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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
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第四章 戸惑い (3)

ジュンは、瞳の突然の招待にも関わらず、竹宮家を訪れます。瞳の母は、厳しくジュンを見ます。

奈緒は、ジュンの言葉を信じ、一人で週末を過ごしますが、一人で行った渋谷で偶然に会社の吉岡に会います。

(3)


 ジュンは、午後一時間に田園調布の改札を出て、駅を背にして待っていた。目の前に下り坂がある。そして左右に通じる道。ちょうど下り坂から見てT字路になっている。

 瞳に一〇分前にここで待っていてと言われていた。初めて見る景色にキョロキョロしながら見ていると坂道を左から昇ってくる女性ひとの姿が有った。

 ジュンには見覚えのある顔が、微笑みながら歩いてくる。シンプルな白のブラウスに薄水色のスカート、薄いピンクのローヒールの靴を履いている。

 段々近付いてくる彼女を見ながら、何故かジュンは心が、ドキッという感じが有った。いつも見ている彼女とは何か違う。そのまま、じっと見ていると、いつの間にか側に来た瞳は、

「待った」

嬉しそうに微笑みながら聞く顔は、しっかりとお化粧をして、はっきりした切れ長の目を一段とはっきりさせていた。唇には輝くようなピンクのルージュが塗られている。

そのまま、見ていると

「どうしたの。私の顔一生懸命見ている」

そう言って、左手の人差指でジュンの胸を軽く突いた。

「えっ、いや、あの。そう、今来たばかり」

受け答えが可笑しい事に

「ヘンな、ジュン」

と言うと

「我が家は、ここから五分位歩いたところ。行きましょう」

ジュンの左手を握って歩くように誘うと

「あ、うん」

そう言って歩き出した。瞳は歩き出すと握っていた手をすぐに放して

「ごめん、知り合いに見られると・・。まだ恥ずかしいから」

ジュンの顔を歩きながら見ると恥ずかしそうに笑った。

歩きながら街の説明をする瞳に

「瞳は、ずっとこの街に」

「ええ、そうよ」

「ふーん、ここの街って、高級住宅街として有名だよね。すごいなと思って」

「それは、ここを知らない人が勝手に言っているだけ。大きな住宅街は、駅の反対側だし。それに、私の親がここに住んでいるから、私も住んでいるだけよ。そう言えば、ジュンはどこに住んでいるんだっけ」

 そう言いながら、今更ながらに、自分の体を許した人がどこに住んでいるかも知らない事に、自分自身で少し呆れて、軽く笑ってしまった。

「どうしたの」

「だって、家に呼んだ人の住んでいる場所も知らないなんて・・」

「あはっ、言っていなかったっけ。ごめん、用賀。僕もずっと住んでいる」

「えっ、用賀」

ちょっと分からない顔をしながら、地名だけは知っている言葉に

「用賀って、二子玉の隣の」

「うん、田園都市線で二子玉の手前」

「ふーん」

用賀がどういうところか分からない瞳の返答に軽く目元を緩ますと

「もうすぐよ」

 駅前の坂道を下って、右に曲がり、一つ目の信号を左に、今度は短い坂道を昇り切った右の少し入ったところに竹内瞳の家は有った。

ジュンは、内心大きな家だなと思いながら見ていると、瞳が家の門をカギで開けている。決して小さくない門だ。そしてそれを押すと玄関の庭があり、その向こうに家の人が立っていた。


「あっ、お母様」

 いきなりの声にジュンは、ドキッとしながら、近付くと

「お母様、こちら、山之内淳さん。会社の同僚です」

 瞳の紹介に

「初めまして。山之内淳です」

その言葉にジュンをじっと見た後、

「初めまして、瞳の母です。ようこそいらっしゃいました」

 瞳の奥まで見られているような視線に、玄関前で家に入れる価値のある男か品定めされたような気になったが、取りあえず、入れてもらえることにほっとしていると

「瞳さん、山之内さんを応接に」

そう言って、自分は、玄関を上がると廊下の奥に消えた。

一瞬、唖然としていると

「ジュン、さっ、上がって」

 ジュンに家の中に入るようにただすと、自分が先に上がった。ジュンも靴を整えて、玄関を上がると瞳について行った。廊下を歩いて左手に応接間が有った。ジュンが見ても分かる調度品が並んでいる。

「すごいね」

調度品を見ながらそう言うと

「私には、分からないわ。でもお父さんの家の方は、もっとすごい。何度か行っているけど、私でも分かる位に」

その話に

「そう言えば、瞳は今の会社を選ぶ時、お父さんの指示だと言っていたけど」

「うん、父は、あの会社のオーナーの一族の一人。いつもアメリカに行っているのは、北米の会社を任されているから。私の事を思って、家族で引っ越さなかったの」

 何を言っているのか分からないという顔をすると、廊下を歩いてくる足音に応接の入り口を見ると、瞳の母が紅茶の準備をして持ってきた。


瞳とジュンが座るソファの反対側に座ると、一度ジュンを見た後、

「山之内さん。紅茶は召し上がる」

瞳の母の言葉に

「はい」

と答えると、ティーポットからティーカップに注がれる紅茶から、心が和らぐような香りが漂って来た。そしてソーサーに乗っている、今紅茶が注がれたティーカップをジュンの前に出すと

