第五章 決断 (3)
ジュンとの熱いデートの後、家に戻った瞳は、母親から自分自身が持って生まれた宿命故の決断を迫られます。それをジュンに説明しますが。
(3)
「ジュン、じゃあ、明日、成田で」
「うん」
瞳と体を思い切り合わせた後、そのままホテルのレストランで食事をした。午後八時に瞳の家まで送った後、ジュンは、家路に着いた。心の中に奈緒がいた。
「お母様、ただいま」
娘の声に玄関の上り口まで来た母親は、娘の顔をじっと見ると、そのまま上がってくる娘の目を見て肩に手を触れた。
「瞳さん、少しお話が」
何だろうという顔をする娘の視線を無視して、応接に歩く母親の後姿を追いながら付いて行くと娘が自分の向かいのソファに座るのを待って
「瞳さん、山之内さんとは、今後どうするつもり」
母親の言葉の真意をとらえきれずに、返事に困っていると視線を離さずに
「もし、あなたが、あの人を生涯の連れ添いと思い、心に決めたならいいわ。でも、中途な気持ちでお付き合いしているなら、お付き合いが深くなる前に別れなさい」
母親の気持ちが、益々分からない瞳は、ただ、母親の顔を見ていた。娘の反応を見ながら
「瞳さん、竹宮家におけるあなたの立場は、良くお判りのはずです。この母が、男の子を産めなかった事に起因する事で有ると言うことは、自分自身良く分かっています。でも今、現実として、この竹宮家、引いては葉月家の為にも、しっかりと竹宮の後を継げる人を夫に貰って頂かなければいけません」
葉月家から竹宮家に嫁いだ母親の言葉を理解してくると
「ジュンに何か」
娘の言葉に壁を作るように、目をじっと見ながら数枚の写真を見せた。
「お母さんこれは」
手に取る写真に写っている彼とあまりにも可愛く綺麗な女性。薄々気づいていたが、こうして証拠写真を見せられるとショックだった。
「竹宮のセキュリィティに調べさせました」
一瞬、目の前に座る母親に何ということをと思ったが、
「瞳さんが、山之内さんに決めると言うならば、私に任せなさい」
「いきなり言われても」
瞳は、時間と共に彼との愛が深くなり、やがて遠くに見えた景色が近くに来てはっきりするものだと思っていた。それは時間が、必要な時を選び、二人に寄り添ってくれるものと思っていた。それだけに母親の言葉は、今の心の時間を取り除き、今、はっきりしなさいと言っているようなものだった。
視線を外さずにいる娘に
「時間は、そんなにありません。瞳さん自身、彼との今日の一日を振り返れば分かることでしょう」
あまりにもショックな一言だった。私と彼の行動が監視されている。その言葉に怒りを露わにして立ち上がろうとすると
「瞳さん、葉月家の一門として生きていく人間は、生まれた時から定まっていることです」
少しだけ間を置くと
「私も、お父様も同じです。それは全て身を守る必要がある家に生まれた宿命です。瞳さん自身、幼い事からセキュリティに守られていることは知っているでしょう。今の会社にいること自体、瞳さんに万一のことがないようにする為のお父様の計らいです」
確かに、今の会社は、父の指示で入った。小さい頃出かける時は、いつもサングラスを掛けた男の人が一緒だった。会社に入った時、その人たちはいなくなったが、それは完全に監視の行き届く場所にいるからだったのか。そう思うと、立ち上がった腰をもう一度ソファに降ろして、しっかりと母親の目を見ると
「ジュン・・、山之内さんとのことは私がはっきりします」
しっかりとした口調で言う娘に
「分かりました。瞳さん自身で彼の気持ちをはっきりさせなさい」
「お母様、お父様は、私とジュンの事を・・」
「もちろん、ご存知です。シンガポールに初めて行った時から」
その言葉に、一瞬、肌に寒気が走った。これが私の運命。そう思うと、今度はゆっくりと立ち上がり、母親の目をしっかりと見て
「お母様、今夜はこれで失礼させて頂きます。明日からシンガポールです。帰りは金曜日の夜になります」
急に優しい母親の顔に戻ると、二人の前に置いてあるテーブルを周り、娘を優しく抱擁しながら
「瞳さん、行ってらっしゃい」
と言った。
自分のベッドに戻った瞳は、母親の言葉が頭の中から抜けなかった。彼の女性の事ではない。ずっと見られていたんだ。だから彼に初めて抱かれた後、お母様が家に連れてきなさいと言った。そして彼への質問の中に、彼の調査の為の材料入れたんだ。・・ずるい
ショックだった。そして彼の側にいた女性の事も。明らかに自分よりも可愛く美しい女性だった。
たまに見せるジュンの意味不明な態度は、あの女性と関係があるのか。そう思いながら、でもジュンは、信じていいと言った。
