第36話 馬車での行商 出発
晴れ渡る青空とすっかり雪も溶け春らしくなってきた麗らかな陽気の春の日、ケンとハナは馬車での行商に出発していた。
今はまだ出発をしたばかり、後ろを向けば未だにサウスの町の城壁が見えるが御者台の新米2人には後ろを振り向いている余裕は未だ無い。比較的広いノースの町へと続く街道を馬を器用に操りながら先の村へと進んでいる。
より正確に言うとケンとハナが交代で御者をやりながら一頭立ての馬車で移動しているのである。師匠とヘイ、護衛として旦那とソレナが同行していた。6人旅である。
ちなみにこの馬はギイ商会から借りてきた馬ではなくケンとハナが共同でお金を出し合って購入した馬である。行商で村々を回った際に馬の飼育を行っている村に立ち寄り、9ヶ月の行商の利益の殆どと引き換えにまだ若い馬を購入することが出来たのだ。
ケンとハナは最初お金が足りてよかったと無邪気に喜んでいたが、この村ではギイ商会やマール国にも馬を卸しており、王女であるハナや会頭であるギイの顔を知られていたために格安で購入できたのである。後から教えて貰った時に2人は驚いていたが、「使えるもんはコネでも使え」とヘイに言われて納得したのだった。
なお旦那やソレナは馬ぐらい貸してやったらどうかとギイに言ったのだが、「借り物と自分で購入した物では思い入れが変わってくる」という理由でケンとハナの2人に金を出させたのだ。
ちなみにヘイも修行時代に同じ様に自分の馬を購入したのだが、手持ちの金が足りなくてギイに無利子で借金し、後に返済をしていた。2人の修行中は人に貸すことでレンタル料を得ていたりする。流石は商人である、中々に抜け目ない。
「いい天気ですねぇ。これなら宿泊予定の村へ無事に着けそうです」
「それにしても馬車はやっぱり良いですね。早いし、疲れないし、何より荷物が沢山積めるもの」
ケンとハナは例によってテンションが高い。初めての馬車での行商に大張り切りのようだ。しかし後ろの荷台ではヘイが師匠であるギイに怒られていた。
「全くお前がついていながらこれに気づかないとはな・・・」
「申し訳ありません師匠。完全に俺のミスです」
ギイが呆れており、ヘイが謝っている。馬はあり、荷台もあり、商品も旅の道具も揃っていた。しかしヘイは肝心なことを伝え忘れていた。そうこの馬車には「幌」が無かったのである。
「旦那殿、しかし幌がない方が360度良く見えますから護衛としては寧ろ良いのではありませんか?」
「いやそれは違う。幌があれば雨除け、風除けになるし何よりも「幌の中身が見えない」という状況を作り出せるのが大きい。このように中身が丸見えでは「人数」も「積荷」も丸分かりだ。はっきり言ってメリットよりもデメリットの方が大きいのだ」
町中や村だけで使うならわざわざ幌は必要ない。しかし長距離の移動をする行商人には品物の保護という観点からも幌は必要なのだ。ケンとハナはこれに出発まで気づかず、ヘイは完全に伝え忘れていて出発直前にギイに指摘されて気づいた次第だ。3人揃って謝ったが、監督をしていたヘイが一番怒られていた。
「まぁ忘れてしまった物は仕方がない。ウエストの町に着いたら幌を装着して行商を続けよう」
「了解しました。おいお前らそういう訳だ、街に着いたら馬車屋で幌を購入する。今回は俺のミスだから幌代は俺が出してやるよ」
「ありがとうございますアニキ」
「助かります兄さん」
話は終わったという事でヘイが御者台へとやって来た。景色は今までの行商と変わらないが、視点が高くなったため違う景色に見えるのかケンとハナは飽きること無く外を見ている。ちなみに今の御者はケンだ。おっかなびっくりだが何とか馬を走らせることが出来ているようだ。
「上手くなったじゃねぇの、初めはまともに動かせなかったのにな」
「散々練習しましたからね、村でも馬には慣れっこだったし何とか成るもんですよ」
「びっくりだよねー。ケンは私と違って馬には慣れてないと思ってたよ」
荷台の整備が終わった後にヘイがまず行ったのは荷台を馬に繋いでの御者の練習だった。当たり前だが馬を操れなければ目的地に辿り着けないのだ。元々町暮らしだったヘイはこれに結構な時間を費やしたものだが、ハナは王族として馬には子供の頃から乗っていたし、ケンは村の馬や、宿屋の客の乗ってくる馬の世話をしていたために予想外に馬の扱いが上手かったのである。
結果少し教えただけでこの2人は馬を操ることが出来たし、御者も務められた。ヘイはそれを見てちょっとがっかりしたのだった。
「それで兄さん、これから泊まる予定の村で行商をしてその後は一気に町で良いんですよね」
「ああそれでいい。今回は細かく回るよりも奥の村まで行くのが目的だからな」
「それで足りない荷物はウエストの町で補充していくのですよね」
「そうなる。まぁそこが徒歩と馬車の違いでもあるな」
基本村々を回る徒歩の行商だと途中で品物の補充は出来ないので、出発地点の町で品物を全て揃える必要がある。しかし途中に町があればそこで補充することが出来るし、これから行く先の最新情報も得ることが出来る。必ずしも出発時点で荷物を満載にする必要は無いのだ。
「荷物が重ければそれだけ馬や荷台に負担が掛かるからな、可能なら荷物を減らして、なおかつ売れるものは載せておくのが稼げる行商人の鉄則だ」
「「了解しましたアニキ(兄さん)」」
馬車はトコトコと進んでいく。その後予定通りに村に着き、一泊した後、一行は無事に最初の目的地にして中継地であるマール国の衛星都市の1つ、ウエストの街に到着したのだった。
貨幣制度を円換算から銅貨、銀貨、金貨と言った異世界ものっぽい奴に切り替えました。
其れに伴い、幾つかの話を修正してあります。




