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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
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第三章 別の人 (2)

ジュンは、奈緒の体へ気遣いがいつの間にか気づかないストレスとなっていた。その気持ちのままに竹宮を食事に誘うが、竹宮もジュンに徐々に気を緩めていた。徐々に二人の距離が接近します。

(2)


 竹宮は、前に会った時より、色々話した。お酒が回っていたこともあるか、二回目と言うことで気が緩んでいたのか。

「山之内君、なぜ今の会社入ったの」

さっきまで話を一方的に聞くだけになっていたジュンは、いきなりの質問に

「えっ」

と言うと、少しだけ考えて

「うーん、実言うと学生時代、卒業してからの事あまり考えていなかった。アルバイトでやっていたプログラマの仕事をしながら、ゆっくり考えればいいやと思っていたから。でも四年生になると、親が卒業したらどうするのと言う感じで聞いて来たから。まあ取りあえずって感じ。今の会社ちょっと親の紹介もある」

 もう少し、積極的に物を考える男と思って頂けに意外だった。それに親の紹介。こいつの親って・・。そんな思いを頭に浮かべながら山之内の顔を見ていると

「竹宮さんは、今の会社へは」

「えっ」

自分自身も山之内の事を言える立場ではなかった。あまり就職する気にもならず、どうしようと思っていた時、親からの勧めで入社したのだ。

「実言うと山之内君と同じ感じ。親からの勧め」

それを恥ずかしそうに言うと二人で目を合わせて笑った。


「似た者どうしか」

竹宮の言葉にあまり意味を見いだせないジュンは、不思議そうな気持ちが顔に出たのか、

「だって、そうでしょ。二人とも卒業したらどうしようという、はっきりした気持ちもなかったし、親の勧めで同じ会社に入ったんだから」

そう言ってにこっとすると目の前の小口の器に残っていたお酒を口元に運んでくいっと飲んだ。そして、お銚子を持つと

「あっ、空だ。山之内君どうする」

既に三本目を空けていた。ジュンは、ちらっと腕時計を見ると九時前だった。まだ帰るには早いと思うと

「竹宮さんは」

「私が聞いたんでしょ」

多少、目が座っている感じで見ながら言うと

「じゃあ、もう一本だけ頼もうか」

「うん」

と竹宮が言うとジュンは、テーブルの側に有ったボタンを押した。

「山之内君のお父様ってどんなお仕事しているの」

「うーん、もう役職定年して、今は友人の仕事を手伝っている。今の会社は、その友人からの紹介」

「そう」

役職定年と言うことは、山之内の年齢を考えれば、結構早く山之内を母親が生んだことになる。いったいいくつで結婚したんだろうと思いを巡らせていると

「竹宮さんのお父さんは、どの様な仕事」

「えっ、うちは・・」

「うちのお父さんは、今は日本にいない。USのシカゴに単身赴任している。もう二年かな。一年で帰ると言いながら、もう少し長引きそう」

特に悲しそうな顔もせずに言う竹宮に

「ふーん、今の会社とは」

「うん、父の会社のグループ会社の一つ」

「父の会社・・」

意味の分からない言葉を言う竹宮を見つめると

「まあ、言いじゃない。お母さんも昔からお父さんが家に居ないの慣れているし。若い頃から出張が多かった。転勤の度に家族が動く家も有るけど、今の家は父の実家と言うことも有って、引っ越しできないんだ。後、私の事も考えてくれていたし」

「そうなんだ。大変だね」

「そうでもないわ。父がいないの慣れている。母も好きな事している。だから、私も自由に育てられた」

今度は、少しだけ寂しそうな顔をしながら言うと

「分かった。じゃあ、僕と一緒に楽しもう。いろんな事」

何の気は無しに言ったつもりの言葉に

「えっ、本当。山之内君、きちんと私の彼になってくれるの」

今までは、会社の同僚プラスアルファ程度だった。それがシンガポール以来、グッと近くになったが、まだ、心の中で線を引いていた。ただ、山之内と話す事が気を楽にさせていた。それだけに今の言葉は、竹宮にとって嬉しかった。

