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戦う総合商社マン、異世界の大森林でスライム商会を興す  作者: 蒼月佳奈美


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第30話「村の熱と、泉の水」

拠点に戻った夜、俺は「農の市」の品目を隅から隅まで見直した。


農業用品の通販だが、薬草の類も細々と載っていた。解熱に使うという苦い葉、体力を補う根。値段は、魔力で払える範囲だった。


翌朝の荷物は、こうなった。


泉の水を満たした小樽が二つ。「農の市」で買った薬草。粥にできる柔らかい食料。清潔な布。ワカバが秋に摘んで干しておいた山の葉も、香りの良いものが少し加わった。


村に着くと、熱は三人に増えていた。


俺に医術はない。だからこそ、できることを一つずつ、確実にやった。


水を沸かして冷まし、少しずつ飲ませる。額と脇に濡れ布を当て、熱を逃がす。食べられる者には薄い粥。布や食器は家ごとに分け、看病の順番も決めた。


前世の常識が、ここでは「治療」に近かった。


「水は、この樽のものを。そのままの川水は、病人には使わないでください」


村の女たちが、手順を真剣に聞き取り、やがて自分たちで回し始めた。看病が「誰かの仕事」から「村の仕組み」に変わった瞬間だった。


カブトも、看病の一員だった。


樽の水運びは彼の担当で、戸口では訪問者を静かに選別した。病人に人混みは禁物だ。大きな体で戸口に座るだけで、「今日は静かにさせてやってくれ」が、言葉なしに伝わった。


ワカバは、湯を入れた革袋の番をした。体で寄り添って、冷めないように温め続ける。小さな農家の新しい仕事が、病人のための湯たんぽだった。


二日目の夜が、一番の山だった。


子供の熱が上がり、小さな体が震え始めた。母親は取り乱し、村の女たちは青ざめた。


俺は手順を、声に出して一つずつ確認した。水。布。薬草の煎じ汁。落ち着いて手を動かす姿が、周りの落ち着きになる。指揮者が慌てれば、現場は崩れる。前世の繁忙期と同じだった。


夜明け前、子供の呼吸が穏やかになった。熱の峠は、越えたらしかった。


三日目。


老婆が、床の上に座れるようになった。子供の熱は下がり、母親が泣きながら何度も頭を下げた。


奇跡の薬は、無かった。あったのは、水と、栄養と、休ませることと、手順を守る看病の積み重ねだった。


でも村の人々にとっては、それで十分に事件だったらしい。


帰り際、ユーノが俺たちを村外れまで見送りに来た。


支払いの話になった時、俺は首を振った。


「金はいりません。代わりに、帳面につけておいてください。春の荷揚げ場作り、その分だけ余計に手を貸してもらえたら」


「……お主、正直に聞くが」


ユーノの目が、真っ直ぐに俺を見た。


「ただの行商ではないな」


俺は笑って、答えをはぐらかした。


「ただの、欲張りな若造ですよ。将来への投資が好きなだけです」


ユーノはそれ以上追及しなかった。ただ、深く頷いた。


村の帳場では、ユーノが備蓄帳の新しいページを開いて、几帳面な字で書き入れた。


「メグル殿より、薬と水と看病の助力。これ、春の労働にて返済の約定」


帳面に「借り」が残る。それは俺の望んだ形だった。施しは一度きりだが、帳面の貸し借りは関係を続ける。


「帳面に残すということは、また会う約束でもありますから」


「……なるほど。恩を着せるでも、忘れるでもない、お主らしい流儀だ」


ユーノの目が、帳面越しに笑っていた。信用の帳面は、こうして1ページずつ増えていくのだった。


その頷きには、詮索しないという大人の礼儀と、「この若造は信用できる」という評価の、両方が含まれていた。


帰りの雪道で、ワカバが言った。


――めぐる。今日の商い、お金、ゼロ。


「ゼロじゃない。信用が増えた。それが一番高い通貨だ」


信用は目に見えない。だが、確かに積み上がっていた。


拠点に戻る頃には、日が傾いていた。


カブトの橇は静かに雪を滑り、ワカバは疲れて、カブトの背で小さく丸くなって眠っていた。看病疲れというより、心を使い果たした眠りだった。


俺は手帳に、今回の看病の手順を清書した。


水の沸かし方。布の当て方。薬草の量。回復までの日数。


この記録は、いつか別の村でも役に立つはずだった。知識もまた、運んで配ることのできる「商品」だったのだ。


――いや、商品というより。


配るほど増える、不思議な財産だった。


冬の夕日が、雪原を茜色に染めていた。三人の帰り道は、静かで、温かかった。


小屋に戻ると、俺はそのまま寝台に倒れ込んだ。三日間の疲れが、どっと押し寄せてきた。


――めぐる。ごはん、食べてから、寝る。


眠る前に、ワカバの「命令」が飛んできた。看病する側が倒れては元も子もない。温かい粥を作ってもらい、ありがたく平らげた。


世話をする者は、まず自分を世話しなければならない。その単純な真理を、相棒はよく知っていた。


炉の火が穏やかに燃えていた。村の病人の回復と、拠点の平和と、その両方を抱えた夜だった。


手帳の今日の欄には、最後に一行だけ書いた。


「看病の手順書、完成」


それは、来年の事業計画には載っていない仕事だったが、この冬で一番意味のある仕事だったかもしれない。


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