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折れるシンボル

休みが終わる、、、はやうぃ、、、

「本当にどうして、こうなったんだ……私は誰もが幸せになれる選択を示したのに」

 残念そうな声で言って、奈良は立ち上がる。

 すると彼の身体の岩が、さらに増殖し、身体を大きくしていく。

「人の幸せを勝手に決めるなよ」

「じゃあ君は、このまま怪物として生きていく方が幸せだと言うのか?」

「それが、俺らしさなら、受け入れるしかねェ」

「開き直ったらお終いだよ」

 頭を振り、奈良はしゃがみ込んだ。そしてアスファルトの地面を割って、中にその手を突っ込んだ。

「確かに君の攻撃力は驚異的だ。抑制できている今の状態でもね。だが時に黄磊くん」

「なんだ?」

「君は、敵が自分の領域(テリトリー)に何の策も施さないと思っているのかな?」

 ボコボコ、と地面が波打った。

 するとアスファルトを破って、下から灰色の岩石が飛び出てくる。大駒の両脇に、二枚の分厚い壁が立ち上がった。

「私は塗装された地面の下に、自分の岩を埋め込んでおいた。いざという時に使えるようにね……ただ自分の聖地であるスタジオ内は壊したくなかった。だが君相手なら仕方が無い。私は私の全力を尽くすよ」

「ぬおっ!」

 大駒の両脇に立ちはだかった壁が、大駒を挟むように迫ってくる。

 大駒は間一髪でそれを前に飛んで避ける。そこに突っ立っていればぺちゃんこにされただろう。

 だが安心したのも束の間、今度は大駒が避けた先の地面が隆起し、下から岩が飛び出てくる。跳んで宙に浮いていた大駒はそれを避けられずまともに喰らい、ピンボールのように高く空へと叩き上げられる。

「ぐ……痛ぇ……」

 宙にかち上げられた大駒は、もはや身動きの取れぬサンドバック。

 その大駒に向かって、飛び出た岩から更に細かい岩の拳が無数に飛び出てくる。それらは宙にいる大駒を何度も何度も殴りつけ、彼を宙から下ろさない。両腕で防御をしても、防御の隙を的確に突いてくる。

「う、アアアァァァっ!」

 大駒は叫び身体を開くことで、一瞬だが全ての岩の拳をはじき飛ばした。

 そしてまっすぐに落下していき、巨大な岩の固まりを振り下ろした拳で粉々に吹き飛ばす。

「フゥ……フゥ……!」

「どうした、また少し獣に近づいたんじゃないか? 興奮するとあっという間に自我を飲み込まれるぞ」

「うるせェ!」

 飲み込まれそうになる自分を吹き飛ばすように、大駒は駆けて奈良へと突き進んだ。

 しかしその道を阻むように下から次々と岩の壁が飛び出てくる。大駒はその一枚一枚を殴って突き破りながら進んだが、だが数枚を打ち砕いたところで力を無くし、壁にぶち当たった。