「うん、いいよ。竹宮さんの彼になる」

そう言うと小口を手に持って竹宮の小口に軽くカチンと合すと

「宜しく」

と言って口にお酒を含んだ。ジュンは酔いもあり、奈緒の事は忘れていた。


四本目が終わるともう十時近くなっていた。

「竹宮さん、もうそろそろ帰ろうか」

目が座っている感じの目の前に座る女性に言葉を掛けると

「そうね」

意味ありげな言葉を言って立ち上がった。少しだけ、よろっとしたが、何とか立ち上がると

「あーっ、また飲みすぎちゃった。君のせいだぞ」

えーっ、何で。と思いながら

「今日も送ってくれるよね」

逆らえない雰囲気に

「はい、分かりました」

とまんざらいやでもない感じで答えると

「宜しい。では、帰りましょう」

この人、酒癖悪いのかな。命令形になると言うか。一方的に言う。そう思いながら入口で会計を済ませると入り口のがらがら音のする戸を引いて外に出た。

 結構気持ちよかった。飲みすぎたせいもあるが、顔に風が気持ちよく当たる。ふと後ろを見ると竹宮が自分を見ていた。うんと思ったが、前を向き直して階段を降りようとすると

「山之内君、手を引いて。この階段自信ない」

えーっ、そんなに飲んだっけ。この前と同じなのに。と思いながら竹宮の差し出した右手を掴みながらゆっくりと階段を降りた。とても暖かく柔らかい手だった。階段の下まで降りて手を離そうとすると、逆に手を握られた。目を見るとしっかりと見返してきた。

まあ、いいかと思うと、そのまま、元の道を戻ろうとすると、

「山之内君、今日少し酔っている。このままパルコ通りに出てNHK周りで帰ろう」

えーっ、大回りだよ。と思いながら

「でも、時間いいの。遠回りになるよ」

何も言わずに頷くとジュンの顔を見返した。仕方なくパルコ方面に歩くと竹宮も手を離さずに付いて来た。坂を上りきると竹宮が、

「ねえ、あそこFM東京のスタジオだよ。知っている」

と言いながらジュンの手を引いて左に行った。もう、公開収録が終わっているのか、片づける様なしぐさの人たちだけがいた。

「ここね。土曜日や日曜日、一人で家にいる時は、いつもここからの放送聞いているの」

目をキラキラさせながら言うと

「そうだ、ねえ、今週の土曜日、ここに来ない。夕方からだから。ねっ」

ジュンは、土曜日は、奈緒と会うのは当たり前になっていた。それだけに躊躇すると

「山之内君、さっき、はっきり私の彼になってくれるって言ったわよね。あれうそなの」

急に寂しそうな顔になった竹宮に、視線を合わせて

「嘘じゃない」

少し大きめの声で言うと

「じゃあ、いいでしょ。ねっ」

今度はジュンの反応を無視するように公開スタジオの中を見ていた。竹宮は、母親と二人だけの時が多く、それだけに男には心を開けなかった。だが、シンガポールの行動が、山之内だけは、気を楽にして話す事が出来た。

 ジュンは、奈緒の事が有ったが、夕方には、家に送ればいいと思うと

「分かった」

そう言って目元を緩ませた。


結局、この日も田園調布まで送るとジュンを改札の中において

「送ってくれてありがとう。じゃあ」

そう言って、改札を出て一人で歩いて行った。今一つ竹宮の行動を理解できないままに渋谷方面の電車に乗ると、スマホを見た。やはり奈緒からのメッセージが入っていた。

<ジュン、連絡ほしい>

それだけだった。心に一抹の重さを感じながら、奈緒・・。と思うとすぐにスマホにタップして

<奈緒、ごめん。新しいプロジェクトの仲間と飲んでいて遅くなった>

嘘ではなかった。竹宮は確かにプロジェクトも仲間。こう言う事によってジュンは、少しでも自分の心の重さを軽くしようした。


 翌日、ジュンは奈緒と会う約束をした。奈緒の体を心配して経堂の駅の側で待合せようと言ったが、しばらく渋谷に行っていない。渋谷で会いたい奈緒からのお願いにいつものハチ公前交番で会った。

 あれ以来、奈緒の顔が少しだけはっきりとした感じに変わったような気がする。歩いていても反対側から歩いてくる人が、奈緒の顔を見る事が多くなったような気がした。つい、生まれてくる子供は男だったのかな。ない知識で要らぬことを考えていると

