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第三章:猛獣乱獲の夕暮れと、超流動肉団子の狂宴

一:寝返りの呻きと、全次元狩猟令

深海と雲海から出汁を絞り尽くした『絶対怠惰黄金粥』を、咀嚼ゼロ・十五秒で平らげて四度寝へと沈んでから、およそ二時間。

帝都ルミナリアが黄昏時の紫紺に染まり始めた午後六時半、世界樹ベッドの掛け布団の隙間から、低くくぐもった少年の呻きが漏れ聞こえた。

「……んぅ……あぁ……」

ソラ・ヴァルハイトの胃袋は、奇跡の出汁によって完全に目覚めていた。

胃酸が快調に分泌され、全身の細胞が「タンパク質」を強烈に渇望し始めている。

夢の中で、ソラは冬の鍋パーティーで、柔らかく煮込まれたフワフワの鶏つくねをレンゲですくい、ハフハフと冷ましながら口に運んでいた。

(……出汁の次は……肉だな……。

でも……ステーキは筋を切るのがダルい。

唐揚げは衣が上顎に刺さって痛い。

軟骨入りつくね? 噛むたびにコリコリ音がして脳が疲れる論外だ……。

あー……舌の上で勝手にほどけるような……フワッフワの肉団子……食いたいなぁ……)

ソラは、掛け布団の中でだらしなく唇を尖らせ、三途の川の向こう側から響くような極小の呟きを吐き捨てた。

「……次は……肉団子スープがいいな……。

スプーンで割る必要すらないやつ……。

山の上の……強いやつでも狩って……丸めて煮込めよ……zzz」

ただの思いつき。

居酒屋のつくね鍋を恋しがった、完全な意識混濁状態の戯言。

しかし、その寝言をベッドサイドで聞き漏らすはずがない女が一人。

カチリ……。

筆頭監査官エレノアの眼鏡が、夕闇の中で凶悪な深紅に燐光を放った。

「――全次元、最高軍事警戒コード・オメガ発令ッッッ!!!!」

エレノアは万年筆を床に突き刺し、全次元通信回線を最大出力で開放した。

「マスターの第三神託を受信!

『肉団子スープ』! そして『山の上の強いやつを狩って丸めて煮込め』!

これは天界、魔界、竜峰、未踏峰の全陸上猛獣に対する、【全銀河無差別狩猟令(ジェノサイド・ハント)】です!

スプーンで割る必要すらなく、噛むプロセスを原子レベルで放棄した至高の『超流動ミートボール』を錬成しなさい!

ただし、肉に筋を一筋でも残した陣営、あるいは肉団子の球体度が真球からコンマ零零一ミリでも歪んでいた愚か者は……銀河ごとミンチにして宇宙の肥やしといたしますわッッ!!」

「「「全軍、抜剣ンンンッッッッ!!!!」」」

公爵邸の周囲に伏せていた全次元の首脳陣が、血管をブチ切れさせながら武器を引っ掴んで飛び上がった。

二:神獣受難の超銀河サファリ

「山の上の強いやつ」という至高神の曖昧極まる指定は、全次元の山岳地帯に生息する神話級モンスターたちを、一夜にして「スープの具材」へと叩き落とした。

【天界陣営:神峰オリンポスの白金豚狩り】

標高一万二千メートル、天界の霊峰。

「天使団、突撃ィィッ! 網を投げろ!」

主神ゼウスライラは、純白のトングを両手に構え、神剣を腰に差して絶叫していた。

「狙うは天界の天頂にのみ群生する、神々の食卓の幻獣【天翔神白金豚(ホーリー・プラチナポーク)】!

雲の上の神聖ハーブのみを食んで育ち、その筋繊維はシルクよりも細く、融点は人間の体温と同じ三十六度五分!

バラ肉、肩ロース、ヒレに至るまで、全個体を丸ごと生け捕りにせよ!

