高い高い
来年もよろしくお願いします!
宝華は強く瞳を瞑った。地響きがする。
ゆっくりと、恐る恐る宝華は目を開けた。
するとそこには、足を地面に振り下ろした大駒と、その大きな足の横でちょこんと立ち尽くすノラの姿があった。
「ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッ!!」
その場で、大駒が咆吼かする。
いや、もはやそれは絶叫に近い叫び声だった。
そして彼の身体が、微かに光を帯びる。その光は徐々に大きくなり、閃光を放った。
あまりの眩しさに目を瞑っていた宝華が目を開けると、やはりそこにいたのは変わらず化け物の身体をした大駒だった。
だがその髪が黒い。そして肌の黒も、少しだけ薄くなっている。
「だいくっ」
ノラがその怪物に向かって両手を差し出した。
しばらくそれを見つめていた怪物は、しかしゆっくりノラに手を伸ばし、彼女を、抱き上げた。
優しく、自分の胸に引き上げるように、抱き上げたのだ。
「貴方……なの?」
地面に俯せに横たわる宝華比美が尋ねた。
その質問に対し、その怪物は言った。
少年の――黄磊大駒の声で、言葉で、言った。
「悪かったな、迷惑かけて」
それは大駒の瞳だった。今にも人を襲わん獣ではない、人の温かみがある、大駒の瞳。
その身体は未だ怪物で、凶悪染みているのに。
だがそれには大駒の意志が戻ってきていた。
「久しぶりだな、ノラ」
「ん!」
嬉しそうに顔を綻ばせるノラに、大駒も笑顔を作った。
そのまま大駒は宝華へと近づいてきて、彼女の身体を持ち上げた。ノラと反対、左腕の中に彼女を抱きかかえる。
「また制服ぼろぼろじゃねぇか」
「貴方がやったんでしょ!」
「ああそうか」
「……憶えているの?」
「微かに、だけどな。何か意識が朦朧としてて、あんまし憶えてねぇけど……でも確かに俺は暴れて、壊した。それは憶えてる」
周囲の惨事を見渡す。電波塔は倒れ、アスファルトには大きなクレーターが出来ている。
「それにしても、どうして戻ってこれたのかしら……貴方は、完全に《怪物》に覚醒してしまったはずなのに……」
「なんつーか、こう、興奮はしてるけど、むかついてないと言うか……元気は湧いてくるけど、破壊衝動は湧かない、というか……なんか中途半端な気分だ」
でも、不思議と心地が良い。大駒はそう言った。
「《怪物》としての本能が、馴染んだのだろう」
そう割って入るように説明したのは、奈良だった。
奈良は復活させた岩の鎧を身に纏い、初めと変わらぬ様子でそこに立っている。
だがやはり、彼の声には先ほどまでの張りはない。どこか苦しそうだ。
宝華は自然と本を構える。
「私も初め〈逢魔ヶ時〉を迎えた時は、身体が熱く、なんでもいいから壊したくなって暴れた。本能のままに暴れた後、しかしその興奮が次第に自分に馴染んでいって、それが当たり前になると、我を取り戻した……」
「何だよ、じゃあこうなったら後は大丈夫じゃねえか」
「違う。違うよ。それは大きな間違いだ、黄磊くん……君は今、蝋燭に灯った小さな火の状態だ。それは確かに燃えているが、火は弱く落ち着いている……だがそんな火の落ち着きは、容易く崩れ去る……そうだろう? 風に揺らめかない火は存在しない。つまり、何か些細な要因でさえ、君のその精神の平穏は崩れ去り、また先ほどと同じように暴れ出す」
何も現状は改善などしていない。
奈良は残酷にもそう言った。
「しかしこれで名実ともに《怪物》になった……哀しいがその結末を私は受け入れよう。そこでだ、黄磊くん」
「なんだ?」
「私達の仲間にならないか?」
「……」
言っている事が正気なのか、と大駒は目を細めた。
「だって私達は《怪物》だよ? 人間に忌み嫌われ、それでも破壊を止められぬ、負の存在だ。君はいずれその抱きかかえた少女に、殺される。だってそれがこの社会の選択だからだ」
