第57話 何も変わらない日
その日は、
本当に何も起こらなかった。
予定の変更も、
思いがけない来客もない。
ただ、
一日が静かに流れただけだ。
朝、
いつもと同じ時間に目を覚ます。
窓を開けると、
空は薄く曇っていた。
雨が降るほどではない。
けれど、
外に出るには十分な明るさだ。
庭に出る。
小径を歩く足音は、
もう自分のものだと
意識しなくなっている。
そこへ、
もう一つの足音が重なる。
「おはようございます」
「おはようございます」
声の調子も、
距離も、
変わらない。
並んで歩く。
話題は、
昨日の天気のこと。
今日の予定のこと。
どちらも、
重要ではない。
それでも、
会話は途切れない。
「今日は、
外へは行かれないのですか」
「ええ。
書類の整理を少し」
それだけのやり取り。
確認でも、
了承でもない。
午前中、
私は書斎で過ごした。
書類を読み、
要点をまとめる。
決断が必要なものは、
一つもない。
だから、
焦らない。
昼過ぎ、
庭に出る。
風が、
少し強くなっていた。
木々が揺れ、
影が動く。
私は、
それを眺めながら思う。
変わらない日は、
退屈ではない。
夕方、
また庭で彼と会う。
「何か、
ありましたか」
「いいえ」
「それは、
良いことですね」
それで、
会話は終わる。
夜、
部屋に戻る。
今日一日を振り返っても、
書き留めるほどの出来事はない。
それでも、
私はペンを取る。
「何も変わらない日」
そう一行だけ、
書いておく。
安心して、
何も起こらないと
言えること。
それは、
たぶん、大切なことだ。
書き終えて、
頁を、少しだけ遡る。
同じ一行が、
この頁だけで、
もう七つあった。
何も変わらない日を、
私は、
数えている。
数えているということは――。
そこで、
ペンを置いた。
何も起きない日の書き方が気に入りましたら、
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