第15話 これからの話は、まだしない
午後の庭は、いつもより静かだった。
人の気配が少なく、
風の音と、葉の擦れる音だけが聞こえる。
私は、白百合の咲く小径のそばで立ち止まり、
空を見上げていた。
雲はゆっくり流れている。
急ぐ理由がない流れ方だった。
「ここにいらしたのですね」
振り返ると、
エドワード様が、少し離れた場所に立っていた。
「はい」
それだけの返事。
最近は、
こうして返すことに、迷いがなくなっている。
「今日は、
この庭がいっそう静かですね」
「ええ」
並んで歩くこともできたけれど、
今日は、そうしなかった。
立ち話の距離。
それも、
今の私たちには自然だった。
しばらく、
他愛のない話をした。
最近読んだ本のこと。
街の菓子店が移転したらしいこと。
庭の百合が、今年はよく咲いていること。
どれも、
未来につながらない話題。
けれど、
今を共有するには、十分だった。
「……この庭は」
エドワード様が、
少し考えるように言った。
「落ち着きますね」
「そうですね」
「以前から、
そう感じていました」
“以前”が、
いつを指すのかは、分からない。
けれど、
私は聞き返さなかった。
「今の暮らしも」
彼は、言葉を選ぶように続ける。
「あなたに、
合っているように見えます」
評価ではなく、
感想だった。
「……そう見えるなら」
私は、少しだけ考えてから答えた。
「たぶん、
合っているのだと思います」
それは、
自分に向けた確認でもあった。
沈黙が落ちる。
けれど、
居心地は悪くない。
「これから」
彼が、
ぽつりとその言葉を口にした。
私は、
ほんの少しだけ、呼吸を意識する。
「……これからの話は」
彼は、
最後まで言わなかった。
代わりに、
視線を庭に向けたまま、
続ける。
「まだ、
しなくてもいいのかもしれませんね」
その言葉に、
私は、胸の奥が静かにほどけるのを感じた。
「ええ」
即答だった。
「今は、
今で」
それ以上、
言葉はいらなかった。
彼は、
小さく頷いた。
「私も、
そう思っています」
未来を約束する言葉ではない。
期待を含ませるでもない。
ただ、
同じ場所に立っている、という確認。
しばらくして、
彼は用事があると言って、
先に庭を離れた。
私は、
一人になってから、
その場にしばらく留まった。
これからの話を、
しなかった。
それは、
避けたわけではない。
今は、
言葉にしなくても、
足りているから。
夕方、
部屋に戻り、
窓から庭を見る。
白百合は、
変わらず咲いている。
私は、
静かに思った。
未来を、
急いで決めなくていい。
選ばなくてもいい。
縛られなくてもいい。
ただ、
この時間が続けばいいと、
思える今がある。
それだけで、
十分だった。
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