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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
19/26

第五章 決断 (4)

会社帰りに浅野とお茶を飲むことになった奈緒。ところが、その時間は、何故か、吉岡と後藤も入る飲み会になってしまった。少し飲みすぎた奈緒は、意外な展開に驚くが。

(4)

二人だけになった吉岡は、気まずそうな顔をしている奈緒に

「一ツ橋さん、我々も出ましょう」

吉岡の言葉にもう帰るという思いで頷くと席を立った。店の外に出ると大分涼しい風が流れていた。

「気持ちいいですね。秋もだいぶ深まりました」

空を見上げると綺麗な月が浮かんでいた。


「まだ、八時過ぎです。少しだけ散歩しませんか」

この前の日曜に散歩すると言って、渋谷のメインストリートだけを歩いたことを思い出すとコクリと頷いた。事実、奈緒も大分酔っていた。

 センター街を抜けてパルコ通りに入り、スペイン坂を吉岡に付いて歩いていた。人がまだ大勢歩いていることを思うと奈緒も夜風に打たれて気持ちが良かった。

スペイン坂から公園通りに歩いたので、そのまま駅に向かうと思ったが、吉岡は、NHKの方へ歩いた。


 チラリと腕時計を見るとまだ、八時二〇分。もう少しいいか。と思うとそのまま付いて行った。適当に吉岡の言葉に相槌を打ちながら話を聞いていると

「一ツ橋さん。この前の日曜日、言った事覚えています」

なにっという顔をすると

「お付き合いして下さい」

言葉の意味が理解できると何も言わずに下を向いた。少しだけ時間が流れると

「一ツ橋さん。本当に男の人と付き合った事ないんだ」

都合よく奈緒の態度を取った吉岡は、

「だめですか」

何も言わず下を向いている奈緒に横にいた吉岡がいきなり前に来ると奈緒の両方の肩を優しく触った。

えっと思ったが、酔いにすぐに体を引くことが出来なかった。自分よりはるかに大きい体で両肩に触れられ、動けないでいる奈緒をいきなり引き寄せると、そのまま彼の体に引き込まれた。そして手を後ろに回された時、

「止めて下さい」

吉岡の力に自分自身の体が動かない奈緒は口でそう言うと、一瞬だけ力が緩んだ。そのすき、腕の中から抜け出そうとしたが、もう一度抱きすくめられると

「お願いします。誰も付き合っている人いないんでしょう」

強引な言い回しに

「止めて下さい。大きな声出しますよ」

吉岡は、自分の体に触れる奈緒の柔らかな体を腕で包みながら

「いいです。大きな声を出してください」

そんなことはこの人は出来ないと、たかをくくりながら思いきり両腕で奈緒を抱きしめた。

「止めて下さい。本当に止めて下さい。心に決めた人がいるんです」

さすがにこの言葉に吉岡が腕を緩めると、信じられないと言う顔をした。

「だって、この前の日曜日だって、楽しく時間過ごせたじゃないですか」

「あの時は、本当に時間が有っただけです」

腕の力を抜いて奈緒を離すと

「本当なんですか」

「本当です。既に結婚の約束もしています」

嘘でもいい、いずれ事実になる。と思って奈緒は、真剣な眼差しで言った。

吉岡は、そのまま後ずさりすると、クルッと向きを変えて今まで来た方向に早足で戻って行った。

ジュン以外の人に体を触られたショックだった。自分はジュンのもの、やがてジュンのお嫁さんになる。すべてはそう思っていた。急いで吉岡と別の道を通って駅に向かった。


経堂の駅に着いて、急いで家に戻ると、何も言わずに二階に上がった。母親が、いきなり帰って二階に上がる娘に声を掛けたが、何も返事がなかった。どうしたのかと思ったが、明日の朝には、また元通りになるだろうと思うと無理して声を掛けるのを止めた。

