第37話 ウエストの町
その馬車が街に入ったのを見届けることもなく伝令は町の中心部へと突き進む。
王都側に位置する南門、そこからもたらされた情報は瞬時に町の貴族、兵士、ギルドの重鎮達の間に広まっていった。
話は既に1年も前から広まっていた。彼女が行商人に弟子入りし修行をしていると。冒険者として依頼をこなし、行商人として徒歩で首都周辺の村々を歩き回っていると。
そして近い内に馬車での行商に出るらしいという噂も流れて来ていた。本人達が自覚するよりも事は大きくなり、情報の拡散は早かったのだ。
【王女殿下来訪】
その報は瞬く間にウエストの町を席巻していったのだった。
そんなことは露知らず、ケン達一行はウエストの町を訪れていた。ギイと旦那とヘイは勿論来たことがある。しかしケンとハナとソレナは初めてだ。王都よりも小じんまりとしているが初めて訪れた町に3人は興味津津だった。
「ってかハナは初めてなのか?王女なのに」
「寧ろ王女だから来てなかったのよね。ほらこの国貧乏でしょう、王女としては国の貴族と結婚するよりも、他国の金持ちを引っ掛ける方が優先だったから。成人するまでは王都にいてたまに来る他国の使節と接待、成人してからはお見合いの旅よ」
「ケンさん、この国の貴族は貴族とは名ばかりで正直金持ちなど1人もいないのです。王家との関係も悪くはありませんので、敢えて王女殿下を派遣する必要が無かったのかと。それに公式に王族が動くとなるとお金も掛かりますから」
「あー成る程ね」
ケン達の馬車はウエストの町の通りを馬車屋に向かって進んでいく。この町にも行商人ギルドはあるそうで、馬車屋はその場にあるそうだ。田舎では往々にして同じ建物で複数の商売が成り立っていたりするのである。
「それにしてもこの町は人が多いですね」
「そうだな、以前来た時はこれほど人通りは無かったのだが。何かイベントでも行われているのかもな」
ケンが予想外の町の賑わいについて話をふるが、ギイにも原因は分からない。
まさかこの人通りが王女殿下来訪の噂を聞きつけて、「王女様が乗っていそうな立派な馬車」を一目見ようと集まった人達だとは想像もしていなかった。
そして集まった群衆も、まさかこんな幌も無い様なボロボロの馬車に王女殿下が乗っているとは想像もしていなかったのだ。
結局両者はすれ違い、一行は余計なパニックを起こすこともなく無事に行商人組合に到着した。そこでヘイが中の職員に幌を着けてほしいと注文し、荷物ごと一旦馬車を預けることとなった。そうして一行は徒歩で宿屋へと向かうことになり、ますます王女殿下は群衆に見分けがつかなくなったのだった。
宿屋へ向かう途中は仕入れの勉強だ。ケンとハナは町で売られている様々な商品を手に取り販売価格を聞いて、売れそうなものは購入していく。欲しい物ではない、そんな余計な金はどこを探してもないのである。
「意外と首都と売値が変わりませんね」
「本当よ、物によっては安い物もあるくらい。何故なのでしょうかお師匠様」
2人は首都の方が物価が安いものと考えていたのだ。暫く考えても答えが出ないので師匠に聞くことにした。
「どこでもそうだが各村で作られた作物、家畜、品物は皆最寄りの町に集められて、そこから行商人の手によって他の場所へと渡って行く。だから町で売っている通常の品物というのは基本あまり値段は変わらない。特にここは同じ国内だしな」
「ちなみに国が変わると普段使う道具や育つ作物なんかが変わるから、この国で普通にある物でも他国に持っていくと高く売れたり逆に見向きもされなくなったりするぜ。だから行商人として儲けようとしたら本番はやっぱ国を跨いだ行商なんだよな」
ギイの講義をヘイが引き継ぐ。ギイはケンとハナと同時にヘイも育てているため積極的にヘイの発言を許可していた。
そうこうしている内に今晩の宿屋へ到着した。なおギイは新米を育てるにあたって宿代も自腹で出させている。よってヘイがギルドで幌の注文をしている間に、行商人ギルドおすすめの安くてきれいで安全な宿を紹介して貰っていたのだ。
ちなみにヘイの修行の時はひたすら安い宿ばかりに泊まっていた。しかし今は女性が2人もいるのだ。条件が厳しくなるのは当たり前だった。
