>> 後編
「あれ?」
「「「「「「「は?」」」」」」」
私とデービッド様や他の人の口がほぼ同時に動く。私は聖女を保護する力があるからなんともなかったけれど、それ以外の全てが一瞬で真っ赤に染まった。
「あれ? メリッサ……?」
私は目の前から居なくなったメリッサを探して周りを見渡した。だけど何処にも居なくて、周りもみんなも真っ赤だった。そして急に鼻につくにおい。
「え? 生臭くない??」
手の甲で鼻を押さえて首を傾げる。その間でも誰も何も言わないし、微動だにもしなかった。
え? 何??
そう思って自然と視線をデービッド様に向けると、唖然としているデービッド様と目が合った。
「…あ、ぁあ……、……あぁああアァアあアアア〜っ!!!?!???!
メリッサ?! メリッサ?!? メリッサーーーッ?!?!! お前…ころし……っ、殺しやがった?! 聖女を殺しやがったーーっ!!?!?!」
「え? あの?」
真っ赤な姿で驚愕したデービッド様が半狂乱になって叫んだ言葉に私は困る。
え? 私が殺ったの??
そんなパニックになっている私を置いて、デービッド様も半狂乱で騒ぎまくる。
「キアラを捕まえろ!!! 聖女を殺しやがった!?! 処刑してやる?! 処刑してやる!!!?! 聖女を殺したアイツを捕らえろーーー!?!!!!?」
大混乱に陥っているらしいデービッド様が叫びながら剣を抜いた。その声と動きに触発されて王子の護衛騎士たちも私に剣を向けて飛び掛ってくる。デービッド様も真っ赤な姿で目さえも真っ赤に染めて私に襲いかかってきた。
が。
私には聖女を保護する力があるので誰も私を傷付けられない。一番近い者から吹っ飛んでいき、デービッド様も自分が振り下ろした剣の勢いのままに弾き飛ばされて壁に激突した。さすがに先陣の数人が後ろに吹っ飛んでいけばその後方に居た騎士たちは冷静になる。
私を取り囲んだまま剣を持った騎士たちが動けなくなった時、
「何があった?!?!!」
まさかの王太子殿下の登場で幕引きとなった。
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あの後、あの場に居て全身が真っ赤になった人たちがパニックを起こしたり嘔吐したり気絶したりして大変だった。私はデービッド様のお兄様である王太子殿下にエスコートされて王城へと連れて行かれた。
王城に着くと王様のいる部屋へと通された。王様は珍しく困惑した表情で私とその隣にいた王太子殿下を交互に見て
「何があったのだ?」
と聞いてきた。私はあったままを話す。
「私は本当は聖女じゃなくて、メリッサが本当の聖女で、私は禁術を使って聖女を騙っていたからデービッド様とは婚約破棄で、処刑らしいです」
簡潔にまとめられた気がしていたのに聞いていた王様は青い顔をして、私の横に居た王太子殿下は何故か困ったようにため息を吐いていた。
先ず一度落ち着こうとソファーに座らされて出されたお茶を一口飲んだ。私の前のソファーに王様が座り、その後ろに王太子殿下が立つ。
そしてその王太子殿下から改めて説明がされた。
「事の発端は聖女殿の友人というメリッサという平民が現れたことから始まります。
メリッサは聖女殿と自分は親友だからという理由で教会内で発言権を得て、かなり自由に活動していたようです。そして聖女殿の婚約者であるデービッドに近付き、いつの間にかデービッドを誑かしてその心を掌握してしまったようです。
そして今日、どうデービッドを丸め込んだのかはわかりませんが、メリッサはデービッドを使って自分が聖女だと宣言させようとしたらしいのです。私はデービッドの部屋付きの侍女から異変を報告されて現場に駆けつけたのですが……」
そこで言葉を留めた王太子殿下に王様が怪訝そうな目を向ける。
「……どうした?」
「……この先は聖女殿に聞くべきでしょう。私もまだ何が起こったのか理解できておりません」