頭の中で二つの事が走馬灯の様にめぐりながら時間が過ぎた。
成田空港で、ジュンは、瞳を待っていた。部長の柏木と後藤課長とは、ホテルで待合わせ予定にしている。それまでは、瞳と二人だけだ。と思うと昨日のこともあり、心の中で瞳が来るのを今か今かと待っていた。
その時だった。スマホが震えた。誰だろうと思ってスクリーンを見ると瞳と映し出されていた。すぐにタップすると
<思い切り寝坊した。先に行って。予約の便に間に合いそうにない>
<何時ごろ着きそう>
<多分、出発ぎりぎり>
<じゃあ、便変更したの>
<まだ>
<じゃあ、二人で遅れて行こう>
少しだけ、間が有ると
<分かった。ジュン、便変更の手続きしておいて。私のチケットNoは・・・>
メールの文面に呆れながら
<分かった。成田着いたらメールして>
<ありがとう>
瞳のいつもの仕事ぶりからしてもこんなことないはないはずだ。と思いながら、カウンタで二人のチケットを次便への変更手続きをして、仕方なくデパーチャーには入らずにチェックイン前の入口で待った。
「ジューン」
遠くから聞こえる声の方向に振り向くと、手引きのスーツケースを引きながら、一生懸命早足で来る瞳の姿を見つけた。もう。と思いながら待っていると息を切らしながら
「ごめん、待った」
「待ったに決まっているでしょう。どうしたの」
「ジュンのせい」
「えっ」
「本当よ。それで寝坊した」
訳の分からないことを言う瞳の顔を見ながら、何となく良い方に受け取ったジュンは、少し含み笑いしながら
「分かった。なんでも僕のせいです」
その言葉に真顔になって
「本当です」
と言って、彼の胸を指で突いた。
寝坊するほど昨日・・。少し含み笑いをする彼に
「なに勘違いしているの」
少し、恥ずかしくなりながら言う彼女に
「まあ、いいよ。次の便は抑えたから。チェックインしよう」
そう言って自分のスーツケースのバーを引き上げた。
今日から金曜までいないのかあ。心の中で寂しさを覚えながら、ジュンの事を思い出していた。
でもいいや、ジュン、金曜日成田着いたらすぐに電話くれると言っていたし。迎いに行っちゃおうかな。
ふふっと笑いながら自分のデスクにオントップしてあるPCで金曜日成田着の到着便を調べていた。
「一ツ橋さん」
アライブドスケジュールを見て夢中になっていた時、いきなり声を掛けられて、えっと思って声の方向に振り向いた。
同じマーケティング部の浅野千賀子だった。
何かという顔をすると
「もう、さっきからがっかりしたり、含み笑いしたり、どうしたの」
「えっ。そう」
「そうだよ。パーティションで区切られているけど、何か感じるんだよね。一ツ橋さん」
えっ、どういう事と思うと
「だって、一ツ橋さん、可愛いし、綺麗だし。頭いいし。同性から見てもちょっと気になるよね。よく言われる芸能スカウトとかされたことないの」
ますます、分からない顔をすると
「まあ、いいわ。この続きはランチでしよう」
一方的に言われてパーティションの横から除いた顔を引っ込めると、そのまま自分のデスクに戻った。
そんなに気になるのかな。自分を普通にしか思っていない奈緒は、浅野の言った言葉にまた、ふふっと微笑むと、成田着の到着便の後ろに隠れているデータをクリックして表に出すと、ディスプレイに映るグラフと表を見た。
取引先を回った後、議事メモをまとめる為に、コーヒーショップでPCのキーを叩いていると、何気なく頭に一ツ橋奈緒子の事がうかんだ。
一ツ橋さん。心の中で思おうと、どうすればあの人といつも一緒にいることが出来るんだろう。僕なんかじゃ、だめなのかな。可愛いし、綺麗だし。でも・・
「吉岡、何を考えている」
「えっ」
「えっ、じゃない。手が止まったまま一点を見ていたぞ。何か心配事もあるのか」
「あっ、いや。まあ色々と」
見抜かれたのかなと思いながらそう言うと
「そうか。その言い様は、恋だな。誰か好きな人でも出来たのか」
見抜かれたと思うと
「実は、・・」
「そうか、でもあの姫君は無理だな」
「どうしてですか」
否定する言い様に
「明らかに誰かいる。あの子の仕草や行動を側から見ていればわかる。キャリアだな」
「そうなんですか」
目の前に座る営業二課の先輩の言葉を聞きながら頭を仕事に戻した。
「吉岡、今日どうする」
「別に普通に帰るけど」
「何か用あるのか」
「別に」
「じゃあ、ちょっと行かないか一時間だけ」
声の主の顔を見ながら
「そうだな。お前と行くと明日の一時だな。帰るのは」