「山之内さん、召し上がれ」

そう言って、微笑んだ。

 ジュンは、ドキッとした。年齢的には、瞳の母親であるから五〇位のはずだが、引き込まれるような美しさがある。瞳の親だとすぐに分かるほどに大きな切れながの目、肩先まで延びた輝く髪の毛、可愛い唇に適度に大きく盛上った胸。体の線も衰えていない。

 恥ずかしくなって、つい下を向いてしまうと

「如何したの」

ふふっと笑ってもう一度言うと

「瞳さん、きちんと紹介して。山之内さんを」

ジュンの態度が分からない瞳は

「どうしたの。ジュン」

「あらっ、もう名前で呼び合う仲なの。知らなかったわ。瞳さん、いつの間に」

「あっ、いえ。お母様。その」

「まあ、いいわ」

そう言って微笑むと、娘と自分の為にもティーカップに注いだ紅茶を口に近づけた。


三〇分程、母親と話すと

「山之内さん、今日はごゆっくりして行って下さい」

そう言って、応接間から席を外した。足音が消えるのを待って

「ふーっ」

とため息をつくと

「ごめん。お母さん。色々質問ばかりして」

「うん、ちょっと驚いた。家に来てと言われた時は、軽く考えていたけど、ちょっと違った感じ。なんか面接でも受けているような」

「ジュン、ごめんね。お父さんは、いないし。男の人が話題になったの、ジュン位なものだから。つい色々聞いてしまった見たい」

すまなそうに言う瞳に

「いいよ。それより瞳の家って・・」

母親との会話の中で感じた言葉を出すと

「うん、私が継ぐことになっている。だから、お母様も・・」

「えーっ。それってまだ・・。僕の両親も紹介していないし」

「えっ、ジュン。ご両親に私を紹介してくれるの。嬉しい」

言った言葉の意味を都合よく受け取られてしまった事に、頭の中で、わっ、まずいと思いながらも

「うん、いいよ。でもちょっと待って。シンガポールの件が、落ち着いてから出ないと」

「シンガポールの件、何か二人に関係あるの」

意味が分からないという顔をすると

「だって、来週月曜日から出張だし。今回のプロジェクトが終わらないと」

ジュンの言葉に

「そうだよね」

そう言って、微笑むと

「でも、今回のプロジェクト終わったら紹介してくれるのね」

予想もしなかった展開に、まずいな。奈緒の事もあるし。変に冷静に頭が回る自分に一人笑いすると

「私、何か可笑しいこと言った」

「ううん、展開が早いなと思って」

瞳の顔を見つめながら

「なんか、こういうのって、もっとゆっくり進むのかと思っていたから」

その言葉に

「そうね。私もそう思う。でも・・。ジュンはいやなの」

意外な言葉に

「いや、ぜんぜん。その逆だけど。ちょっと驚いただけ。それにちょっと恥ずかしいし」

「キチンと言っていない。どっち」

じっとジュンの目を見つめると

「うん、いいよ。僕も嬉しいし」

急に顔が明るくなると、

「ジュン、出かけよう。今日は夕食一緒でいいよね」

「うん」

特に予定が入っていないことを考えると、なにも考えずに返事した。


明後日、月曜日からシンガポールに出張と言っていた。だから今日は用事があるって。スマホに映るジュンのアドレスを見つめながら、奈緒は自分の部屋のベッドの側にあるソファに座っていた。

どうしようかな。いつもならジュンと一緒なのに・・。

心の整理が出来ないままに渋谷でも行こうかなと思うとソファを立って、ドレッサの前に立った。

 輝くほどにいつも手入れしている髪が、胸元まで延び、切れ長で大きな瞳にすっと通った鼻、可愛い唇に透き通る程に素敵な肌と少し大きめの胸。微笑むと自分でもいいなと思う時がある。でも、もう私はジュンのもの。私が認めた人。そう思うとふふっと笑って