傷を一箇所でもつけたら肉汁が漏れるぞ! 自らの純白の翼で優しく包み込んで気絶させろォッ!!」

十万の天使軍団が、羽毛を毟られながらも、空中をマッハ三で滑空する白金豚の群れに集団タックルを敢行する。

【魔界陣営:暗黒魔導山脈の竜王解体】

地下三万メートル、地獄の火山地帯『滅亡竜の爪先岩』。

「首を刎ねろ! 骨から肉をこそぎ落とせッ!」

魔王ディアボロスは、巨大な出刃包丁めいた断頭斧を担ぎ、火の粉を浴びながら咆哮していた。

「狙うは魔界最強の肉質を誇る古代竜【深淵紅蓮暴竜(アビス・ティラノス)】!

そのテール肉は、噛み締めれば銀河が砕けるほどの超高密度タンパク質の塊!

だがソラ様は『噛むのが嫌だ』と仰せだ!

肉叩きハンマー部隊、前へ! 竜の全身の筋繊維を十万回叩いて粉砕し、赤血球レベルまでミンチ状に破壊しろォッ!!」

巨大な悪魔たちが、十トンの魔導ハンマーでティラノサウルスの巨体をペッタンペッタンと狂ったように乱打し、山脈全体を餅つき大会の会場へと変貌させていく。

【エルフ陣営:始祖樹海の超絶薬膳つみれ】

『大樹海ユグドラ・シルヴァ』。

「すり鉢を回せ! 樹海の秘薬を全種調合せよ!」

防衛指揮官ルーディスが、樹齢三千年の神木をくり抜いた巨大すり鉢の前に立ち、大木のようなすりこぎ棒を超音速で回転させる。

「肉の生臭さを極限まで消し去るため、樹海最奥の【万病清涼生姜(神薬ジンジャー)】をすり下ろし!

さらに、肉団子のフワフワ感を物理限界まで高めるため、世界樹の葉から滴る【純粋植物性コラーゲン原液】を投入!

固めるのではない……肉の粒子をコラーゲンの網目で『優しく宙吊りにする』のです!

一粒の気泡も残さず乳化(エマルジョン)させなさいッ!!」

千名のエルフたちが、神聖生姜の汁を目に浴びて涙を流しながら、全力ですり鉢を擦り続ける。

【機巧都市陣営:流体力学の極限成形】

公爵邸の中庭。

「超音波キャビテーション乳化機、限界駆動! レーザー真球測定器、照射!」

技師長ガリレオが、蒸気圧で歯車義眼をガチガチと鳴らしながら、真鍮製の巨大遠心成形炉を操作する。

「白金豚の脂、暴竜の赤身、エルフの植物コラーゲンを混合!

我が機巧都市の誇る超音波キャビテーションにより、脂肪球をナノメートル単位へ微細化!

さらに、無重力反重力場の中央へ肉塊を射出!

表面張力のみで自然形成される『絶対誤差ゼロの幾何学的真球』を生成せよ!