そう会話して王様と王太子殿下は私を見た。促される形になった私は困りながらも話し出す。
「今日、突然デービッド様がメリッサと一緒に私の前に現れて、私が聖女だと嘘を吐いて皆を騙してると言われました」
「何故そんなことを……」
王様が頭を抱えた。王様は私が聖女だとちゃんと分かっているのでそもそも『私が聖女ではない』と言い出すことがおかしいのだと分かっているのだ。
「前から少しおかしくなっていたんですよね。なんかみんな私が本当に聖女なのかを疑ってる感じで。祈ってもその力が無いんじゃないかと思ってるみたいな……」
私の言葉に王太子殿下が少しだけ不愉快そうに眉を寄せた。
「……前から?」
「はい。演技とかフリとか言われました。聖女の力って証明し難いじゃないですか? 目に見える訳でもないし。だからみんな私が聖女なのか信じられなくなってたみたいで」
「誰かがそう誘導していた……ということか……」
まぁ誰かって、“メリッサ”しかあり得ないんだけどもね。
そこで王様が大きなため息を吐いて顔を上げた。
「しかしデービッドまでもが…… あれは浅慮ではあるが馬鹿ではなかったはずだがな……」
「そこも気になりますね」
「して、メリッサという者は今どこに?」
「……それが……」
王太子殿下がこちらに視線を向けたので、私はあったままを話した。
「私の代わりに聖女をやると言うので力を上げたらなんか居なくなりました」
「居なくなった?」
王様が不思議がったので私はそのままを答えた。
「パンッって言って消えたので、多分弾け飛びました。辺り一帯が真っ赤になったので、文字通り“弾け跳んだ”みたいです。
この腕輪を通して私の力を奪ってたみたいなんで、そのまま必要な分だけ上げようとしただけなんですけどね」
なんでそんなことになったんだろうなぁという意味を込めながらそう言って、自分の左の手首に着いている腕輪を触って王様に見せた。
腕輪に視線を向けながら王様が「はじけとんだ……」と呟いた。困って王太子殿下を見ると殿下は眉間にシワを寄せて目を閉じていた。
「そうか……弾け跳んだか…………」
なんとも言えない声でそう繰り返した王様に私も困惑する。
「えぇっと……これって私がメリッサを殺しちゃったってことに、なるんですよねぇ……?
だとすると、私って殺人罪で処刑とかですか?」
そう言うと王様も王太子殿下も驚いたように目を見開いた。そして次には凄い渋い顔をしてお二人とも額に右手を当てて顔を顰めた。
王様が小さな声で呟くのが聞こえた。
「聖女を保護する力を持つ者を罰せられるのか……?」
私もどうだろうかと小首を傾げた。
なんとも言えない空気が漂う中で、この話はちゃんと調べてからにしようと、私は自室へと返されることになった。
──┼──
王家がメリッサについて調べると、出るわ出るわの悪事の数と言わんばかりに芋づる式に彼女の過去の所業が出てきた。
なんと彼女は他国で指名手配されていたのだ。
どうやらメリッサと一緒にいた男性2人が死体で見つかっていて、その死がどうにも不自然なのでメリッサに話を聞こうとしたが既に行方知れずとなっていて、彼女が殺して逃げたんじゃないかと疑われていたらしい。
彼女の名前は平民ではそこまで珍しくない為に行方を探せなくなっていたが、今回の事で我が国の王家が彼女の似顔絵を使って足取りを探していくと、『聖女と同じ村出身のメリッサ』を探しているその国へと辿り着いたらしい。
その国は魔道具の生産で有名な国だった。
行商人の男と2人でやって来たメリッサは、半年ほどとある街に滞在していたらしい。その時に魔道具製作士の男と知り合い親しくなったようだが、メリッサと知り合った人たちは皆メリッサが行商人の男の妻だと思っていたから問題を起こさなければいいなぁと思っていたらしい。しかしメリッサと何度か話をした人が言うには、メリッサは行商人の男とは結婚してはいないと笑って言っていたらしく、しかしある人は行商人の男はメリッサを妻だと紹介していたとも話していたという。