なお村々を徒歩で行商していた時はそもそも村には宿が1軒しか無く、偶に宿すら無い村もあった。その時は空き家や誰かの家に泊めて貰ったりしていたので今ではハナもどこでも眠れる様になっている。そもそも野宿の訓練もしたのだ。屋根と壁があれば何の問題もない。
「幌が出来るのは明日の昼頃だそうだ。とりあえずこの宿で一泊して明日の午前中に仕入れをして、飯を喰ったら午後には町を出るからそのつもりでいるように」
「えー!町を見て回ったりはしないのですか?」
「今回は「往復」だからな、「周回」ならじっくり見て回る所だが、帰りにまた寄る予定だからその際に見れば良い」
「「往復」というのは同じ道を行って帰ることですよね、「周回」って何ですか?」
ハナの質問にギイが答えていく。
「周回」というのは「往復」と同じく元の場所に返ってくることだ。しかし「往復」と違い、幾つか目的地をハシゴしてぐるっと回って帰ることを言う。つまり行き道と帰り道が違うのである。徒歩で回った行商は大抵がこれだった。
今回の行商はこの先の奥の村まで行って帰ってくる往復の行商だ。だからもう一度必ずこの街を通るためそんなに急いで見て回る必要は無いのである。
「寧ろこれから先ずっと村しか無いからな、帰ってきた時は大体城壁で守られた町中で体を休めたくなるんだよ。だから行きはさっさと通過して帰りにゆっくりすんのさ」
そういう訳で出発は明日の昼過ぎとなった。もう時間も遅いということで夕食まで部屋でゆっくりして宿の食堂で夕食を取ることになった。ちなみにこの宿に併設されている食堂も安くて旨いと評判だった。ギルド職員はいい仕事をしたらしい。
そしてケン達が食事に向かうとようやく今日の人通りの多さの理由について知ることが出来た。
「おい聞いたか?今この町に王女殿下がいらしているらしいぞ」
「何だお前まだそんな噂信じてんのかよ、噂が流れて街中の人間で通りを眺めてたけどそんな立派な馬車なんて通らなかったって話だぜ。ガセだよガセ」
「ガッカリだねぇ。あたしゃ一度でいいから王女殿下を拝見したいと思ってたのにねぇ。王都では結構頻繁に見られるんだろう?でもあたしはこの宿から離れられないからねぇ。なあ兄さん方、王都から来たんだろう?王女殿下をお見かけしたことはあるのかい?」
「おうあるぜ!」
ヘイが元気よく返事をしているのを目の前で見てハナは頭を抱えたくなった。何かのイベントだと思っていたがまさか自分目当てだったとは、話を聞いてから旦那とソレナが微妙に席を移動している。きっといざという時は守ってくれるのだろう。ハナは2人に心から感謝した。そして兄弟子に不満げな視線をぶつけた。
「まぁそうなのかい!やっぱりおきれいな方なのかい?」
「そうだなぁ美人っちゃ美人だが、どっちかって言うと健康的な美人だなありゃ。いわゆる絶世のとか儚げなって感じじゃなくて活動的って感じだね。多分おばちゃんのイメージする王女様とは違うと思うぜ」
「そうなのかい?でもやっぱり元気が一番さ。あたしも元気さなら負けないけどね!」
はっはっはっと食堂内に笑い声が響き渡る。それから暫くすると話の内容は暮らしのことやモンスターの事に変わっていった。
「悪かったですね絶世でも儚げでも無くて(小声)」
「こういう時はな、変に嘘を言わずに真実を言わねぇ様にするんだよ。その方が相手に気づかれにくいんだ。お前もその方が良いだろうが(小声)」
ヘイはニヤッと笑ってまた食事に戻る。どうやらこの場でバレることは無いと判断したらしい。正直ハナも他の皆もホッとしていた。食事は評判通り旨かった。
しかし夕食後に部屋に戻ると部屋の前に男が2人待ち構えていた。1人は細身で1人は太り気味だ。
旦那は素早く前に出るが、ソレナとハナは驚いて2人に声をかけた。
「「あんた何でここにいるの?」」
お互い顔を見合わすが、男達も同様に見合わせている。
そして細い方から声をかけてきた。
「お久しぶりです姉上」
「おっす姉貴元気だった?」
ハナとソレナの弟達、兵士として働いている2人の弟が現れたのだった。




