持っていて当たり前、無ければ例えBランク冒険者であっても舐められても文句は言えない。そういう存在になったのである。
フィルマの方も需要にあぐらをかかずに儲けを品質に還元する。第三弾が出る頃には色が変化するインクは数値部分だけでなく枠の文様にも適用され、高級感が増した。
ステータス自体もバラツキを大きくさせたことで戦略性が生まれた。
さらには極一部の全項目が高いカードも用意し、そのカードは第三段30種1000枚の内の僅か10枚の作成とし、射幸性を煽る。
かくして冒険者たちは依頼を果たすとき以外はカードを取り出してニヤニヤと眺め、同じようににやつく誰かと頭を突きつけあってカード比べをする。そんな日常へと変わったのであった。
◇◇◇◇◇
男たちがカウフ商会に向かってからしばらくたち、彼らが満面の笑みを浮かべながらが戻ってきた。
「すげえぜ、第四弾はな、なんとカードが銅板になってるんだ。まさに俺の高ステータスを飾るに相応しい重量感だぜ」
「よかったー、最後の一枚が買えたー」
その頃に依頼を果たして食事をとりに来た冒険者達が、第四弾の発売と早々の売り切れを知らされ、悔し涙を浮かべる。
そんな彼らにアッシュが、ヴァルドが、グレゴが、マークが、自慢げに己の戦果を誇るのであった。
「はっはっはっ、まあ俺のステータスを披露してやるからよ。今日はこれを見て我慢するんだな――――」
そして恭しくカードを布袋から取り出すのである。
「「「「ステータスオープン!!」」」」