 私の体はジュンのもの。私はジュンのお嫁さんになる。他の人に体を触れられるなんて。吉岡のいきなりの行動を許せないながら、一瞬でも気を許した自分が嫌だった。

 シャワーを浴びて、思いきりボディシャンプーで体を洗いながら、涙が止まらなかった。ジュン、ごめん・・。


奈緒。頭の中にいきなり奈緒の声が入って来た。ホテルの部屋でPCを開けて明日の最終テストの受入れ手順を確認していたジュンは、どうしたんだろうと思った。日本とは、一時間のタイムラグがある。今、一〇時頃だ。

横に置いてあるスマホでメールしようとしたが、無理かと思うとスマホをデスクの元の場所に戻した。

キーボードから手を離した。奈緒の声が聞こえる。さっきまで一緒だった瞳の事が心の隅に有ったが、ジュンは、頭の中に日本にいる奈緒の事が気になり始めた。

今、心配しても仕方ない。明後日には帰れる。成田に着いたらすぐに連絡すればいい。と思うとまた、PCに向かった。


ジュン、側にいて。心の中で大きな声で言うと、奈緒の瞳から涙が枕にこぼれて行った。


「ジュン、終わったね。今日も柏木部長と後藤課長は、どこかに出かけて行ったわ。あの二人どこに行くのかしら」

「さあ、ここで行きつけの店でもあるんじゃないか」

「そうね」

瞳は、周りをジュンに気付かれないように見渡しながら、セキュリティか、ガードか。本当にいるのかな。でも分からないな。私が分かるようじゃ、だめだもんね。そう思いながらジュンの顔を見ると、何か頭の中が別の事を考えているような顔をしていた。