これぞ――【完全流動性・超対称肉球体(オメガ・ミートボール)】であるッッ!!」

山が平らになり、火山が冷え込み、樹海が生姜の香りで満たされる。

全次元の軍事力と技術のすべてが、ただ「スプーンで割る必要すらない肉団子」という、極限に自堕落な一個の球体のために集約されていった。

三:厨房の錬金鍋と、真紅の澄みスープ

午後七時四十五分。

公爵邸の厨房は、もはや料理場ではなく、神話大戦の最終儀式空間と化していた。

中央に鎮座するのは、耐熱ミスリルと魔界黒曜石で鍛え上げられた特大寸胴鍋。

グツグツと煮込まれているのは、濁りの一切ない、まるで透き通るルビーのように輝く琥珀色のコンソメ風スープ。

前章で精製された奇跡の魚介出汁をベースに、白金豚の骨から抽出された超高純度ボーンブロスが完璧な乳化を遂げている。

そして、その澄み切ったスープの海を、プカリ……プカリ……と浮遊しているのは。

直径三センチ。

淡い桜色に発光し、スープの対流に乗ってユラユラとゼリーのように揺らめく、六個の完璧な真球。

「……信じられん」

主神ゼウスライラが、エプロンの胸元を押さえて息を呑んだ。

「形を保っている……。スプーンに乗るほどの弾力を持ちながら、スプーンの重みだけで自重崩壊する、固体と液体の超臨界状態……!」

「ああ……」

魔王ディアボロスもまた、煤まみれの顔でフライ返しを握りしめ、喉を鳴らした。

「噛む必要がねえどころか、唇を触れさせただけで肉汁の奔流となって食道へ雪崩れ込む……。

これぞ、神魔の総力戦の結晶……!」

料理名――【全次元獣王合一・絶対怠惰超流動肉団子スープ(通称:咀嚼拒否の深紅鍋)】。

出来立ての熱々でありながら、ソラの神域の舌を火傷させぬよう、魔導冷却陣によって表面温度は寸分の狂いもなく「五十二度(最も旨味を感じる適温)」に固定。

純白の深皿に注がれ、銀のレンゲを添えられて、静寂の寝室へと厳重に運ばれていった。

四:目覚めの実食と、肉汁の崩壊現象

午後八時。

世界樹ベッドの上で、ソラはモゾモゾと身じろぎを始めた。

空腹のピーク。

お腹が「グゥ〜〜ッ」と激しく鳴り、ソラはだるそうに掛け布団を跳ね除けて起き上がった。

「……んぁ……あー、腹減った……。おい、エレノア……肉団子……できた……?」

ソラが寝ぼけ眼をこすりながらベッドの縁に腰掛けた、その瞬間。

スッ……。

音もなく目の前のサイドテーブルに置かれたのは、淡いルビー色の湯気を立ち昇らせる純白の深皿と、一本の銀のレンゲだった。

「マスターのお望み通り、全次元の山岳の覇者を狩り集め、スプーンで割る必要すらなく胃袋を満たす至高の肉団子スープでございます」

エレノアが、直立不動の姿勢で恭しく一礼した。

部屋の隅を見れば、セレスティーナ、ゼウスライラ、ディアボロス、ガリレオ、ルーディスが、全員が祈るように両手を握りしめ、額に青筋を立てて正座している。

(……だから、なんで毎回そんな命がけの顔して見てくるの?

まあいいや、すっごい美味そうだし)

ソラは銀のレンゲを手に取ると、スープに浮かぶ桜色の肉団子の一つへ、そっとレンゲを近づけた。

「割る必要すらないって言っても、肉団子だしな……半分に割ってから食お――」

ソラがレンゲの縁で、肉団子の表面にチョン……と触れた、その刹那。

フルルッ……ジュワァァァァァァッッッ!!!!

「――ぶっ!?」

ソラは目を丸くした。

割ろうと力を込める暇すらなかった。

レンゲの銀の冷たさに触れた瞬間、肉団子の表面張力が一瞬にして崩壊!

自らの球体構造を解き放ち、トロットロの超高密度ミートジュレとなって、レンゲの上へドゥルンッと流れ込んできたのだ!

「えっ!? なにこれ!? 肉団子ってか、肉のポタージュ!?

崩れた! めっちゃ柔らかいんだけど!!」

ソラは驚きながらも、レンゲに乗ったトロトロの肉塊とスープを、そのまま口元へ運んでズズッと吸い込んだ。

その瞬間――。

ドッカァァァァァァァァァァァンッッッッ!!!!

ソラの頭蓋骨の奥で、超新星爆発が巻き起こった。

(――っっっっっっっっっっっっっっ!?!?!?)

言葉が出ない。

全身の筋肉が、一瞬にしてカッと弛緩した。

噛んでいない。

歯を一度も噛み合わせていない。

舌と上顎で挟む動作すら必要とせず、桜色の肉の粒子が、口腔の体温と同調した瞬間にサラサラの液体へと完全融解!

