第21話 未来を語らない約束
馬車の窓から見える景色は、
王都のそれとは違っていた。
建物は低く、道は少しだけ狭い。
店先の看板も派手ではない。
それでも人の往来はあり、
生活の匂いが近い。
「ここは、静かですね」
私がそう言うと、
向かいに座るエドワード様は小さく頷いた。
「王都ほど、
言葉が飛び交いません」
その言い方が、
少しだけ可笑しかった。
私は笑わずに、
ただ、息を軽く吐いた。
「助かります」
それは本心だった。
外出の理由は、形式上は視察だった。
公爵家の支援が入っている小さな施設の確認。
名目はきちんとしている。
けれど、私は分かっている。
これは、
「二人で外に出る」という練習のようなものだ。
誰かに言われたわけではない。
誰かに強いられたわけでもない。
ただ、そういう流れが自然にできていて、
私はそれに逆らっていない。
施設の挨拶を済ませたあとは、
町を少し歩くことになった。
石畳は整いすぎていない。
歩調を合わせる必要がある。
エドワード様は、私の横に来すぎない距離を保ったまま、
同じ速度で歩いた。
その歩き方が、
いつもより、少しだけ外の空気に溶け込んでいる。
「……こういう場所は」
私が言いかけると、
彼は視線だけで続きを待った。
「人が、優しいですね」
「ええ」
「優しすぎない感じがします」
彼はわずかに目を細めた。
「押しつけが少ない、という意味でしょうか」
「たぶん」
自分でも言葉にして、
少しだけ納得した。
優しさは、
強すぎると、形になってしまう。
けれど、ここには形がない。
ただ、生活の中にある。
通りの角で、
小さな菓子店を見つけた。
焼き菓子の香りが、
風に混じっている。
「……寄ってもいいですか」
私がそう言うと、
エドワード様は頷いた。
「もちろん」
店の中は、素朴だった。
棚に並ぶ菓子は華美ではないが、
丁寧に作られているのが分かる。
店主は私たちを見ると、
一瞬だけ表情を和らげた。
「ご夫婦ですか?」
その問いかけは、
悪意ではなく、ただの自然な確認だった。
私は、返答に迷った。
否定すれば場が乱れる。
肯定すれば、言葉が重い。
その一瞬の沈黙を、
エドワード様が静かに受け取った。
「まだ、違います」
たったそれだけ。
声は穏やかで、
余計な説明はない。
店主は、すぐに頷いた。
「失礼しました。
でも、よくお似合いですよ」
そう言って、
焼き菓子を包み始める。
私は、何も言えなかった。
恥ずかしかったわけではない。
ただ――
「まだ」という言葉の置き方が、
あまりにも自然だった。
焦らせない。
断ち切らない。
そのまま置いて、
先へ流していく。
店を出ると、
空が少し明るくなっていた。
雲の隙間から光が差し、
石畳の一部が白く浮かぶ。
「……先ほどは」
私が言いかけると、
彼はすぐに首を横に振った。
「謝らないでください」
「でも」
「あなたが言葉にできないときは、
私が言葉を減らします」
減らす。
その表現に、
胸の奥が静かに落ち着く。
「答えを急ぐ必要はありません」
「……はい」
私は、小さく頷いた。
川沿いの道を歩く。
水面は穏やかで、
風が吹くと、細かく揺れる。
しばらく、無言だった。
沈黙の中で、
私は考えていた。
未来の話をしないことは、
逃げではない。
言葉にしてしまうと、
形になる。
形になると、
周囲がそれを握ってしまう。
私はまだ、
握られたくない。
「……こうしていると」
私は、ぽつりと言った。
「未来の話が、いらない気がします」
エドワード様は、
少しだけ目を細めた。
「ええ」
肯定でも、否定でもない。
「今が穏やかなら、
それで十分です」
私は、その言葉を聞いて、
ようやく息が深くなるのを感じた。
未来を語らないことが、
二人の間の約束になっている。
誰かが宣言したわけではない。
けれど、
守られている。
帰りの馬車の中、
私は膝の上の菓子袋を見下ろした。
小さな外出。
小さな会話。
小さな沈黙。
それだけなのに、
心は驚くほど落ち着いている。
私は、
「続けること」の重さを思い出しながら、
それでも――
今日が続けばいいと、静かに思った。
そして、
それを言葉にしないまま、
窓の外を眺め続けた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