事実はもう誰にも分からないが、兎も角ある日、行商人の男は泊まっていた宿屋の一室で首を吊って死んでいて、その次の日には魔道具製作士の男が自宅の浴槽で溺死しているところを見つかったという。魔道具製作士の家からは幾つか魔道具が無くなっており物取りの犯行も考えられたが、先ずその日に魔道具製作士の家に訪れていたことが分かっているメリッサに話を聞こうとすると、既に彼女の姿は街の何処にもなく、彼女の連れである行商人の男も死んでいたということだった。
行商人の男は自殺に見えたが彼の部屋にあるはずの金品が一切無くなっており、そして彼自身が誰かに贈る為に魔道具の指輪を依頼していたことから、このタイミングでの自殺は不自然だと思われた。何よりメリッサの姿がその日を境に忽然と消えていたのが不自然過ぎた。メリッサはその街から出た姿すら確認されていない。最初は彼女も何処かで殺されている可能性も考えられたが、彼女の私物の鞄も荷物も無くなっていたことと、何より街から出た者の中に身分証明を無くしたと言って出て行った美しい女がいることが分かったことから、その女がメリッサだったのではないかと思われた。
魔道具製作士の家から無くなった魔道具が何かは分かってはいないが、もし魔道具を使っていたならば外見を変え門番を惑わせて街を出ていくのも可能だった。
亡くなったメリッサの部屋からは幾つかの魔道具が見つかっている。それらの用途を調べれば彼女が何をやったのか直ぐに分かるだろう。顔を変え、私から力を奪い、周りを惑わせる。魔道具があればできることだった。私は納得すると同時に、そこまでして私に拘ったメリッサが気持ち悪くなった。
彼女はそこまでして聖女になりたかったのだろうか?
王太子殿下の調べで、彼女が村からどうやって出たのかも聞くことができた。
彼女は私が聖女として村を出て行って直ぐから自分が本物の聖女なんだと騒いでいたらしい。キアラがメリッサの力を奪ったのだと言い張り暴れるメリッサに、村人もメリッサの親も本当に困ったそうだ。だってそんな話一体誰が信じるというのか。
キアラが聖女に選ばれた時にメリッサは全然違う場所に居たのに、キアラはどうやってメリッサから聖女の力を奪って先代聖女たちを騙したのかということになる。ただの村娘で、家も別に裕福でもなく、親からどちらかといえば放置されてるキアラが、一体どうやって聖女の力なんていう『とんでもない力』を奪えるというのか。教養のない村人だって疑問に思うことを言葉のままに信じる人なんてそうそう居ない。
当然私の家族だってメリッサの言葉を否定した。しかも長女が
「キアラがそんなことできるなら誰だって聖女になれるじゃん!? あのキアラだよ?! 聖女だって分かった瞬間にめちゃくちゃ迷惑そうな顔して聖女様に『それ絶対に間違いですよ』とか言ったキアラだよ?! あの子が聖女なら私たち家族なんか神様だよ!?!」
とか言ったらしく村人たちもキアラが聖女に見つけられた時のことを思い出して、メリッサの言葉がありえないと納得したらしい。
メリッサは私が先代聖女様に見つかった時のことを知らないからどうとでも言えるのだろうけど、私が先代聖女様に見つかった時には私以外にもたくさんの村人が居て──聖女様が村に来ているのだ。娯楽の少ない村にとってはそれだけで祭り状態で、皆仕事を放り出してでも聖女様の後を付いて歩いていた──、丁度私と一緒に居た母が先代聖女様に「この子がですか?!」「本当にこの子ですか!?」「間違いではなくて?!」「え? この子ですか??」「本気で言ってるんですか聖女様?!?!」と何度も確認したので先代聖女様は何度も私を確認して私が聖女なのだと母や周りを説得していた程だった。
それなのに誤認???
