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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
42/78

42 基礎でも苦手なものは苦手

 紆余曲折、というより完全に睦人の失態があって、睦人と如奈はようやく如奈の部屋へとたどり着いた。


「お邪魔、します……」

「睦人、ここ、玄関じゃないわよ?」

「いやまあ、けじめ、みたいなものだ」

「……?」


 睦人は緊張の面持ちで如奈の部屋に入る。


 如奈の部屋は、持ち主が先日宣言したようにきっちり片付けられていた。

 教科書の並ぶ勉強机、絵本や文庫本の収まる本棚、布団のかかっていないこたつ机、ベッド

。実用的な家具に加え隅にまとめられた剣道の道具が一式と、部屋を装飾するものはなくとも、主の個性を表すには充分なものが揃えられていた。


「睦人が部屋まで来るの、久しぶりね。えっと、いつ以来かしら?」

「中二の冬だな」

「そう……じゃあ、一年は来てなかったのね」


 即答する睦人には突っ込まず、如奈は感慨を持って呟く。


「ん?」


 不躾にならない程度に部屋を見回した睦人の視界に、気になるものが入ってきた。

 如奈は睦人の声に気が付くが、その視線をたどり何事かを理解した。


「ああ、これ?えっとね、整理をしていたら懐かしくなっちゃって、さっきまで読んでいたの」


 こたつ机に、一冊の絵本が広げて置かれていた。


 如奈が拾い上げ表紙を睦人の方に向ける。そこには『美女と野獣』と書かれており、懐かしさから睦人の頬も緩んだ。


「確かに、懐かしいな」

「ええ。えっと、幼稚園生のとき、よね?」

「ああ、雨の日は大体それか『泣いた赤鬼』だった」

「ふふ。あの時は一冊読むのに時間かかったわよね……」


 幼稚園では、園児は時間の多くを遊ぶことに費やす。雨の日は、室内の限られたスペースでできることをするのだが、雨の日は眠くならない睦人と本の好きな如奈は自然と絵本を読むことに落ち着いていた。


 ここから昔話に花を咲かすこともできるのだが、今日睦人が来た目的はそれを許さない。

 如奈は絵本を片付けると、勉強机から教科書や参考書などをこたつ机に移す。


「えっと、じゃあ睦人、そろそろ……」

「……ああ、いい加減、始めないとな」


 やや表情を曇らせながら、睦人は鞄から持ってきたノートや筆入れを取り出した。

 本日の目的、課題の達成にむけて二人はこたつ机についた。





「この問題、解説を読んでもわからないんだが」

「えっと、どの部分?」

「この式、何でここと違うんだ?」

「ええと、相対値と絶対値の違い?だったかしら……」





「……睦人、この問題、解けた?」

「ああ、それは解けた。どこがわからないんだ?」

「えっと、AとBで解き方を変えているのが、何でかなーって」

「問題文に読み落としがあるんじゃないか?これとか……」





 問題をこなす過程で、時には参考書を読み、それでもわからない部分は話し合いながら、二人は課題をこなしていく。

 そうはいっても、いざ取り組めば答えが明確にあり、繰り返し似た問題が出てくるような課題であった。量はあるが、学ぶというより慣れるという側面が強い。少しこなせばある程度のパターンも掴めてくるもので、覚悟していたよりも早く課題は処理されていった。


「……ふう」


 切りのいいところまで終わり、睦人が息を吐く。ちょうど集中力が緩みはじめていた如奈も、つられて顔をあげた。


「思っていたより、進んだわ」

「そうだな。最初はどうなるかと思ったが」

「基礎が抜けてる、って怖いわね……」


 雑談を交わしながら、二人は肩の力を抜いた。

 時間にすれば二時間ほどであり、慣れないことに集中して取り組み疲労もあるが、ある程度の達成感もあった。


「あ、もうこんな時間」

「うん?ああ、もうお昼か……」


 ふと時計をみると、もう昼近い時間であった。

 その時ちょうど、部屋の扉がノックされた。


「二人とも―、お昼ごはんよー」


 如奈の母親の声が扉越しに響く。


 睦人と如奈は勉強道具を片付けると、声に従って下に降りた。


「二人とも、運ぶの手伝ってもらえる?」

「うん」

「わかりました」


 台所には三人分のどんぶりが用意されており、温かく湯気をたてていた。


「今日はお勉強してるって聞いたから、脳に糖分がいくように炭水化物っていうことで、うどんにしたのよー」

「ありがとう、お母さん」

「ありがとうございます。すみません、何も手伝わなくて……」

「いいのよー、二人とも忙しかったんだから」


 用意されたうどんには、ねぎ、かまぼこ、ほうれん草にワカメに卵、とシンプルながら丁寧に準備された具材が乗っていた。


「いただきます」

「いただきます」

「どうぞ、召し上がれー?」


 うどんの温かさは優しく、体だけではなく気持ちにも染みわたる。


 昼食は和やかに進み、話題は一人暮らしをする睦人への、とくに食事に関する質問が多くなった。


「宮古ちゃん、ご飯はちゃんと食べてるのー?」

「一応は食べてます」

「一応?」

「自分で作るんですが、なかなか上手くいかなくて。疲れているとつい面倒になることもあって……」

「宮古ちゃん、自炊してるの……ちなみに、何を作るか訊いても良いかしら?」

「煮物に挑戦しているんですが、成功したことがなくて……。あとは、本当にゆでたりするだけのものですね」


 睦人は自身の手際の悪さなどを恥じ入るが、横で聞いている如奈は尊敬の眼差しを送っていた。


「睦人、一人暮らし頑張ってるのね。すごい……」

「本当ねー。如奈は卵を割るのでやっとだものねー?」

「ええ。お母さん、今度卵が必要な時は手伝うわ」


 話を脱線させそうになる篠崎親子に、睦人は申告した。


「大丈夫だ、如奈」

「睦人?」

「俺は、その、卵は毎回潰してしまっているから……」


 自分から申告したものの、睦人は自分の言葉にやや凹んでいた。


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