「出かけようかな。でもちょっとだけジュンにメール。嫌がるかな。でもメールだけだから」

独り言を言いながら奈緒は、スマホをタップした。


 瞳の家を出て、二人で東横線に乗り、渋谷まで来ると、ポケットの中でスマホが震えた。なんだろうと思ってスマホの画面を見ると奈緒と映っていた。

「誰から」

「うん、友達。今日用事があるって言ったから」

嘘はついていないながらも、心に引っかかりながらそう言って瞳を見ると

「そう」

既に母にも紹介した以上、特に横道にそれなければ、既定の路線で行くと思っている。

でもそれは、自分自身でも決めているわけではない。

ほんの少しだけ遠くにある景色の様なものだと思うと、あまりジュンのプライベートに触れることはまだしたくなかった。


事実、まだ、彼のことは詳しく知らない、私のことも全部話したわけではない。父方に知られたら、それはそれで大変なことになる。今は、このままが一番いいと思っていた。

「ジュン、ちょっと遅くなったけど、何か食べない。紅茶飲んだだけだし」

右隣に歩く彼の横顔を見ながら言うと

「そうだね。僕も少しお腹すいていた」

それを聞いた瞳は嬉しそうな顔をすると

「じゃあ、ジュン選んで」

えーっ、奈緒以上だ。この人、我ままなのかな。そう思っていると

「どうしたの。どこに行く」

実際のところ、瞳自身、自分の意思は持っていても、小さい頃から、親の言うことを聞き従うことは、自分が生まれ育った環境そのものだと思っていた。

それだけに外出しても父や、母が既に決めている場所に行くことだけだった。だから、食事なども自然とジュンに聞いてしまった。

「瞳は」

「ジュンの行きたいところ」

「うーん、じゃあ歩きながら決めよう」

そう言うと宇田川町の方へ足を向けた。


奈緒は、小田急線で新宿に出るとそのまま、山手線で渋谷に向かった。電車の中で入り口に立っていると、何となく自分に視線が来ているのが分かる。

 透き通るような色白の肌に、ほんの少し微笑むだけで人を惹きつける可愛さを持っている。その奈緒が薄いオレンジのワンピースに白いローヒールの靴を履いている。ハンドバックは小さめのグッチを持って、ドアの側に立っていれば、誰でも振り向く。でも自分自身は、ごく普通の女の子と思っていた。


 家にいる時に送ったメールの返信が帰ってくる事を期待してはいなくても、返信が来ることを心のどこかで待っていた。

 やがて、目の前のドアが左右に開くと人の流れに入るようにそのまま降りた。誰かが、見ている感じがした。でもホームは人が一杯で誰だか分からない。階段を上がり、西武デパート側に抜ける階段を上がり、地上に出ると、さっきの意識は消えていた。

 気のせいかと思いながら西部デパートに入ろうとした時だった。

「一ツ橋さん」

自分の名前を呼ぶ声に、一瞬だけ期待を持ちながら、えっと思い声の方に振り向くと、金曜日に同僚に誘われて夕食を一緒にした吉岡がいた。

「驚きました。経堂からあなたが乗ってくる姿を見たら、嬉しくて・・。つい渋谷まで来てしまいました。済みません。声を掛けてしまって。失礼でしたよね」

奈緒は、一瞬理解出来ず、吉岡の顔を見ると

「吉岡さんは、何か用事があって渋谷に」

奈緒の感情のない声に一瞬とまどったが、

「スマホを新しくしようと思って」

本当は新宿で良かったが、奈緒の姿を見て付いて来てしまったのだ。

「そうですか」

連れなく言う奈緒に

「一ツ橋さんは、・・。済みません失礼でした」

吉岡の素直な態度に何となく心が和らぎ、ふふっと笑うと

「良いですよ。私は、時間が有ったので、洋服を見に来ただけです。特に目的があったわけでもないので」

その言葉に

「えっ、じゃあ、もしかして今、時間あるってことですか」

事実、時間は有った。特に用事もなく、もしかしてとジュンと会えるかもしれないと思いをはせながら渋谷に来ただけであった。吉岡の躊躇と、一度話している吉岡に少しだけ気が緩むと顔をこくりと下げた。

「じゃあ、いま、誘ってもいいですか。少しだけでも一緒に居てくれるのを」

少しだけ間を置いて、心の隙間が開くとふふっと笑って頷いた。その仕草に

「食事しました。まだなんです」

一瞬躊躇ったが、特に食事だけと思うと

「私も」

と答えた。吉岡は、天に舞い上がったような顔をしながら

「じゃあ、一緒にいて貰えます」

吉岡の嬉しそうな笑顔に

「はい」

と答え笑顔を見せると、吉岡は思い切り笑顔を見せた。


ジュンは、一瞬だけ奈緒が近くにいる感じがした。なぜそう感じるのか分からない。でも公園通りを歩きながら、体の中に感じる思いを隣に歩く瞳に感じられないようにしながら、周りを目だけ動かして見た。いなかった。いるはずないよな。そう考えていると

「ジュン、今何考えていた」

えーっ、背筋に汗が流れる感じがする程に驚きながら

「いや、どこ行こうかなと。まだ決まっていない」

隣に歩く彼の少しの戸惑いを遊ぶ心で受け止めながら

「ふふっ、そう」

と言った。まるで心を見透かされたような言葉に

「ほんとだって。お腹すいてくるし」

そう言いながら目の前にある、レストランの看板を見つけると

「瞳、あそこでいい」

看板を指さしながら言うと

「いいよ。ジュンが決めたところなら」

そう言って、自分の顔を見るとにこっと笑った。



竹宮家で時間を過ごしたジュンは、瞳と一緒に渋谷に行きます。ちょうど吉岡と別れた奈緒は、自分で信じられない後継を見ます。

次回をお楽しみに。

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