「ジュン、何考えているの」

「えっ」

「えっ、じゃない。私以外の事考えていたでしょ」 

えーっ、焼きもち焼きなの、瞳って。実際、奈緒の事が心配になっていた。明日、日本に帰ることにはなっていたが、昨日の夜の出来事が気になっていたのも事実だった。

「いあや、そんなことない。これからどこ行こうかなと思って」


母から見せられた写真が、はっきりと思い出された。ジュンは、私。誰にも渡さない。どんなに可愛くて綺麗な人でも。自分自身こんなに思うようになるとは思っていなかった。

だが、彼に自分とは別の女性ひとがいるのを分かってから、自分自身の心が彼にあるのがはっきり分かった。体を許した事が理由ではなかった。明らかに心が彼を見ていた。

「ジュン、嘘ついたらこうだから」

と言って、いきなり左の頬をつねった。

「いたっ、たたっ」

瞳の手を自分の手で止めさせると、

「痛いよ。いきなり。周りの人も見ている」

瞳が、周りを見ると確かに笑っている人達がいた。

「だって、ジュンが・・」

「なんだよ。もう」

ちょっと怒った感じで言う彼に

「お腹すいた。どこか連れって」

いつもの言葉に戻った、瞳に

「分かりました」

と言うとホテルのコンシェルジュで、マーライオンの側で港の近くにあるレストランを紹介されると瞳を連れて行った。


「ジュン、日本に帰ったらすぐに会える。土曜日でも」

「えっ」

「話したいことがある」

奈緒との約束を考えると

「土曜日は約束が入っている」

「じゃあ、日曜日」

少しだけ躊躇したが、

「いいよ」

と言うと、目の前の大皿に盛られているカニの料理に箸を付けた。


飛行機が成田に着くと税関をパスした二人は、そのまま、成田エクスプレスに向かった。渋谷まで一本だ。

ジュンは、何とか奈緒と連絡を取らなければと思いながら、瞳は自分の側を離れない。仕方なく、チケットを買った後、乗車まで時間があることが分かると

「瞳、ちょっとトイレ。これ見てて」

そう言って、スーツケースとPCの入ったカバンを預けるとトイレに向かった。その後姿見ながら、やっぱりと瞳は思った。

ジュンはトイレに入ると急いでスマホで奈緒の電話番号にタッチした。

「ジュン、遅い。心配したんだから」

成田エアポートのシンガポールからのデパーチャーを調べて、連絡が来るのを待っていた奈緒は、甘えた声で言った。

「ごめん、税関が思ったより並んでいて」

一抹の疑問を持ちながら

「そうなの。ジュン、明日は」

「もちろん、大丈夫だよ。朝から奈緒とずっと一緒だよ」

さっきまでの疑問が明日会えると分かると、

「本当」

思い切りスマホの向こうで嬉しい声が聞こえた。

「じゃあ、経堂の駅まで迎えに来て。八時半でいいでしょ」

えーっと思ったが、奈緒らしい言い様に微笑みながら

「分かった。迎えに行く」

「じゃあ、電車来るから」

「うん、分かった。明日はずーっと一緒だよ」

「うん、分かった」

そう言ってスマホを切ると手だけ洗って、ハンカチで手を拭きながらトイレから出て来た。手を拭きながら出てくるジュンに、本当にトイレだったのか。と思うと笑顔に戻った瞳は、

「ジュン、後一〇分、急ごう」

そう言って自分のスーツケースのバーを上げて手のひらでしっかり握った。


渋谷に到着すると瞳は少しでいいから、渋谷で休んでいかないと言ったが、ジュンは、瞳の誘いを断って家に帰った。さすがに疲れていた。理由は分からない。

心が疲れている気がした。家に帰ると家族にお土産を渡して二階に上がった。ヘッドレストにある時計を見ると、まだ八時前。風呂に入って寝るかと思うともう一度階下に降りた。


カーテン越しの光に記憶が戻るとゆっくりと目を開けた。

「まだ、六時半か」

頭の中が、重かった。もう少しと思うとすぐに意識が消えた。

ヘッドレストにある目覚ましの音にうーっと思うと、目を少しだけ開けて時計を見た。

「七時半か。えっ」

もう出かけないと間に合わない。そう思いながら頭の奥が重い。仕方なく五分だけと思うと、また目を閉じた。

「淳、起きなくていいの。もう八時過ぎよ。昨日出掛けるって言っていたでしょう」

「えーっ」

ヘッドレストの時計を見ると八時五分だった。

「やばっ」

急いで紺のスラックスを履いて、アンダーシャツと薄いブルーのポロシャツを来て、ジャケットを手に持つと

「お母さん、出かけてくる」

「どこ行くの。夕飯は」

母親の言葉に返事もせず、用仲通りに出ると二四六方向から来るタクシーに手を上げた。

「経堂の駅」


自分が急いでいるのが分かったのか、何も言わずにドアを閉めるとタクシーが走り始めた。T字路を右に曲がり一つ目の交差点を左に曲がると二つ目の信号を右に曲がって小田急のガードをくぐった。

道路が空いていた事もあり、腕時計を見るとまだ八時半まで五分ある。間に合った。と思って外の景色を見ると、駅の方に向かう女性の姿が有った。通り過ぎる女性の姿を認めながら、

「運転手さん止めて」

いきなりの声に運転手が、

「ここでいいですか」

と言って、対面通行であまり広くないない道路で、周りに走る車を無視して止めると、ジュンは歩道側のドアを開けて

「奈緒」

と叫んだ。


奈緒は、正面から聞こえる声に驚いた。本当は、自分が早く行ってもう遅いと甘えるつもりと、早く会いたくて駅に向かったはずが、いきなり目の前に止まった車のドアが開いて彼の姿が現れた時、心臓が止まりそうに驚いた。