広がるのは、白金豚の清らかな甘みと、暴竜の野性味あふれる重厚なコク。

世界樹生姜の爽快なアロマが獣臭さを完全に消し去り、コラーゲンの極上トロミが、喉の粘膜を優しく撫でながら胃袋へと滑り落ちていく。

濃い。暴力的なまでに肉の旨味が濃縮されている。

それなのに、後味は驚くほど澄み切っており、喉越しは最高級の絹のよう。

「……んんんんんっっっ!!」

ソラは無言のまま、狂ったようにレンゲを動かした。

すくう、吸い込む、溶ける、胃に落ちる。

すくう、吸い込む、溶ける、胃に落ちる。

肉を食っているはずなのに、顎の疲労度は完全にゼロ。

二個、三個、四個……六個あったはずの巨大な肉団子が、わずか二十秒でスープごと跡形もなくソラの胃袋へと消滅した。

「……ふはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

ソラは空になった深皿をコト……と置き、ベッドの上へ大の字にひっくり返った。

満腹。

胃袋の底から、力強い生命エネルギーがポカポカと全身の血管へ満ち渡っていく。

咀嚼筋の疲労、ゼロ。

消化器官のストレス、ゼロ。

「……うますぎるだろこれ……。

肉なのに……飲み物じゃん……。

噛まなくていい肉って、こんなに人を幸せにするのか……。

あー……食ったら……また眠くなってきたな……zzz」

ソラは心底蕩けたような笑顔を浮かべると、冷感毛布を頭からすっぽり被り、秒速で五度寝の深淵へと旅立っていった。

五:深淵の満腹と、銀河狩猟ギルドの誕生

スースーと、平和で健やかないびきが部屋に響き渡った。

その瞬間――。

床に正座していたゼウスライラ、ディアボロス、ガリレオ、ルーディスの四人は――。

「……完食……! 六個の神獣肉団子を……一滴のスープも残さず……!」

「『肉なのに飲み物だ』と……! 我らの超流動理論が……神竜帝の胃袋を完全に征服したのだァッッ!!」

全員が、床に額を打ち付け、声にならない歓喜の咆哮を上げながら抱き合って号泣した。

ゼウスライラはトングを天に掲げて祈り、ディアボロスは自らの出刃包丁を抱いて涙を流し、ルーディスはすりこぎ棒を抱きしめて膝を震わせた。

エレノアが静かに手帳を開き、万年筆で新たな歴史を刻み込む。

【全宇宙超流動肉協定:批准完了】

マスターは、全次元の陸上覇王の肉を『一噛みもせずに飲み干す』ことで、全陸上生態系に対する絶対捕食者の頂点を示された。

本日より、天界白金豚牧場、魔界暴竜ハンター連隊、エルフ始祖生姜農園は、マスター直属の『永久肉団子供給機構』として統合再編される。

毎日午後七時に、真球度九十九点九九パーセントの超流動肉団子を公爵邸へ納入すること。

肉に一ミリの硬さを残し、マスターの顎を疲れさせた陣営は、その山脈ごと更地にして処刑とする。

「……よくやりましたね、狩猟狂いの下僕たち」

エレノアが冷酷に眼鏡を光らせ、首脳陣を見下ろす。

「ですが、これで終わりではありません。朝にプリン、昼にお粥、夕に肉団子……。

すなわち、マスターの胃袋は完全に『超流動サイクル』へと移行されたということです。

明日の朝食に向けて、次は【全宇宙至高の超流動・甘味炭水化物(デザート)】の研究開発を直ちに開始しなさいッ!!」

「「「は、はいッッ!! 直ちに全銀河から甘味の種子をかき集めてまいりますゥッッ!!」」」

神と悪魔と技師たちが、次なる朝食開発レースへ向けて、音もなく爪先立ちで部屋を飛び出していった。

ベッドの上で、ソラは「……むにゃ……次はフレンチトーストを……ドロドロに溶かしたやつが食いたい……zzz」と小さく寝返りを打った。

本人はただ「噛むのがダルいから柔らかい肉団子食わせろ」と呟いただけなのに、全次元の食物連鎖の頂点に君臨する神獣たちが根こそぎ乱獲され、宇宙規模の食肉流通網がソラの胃袋の下に完全平定されてしまった――。

一歩も動かず、一回も噛むことなく、ただ寝言を放つだけで全宇宙の生態系を再編し続ける深淵の怪物の伝説は、もはや誰も止めることができないのであった。

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