あれ以上確認すると逆に先代聖女様に失礼だと止められたのに(私も否定した)『誤認』だなんてありえないと誰もが思うだろう。
当然のようにメリッサは村中から嘘吐きだと嫌われた。メリッサは村娘の中では可愛い方だったので彼女を気に入っていた人は多かったけど、人を見下し村を馬鹿にする言動が多々あったので、彼女を気に入っていた男性は多かったけれどそれ以上に苦手としていた人たちが多かった。そこに加えて自分が聖女だと騒ぎ出した所為で完全に村から浮くことになり、自分の言動を棚に上げて自分を信じない村人たちが馬鹿だからだと言った所為で彼女を溺愛していた親でさえも、彼女を庇えなくなってしまった。
村で完全に孤立してしまったメリッサは偶然村に来た行商人の男に目を付け擦り寄った。
村中の人から嫌われている、親からも愛されないと泣くそこそこ可愛い少女に、行商人の男は同情とともに下心が湧いたことだろう。行商人の男は若くもなく顔も整ってはいなかったが、大らかな性格だったらしい。そんな男にメリッサは泣き付きその懐に入り込み、自分の言葉を信じるように誘導した。そして彼女の親が気付いた時には行商人と共にメリッサは村から居なくなっていたという。
そして行商しながら移動して、遂に魔道具で有名な国へと辿り着いた……と。
魔道具の国へと行ったのは行商人が元々決めていた移動先だったのか、メリッサが誘導したのかは分からない。だがメリッサは魔道具と出会い、魔道具を手に入れた。それ自体も彼女が狙ってやったのか偶然なのかもう分からないが、兎も角彼女は自分の姿を変え、他人を操る術を見つけ、聖女の力さえ奪える道具を手に入れてしまったのだ。
メリッサは元々知っていたのかも知れない。聖女が王族と縁付くことを。だからこの国に帰ってきて私の前に現れた。ただの村人から貴族になる為に。頭を下げる身分から、頭を下げられる身分になる為に……
すごい執念。自分の全てを懸けて私の立場になりたがった彼女を尊敬する気持ちすら湧いてくる。目的の為に人を殺してるかもしれないところも私には考えもしないことだから。その情熱は少し羨ましい気さえもする。
ただ一つ彼女が残念なことは、私が恵まれていると思い込んで私から奪うことに執着したようだけれど、彼女が求めた“私の立場”を、私自身は全く執着していなかったことだと思う。
欲しければ上げたのに。
──┼──
私は聖女だ。
もうこれはどうすることもできない。
望むとか望まないとか、もうそういう話ではないのだ。
私の身体を『聖女を保護する力』が守っているのがその証拠でもある。だけどこれは物理にしか反応しない。聖女の力が目に見えないのと一緒で、私に向けられる悪意や悪口は私を直接攻撃する。精神攻撃が聖女には唯一効くのだ。
だけどそれは聖女の精神が『一般的』であったのなら、でしかない。
私は私だけが変なのだと思っていたけれど、先代聖女やそれ以前の聖女の話を聞いてから、聖女とは『何事にも動じない者』として生まれるのだと分かった。何事にも動じない、喜びも悲しみも苦しみも楽しさも、感じない訳ではないが、どれも心の最高地点にも最低地点にもいかない。好きの上に大好きがあれば、嫌いの下には更に大嫌いがあるのは理解しているが、自分の感情の中にはその気持ちが存在しないのが聖女なのだ。
何よりまず大前提として聖女には物理的な苦しみや痛みが訪れない。聖女が本気で不快感を感じればその元凶は聖女の意志とは関係なく聖女から遠ざけられる。聖女が空腹や喉の渇きを感じる前にそれらは聖女に与えられる。仕事を任されても聖女が疲れる前に終わるか誰かが自然と次を引き継ぐ。意図せず自然とそうなるのが、聖女なのだ。
だから聖女は苦しみも痛みも本や人伝に聞いたものでしか知らない。理解はできているがそれらを自分で感じ取ることはできないのだ。