「ジュン」

奈緒は走って、いきなり飛びつくと

「もう、会いたかったんだから」

締め付けるように抱き付く奈緒を軽く包むようしていると

「お客さん、落ち着いたところで運賃払ってくれると・・」

気が利きするほどの言葉に

「あーっ、済みません」

と言って用賀からの料金を払うとタクシーが出るのを待って

「奈緒、会いたかった」

「私も」


思いきり抱き合う二人に

「おう、おう、朝からたまらないな」

「もう、なんであんなに可愛い子に抱き付かれるんだよ」

「やーね、朝から」

「でもいいな。周り気にせずあんなことできる」

「まあ。一〇年前ならな」

「嘘つきなさい」

周りの言葉を無視して、奈緒は思い切りジュンに抱き付いた。気持ちが良かった。抱かれるような感覚に酔っていると

「奈緒、美味しい朝食食べようか」

彼の言葉に思い切りくっ付いていた顔を離すと

「うん」

と言って頷いた。


一週間も会えなかった奈緒は、ジュンが側にいるだけで嬉しかった。出来れば彼の腕の中にいたかった。

 経堂では、まだ時間が早く、お店が開いていない。仕方なく

「奈緒、まだ八時半。ちょっと喫茶店まだ空いていないから、渋谷行こう。その頃には、開いているから」

「うん」

本当に嬉しそうな顔をして頷く顔に、思い切り心の呵責を感じた。今、瞳の事は心の隅にしかない。奈緒のあまりに純粋に自分に寄り添う姿を見ながら

「奈緒、もう体離そう。周りの人がずっと見ているよ」

ジュンの言葉に周りを見ると、好奇心いっぱいの人達が、じろじろ見ながら通り過ぎて行く。

「あっ、ごめんなさい」

そう言って、恥ずかしそうにする奈緒に

「行こうか」

と言って、自分の左手を奈緒に出した。


サニーサイドエッグをフォークで切って、出てくる黄身をパンですくいながら

「ジュン、会いたかった。本当に会いたかった」

フォークに刺さるパンをそのままに、右隣に座る彼の顔を見ると

「僕もだよ。奈緒」

ジュンは、奈緒のあまりにも純粋な心に、今だけは瞳の事が頭から消えていた。

フォークに刺さったパンを口に入れて噛み終わると

「ジュン、お願いがある」

なにという顔をすると、下を向きながら

「今日一日、ジュンの腕の中にいたい。心を安心させたい」

奈緒の言葉の意味に、瞳の事が頭に蘇って来た。言葉が出ずにいると

「ジュン、だめ」

心の中で直感的に、渋谷でジュンと一緒だった女性が、簡単な関係でない事を感じていた。それだけに、体を委ねることで心の安定がほしかった。若いが故の行動だった。

奈緒の顔を見て

「奈緒が本当にそれでいいなら」

断れる言葉が見つからなかった。頭の中が何も考えられないままに朝食をしている喫茶店の席を立った。


「ジュン」

彼にゆだねる自分自身に酔いながら、吉岡の事も忘れようとした。そして彼に抱かれることで心の安心感を求めた。

 彼の好きなようにされるままに、体に感じる感覚に翻弄されながら、ジュンは私。私はジュン。間違いない。そう思ってされるままに本能に任せた。

「奈緒、我慢できない」

一瞬だけ考えた。危ない時、でも・・今度は二人で。そう思うと

「ジュン、来て」

自分のそこの奥にあるものが、明らかに彼に当たるのを感じた。そして彼が頂点に達するのが分かると、今までとは違う感覚が、自分の体に熱く入ってくるのを感じた。

一瞬意識が消えそうになった。そしてゆっくりと自分の体に覆いかぶさる彼に

「ふふっ、もう三回目。疲れていないの」

昨日までの出張を考えながら言うと、何も言わずに彼は口付けをした。


「ジュン、明日も会いたい。ずっとこうしていたい」

こんなこと好きな子ではなかったと思うと

「奈緒、どうしたの」

「ジュンとこうしていると安心する。ずっとこうしていたい。ずーっと」

意味が分かった。

「うん、奈緒、こうしていよう。でも明日は、月曜日の出社のサマリをしないといけない。ごめん」

言葉に一抹の疑問を感じながら

「信じていいよね。ずーっとこうしていられることを」

奈緒の言葉の意味が痛いほどに分かった。結婚してほしいと。

その言葉に自分の気持ちがどこにあるのか、分からなかった。ただ、奈緒の今までの事、そして今の気持ちが瞳の事を忘れさせた。心に流されながらジュンは安易に答えた。

「うん、そうだよ。奈緒」

奈緒は、今の言葉が間違いないものと思った。ジュンが私をお嫁さんにしてくれる。と言った。

思いきり腕を彼の首に巻き付けて口付けをした。ジュンは、私。


シンガポールの出張から帰って来たジュンと会った奈緒。彼に抱かれることで心の癒しを求めた奈緒。

いよいよ次回から最終章に入ります。お楽しみに。

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