第27話 彼の事情
その話を聞いたのは、
とても何気ない場面だった。
朝食を終え、
私は庭に出ようとしていた。
その途中で、
父とエドワード様が、
応接室で話しているのが見えた。
扉は閉まっていない。
声も、低い。
立ち聞きするつもりはなかった。
ただ、通りかかっただけだ。
「……時期的には、
そろそろ整理を求められるでしょう」
父の声。
「ええ」
エドワード様の返事は、
いつも通り落ち着いていた。
「ですが、
急ぐつもりはありません」
「それでいい」
父は、
はっきりとそう言った。
「急がないと決められるのは、
余裕がある証拠だ」
私は、
足を止めずに通り過ぎた。
聞いてはいけない話ではない。
けれど、
深入りする必要もない。
庭に出て、
いつもの小径を歩く。
白百合はもうなく、
緑が濃くなっている。
私は、
さきほどの会話を思い返していた。
整理。
時期。
それらの言葉は、
彼の立場を示している。
午後、
エドワード様と庭で会った。
「先ほどは、
父と話をされていましたね」
私がそう言うと、
彼は頷いた。
「少し、
家の件です」
それ以上、
詳しくは言わない。
私は、
聞かなかった。
代わりに、
こう言った。
「……大変ではありませんか」
問い詰める調子ではない。
ただの、気遣い。
彼は、
一瞬だけ考えてから答えた。
「大変、というほどではありません」
「責任はありますが」
責任。
その言葉は、
重くも、軽くもなかった。
ただ、
彼が背負っているものを、
正確に表している。
「それでも、
焦らないのですね」
私が言うと、
彼はわずかに目を細めた。
「焦ると、
選択を間違えます」
即答だった。
「特に、
人の人生に関わる選択は」
その言葉に、
私は、静かに納得した。
彼は、
自分の事情があるから
急がないのではない。
事情があっても、
急がない人なのだ。
「……私が、
決めないことを選んでいるのも」
私は、
少しだけ言葉を選んだ。
「ご迷惑では、
ありませんか」
彼は、
すぐに首を横に振った。
「迷惑ではありません」
「むしろ、
助かっています」
その答えに、
私は少し驚いた。
「助かる、とは?」
「私も、
立場上、
軽々しく決めるわけにはいきません」
「あなたが、
ご自身の速度を守っていることで」
「私も、
自分の速度を保てます」
それは、
対等な言葉だった。
沈黙が落ちる。
けれど、
その沈黙は、
以前よりも深い。
彼の事情を知ったからといって、
関係が変わるわけではない。
むしろ、
輪郭がはっきりしたことで、
安心感が増した。
夜、
部屋に戻る。
私は、
今日の会話を思い返していた。
彼は、
余裕があるから穏やかなのではない。
選択を大切にするから、
穏やかなのだ。
その姿勢が、
私には、
とても信頼できるものに思えた。
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