終章
その日の夜、久しぶりにかかってきた佳奈子の電話からは泣き声が聞こえた。
確か、今日の夕方、こちらに戻ってきたはずだが、何かあったのだろうか。心配になり、泣きじゃくる佳奈子を落ち着かせると、意外な言葉が返ってきた。
「飯塚くんと仲直りできたの……。私、いつも飯塚くんにいじめられちゃうから。もしかして、飯塚くんに何か悪いことしたんじゃないかなって……でも良かった。飯塚くん怒ってなかった。今までごめんねって謝ってくれたよ……。神社でお願いして本当に良かった」
どうやら飯塚は昨日の私との約束を守り、佳奈子に謝ってくれたようだ。
安心のあまり、泣き出してしまうとは佳奈子もまだまだ子供のようだったと分かり、私も安堵した。
飯塚が佳奈子に告白したのかどうか気になるが、佳奈子に直接聞いてしまうのはなんだか飯塚に悪い気がしたので、ぐっと我慢する。いつか、佳奈子や飯塚のほうから報告してくれるのを気長に待つことにしよう。
佳奈子との電話を切ると、ちょうど1階のリビングから笑い声が聞こえた。
ぞくぞくと帰ってきた家族が、平和な日常が戻ってきたことに安堵しているようだ。月姫もやっと帰ってきた姉にべったりだ。久しぶりに会ったのだから当然だろう。こんなに離れて生活していたのに、月姫が姉の不在を寂しがって泣いたのは初日だけだった。
私は母がいなくても、全く問題なかったが、小さな身体で寂しさを密かに抱えていたのかもしれない。
通学用のカバンから、一枚の原稿用紙を取り出す。『将来の夢』の作文だ。
将来、自分が何になりたいかなんて、想像することもできなかった。
毎日なりたいものが変わる姪っ子が羨ましかった。自分が忘れてしまった、キラキラしたものを持っている気がしたから。
姪っ子とともに過ごしたこの5日間で小さかった頃の色んな気持ちを思い出すことができた。
夏休みの宿題。唯一取り組むことができなかった将来の夢という作文。高校生にもなって、馬鹿らしいと思っていたが、馬鹿らしくてもいいじゃないか。私たちはこれからなんにでもなれる。
私も、可能性の原石なんだ。
ペン立てからシャープペンシルを選ぶと、ペン先を走らせた。
私は保育士になりたい。
自信に満ちた文字だった。
Side 月姫
ママの車でおばあちゃんの家へ向かう。
おばあちゃんもおじいちゃんも優しいから好き。花はいつも怒るけど、かわいいから好き。
花は部屋に入ると怒る。でも、花の部屋はかわいいし、いい匂いがするから好き。
おばあちゃんの家につくと、花は学校に行っていていなかった。
ママはお仕事の電話がかかってきたから、るなをおばあちゃんの家に置いていっちゃった。おばあちゃんと少しの間遊んでいたけど、おばあちゃんは疲れたみたいでソファーで寝ちゃった。こっそりと、二階にあがって花の部屋に入った。
花の部屋にはかわいいものがいっぱい。いつもここでお泊りしたいなって思うんだ。
机の上で、キラキラ光るものを見つけた。近づいてみると、赤い石がついた指輪だった。
ママもパパもいつも左手に指輪をつけている。ちょっとうらやましかった。ママに指輪をわたしの指にはめてってお願いした。いつもママはわたしのお願いを聞いてくれるけど、このお願いは聞いてくれなかった。
「この指輪は魔法の指輪。ママをパパのお嫁さんにしてくれる魔法が込められているのよ。だから外せないの。月姫がもっと大きくなったら、月姫の指輪がもらえるよ」
わたしも魔法の指輪がほしくなった。指輪に似ているものはおうちにたくさんあったけど、どれも魔法の指輪じゃなかった。
この指輪はきっとわたしをはやく大人にしてくれる魔法の指輪に違いない。だってこんなにきれいなのだから。「ただいまー」花の声が聞こえた。
今日は花に怒られないで仲良くできるかな。
花と仲良くなりたいな。
指輪をぎゅっともって花が入ってくるのを待ってた。




