17 お礼は大切-1
宮古睦人は、幼少のころから友達が少なかった。
自身の力加減が今ほど上手くいかなかったことや、本人の性格から積極的に他者と交流を持とうとしなかったこと。無意識に過保護なほど如奈を気にしていたことなど、要因は様々だが校外で如奈以外のクラスメイトと会おうとしたことはなかった。それ故に、
「お邪魔しまーす」
「……いらっしゃい?」
「え、何で疑問形なの。僕、歓迎されてない?」
「いや、歓迎というか何というか……」
睦人は、桐生というクラスメイトが家にいることに若干の違和感を持っていた。
「いやー、でもまさか宮古君が一人暮らしだとは思わなかった」
「一時的なものだけどな」
「まあ、確かに宮古君は一人暮らし向いてなさそうだもんねー」
勧誘とか断れなさそうだし、と桐生は軽口を続ける。
睦人は、つい先ほども変質者を上手くあしらえなかったことを思い出し、特に反論はしなかった。
家に来る、と言い出した際に桐生は家の人は大丈夫かと問うた。それに対して、睦人は自身が一人暮らしだと明かし今に至る。
二人は玄関からリビングに移り、荷物を部屋の隅にまとめた。
「洗面所はあっちだ。タオルを回して使うのは平気か?新しい物を出すか?」
「ううん。一緒のやつで大丈夫だよー」
「そうか」
家に帰ったらまず手洗いうがい、と幼少から続けている睦人に他人がそれを行わないという発想はなかった。当たり前のように洗面所の場所を示し、桐生もそれに従う。
洗面所で手洗いうがいを済ませると、二人は再びリビングに戻った。
「そこ座ってくれ。緑茶でいいか?ほかは牛乳しかないが」
「宮古君淹れてくれるの?じゃあお言葉に甘えて、いただきます」
「わかった、ちょっと待っててくれ」
桐生をテーブルにつかせると、睦人は台所で牛乳をしまい、お茶を入れ始める。気が付いていないが、睦人は突然の慣れない状況に色々と考えてしまい、自然に口数が多くなっていた。
少しすると、二人分の緑茶を持って、睦人はリビングに戻ってきた。
「熱いから、気を付けろよ」
「ありがとー」
テーブルに湯呑を置くと、睦人も桐生の正面に着席する。桐生は湯呑の側面を触ると、熱かったのか飲むことはせず、そのまま湯呑から手を離した。
ふう、と睦人も一心地着くと二人の間に一瞬の沈黙が降りる。しかし、それもすぐに桐生によって破られた。
「宮古君さー」
「ん?」
「一人暮らしでほいほい人を家にあげちゃだめだよー?まあ、今日は僕が来たいって言ったんだけどさー」
「……別に、そんなほいほいあげたりしないが」
突然の桐生の注意に、睦人は怒るとまではいかなくとも引っ掛かりを覚えた。桐生の表現では、まるで自分は危機感がゼロであるかのように聞こえる。
「そう?でも宮古君って無防備だし、さっきだって言い寄られてたじゃない」
「あれは、その、強く断れない事情があってだな」
「ふーん。……ちなみに、その事情って何?」
「それは……」
昨日の晩に自分を襲ってきた変質者だから、と言うことを睦人はぐっと堪える。興味津々に問うてくる桐生は、変質者などと聴いたら危険なことに首を突っ込んでいくことが否めなかったからだ。
それに、自身が吸血鬼呼ばわりされた、何て言えばからかわれることは目に見えていた。
「あー、もしかして僕の助け舟って迷惑だったの?」
「え、いやそんなことは……」
「だって、断らなかったってことは、宮古君も満更じゃなかったてことでしょ?結構なイケメンだったし、笑顔が爽やかだったしねー。……そっかー、それはごめんね、邪魔しちゃって」
おまけにあんな言い方だったし、と桐生はがっくり肩を落とす。そんな見当はずれなことを言う桐生に対し、睦人は慌ててその考えを否定した。
「そうじゃない!助けてくれたことは本当に感謝しているし、むしろ俺の方こそ、あんな言い方をさせてしまってすまないと思っている。桐生、言うのが遅くなったが、助けてくれてありがとう」
「宮古君……!」
睦人の言葉に、桐生は顔をあげて表情を明るくする。
改まった自身の言い方に睦人は気恥ずかしくなるが、そのあとの桐生の言葉にそんな軽い羞恥は消し飛んだ。
「じゃあ、どんな事情があったか教えて?」
「……は?」
「だって、僕のは勘違いだったんでしょう?恩着せがましいけど、一応助けた側としてはそういうのを知る権利があると思うし?」
「なっ……!」
先のしょんぼりした様子はどこへやら、桐生はにっこりと満面の笑みを浮かべると、睦人に詰め寄る。
「謀ったのか……!」
「やだなー、前にも言ったけど僕は嘘つかないよー」
「スーパーで嘘ついただろう!」
「同じスーパーにいたっていう意味で一緒になって買い物してたって言ったんだし、そういう関係、っていうのもクラスメイト、っていう関係だよ」
「桐生、お前……」
桐生はどうあっても睦人に言わせる気満々であり、折れる気配がない。睦人はそれ以上の句が継げなくなり、次第に黙っていることが馬鹿らしくなってきた。
変質者だとわかればむしろ警戒するか、と睦人は桐生の良識を信じることで自身を納得させる。
「……さっきの男は、変質者なんだ」
「え、そうだったの?」
意外そうに桐生は目をパチクリさせる。桐生にとってキリアは、パッと見た感じでは笑顔の似合う好青年だった。
「ああ、昨日の晩に、路地裏で襲ってきてな。返り討ちにして警察に連れて行ったんだが、捕まっていなかったみたいだ……」
睦人は真剣に話し、桐生はそれがからかいの類ではないと受け入れた。
様子から言って睦人は嘘を言ってはいないだろうし、そもそもこんなところで睦人は嘘をつかないだろう、と短い付き合いでわかっていた。
「人は見かけによらないね……。ちなみに、何で襲われたの?理由なくいきなり?」
「いや、それは……」
「うん」
桐生の鋭い質問に、睦人はうっ、と身を引き口ごもる。しかし、それも長続きせず、渋々口を開いた。
「俺を、その……吸血鬼だ、と言い出してな」
「吸血鬼?」
「ああ……」
言っていて恥ずかしいのか、睦人の語尾が小さくなる。さっき以上に予想外の発言に、桐生も理解に数秒を要した。
「へえ、そうだったんだ……」
「ああ、わかってもらえたか?」
桐生の納得したような様子に、睦人は胸中で一先ずほっとした。
「うん、宮古君にも危機感ってあったんだね。ないと思ってたよ」
「桐生、さすがに怒るぞ?」
思わず睦人は突っ込むが、桐生はうんうんと一人納得するだけで意味がなかった。
「それは、明日にでも先生に言わなきゃね。捕まってないわけだし、ホームルームとかで言ってもらわなきゃ」
「ああ、それはそうだな」
「世の中物騒だねー。明後日のゴミ拾い、大丈夫かなー?」
「今更中止にもならないだろう」
「まあ、昼間だし、集団だから安全かな?」
そう言いながら、桐生はぬるくなった緑茶を啜る。話が一段落ついた、と睦人もそれに倣って自身のお茶を飲み始めた。