だからだろうか、その逆の感情である喜びや楽しみも皆が感じているような全力で体感するということがない。楽しい嬉しい気持ちが良い、その感情がない訳ではないので当然私にも好き嫌いも嬉しいと感じることもあるのだが、だがその感情を“強く”感じることはない。心の底から湧き上がってきて大はしゃぎする、なんてことは聖女には絶対に起こらないのだ。身体が疼いて堪らなくなって自分を抑えきれなくなって叫びだしたくなるほどに嬉しくて涙が溢れた、なんて聖女は存在しない。
言葉では理解していても、感情では理解ができないのが聖女なのだ。
だから誰かが私からどうしても譲ってほしいものがあるのなら、譲って良いと思っている。
聖女が固執しないように、私にも固執してまで手元に置いておきたいものも立場もない。当然『聖女としての立場』が欲しいのなら譲ることができる。
今居る聖女は私しかいないが、聖女としての立場……王族関係者との結婚や国民からの支持や賞賛やそれらに付随する金品なんかは欲しいのならいくらでも持っていけばいいと思う。むしろ私はのんびり一般人として生活できたらいいなと思っていたので『聖女の表向きの活動』を誰かが代わりにしてくれるのなら嬉しいとさえ思っていたほどだった。
どうせ何を偽ろうとも『私が聖女』であることにはかわらない上に、私が裏に隠れたとしてもそれで私が泥水を啜る生活をするかと言えばそれは絶対にあり得ないのだから、だからメリッサが聖女をやりたかったのならば……私にお願いすれば良かったのだ。
無理に奪おうとするから自分に返ってくる。奪えないものを欲をかきすぎて奪い取ろうとするから自滅する。
聖女じゃない者が、魂から聖女になろうとしたってできる訳がないのに、それすらも想像できないから自壊した。
これに関しては私も少し悪かったとは思う。まさかあの程度の聖女の力で他人の身体が耐えられないのだと私も知らなかったのだ。歴代の聖女たちの話の中には聖女の力を奪おうとする人の話は出て来なかったから、私も知ることができなかった。
メリッサが欲しいなら上げると思っただけなのに、あんなことになって本当に驚いている。
だけど、私が悪いのだろうか?
欲しがったのはメリッサなのに?
メリッサが最初に私から奪ったのに?
盗られたならもっと上げようと思っただけなのに?
欲しがった人に上げた私が悪いのだろうか?
結果が悪ければ、それは譲ろうとした私が一方的に悪いことになるのだろうか???
まぁ悪かろうがそうじゃなかろうが、私が聖女なので。
私の人生が変わる訳ではないのですけれどね。
──┼──
王太子殿下が色々調べて答えを導き、最終的な判断を国王様が下した。
「聖女を害そうとしたメリッサに神の罰が下った。
メリッサは他にも、他国にて2人の人間を殺害するという罪を犯していた。
神が罰していなくとも重罪により死刑は免れなかったであろう」
その言葉で私は無罪となり、これまでと変わらない生活が戻ってきた。
メリッサが使った魔道具で魅了に掛かっていた人たちが正気に戻ったので私に言った暴言に近い言葉は直ぐに謝罪された。
基本的にはほとんどの人がメリッサが来る前の生活に戻ったけれど、元に戻れない人も居た。
デービッド様だ。
彼は残念なことに心が壊れてしまった。魅了の魔道具の所為ではあっても彼の中では愛する女性となっていたメリッサが目の前で弾け飛び、そしてその血を前面から全身に浴びたのだ。どちらかというと精神的に幼さも残っていた彼──と言っても私より3歳上なので既に良い大人なのだけれど──はその事実を受け入れるだけの心の余裕があまりなかった。
その上に更に、……私もそのつもりは全くなかったのだけれど……デービッド様が私に謝罪するという場を作られて──彼も被害者だけれど立場的に平民に魅了されたという事実が問題だとして、形だけでも聖女に謝罪すべきだとなったらしい──彼と面会した時に……
「え? メリッサの一部を食べちゃったんですか? 口に入った、え? 脳、とか??」