「ジュン、どうしたの。私の顔見てニタニタしている」

見つめられて嬉しそうな顔をしながら目の前で、アルコール度の薄いチューハイを飲んで、元の様に元気な顔になった奈緒が言うと

「ううん、何でもない。奈緒が元気になって良かったな。と思って」

「うん、ジュンがいつも側に居てくれるから。ねえ、明日、行きたいところがる。スカイツリー。行こう」

言い方もだいぶ前に戻って来た。一時期おしとやかに言っていた頃を思い出すと、つい微笑んで

「いいよ、でも日曜じゃダメ。明日、夕方からちょっと用事がある」

「用事。何」

「うん、今のプロジェクトの連中と会わなければならないんだ」

「えーっ、休みでしょ。土曜日は」

「うん、ごめん。仕方ないんだ。上司も出てくるし」

心に重さを感じながら顔には出ないようにしているジュンに、

「仕方ないな。じゃあ、三時までは、私と一緒にいて。いいでしょう」

甘えながら言う奈緒に、つい目元を緩めながら

「良いよ」

と言うと急に腕時計を見て

「ジュン、まだ、八時半。でももうお店出たい」

「えっ」

意図していることが、なんとなく分かった。ジュンは、

「分かった」

と言うと席を立った。


奈緒は、あの件以来、ジュンが側にいる安心感の一つは、体を合わせていることだった。そうすることでジュンは、本当に自分の側にいると思うようになった。

心の隅で一度妊娠した女だが故に、捨てられると言う恐怖心みたいなものが有ったのは、隠せなかった。それだけにジュンに抱いてほしかった。まだ、心が大人になり切れていない奈緒のささやかな抵抗だった。

でもジュンは、そんなことしなくても奈緒への気持ちを維持できた。むしろ控えたかったのが本当のところだ。

「奈緒、無理しなくてもいいんだよ。体もまだ万全じゃないんだし」

「ううん、いいの。ジュンとこうしていると心が安心するの」

可愛さにはっきりとした感じの顔になって来た奈緒は、本当に素敵だった。そんな奈緒が、自分を抱いてほしいと言っている。断る方が無理だった。ただ、体に少しだけ変化は有ったが。

 翌日は、一〇時に経堂で待合わせをすると、ちょっとややこしいが、豪徳寺、山下、三軒茶屋経由で二子多摩川に行った。新しく出来たお店を見るためだ。

「へーっ、こんな感じなんだ。やっぱり東急ね」

奈緒は、生粋の小田急育ち。ジュンは、生粋の東急育ち。小田急主体のお店と東急主体のお店、敷いては京王主体のお店、すべてカラーが違う。それだけに今度、二子玉川に出来たお店は期待が有ったが、ベースが東急なので、奈緒はあまり変化を感じなかったようだ。

「でも、本屋さんが、電化製品を売るなんて面白い発想ね。でも白物家電はさすがにないわね」

奈緒は、大学でも優秀な成績で出ただけに、一般的な教養は身についている。なんだかんだと言っても目を輝かせながら一階を見た後、エスカレータに乗って二階も見始めた。


「ははっ、ジュン、見て見て、キッチンセットある。それに側に有る本、キッチンや料理の本だよ。考えているけど。なんか、コンセプトを打ち出している感じね」

いつも以上に何かはしゃいでいる感じに見える奈緒に

「奈緒、もう十二時過ぎた。お腹すかない」

後ろからかかった声に、振り向くと

「うん、イタリアンがいい」

全く、前の奈緒に戻ったものの言いように微笑むと

「分かった。じゃあ、南館に行こう」

そう言って、エスカレータを降りて、道路の反対側に有る高島屋南館に隣接する、レストラン街に行った。一度一階に降りて道路を渡った後、エスカレータで上に行く。案の定、混んでいたが、

「ジュン、ここにしよう」

並ぶ人が、いないので、チラリと表に出ているメニューを見ると、ランチ三〇〇〇円からと書いてある。確かにこれでは、並ばないかと思っていると

「いいでしょ。入ろう」

店の中で、店員が微笑みながらこちらを見ている。仕方なく奈緒に付いて中に入ると

「窓際と店内どちらにしますか」

「ジュン、窓際がいい」

店員に聞かれたのにジュンに甘える奈緒に、店員が微笑むと

「どうぞ、こちらへ」

と言って、歩き出した。

ジュンは、なんとなく奈緒の心の変化を感じていた。何と言ったら良いのだろうか。あの旅行前の奈緒の甘えと今の甘え方は、違いを感じていた。

前は甘えていても可愛さが有った。だから、何でも奈緒の言う事は実現してあげたかった。それをすることで奈緒を大切守ってあげられる。そんな事を思っていた。

だが、今の奈緒は、何か、しっかりとしたものを感じる。子供が出来た事、結婚はしていないが、二人だけの事、秘密を持ったことで、心の太さを持った感じがする。そう感じていた。

でも、奈緒は、反対だった。甘えを濃くすることで、ジュンを離したくない、いつもしっかりと近くに感じていたかった。この違いが、二人を新しい方向へ進めさせる。


奈緒の家に挨拶に行ったジュン。だが、自分の心の中でもう一人の女性竹宮の存在が大きくなってきます。

次回は、ジュンと竹宮の関係が大きく進展します。

お楽しみに。

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