第43話 エピローグ
「――よって、オルデアン伯爵と枢機卿を国外追放とするッ!」
怒りの籠った国王様の声が、王城の広間に響き渡った。
他の貴族たちや王様の視線の先には、両手を背中の後ろで縛られた二人の男。
二人とも、この計画の首謀者だ。
裁判の結果、伯爵の妻は財産剥奪され、伯爵家はお家取り潰しとなった。
また教会は『聖女から力を奪う』という神を冒涜するような行為がバレたため、信者が激減。今は虫の息といった感じだ。
「無事に……全てが終わったな」
俺は安堵の息を漏らした。
すると、オルデアン伯爵――アリシアを裏切った首謀者が俺たちを憎しげに睨みつけていることに気づいた。
「……この、恩知らずが……ッ!」
伯爵は俺たちに向かって、そう叫んだ。
対して、アリシアは眉をひそめた。
「聖女の力を奪うために私を育てていたことが『恩』ですか? 随分と都合がいいんですね」
「ッ……こ、このクソ女がッ! 味方を付けた途端に口が回りよる……」
伯爵の顔は怒りで真っ赤になっていき――
「――どうせ……どうせお前も同じだろうがッ! 聖女の力を奪われた後、お前は利用するためにその男に近づき、たぶらかしたのだろうっ!?」
矢継ぎ早に言葉を重ねた彼は、薄く笑った。
「ははっ! 結局、俺もお前も同じ穴の狢じゃないか!」
「ッ……おい、アリシアはそんな人間じゃ――」
俺は言い返そうとしたが、その前に伯爵は騎士たちに連れていかれてしまった。
「言い返しに行くか」
俺は伯爵を追いかけようと足を踏み出した。
――が、その時、アリシアが俺を手で制した。
「いいんです。アスタさんが否定しようとしてくれただけで、私は十分ですから」
「そう……か」
少し煮え切らないが、アリシアがそこまで言うなら追いかけるのはやめるか。
「……そういえば、あの人はいつ、国外追放されるんですか?」
「確か、明日の朝には追放されるって言ってたな。それまでは地下牢に居るとか」
「ふぅん……。なるほど、そうですか」
アリシアは、何か考え事をしながら相槌をうった。
その時、俺は気づいていなかった。
アリシアの瞳に――見たことないほど強い怒りが籠っていたことに。
――◇――◇――◇――
――真夜中。
「クソっ……どうして、オレなんかが……ッ!」
オルデアン伯爵は、怒りのままに地下牢の壁を殴った。
衝撃で天井からパラパラと砂が落ちる。
地下牢は湿度が高く、陰鬱とした空気が漂っており、それもまたオルデアン伯爵の怒りに拍車をかけていた。
「あのクソ女め……オレからの恩を仇で返しやがって……! 絶対にいつか、痛い目を見せてやる……ッ!」
オルデアン伯爵がそう叫んだ時だった。
「――へえ、誰を痛い目に見せるんですって?」
凛とした声が地下牢に響き渡った。
オルデアン伯爵は恐る恐る振り返ると、そこには銀髪の髪を揺らす少女――アリシアの姿があった。
「アリ……シア!? ど、どうして、ここにお前がッ!?」
「ふふっ、少し売られた喧嘩を買いに来ました」
そう言ってニコリと微笑むアリシア。
しかし、彼女の瞳は一切笑っておらず、瞳の奥底からは暗い感情すらも感じ取れた。
「『私がアスタさんを誑かした』……貴方は、そう言っていましたよね」
「ああ、そうだ! どうせ、その体と顔で男を誘惑して、味方にしたのだろう? ランベルクも……その『アスタ』とか言う男も!」
「……」
アリシアはじっと、口をつぐみ、伯爵の瞳を見つめ続ける。
「はっ! 図星だったか! 国外に追放されても俺にはコネと知恵があるんだッ! いつか絶対にお前も『アスタ』とかいう男にも痛い目をみせてやるッ!」
伯爵がガハハッと豪快に笑いながら、そう言った時。
――ドス黒い気配がオルデアン伯爵を襲い、それは彼に魂の底から恐怖を感じさせた。
全身の肌はブワッと粟立ち、思わず伯爵はたじろぐ。
「――私だけじゃなくて……アスタさんにも痛い目をみせる、って言いましたね?」
「っ……あ、ああ……そうだ! お前に手を貸した男も同罪だ! 絶対に痛い目をみせてやるッ!」
「……なるほど――やはり、私が優しすぎたんですね」
アリシアは静かに口を開くと、伯爵を睨みつける。
「私に痛い目をみせる……それだけなら、気にしてませんでした。ですが、アスタさんにも危害を与えるつもりなら――容赦するつもりはありません」
「は、はぁ? 一体、何をするつもりだ!? いいんだな? 今、ここでオレに手を出せば、お前だって明日には地下牢の中に入ることになるぞッ!」
「ええ……それは、私の犯行がバレた場合でしょう?」
アリシアは悪魔のような蠱惑的な笑みを浮かべた。