「【岩壁(がんぺき)牢獄(ろうごく)】――」

 大駒が立ち止まったのを見計らい、奈良は呟くように言った。

すると今度は大駒の側面、そして後ろに囲むように壁が現われ、それが何重にも張り巡らせられる。さらには唯一開いていた上空すらも、蓋がされるように閉じられる。

 大駒は抜け道の無い暗闇へと閉じ込められた。

「ゼェ……ハァ……」

 それでも大駒は力なく、目の前の壁に頭突きをかました。

「無駄だ。今の君には壊せない」

 隙間一つない壁から、声が響いてくる。奈良の声だ。

 奈良が、自分の岩を通して声を飛ばしているのだ

「もういいだろう。君は頑張ったさ。身元もわからぬ少女のために」

 大駒の息がどんどん苦しそうに息切れていく。

 密閉された空間で、大きく呼吸する大駒のせいで酸素が無くなりつつあるのだ。

「君の身体の大きさからして、そこの酸素はすぐに無くなる。そうなれば力もくそもなく、君は死ぬ……」

「俺は、死なねェ……!」

 もう一度、力ない頭突きをかますが、分厚い壁はびくともしない。

 そもそも息がしずらく、力も入らない。

「いや、死ぬんだ。これは変えようのない事実だ」

「俺は、死なねェッ!!」

「死ぬんだ! 諦めろッ!」

 何度も何度も、大駒は頭を壁に打ち付けた。

彼の額から血がにじみ出てくる。

「君は何もわかっていない! 仮にここから出たとしても、すぐに奴らに殺される! 世界は全て君の敵だ! そんな中でどうやって生きていくんだ!」

「うるせェんだよ! ハァハァ……さっきも言っただろ! 怪物だろうがなんだろうが、俺は俺だ!」

「だがそれを奴らは、私達を敵視する人間はわかってくれない! 君だって体験しただろう! 君を怪物として恐れ、蔑み、妬む人間たちの冷め切った視線を!」

 大駒の脳裏に部活仲間の視線が想起される。

 主役(しゅえき)猛付(もうつく)、そして自分を狙った宝華や山南。彼らの獣を見るようなその視線を。

 思い出す度に、胸が苦しくなる。

「だったらそいつら全員に、俺は怖くない、何もしないって、そう教えてやるッ! そしたらきっと、いつか受け入れてくれるッ!」

「無理だ! 人間と怪物は相容れない! いつか君はその仲間を傷つける! 今は大丈夫でも、必ず!」

「勝手に、決めんな! ハァ……ハァ……俺は、そんな事、しない! そう信じてくれる人が、いる限り!」

 彼の脳裏に最後に浮かんだのは、南都(なんと)伊子の顔だった。

 大駒は目の前への壁への攻撃を止めない。

 何度も何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も――立ちはだかる壁に立ち向かい続けた。

 まるで、自分の閉ざされた未来を、こじ開けるように。

「醜い抵抗は止めろ! 潔く死を受け入れろ! それが君の最後の人としての矜恃(きょうじ)だ!」

「だから、俺の未来を、勝手に決めんじゃねェッッ!!」


 ドゴォッ――幾重にも重ねられた岩の壁が、揺れた。


 そして遅れて、正面の壁にヒビが入り始める。

 そうしてゆっくりと、大駒と奈良を遮る岩の壁に、穴が空いた。

「……」

 信じられないと、奈良は身体を引いた。

 やっと通れるくらいに空いた小さな穴から、大駒が、怪物が、歩み出てくる。

 その額は血に染められている。

 見るからに弱々しいその姿に、だが奈良は圧倒されていた。

 大駒が一歩一歩と近寄る度に、奈良はその身を一歩一歩と引いていく。

「奈良監督。俺、あんたに映画の主演の話を持ちかけられたとき、メチャクチャ嬉しかった。やっと認められたって思ったし、俺だってやればできるんだって思えた。でも――」

 大駒は拳を下から突き上げるように、奈良を殴った。

 奈良はそれを防御を固めて防いだが、身体は勢いに押されて空高くへと斜めに吹き飛んだ。放物線を描くように、ゆったりと宙を舞う。周囲の電気が全て消えているからか、空の星々が綺麗に見える。

 だがその星のパノラマに、大きな陰が飛び込んでくる。

 それは大駒だ。彼が吹き飛ばした奈良の、さらに上へと飛び上がった。

 彼らがいるのは、大駒が主演の映画を撮影している、②番スタジオの真上だ。

 大駒はそのまま真下の奈良を見据え、拳を振り上げた。

「や、やめろ! あそこには、君のための映画のセットが組んであるんだぞ!」

「やっぱり、俺に、主役は似合わねェみたいっス」

「あれは君と、そして私の夢が詰まっているんだ! あれを壊せば、君はもう二度と映画の主演をやれなくなるぞッ! 君は栄光の人生を、台無しにするのかッ!?」

 訴えるように叫ぶ奈良。

 だがそんな興奮する奈良に対し、大駒は驚くほど落ち着いた様子で言った。

「すんません。でもやっぱり俺は、怪物ですから」

 大駒は容赦無く拳を奈良に振り下ろした。

 そのまま上から押し潰すように落下していき、彼らは巨大な②番スタジオへと激突した。

 あまりの衝撃にスタジオの屋根が吹き飛ぶ。

 粉塵が舞い、それが風に流されて消えると、天に晒された②番スタジオの中では、大駒が立っていた。

 奈良はその側、粉々になった東京の街を再現したジオラマの上で寝転がっている。

 動かない。その身からは岩の鎧が失われ、奈良は白目を向いて倒れている。

 気絶しているのか、死んでいるのか。

 ただ彼のこだわり愛した百分の一スケールの東京タワーは、修復不可能な程に、折れ曲がっていた。

 スタジオ内のセットも全て、落下してきた天井の瓦礫に潰されていた。

黄磊(おうらい)大駒!」

 状況を見て駆けつけてきた宝華が、崩れた天井付近から顔を覗かせる。心配そうな顔でスタジオ内を見回し、その中心にいた大駒を見つけた。

 大駒はそんな彼女に向かって、親指を突き立てた。

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