「それは、お互いさまだよ」
二人で笑いながらエレベータを降りて入り口に向かおうとした時、かの姫君が、同僚と一緒にビルの出口に向かって歩いていた。
「ちょっと、待っていろ」
吉岡は急に急ぎ足になった。
奈緒は、エレベータを浅野と一緒に降りてビルの出口に向かっていると、いっきなり浅野が、声を掛けた。
「一ツ橋さん。今日は、この後は」
「うん、何もない」
「じゃあ、少しお茶していかない」
少し間を置いて、特に家に帰って何も予定がない事を思うと
「いいよ」
と言って頷いた。その時だった。
「一ツ橋さん」
声の方に振り向くと吉岡が立っていた。何ですかという顔をすると
「あの、済みません。今日何か予定有りますか」
浅野との約束をしたばかりの奈緒は
「ええ」
と言うと
「そうか、そうですよね。済みませんでした」
と言って、踵を返すと自分達の側を歩いて行った。
「一ツ橋さん。さっき、予定がないって」
「今、出来たでしょ。浅野さんと」
「えっ、そう言う事」
そう言って吉岡の後姿を見ると、その先に営業三課の国立の姿が有った。
えっ、えっと思うと
「ねえ、さっきの話だけど。・・あの人達一緒じゃ、だめ」
えっと思って浅野の顔を見るとお願いという顔をしていた。仕方なく
「うーん、浅野さんがそう言うならいいけど」
昨日、吉岡と昼食を取った奈緒は、あまりこれ以上吉岡とは同じ時間を過ごしたくなかった。彼の気持ちが分かるが、自分にはジュンがいると思うとこれ以上、彼と接することは良くないと思ったからだ。
自分が、考えているうちに浅野は、二人の方に歩いて行って、何か話している。二人が急に笑顔になってこちらを向いた。
ちょっと抵抗を心に感じながらいると、三人がこちらに歩いて来た。
「良かった。一ツ橋さんの約束って、浅野さんとの約束だったんですね」
男との約束でないと分かった吉岡は、思い切り嬉しい顔をした。
「せっかく四人いるんだから、お茶じゃなくて食事にしません」
国立の言葉に浅野が
「うん、うんそうしよう。一ツ橋さん」
三人の言葉に押されると
「いいですよ」
心の中では、いやだなと思いながら、むげに断る訳にも行かず奈緒は、返事をした。
「うれしいな。一ツ橋さんと食事できるなんて」
「この前だって、したでしょ」
浅野の言葉に
「だから、嬉しいんです」
じっと奈緒の顔を見ながら言う吉岡に、日曜日の事は取りあえず話題にしないんだ。と少しだけ安心すると
「ありがとうございます」
とだけ言った。
店に入り、酒が進むと段々吉岡は奈緒をちらちらからじっと見るようになっていた。
やっぱりいるのかな。この前も時間があると言っただけだし、今日はなんか、無理に誘った感じだし、と思うと何となく真面目な顔に戻った。
自分の隣に座る同僚の顔の変化に
「どうしたんだ。吉岡。一ツ橋さんと会いたいって言っていたじゃないか」
「えっ、そんな事言っているの」
「ああ、こいつ一ツ橋さんの事で頭が一杯みたいなんだ。先輩に注意されるぐらいに」
「お前それは言い過ぎだろう」
まんざら嘘ではないという顔をしながらいう吉岡に
「えーっ、それってもしかして、公開お付合い申し込み宣言」
「いや、その、でも」
そう言いながら奈緒の顔を一所懸命見つめる吉岡に
「一ツ橋さん。羨ましいな。どうする」
半分、楽しんでいる風に言う浅野に
「ごめんなさい。まだ、そういう事は苦手で」
それを聞いた浅野が、口を手でふさぎながら
「うわーっ、一ツ橋さん、少女漫画のヒロイン見たい。信じられない。一ツ橋さん、やはりお嬢様」
既に二四にもなっている女性が言う言葉ではないと思った。浅野自身、国立とこの前の夜、ある程度まで進んでいた。勿論初めてではない。それだけに奈緒の言葉に驚いた。
奈緒は、本当の自分の事なんか知らないのに。と思いながら何となく雰囲気を流していると
「浅野さん。言いすぎです。僕は一ツ橋さんのこういうところが大好きなんです」
「うわーっ、言っちゃった。国立さん、もう私たちお邪魔虫。席外そう」
本当は、国立と二人だけになる機会を、待っていた浅野は、ちょうどいい雰囲気にさっさと国立と席を外した。四人ともそれなりにアルコールが入っていた。
奈緒も、浅野と一緒ならと思って、少しだけ多く飲んでいた。それだけにいきなり浅野が国立と席を外した事にまずいなと思いながら、二人だけになったと嬉しい顔をする吉岡の視線を感じていた。
奈緒は、浅野との些細な寄り道が思わぬ方向に行きながら、仕方ないと思う。しかし、その心のゆるみがとんでもない事を招きます。
次回もお楽しみに。