――刹那、どこかから現れた漆黒がアリシアの全身を包みこんでいき……漆黒のドレスへと変わった。
「な、何をするつもりだ……ッ!?」
「オルデアン伯爵は国外追放となったことに強いショックを受け、茫然自失な状態になり、記憶や自我の大半を失ってしまった……騎士たちは、そう判断するでしょうね」
「は、はあ? 突然、何を……まさかッ!?」
「これから――私の魔法で貴方から全てを奪います」
アリシアがそう言うと同時に、虚空から巨大な黒い腕が現れ、伯爵の体を掴んだ。
「ま、待ってくれ! 誰か、助け――」
しかし、黒い腕が伯爵の口を塞ぎ、叫び声は止まった。
「貴方は私を助けを求めても助けてくれませんでしたよね? それどころか私から全てを奪い……最後には殺そうとした。なら――私も同じことをしても許されるはずです」
黒い腕は、伯爵を握る力をさらに強めていく。
同時に悲痛に染まっていく伯爵の顔。
それをアリシアは、鋭い視線で見続けた。
「そういえば……さっき、私が貴方と同じだと言いましたよね。アスタさんを誑かし、利用した……と」
「あ……あ……」
「一応、否定してきますが――違います。私は決して……貴方と同じじゃない。利用なんてしてない」
「同じ……だろ。どうして……利用してないと、言い切れる……」
「……信頼ですよ。アスタさんは本心から私を信じてくれて……そして、私も彼を心の底から信じていた。――初めから私を利用するために騙し、裏切った貴方とは違う」
「ふざける……な……そんなわけ……」
「……これ以上は、無駄みたいですね」
アリシアは伯爵を一瞥し、無表情のまま背中を向けた。
「……大丈夫ですよ。命だけは奪いません。……命だけは」
アリシアは静かに告げると、闇に消えていった。
翌日、茫然自失としたオルデアン伯爵が発見された。
騎士たちの中には、記憶や自我がないことを不思議がる者もいたが、問題となることは決してなかった。
神を冒涜し、少女の人生を奪おうとした人間を助けようと思う者なんて、誰もいなかったのである。
――◇――◇――◇――
「これで、本当に全てが解決しましたね……!」
宿の中で。
アリシアは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ……! オルデアン伯爵の問題は解決したし、ランベルクが勇者の味方になったお陰で、他の問題も解決しそうだし、本当に良かったよ」
ランベルクは原作で最強の存在だ。
アリシアではなく、勇者パーティには普通の神官でも入れれば、ラスボスの討伐には困らないだろう。
正真正銘、これで一件落着だ。
「ふふっ……これからは、本当の姿でアスタさんと一緒に居られるんですね……!」
そう言ってアリシアは、俺の方へ飛び込み、抱きついてきた。
「あ、アリシア!?」
「んー? なんですかぁ?」
アリシアは俺の背中に腕を回し、力を強めた。
彼女の柔肌と温もりが直ぐ側に彼女がいるのだと、強く主張してくる。
「……今なら、アスタさんのことを好きにしていいんですよね」
ボソッとアリシアは小さく呟いた。
「……それは俺もだけどな」
「た、確かにそうですね……」
アリシアの頬は熟れたリンゴのように真っ赤に染まっていく。
「……アリシアって、なんだかんだで初心だよな」
「っ……! し、仕方がないじゃないですか……今まで、誰かお付き合いとかしたことありませんし……」
アリシアは不満げにぷくりと頬を膨らませる。
「そ、そういうアスタさんはどうなんですか? そんなに経験があるんですか?」
「俺!? 俺は……ま、まあ、アリシアと同じだけど……」
「じゃあ、アスタさんも同じじゃないですか……!」
俺たちは見つめ合って……笑みをこぼした。
「じゃあ、これからご飯にでもしましょうか……! 私、王都で美味しいご飯知ってるんです、行きませんか?」
「勿論っ!」
初めてのデートに思わず心が踊った。
……ん? リアもシアもアリシアだったのなら、今まで俺たちは何度もデートしてたんじゃ……。
ま、まあ、細かいことを気にするのはやめよう……。
俺はアリシアと共に王都の街へと出かけた。
前世から想い続けた人と結ばれ、心配事はなくなり、とにかく晴れやかな気分だった。
――完――
少し短いですが、ここで一旦、完結にさせて頂こうと思います。
更新も不定期な作品なのに、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
応援してくださった皆様には感謝しかないです。
では。




