12 警察を頼るときはお門違いな頼み事はやめましょう(できてないけど)
「すみません」
「はい、どうしました?」
訪ねてきた男子高校生に、警察官は特に訝ることなく応じた。
パッと見たところ、男子高校生、睦人は外見上にこれといっておかしな点はなく、近所の高校の生徒だ、というくらいの印象しか警察官は抱かない。道を尋ねたいか、それとも落とし物か。礼儀正しそうな風貌と落ち着いた様子から、厄介なもの言いや理不尽な頼み事ではないだろう、と推測した。
「変質者に会ったのですが」
「ええっ!?」
睦人が変わらない調子で言うと、警察官は驚き勢いよく立ち上がり、ガンっと派手な音を立てて膝を机に強打した。
男を伴って睦人が向かったのは家の近くの交番だった。変質者を訴えたい睦人と、電話を借りたい男。同時に要望が叶う望みがあるのは交番だ、と睦人は考えたのであった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「ったーー!!あ、ああ、大丈夫。それで何があったんだい!?」
いきなり大声をあげた警察官に恐る恐る睦人は問うと、警察官は痛みに顔を顰めながら話の先を促す。
「えっと、路地裏でいきなり、襲われまして」
「ええっ!?」
睦人の言葉に、警察官はさらに驚く。見たところ、目の前の高校生に大きなけがや着衣の乱れが見られない。
逃げてきたのか、それにしては息の乱れもないな、と様々に考えを巡らせ始めた。
記録に残そうとメモを取りだすと、睦人はさらに話を続ける。
「それで、その、このようなことを頼むのは間違っているとは思うのですが……」
「何だい!遠慮せずに言ってくれ!」
歯切れ悪く言う睦人に、警察官はやっと頭が追い付いたのかその内容を尋ねる。
暫く匿ってほしい、とかその変質者を捕まえてほしい、とかそういったことだろうか。上司にも報告して、対応を考えなければ、と警察官は今後の動きを検討する。
「返り討ちにしたら、電話を貸してほしい、と言われまして……」
「…………え?」
睦人の言葉に、警察官は固まった。そして、睦人を見て二、三回瞬きする。睦人の言葉を理解するのに時間がかかったからだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、というかそれはこっちのセリフだよ!怪我とかはないかい!?」
「……そういえば、しましたね」
「え、それは早く病院へ!」
「いえ、俺ではなくその変質者が」
「何ていうか、君すごいね」
警察官もだんだん落ち着いて対応できるようになってきていた。
冗談でも言っているのか、と睦人に疑いをかけるが、頭をぶんぶんと振りその考えを打ち消す。恐怖が過ぎて、被害者が落ち着いているように振る舞っているかもしれないからだ。
もう、変に推測したりしないで、夜分に突然表れた高校生の話を最後まで聴こう、と警察官は心に決めた。
「あの?」
「いや、醜態を見せてすまない。それで、その変質者は?」
警察官は取り乱したことを恥じ、市民の危機に落ち着いて対応しようと構える。もしも冗談であったら、叱ったのちに学校にも連絡をすればいい、と心の準備も果たした。
睦人は、おかしな警察官だな、と心中思いながら自身の頼みごとを罰が悪そうに伝えた。
「えっと、それで……連れてきたので、その変質者に電話を貸してくれませんか?」
「……………………え?」
決めただけで実行はできなかった。
まさか被害者が加害者同伴で交番に来るとは思わなかったからだ。
「おーい、こっちだ」
睦人が暗闇にむかって手招きをすると、季節外れの黒のロングコートに金髪の男が現れる。何故なのか片手には砕けた鉄板を持ち、言っては悪いが不審だった。
「では、大変申し訳ありませんが、あとはよろしくお願いします」
ぺこりと男子高生がお辞儀をすると、不審な男性が口を開く。
「え、お前帰んの?」
「ああ、電話はこちらで貸してもらえ」
警察官の目の前で、被害者と加害者がまるで旧知の仲であるかのように会話を始めた。
「そっかあ、今日は悪かった。あと、色々とありがとうな」
「いや、こっちも怪我をさせてすまなかった。それでは、夜分にすみませんが、お願いします」
言うが早いか、睦人はこれ以上関わりたくないのか足早に帰宅した。
残された警官は、暗い中に消えていく睦人を呆然と見送ったのだった。