第17話 居場所は、選び続けられる
朝の空気は、澄んでいた。
窓を開けると、
冷たすぎない風が、
部屋の中をゆっくりと通り抜けていく。
私は、その流れを感じながら、
しばらく何も考えずに立っていた。
何かを決める必要はない。
急ぐ理由もない。
――今は、それでいい。
朝食の席で、
父が珍しく、私に尋ねた。
「最近は、
ここで過ごすことが多いな」
責めるような調子ではない。
確認に近い声だった。
「ええ」
私は、静かに頷く。
「落ち着いています」
それ以上の説明は、
必要ない気がした。
父は、
それ以上聞かなかった。
それもまた、
一つの尊重だった。
午前中は、
書庫で過ごした。
選んだ本は、
以前なら手に取らなかったものだ。
成果も、
評価も、
何も生まない。
ただ、
読むためだけの本。
頁をめくりながら、
私はふと思った。
私は今、
「何者かであろう」としていない。
婚約者でもない。
誰かの期待でもない。
――それなのに、
ここにいる。
昼過ぎ、
庭に出る。
白百合は、
季節の終わりを迎えつつあった。
花は、
ずっと咲き続けるわけではない。
けれど、
咲いた時間が無意味になることもない。
私は、
花の前で立ち止まり、
静かに考える。
距離を取ること。
近づくこと。
どちらかを、
一度決めたら、
変えてはいけないわけではない。
居場所は、
一度選んで終わりではなく――
選び続けていいものなのだ。
「……そうですね」
独り言は、
誰に聞かせるでもない。
私は、
ここを選んでいる。
今の静けさを。
今の距離を。
今の関係を。
それは、
逃げでも、停滞でもない。
私自身の、選択だ。
夕方、
エドワード様と、
庭で顔を合わせた。
「こんにちは」
「こんにちは」
それだけ。
「今日は、
よい顔をされています」
唐突な言葉に、
少しだけ驚く。
「そうでしょうか」
「ええ」
理由は、言わない。
評価ではなく、
観察に近い響きだった。
「……ここにいることを」
私は、
言葉を選びながら続けた。
「今は、
選んでいます」
彼は、
すぐに理解したように頷いた。
「それが、
何よりです」
それ以上、
何も言わない。
選択を、
確認しない。
夜、
部屋に戻る。
灯りを落とす前、
私は、今日一日を振り返った。
私は、
答えを出していない。
けれど、
迷ってもいない。
今の居場所は、
仮のものかもしれない。
それでも――
自分で選んでいる限り、
不安はない。
「……明日も、
ここにいましょう」
それは、
未来への約束ではない。
ただ、
今日の延長を選んだだけ。
私は、
静かに目を閉じた。
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