宝華は大駒を見上げたが、大駒はその凛々しい顔をじっと奈良に向けていた。
「私達に居場所はない。ないなら作るしかない。それが私達〈ブラックシアター〉だ。私達と組めば、迫り来る刺客から逃れられる。その《ワルキューレ》の少女を使って、神の国へ行けば、この忌まわしい役割から解放される!」
「お断りだ」
だが大駒は、何の躊躇いもなく、そう言い放った。
その目に、以前のような迷いの揺らぎはもはや見えない。
「残念だよ」
奈良が構えた。そして身体から石つぶてを大量に射出する。
すると大駒は抱いていたノラと宝華を上空へと投げ捨てた。
「ひゃあ!」
「わわっ」
そうして空いた両手で防御をはかり、石つぶてを受け止める。
ドドドドドッ――と爆風が舞う。
だが両腕を完全に防御に回した大駒にはそれは効いていない。
大駒はそのまま落ちてきた二人を、もう一度キャッチする。
「ちょっ、投げないでよ! 私高いの無理なんだからッ!」
「そ、そんなの知らねぇだろ。しょうがないじゃねえか」
「もっかい! もっかい!」
涙目の宝華とは裏腹に、ノラは今のがとても気に入ったように大駒に懇願している。初めて会った頃に高く投げ飛ばしたのが、癖になったのだろうか。
「がははっ! おう!」
「待っ――」
大駒はもう一度二人を上空に投げた。先ほどよりも高く。
宝華は引きつったような表情を見せる。
その滞空時間の合間に、大駒は向かってきた奈良のショルダータックルを受け止めた。
互いに押し合い、互角の競り合いだ。
「ぐぬぬ……」
「理性を失い力に全てを乗せていた先ほどとは違う! 君は今理性という箍のせいで、力を存分に出せはしない!」
競り合う。競り合う競り合う競り合う。
だがそれでも勝負は決しない。
それでも上空の二人は止まらず真っ逆さまに下に落ちてくる。
「いやァァァっ!」
「きゃはははっ!」
相反する反応を見せて落ちてくる宝華とノラ。下で受け止めてくれるはずの大駒は奈良に捕まって動けない。宝華は宝華で、落下の恐怖で身体が固まってうごかない。
このまま地面に直撃する――と目を瞑った瞬間、身体が軽くなる。
それは大駒の両手だ。左右に落ちてきた二人の身体を、大駒がぎりぎりで掴んだのだ。
「おっとっとっ……!」
地面すれすれを宝華の顔が通り、何とか上へ持ち上がる。
そのままもう一度、上へと二人を投げ上げ、大駒は再度奈良と組み合った。
「君が私達の仲間にならないと言うのなら、その《ワルキューレ》は渡してもらう!」
「やれるもんなら、やってみろォ!」
大駒はこちらに体重を掛ける奈良に対し、あえて上半身を引く事で奈良の体勢を崩した。そしてそのままバックドロップの要領で奈良を後ろに叩き付けた。
「受けとめなさァァいィィィィ!」
「きゃはははっ!」
それで上から落ちてくる二人を何とか受け止める。そしてようやく二人を地面へと下ろした。
宝華は死んだような顔で四つん這いになり、
「わ、私……死んだわ……三回も、死……うっ」
「大げさなやつ」
「うるさいわね! 野蛮人!」
叫んで元気を取り戻したのか、ようやく宝華は立ち上がる。
「じゃあノラの事、頼んでいいか?」
「いいけど、いいの? 私も貴方の敵よ? 体良くノラちゃんを連れてくかもしれないわよ」
「がははっ。そんな事言う奴なら大丈夫だろ! それに……」
「それに?」
「俺はお前を信じてる。良い奴だからな」
「なっ」
急に優しい言葉を掛けられ、不意を突かれたように顔を赤くする。
大駒の足をノラが引っ張った。大駒はノラを見下ろす。
「悪いな、ノラ。俺ァちょっと用事があるんだ。だからまた、後で遊ぼう」
にっ、と変わらない笑顔を見せると、ノラはゆっくりとその手を離した。
「いいの? 私も手伝おうか?」
「ああ、いい。こいつは……この人は、俺が倒す」
宝華は開いた本を閉じた。
そしてノラを抱き上げ、戦場から離れるように走って行く。
それを確認し、大駒は奈良へと向き直った。




