33 長年の習慣はなかなか抜けない-1
如奈が公園に着くと、そこではキリアがすでに到着して待っていた。如奈が来たのを確認すると手を挙げて軽く挨拶をする。
「すみません、遅くなりました」
「ああ、大丈夫。俺も今日は遅く来たから」
待たせたのでは?と不安に思ったが、如奈はキリアの言葉を信じてホッとする。
「でも、遅くなるなんて、えーっと、珍しい?な。何かあったのか?」
「えっと、実はちょうどいい袋が見つからなくて、探していたら時間が経ってしまったんです……」
「袋?」
キリアが疑問符を浮かべるが、如奈はそのまま話を進める。
「はい、結局大きめの紙袋になってしまったんですが……」
如奈は答えるとともに抱えてきた紙袋をキリアへと差し出した。
「師匠が絵本を読むそうでしたので、家にあったものを何冊か持って来たんです。えっと、良かったら読んでみてください」
「え、そうなのか⁉わー、ありがとうな!」
如奈からの思わぬ差し入れに、キリアは表情を明るくし受け取るやいなや中を覗き込んだ。別に絵本が好きなわけではないが、如奈から向けられる純粋な厚意を嬉しく感じた。
「『ももたろう』と『いっすんぼうし』なんですが、師匠、読んだことありましたか?」
「いや、どっちも知らないな。……でも、俺まだ日本語読むの遅いからすぐ返せないけど、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「そっか……本当にありがとうな」
改めて礼を言うと、よしっ、とキリアは話題を切り替える。
「じゃあ、今日の修行、はじめようぜ」
「はい、よろしくお願いします!!」
二人とも日常的に体を動かすほうだが、それでも運動する前は念入りに体をほぐす。単なる準備運動というわけではなく、ただの木登りといえども気を抜いてあたってはいけないと心を切り替える意味も持っていた。
「……こんなところか」
「そうですね。師匠、今日は何をするんですか⁉」
ストレッチを終えると、如奈が今日の内容を問いかける。その積極的な様子にキリアは瞠目し、笑みをこぼした。
「お、今日はやる気あるなー」
「はい、実は今日、木登りが上手くなったって褒められたんです」
ふふ、と如奈は頬を染めて笑みとともに報告する。
「そうかー、やっぱり褒められると嬉しいもんな!よかったな」
「はい、師匠のおかげです!」
「へへ、そう言われると、俺も嬉しいぜ‼」
如奈を褒めた存在が自身が吸血鬼だと思っている相手などとは全く思わず、キリアも素直に吉事を喜んだ。
そしてキリアは、んー、と修行の内容を考える。普段ならすぐに決めるのだが、今日は時間が掛かっていた。
(まだ腕が痛いんだよな……)
正直なところ、如奈の話を聞いてキリアも木登りの練習を進めたかった。しかし、今日の場合はそう簡単に事は運ばない。いつもと違い、懸念材料として自身の左腕があったからだ。
左腕が痛みを訴えている状態で、いざ何かあったときにすぐ対応できると断言できない。如奈の身体能力の高さは承知しているが、それでも何も起こらないとは限らない。安全の保障があってこそ、全力で臨める練習もあるというものである。
仕方ない、とキリアは嘆息し、罰が悪そうに頬を掻きながら如奈に向き合った。
「今日はさ、その、登る練習じゃなくて別のことするか」
「別のこと、ですか?」
「ああ、お前の動きで気になることがあるんだよな」
練習内容がいつもと異なる理由は言わないまま、キリアは話を進める。
「だから、今日はあれ使って練習するぞ」
あれ、と言ってキリアはと一点を指さした。それに合わせて如奈も視線を動かすと、そこには見慣れた遊具があった。
「鉄棒?」
「あ、あれ鉄棒っていうのか」
如奈がそちらを向くとキリアは早速やることを説明し始めた。
「あれにぶら下がって
、自分の体を引き上げるのを今日はやろうと思うんだ」
「はい、わかりました!」
ようは懸垂をしろ、とキリアは言っていた。如奈は説明を正しく理解すると鉄棒に向かい懸垂にかかった。
「ぅっ、んー!」
しかし、普段から行っていないことについて体はそう簡単には動かない。どの筋肉をどう動かせばよいのかの回路ができておらず、文字通り体に言いきかせているところだった。
「ぅんっ、んー!!」
そして、少ししてから如奈の体がぐいっと持ち上がった。鉄棒が胸の近くに来るまで腕を曲げると、体勢を保ったのちに、力を抜いてストンと地に足を着けて一息つく。
すると、その様子を無言で見守っていたキリアが、おもむろに口を開いた。
「お前さ、運動、何やってるって言ってたっけ?」
「運動?……えっと、剣道です」
キリアの意図がわからなかったが、如奈はその問いかけに答えた。
そして、如奈の答えにキリアは、ふむ、と思案する。
「その、剣道?ってやつさー、腕の力使うのか?」
「はい、打つときは腕を使います」
「あー、だからか……」
キリアは合点がいったというように一人納得した様子だった。
「前から思ってたんだけど、お前上半身を動かすとき腕だけ使って肩が動いてないんだよな」
「肩……」
「そう。今も肩使わないで腕の力だけで上がっただろ?」
「えっと、言われてみると、そうですね……」
如奈は今の自分の動きを反芻する。意識はしていなかったが、確かに肩を動かした感覚はなく、キリアが指摘したように二の腕が突っ張るような感覚だった。
「そういえば、剣道の先生にもたまに言われますね。振り方に変な癖があるって……」
あれはそういうことだったのか、と如奈は合点がいったのか、はっとした。その都度気を付けてはいたつもりだったが、長年の癖は身に染みてしまっていたらしい。
「そっか。それ直さないと、そのうち腕が痛くなるんだよな……」
キリアは、自身の経験則からそう語る。そして、如奈に追加の指示を出した。
「じゃあさ、何回か肩を上げて下げて、それから今みたいにぶらさがる、っていうのを何回かやるか」
「はい、わかりました!」
キリアの指摘に如奈は驚きと感心を覚え、素直にその指示に従って今日の修行をこなしていった。