と純粋な好奇心を抑えられずに聞いてしまった結果、デービッド様は顔面蒼白になり口から泡を吐きながら絶叫して頭を抱えた。
暴れるまではされなかったけれど、喉から血が出るほどに叫ばれてその後気絶してしまった。あれはさすがに私も無神経過ぎたと今なら分かるけれどその時は気づかなかったのだからしょうがない。
デービッド様はその後、意識を取り戻してからも錯乱され、薬を使わないと落ち着かせることができなくなり、薬で落ち着かせても
「血、チ、弾、け……血が、口、くちに……、メリッサ……、メリッ……サ…………、血……食べ……、た……あ、あァ……」
とブツブツと呟くだけの人になってしまって、もうまともな生活は送れないんじゃないかと思われている。
私が聖女として何かできないかと伝えたのだが聖女に会うことがデービッド様の精神を余計に追い詰めるだろうと医者様に止められて何もできなくなってしまった。
デービッド様だけでなく、あの時あの場所に居てメリッサの血を浴びてしまった人の殆どが心に傷を負って不眠になったり食欲不振になってしまっているらしい。完全に元通りになるのは数年掛かるのではないかと思われている。
私はそれを聞いて、普通の反応とはそういうものなのか、と少し勉強になった。
デービッド様が使い物にならなくなったからといって私の婚約がなくなる訳ではない。私はデービッド様とは別の王家の血筋の人と新たに婚約することになった。婚約期間を1年取って、直ぐに結婚するらしい。私の年齢が18歳なので。まぁ妥当なところだろう。
私としては平民と結婚してもいいと思うのだけど王家的には万が一他国にて流出しては困るので、王家の血筋と結婚させて聖女を管理したいのだとか。
歴代の聖女たちもそうだったように、執着心がない為に周りの人に流されてそのまま国を見捨てて何処へ行ってもおかしくないので平民や王族以外の血筋の貴族には預けられないらしい。言われてしまえば私もそうですねとしか言いようがないので仕方がない。
私は聖女だけれど『この国の聖女』だと決められている訳では無い。別に他の国へ行けと言われれば行くだけだし、祈りを止めろと言われれば止めるだけだ。別に聖女は祈らなければいけない訳では無いから。
だから王家は国を守る為に大変なのだ。『してもしなくてもどちらでもいい』と思っている聖女に『やってもらわなければいけない』のだから。
私が聖女なのは揺るがない事実であり、誰が否定しようともそれは変わらない。
物理的に排除しようとも『聖女を保護する力』が働いて誰も聖女を傷つけられない。なら精神攻撃ならと思っていても聖女の精神は揺るがない。何が起ころうとも。多分世界が消滅しても。
でも逆に、聖女は特に欲望がある訳ではないので誰かが何かをして欲しいのならば聖女はその話に耳を傾ける。聖女ができることならして上げる。それをすることを聖女は気にしない。
『お願い』されたら、面倒事ではない限り聞いてあげないこともないのだ。
だから聖女から何かが欲しかったらまず話をすることから始めたら良い。
奪うのではなく、譲ってもらうように交渉するのだ。
盗むから、メリッサのように弾け跳んだりするのだ。
先ずは会話から。
聖女は対話を拒んだりはしませんよ?
面倒事でなければね(笑)
[完]
※『聖女を保護する力』があるので『神に愛される者=聖女』で間違いないのですが、間違って『魔女』と呼んでも彼女たち(キアラを初め歴代聖女)は気にしないでしょうし、魔女として扱ったらきっと『魔女として活動し始める』のだと思います。その場合は国の敵になる可能性があるので変な奴に見つけられる前に王家は聖女を見つけて保護(という名の管理)をしなければならないのです(^∀^;)w
※神「人間界で自分のしたいように好きに“自由に”生きておいで〜」と言って聖女の魂を送り出してます。




